第79話 迷宮フロア
コングベアが多いけれど、ワイルドボアも出てくるのか。あとはワニっぽいもの。トカゲも出てきた。
草原フロアと比べて大きさは勿論だけど皮の厚さが違う。厚さというか頑丈さというか? 皮が素材に落ちる割合が増えたように思う。斬っている感覚の違いはあまりわからないけれど。
「ユウさん、足元失礼します!」
「ん!」
コングベアを斬り倒した直後にディーナさんの声が聞こえて動きを止める。一拍おいて風魔法が付与してあるらしい矢が膝の横をすり抜け、コングベアの死角にいたワニの眉間を貫いた。
「すまない、助かった」
「いえいえ。これが私の仕事ですから」
このフロア、魔物の体高が全く違うせいで魔物の死角から別の魔物が飛び出してくるから厄介だ。噛まれても痛くないとは言っても、あんまりガブガブされるのはなんか嫌だ。世界樹の種子だってこんなところでガブガブされるのは想定してないだろう。
まあ血塗れになるのも想定してないかも知れないけれど。
ペリュトンとかスチール・スパイダーとかは数はいたけど大きさが大体一緒だったから、陰になって全く見えないってことはなかったんだけどなぁ。
「ユウ、そこを曲がってくれ。扉があるはずだ」
「わかった」
キルニスさんに言われた角を曲がった先の道の突き当たりに扉があった。なんか重厚。こう、西洋のお城とかの扉っぽい。この世界のお城の扉がどんなものかは知らないけど。木製だけれど装飾が金属だ。石畳もそうだけど、こういうのダンジョンはどこで覚えるんだろう。
「あそこがセーフティエリアか?」
「ああ」
思ったより軽く開いた扉を抜けると、高校の体育館くらいのスペースがあった。今は俺たち以外誰もいないようだ。通路と同じように石造りで、天井の高さも通路と同じくらいか。狭くはないけど、換気口のような穴はあっても窓が無いから閉所恐怖症の人にはつらいかな。まあそもそも閉所恐怖症の人はダンジョンに潜らないか。
扉を閉めたガンジさんが部屋を見渡す。
「なんだ、無人か。なら、休みたいところだろうが、先に報告しておきたいことがある。食事をしながら聞いてくれ」
ユイさんとカイチさんがスープを作ってくれたので、それを食べながらガンジさんがナイトからの報告を全員に伝える。
「首無し騎士?」
「ああ。私の最初の随獣だ。保護者のような存在だな。単独行動を任せることが多い」
ショウさんがギギギと音がしそうなぎこちなさで俺を見る。レニアではウェストたちを止めたりしたから簡単に受け入れてもらえたけど、やっぱり驚かれる存在なんだな。姿を隠しておいてよかった。
「何を聞いても驚かないでおこうと思った矢先に驚きを更新してくるの、止めてくれないか」
「そう言われても」
とびっきりの秘密は言ってませんし。
「フェンリルやドラゴンでもとんでもないのに、首無し騎士か……」
「こうなると化け猫も本当にそうなのか怪しいですね」
「いや、たぶん、今のところはただの化け猫vだと思うんだが」
「主人が不安なのやめてくださいよ」
「チャーチ・グリムがフェンリルに進化したからな……あの子もどうなるやら」
できればマスコットのまま育ってほしいところなんですけどね。修行したいとか言い出したら止められないしなあ。
そんな話をしていたらガンジさんが手を打った。
「今はそれは置いておけ。とにかく、一旦目指すべきは30階だ。それ以降も異常が続いているなら儂らではどうしようもないから勇者たちに依頼を出すが、調べられる限りは調べておかんと」
目的を再確認して、ひとまずは今日の行動を終える。
調査部隊の人は全員寝てもらうけれど、護衛部隊は一応交代で見張りをするらしい。見張りと言っても他の人が来たときに情報を伝え合うだけなので一人ずつでいいようだ。
「ユウは一番最後を頼む」
「いいのか? 中間時間でも構わないが」
「先頭を行くお前さんが一番負担が大きいからな。ゆっくり休んで、早めに起きて頭と体をしっかり起こしておいてくれ」
「了解した」
天幕は出さずに敷布だけ敷いて、鎧を仮面に戻し毛布を被る。時間を確認したら朝の10時だった。ダンジョンに潜ったのが朝8時だったから、丸1日以上経っている。わかってはいたけれど結構時間がかかるな。
……これ、もしかしてダンジョンを出るまで風呂には入れないのだろうか? 絶望。
『ナイト?』
『はい。どうしました?』
『今からちょっと寝るから、起きたらまた連絡するね』
『承知しました。おやすみなさい』
『おやすみー』
ボムのご飯は見張り中にあげよう。あんまり大人数に見られないほうがいいだろうし。目を瞑るとすぐに眠気が来た。
軽く肩を叩かれて目を開ける。ユイさんが覗き込んでいたので、交代の時間かな。
「おはようございます」
「おはようございます」
ユイさんと場所を交代して、仮面を鎧に戻す。
「何か変わったことは?」
「今のところは何も。他のパーティも来ていません」
「わかった」
ユイさんは寝転ぶとすぐに寝息を立て始めた。他の人たちもよく眠っているようで、休めるときに休むというのに体が慣れているんだろうな。
火が出ていないのに温かい焚き火台を覗き込むと、板が置いてあった。何かの魔道具だろうか。これでスープを温めていたようだし、持ち運べるIHコンロみたいなもの?
焚き火台のそばに座って、鞄からボムの入っている瓶を取り出す。蓋を開けると飛び出してきて頭の周りを漂うボムに急かされるように、若干慣れてきた手順で手の平を切る。
最近食べる量?飲む量?増えてないか?
貧血になるほどではないけれど、なんだか前より時間がかかっている気がする。一体一体も更に一回り大きくなったようだし、成長期なんだろうか。瓶には収まっているから、小さくなろうと思えば縮めるのかも知れない。
考えてもわからないから、今度父さんに頼んでこの子たちの鑑定でもしてもらおうかな。そのくらいなら父さんの友達に頼めるだろう。
今は……昼の3時を過ぎたところか。満腹になったらしいボムたちが漂うのを好きにさせておいて、ナイトに連絡を入れる。
『ナイト、起きたよ』
『おはようございます。体調など変化はないですか?』
『おはよう。体調は大丈夫』
ナイトも声を聞く限り元気そうだな。
『今何階まで行った?』
『もうすぐ48階を攻略できます』
はっやいなぁ。
『何かおかしいことはあった?』
『多少は。想定はしていましたが、21階から30階に比べて31階以降の魔物のほうがランクが低いですね』
『あー、じゃあやっぱり問題は30階の壁なのかな』
『その可能性が高いかと。31階からは通路も石畳に戻っています。一応ダンジョンボスも確認しますが、収獲は期待しないでくださいね』
『問題がないってわかることが大事だから、収獲はないほうがいいな。大丈夫だと思うけど、気をつけてね』
『かしこまりました』
念話が切れるのを待って鎧越しに頭を掻く。ガンジさんが起きたら共有しておかないとな。
人が来ない以上、やることもないので剣に魔力を通す練習をしながらみんなが起きる時間まで待つ。
風と火、氷と雷はわりと簡単だけど、土と水は想像がしにくいからか難しい。闇とか謎。ブラックホールが闇魔法ということは魔法を吸収するイメージなのだろうか? なんだか大変なことになりそうだから闇魔法にチャレンジするのはまだまだ先だな。
光魔法も剣に通そうと思うと難しいな。ボムを見る限り爆撃っぽいんだけど、剣で爆撃ってどうするんだ? 接触した瞬間爆発する? 30階まで進むとなるともう少し攻撃手段を増やしておきたいのだけど、思うようにはいかないか。
「随分貴重な剣を持ってるね」
「ライヌさん。起きていたのか」
「疲れすぎてて熟睡できたのか、早めに起きちまったよ」
小声で話しながら隣に腰を下ろしたライヌさんが剣を覗き込んでくるので、差し出してみる。
「触っていいのかい?」
「術式を弄られると困るが、見るだけなら構わない」
そういうことなら遠慮無く、とライヌさんが剣をまじまじと検分する。
「私は鍛冶職人じゃないから剣としての善し悪しはわからんけども、これは総身オリハルコンだね。よくこんなものに魔力を通していられるよ」
それはゴウルクさんたちにも言われたな。まあ、更に魔力を散らす術式が大量に刻まれているらしいけれど、それは今言わなくてもいいだろう。
「神造兵装も気になるけれど、やっぱり私はこういう人の手が入る余地のあるもののほうが好きだね」
「やはりバレていたか」
「変形する鎧なんて『万能の鎧』以外に無いよ」
ははは。それもそうですね。
「そうだ、ライヌさんに見てほしい石があるんだ」
「なんだい?」
ふわふわとライヌさんに近づいてきたボムたちを見て急に思い出した。南の山地の湖で拾ったきりすっかり忘れていた石を取り出すと、ピンポン球くらいのまん丸な石は相変わらず淡く光っていた。
手渡すとライヌさんがルーペのようなものを鞄から取り出して石を調べる。
「ふーん……魔石ではないね。どこで拾ったんだい?」
「レニアの南にある山地の湖だ」
「レニアの南の山地ってことは、主のいる大きな山地だね」
「ああ」
鞄から小さな金槌を取り出して軽く叩いてみたり、何か術式が書いてある布を広げてその上に石を置いたりして一通り調べた後、石が返された。
「何、とは断言できないけど、それは石じゃないよ。ボムに近いものだ」
「ボムに?」
「ああ。ボムより硬いけれど、それは水属性を持つ魔素が膜で包まれている。私も見たことがないものだね」
そうなの? じゃあこれも魔物? これは萎んだり乾燥したりはしていないみたいだけど。話を聞いていたのか、ボムが何体か石に近づいてくる。石じゃないと言われても、他の呼称が浮かばない。
「ボムのように魔素を補給したほうがいいのだろうか」
「いや、たぶん必要ないね。なんと言えばいいんだろうね、これは魔素の塊が魔物になる前の状態というか……孵化していない、と言うのかねぇ」
石じゃなくて卵なのか? だとしたら鞄に入れっぱなしは駄目か。そもそも湖から持ち出すべきじゃなかったかも。
「ギルドに戻ればもう少し詳しく調べられるけれど、まあ嫌な感じもしないし、兄さんが持っているのがいいと思うよ」
持ってていいのかな? 嫌な感じがしないというのは俺も同感。
「わかった。見てくれてありがとう」
「どういたしまして」
どこに仕舞おうかと考えていると、石、改め卵の近くを漂っていたボムが、ボムたちを入れていた瓶の縁で跳ねる。
「一緒に入るのか?」
訊くとポンポンと激しく跳ねるので肯定なんだろう。瓶に卵を入れて、ボムも全部入ったのを確認したら瓶がミッチミチだった。それは卵が動かないように詰まっているだけなのか、瓶が狭いのか。今度大きい瓶買ってみよう。
鞄に戻すのはどうだろうと躊躇うと、世界樹の種子に瓶をかすめ取られた。網状に瓶を包んで腰にあるナイフの横に納めてしまった。装備品が増えるなぁ。まあ動く邪魔にならないからいいんだけど。
そんなことをしている間に時間になったので剣を納め、全員を起こして準備をしながらナイトからの追加報告をする。ガンジさんが顔を顰めた。
「いよいよ30階で何が起こっているのか気になるな」
「壁の向こうにいるらしい正体不明の魔物はなんなのでしょうね。ダンジョンに介入できるような魔物なんているのでしょうか」
「どうだろうな。暴走が一番近いかも知れないが、それにしては進行が遅い」
話をしながら荷物をまとめ、簡単に食事を取ってからセーフティエリアを出る。
迷宮フロアは最短ルートを進めば1日で5階は進めるとのことなのだが、15階のセーフティエリアに冒険者ギルドの職員がいるらしいので、ひとまず15階を目指す。
最短ルートを進むと時間がかからない代わりに魔物との遭遇率が高いとか、まあそうなるよね。一長一短だな。
どうも魔物が発生する場所が何カ所か決まっているらしく、最短ルートはその発生場所を全部突っ切って行くことになっているそうだ。だから頻繁にではないけれど挟み撃ちにも遭う。魔物自体は強くないけど意外と気が抜けないな。
そういえばロボたちはどうしたのかと思ったら、そのままナイトの所で一緒に進んでいるらしい。「修行するー!」とのことらしいのだけど、ロボ、あんまり強くならなくてもいいんだよ……?
今のところただの絶対安全な異世界見聞録。




