第83話 知らない人とザントマン
魔物のランクを完全に覚えるのは難しそうだな、とか思いながら眠ることにしたのだけれど、気づいたら知らない空間にいた。どこー? ここー?
暗いけれど、真っ暗ではない。どのくらい広い空間なのかはわからないけれど、一応天井というか、空のようなものが頭上に広がっているようだ。しかし光源になっているのは星ではないな。なんだろう? 光っているのはどうももやもやと漂っている煙のようなものらしい。天の川をうっすら見ているような? ならやっぱり光源は星か? 見えている光は弱いのに自分の体をしっかりと認識できる。
地面は……足を動かすと波紋が広がった。水? しゃがんで触ってみても指先が濡れないから違うか。不思議だな。というかこれ、どこに立っているんだ? 水面のような床かと思ったけれど、指を突っ込んでみると明らかに足の位置より深く沈む。何コレ。ダイラタンシー現象の亜種? 一定面積以上なら浮く、みたいな。
まあとにかく。さっきまでダンジョンにいたことを考えるとこれは夢だろうな。明晰夢だったか。
「やあ。いらっしゃい」
後ろから声をかけられたので振り向くと父さんがいた。
「……父の双子のご兄弟か何かですか?」
「似たようなものかな」
訂正。後ろにいた人は、父さんの色違いだった。父さんの色違いってなんだよ。
父さんの真っ赤な髪と真逆な真っ青な髪と、父さんと同じキラキラと明るい紫の目。髪の分け目は逆だな。父さんは右分けだけどこの人は左分け。でも腰まであるスーパーロングなところは同じ。
顔付きはそのまま父さんだ。この人が赤髪に染めてきたら見分けられない自信がある。表情も声も完全に父さん。
「父に兄弟がいるとは聞いたことがないのですが……」
「そうだろうな。私はそちらに生まれていないから」
何それ。そちら? ここは死後の世界とはそんなの? それとも生まれる前の不可思議空間? 異世界なんでもありだな。
「俺はなんでここにいるのでしょうか」
「ああ、すまない。私が呼んだ。私は少々、外に出ると騒ぎになってしまうから」
呼ばれちゃったかぁ。なんだろう。父さんへの恨み言ってわけではなさそうだな。というかこの人出ようと思えば出られるのか。
「一体何のご用で?」
「うん。君がいるダンジョンのことで」
ダンジョン?
「彼らは外に出たいだけなんだ。だから、外に連れ出してやってほしい」
外に出たいだけ? 彼らというと複数いるのか?
「リアムが来るなら神官や賢者が気づくだろうと思ったが、君の周りではまだあれらの声を理解できる者はいないから。少し手伝いをしておこうかと」
「ありがとうございます……?」
あれら? なんだ? まずこの人は一体何者? いや、しかし父さんの兄弟のようなものを名乗る人に「貴方は何者?」って訊くのはさすがに失礼だろう。
「ああ、そろそろ帰ったほうがいいな。呼んでおいてなんだが、実はここ、あまりヒトが長居すべき場所ではないのだ」
「えっ」
帰ったほうがいいと言われましても。そして朗らかに危険地帯に呼ばないでください。そして帰り方がわかりません。どうやって来たかもわからないのに。
「心配しなくても私が送り返すよ。君は現実で起きればいいだけだ。彼らのことを頼んだよ」
そう言って手を振る人に慌ててせめてもの質問を。
「あ、あの、せめて名前を教えてくれませんか?」
「ん? そうか。そうだな……ではリオム、と」
笑ったリオムさんの輪郭がぼやけたと思ったら、一瞬の浮遊感。ガクンと落下したような衝撃に目を開いたらアースが不思議そうな顔をして俺のお腹の横にいた。体勢的に俺が動いたせいで転がり落ちたみたい。
「ごめんよ。落としちゃったね」
「きゅわー」
頭を撫でて謝るとふにゃふにゃ鳴いてお腹の上に戻ってきた。お腹から落ちたくらいでは怪我なんてしないか。
しかし、リオムさん。あんなに静かに呼べるなら静かに帰してくれませんか。びっくりした。……ヒトが長居すべき場所ではない場所に普通にいるリオムさんは一体何? おそらく人間ではないんだろうけれど。
生きている父さんが鬼強完璧超人だから、生まれなかったリオムさんは更に強いんだろうか? 神強完璧超人?
考えても仕方がないか。わからないことはわからないと一旦保留しておこう。二度寝を決め込んで翌朝起きてみると指が鬱血していた。すごい。指が紫なんですけど。
ユイさんに治してもらって事なきを得たけれど、シオンさんとの模擬戦ですら治癒も治癒薬も必要無かったのに、寝ているだけでこんな怪我をするとは思いたくない。アースに囓られていたわけでもないし……昨日夢の中で床に突っ込んだからか?
でもあれ、肉体ごと移動していたわけではないだろうし、精神体に起こったことが肉体に反映された? ファンタジーにも限度がない? リオムさんがヒトが長居すべき場所ではないって言っていた理由か?
相談するにも曖昧というか、まずリオムさんのことをなんと説明すればいいのかがわからないのでこれも保留だな。なんで俺がそんな所に呼ばれたんだと訊かれたら答えられない。
朝食を済ませたアースが今日はナイトの所に戻っていくようなので見送ると、交代でロボがネコを咥えて現れた。
「昨日はアースがお兄ちゃんのお手伝いしてたから、今日はネコがするんだって」
とのことなのだけれど、それはまあいいとして、胴体部分を横向きで咥えているから完全に捕食。獲物を運んでいるようにしか見えない。なんで背中に乗ってないの?
そしてネコにできるお手伝いってなんだろう。
「うななーん」
うん。楽しそうではあるのですけれどね? ネコをロボから預かって抱き上げる。
「あと、今日中にはナイトのお仕事終わりそうだよ」
「わかった。じゃあ終わったら戻ってきてくれるか」
「はーい。あ」
「どうかしたか?」
「あのね、お兄ちゃん。その……頑張ってね?」
「ああ」
何その不穏な応援。そんな気まずそうな顔初めて見ましたけど? 何、この先そんなに強い魔物とか出るの? 詳細を教えてくれないってことはたぶんナイトが口止めしてるな?
修行に戻っていったロボを見送り考える。とりあえずは危険なら頑張れでは済まないだろうから、強いけれど倒せるくらいの魔物なんだろう。
さて、では問題を腕の中でウトウトし始めているネコをどうするかだな。とりあえず起きようね。鼻先をつつくとくしゃみをして目が覚めたようだ。
「えーっと……抱っこしたい人?」
みんなのほうを確認しながら訊くと全員手を挙げた。
「戦闘員はセーフティエリアまで我慢しろ」
「ギルマスも手を挙げてるじゃないですか」
「勢いでつい」
ついかぁ。
「では、みんなに交代で抱っこしてもらおうかな。ネコ、みんなの精神を癒やす大事なお仕事だぞ」
「にゃぁん!」
よし、これでネコの安全は確保されたな。ワクワクのヤルニさんにひとまず託す。
では行きましょう。降りてきてすぐのセーフティエリアだったから、この階自体まだ先が長いな。
「比較的魔物が少なかったルートをマークしているから、キルニス頼む」
「了解」
対策というか、行動が決まっていたので比較的サクサク進めた。魔物自体はそこまでめちゃくちゃ強いって訳ではないんだよな。しかし、こうも順調に進むと、うーむ。
「すまない、調査部隊の誰か、頼みたいことがあるのだが」
振り返って訊くとショウさんが手を挙げてくれた。
「剣を持っていてくれないか?」
「構わないよ」
頷いてくれたので、鞘を剣帯から抜いて剣を納めて渡す。
「ありがとう。戦闘になったら投げてくれ。受け取る」
「わかった」
ショウさんの返事を待って、キルニスさんが首を傾げる。
「何をするんだ?」
「魔力を制御できるように修行しておこうと思って。いつまでも手加減ができないでは済まないだろう」
ロボが修行をしているのに、俺がいつまでも現状維持というのもね。
「それはいいことだと思うが……それと剣を持たないのとなんの関係が?」
「鞘を含め私の剣には魔力制御の術式が刻んである。あれを持っていると剣が制御してくれるから修行にならない」
「オリハルコンに強化術式ではなく制御術式?」
「私は自分で魔力制御ができないからな。戦闘時ならスキルの補助があるからまだマシとはいえ、通常時は剣が無いと焚き火を熾そうとして地面を溶かす。早々剣を放しはしないが、万が一を考えるとやっておいて損は無いだろう」
山を凍らせたときも魔法を使いさえしなければいいやって油断してた時だったからな。剣を取るまでの時間稼ぎくらいができるようにしておきたい。
「魔力が多すぎるとそういう苦労もあるのか」
「私の制御が下手すぎるだけなんだろうがな」
ちょっとでもマシになるために頑張ります。
内殻変更、ミスリル。手の平の上に火の玉を発生させる。線香の先端の火を思い浮かべてバスケットボール大なのは前よりも酷いのでは? 魔法に慣れてきたせいで魔力に変換しすぎているのか? それすらもわからない。
まあいいとしよう。ひとまず歩きながらコレを維持できれば俺にしては進歩だ。
途中出てきたミノタウロスにその火を叩き込んだら「え? そのため?」みたいに見られた。違います。常在戦場ではないです。剣を受け取るにも火が邪魔だったから投げたらクリーンヒットしただけです。
22階、23階と順調に突破して、24階に入る。火は大きく揺らぐことが無かったとは言えないけれど、それでもまあ火柱になることは無かったので及第点だろう。許して。
24階に降りた所で恒例になりつつあるミノタウロスの襲撃を突破し、通路を進んでいると急にキルニスさんの《抵抗》が発動した。
「なんだ?」
「わからない。何も聞こえなかったのだが」
火を消して警戒態勢を取るけれど何も見当たらない。ショウさんから剣を受け取り、鞘から抜く前に斜めに振る。
「そこ!」
キルニスさんの顔面スレスレで何かに当たった感触があり、剣が弾いたであろう何かが天井に当たって地面に落ちる音がする。全員で音がした辺りに注目しているとスウッと小さな人型のものが現れてすぐに消滅した。消えた場所に巾着袋のようなものが落ちているから、魔物だったのだろうけれど。
「今のは……妖精?」
三角帽子を被った、絵本に出てきそうな小人の妖精に見えた。幼児くらいの大きさの老人だっだ気がする。あんな小さい妖精を剣の鞘で殴りつけたと思うと心にくるなぁ。
「拙いぞ、ザントマンだ」
「ザントマン?」
小人の素材を確認していたガンジさんとライヌさんがそう言うけれど、一体なんですか?
首を傾げるとトールさんが説明してくれる。
「生物を眠らせる粉を振り撒く妖精だ。基本的には眠らせるだけの無害な魔物なんだが」
眠らせるだけって、俺はそんなものを撲殺したのか。そう思っているとトールさんが顔を顰めた。
「眠らないと目玉を抉り取られる」
前言撤回。シンプルに害。
トールさんの説明を聞いていたキルニスさんも頷く。
「ダンジョンに出たなんて聞いたことは無かったけれど、厄介だぞ」
「厄介とは」
「こんな所で眠ってみろ、どうぞ食べてくださいと言っているようなものだ。しかも眠らないと目玉を抉られる。今はユウが反応できたけれど、複数になると難しいだろう?」
「そうだな。さっきは直感が働いたようだが、次も間に合うとは限らないな」
というか、さっきも相当ギリギリだった。
《迷宮への誘い》もあるし、《抵抗》を掛けないわけにはいかないから、眠りの粉にも抵抗してしまうのか。いや、寝られても運べないんだけど。
ナイトが以前言っていた、妖精は危ないってこういうことかぁ。あ、ナイト。
『ナイト、あとどのくらいかかりそう?』
『3時間もあれば終わるでしょうが、どうしました?』
『24階にザントマンが出た。探せたりする?』
『そういうことでしたか。可能ですよ。セーフティエリアでお待ちください』
『わかった。急かしてごめんね』
『お気になさらず』
よし。
「ザントマンはナイトに任せよう。一旦近くのセーフティエリアに退避して合流したい」
「首無し騎士はザントマンの気配も読めるのか。わかった。ここからセーフティエリアは近い。急ごう」
ナイトが合流するまでは《抵抗》が発動したらその人は目を腕で覆い、俺が勘でザントマンを殴るという原始的な対処をした。腕を怪我するけれど目玉を抉られるよりは断然マシだからだそうだ。通路を氷付けにするのが一番なんだろうが、さすがに他の魔物を呼び込みすぎる。
途中、俺に粉を振りかけていたらしいザントマンが眠らないし世界樹の種子のせいで目玉も抉れないしでぶち切れて目の前で姿を現すなんてこともあったけれど、なんとか無事にセーフティエリアにたどり着く。
ナイトからの報告を聞いて作戦を立てなければならないとのことで、ナイトの合流を待ちつつ今日はこのまま休むことになった。
リオムさんは不審者ではありません。
ネコの「可愛い」という比較的簡単で重要なお仕事。




