第78話 草原フロア攻略
「お兄ちゃん、見てー。すごいことになってるよ」
うん……。すごいことになってるねぇ。座って仮眠を取っていると、膝に頭を乗せて寝ていたはずのロボに呼ばれた。目を開けると視界いっぱいの魔物たち。現実から目を背けるために寝ることに集中してたけど駄目か。そもそも鳴き声がうるさい。
何重になってるんだろうか。
ダンジョン内でも夜のほうが魔物が活発になるということで、今仮眠を取って夜中は休憩を最小限にして進むらしいのだけど、仮眠レベルでこれか。
正直、魔物のランクはストーンでも対処できるくらいとは言っても、この量を目の前にするとテンションは下がるな。
わざわざ天幕を出して調査部隊を中で寝させた理由はこれか。討伐依頼で魔物に囲まれたことがある俺でもげんなりするんだ、慣れてないと仮眠なんてできないだろうな。
ロボが尻尾を振りながら見上げてくる。
「お兄ちゃん、ぼくが強くなったところ見る?」
そういえばロボが戦うところはまだ見てないな。
「そうだな。みんなが起きたら見せてくれるか?」
「うん!」
ロボを撫でて、ロボの首元に埋まるようにして膝に収まって寝ているアースとネコも撫でる。ネコはまたアースの尻尾を吸っていた。ナイトがいないからか、仮眠するよと呼び戻した全員が俺の膝で寝ると主張したため膝が大渋滞だ。
2時間の仮眠ということだったから、あと30分くらいか。
それにしても、潜るごとに魔物の数が増えるとは聞いたけれど増える規模が想像の倍だ。役割分担の重要性をひしひしと感じた。ディーナさんとユイさんが遠くにいる魔物のことを把握してくれるので後ろを心配せずに目の前の魔物の対処に集中できるし、余裕が生まれるから結果として視野を広く保てる。
そして広くなった視野で全体の状況も確認できる。勿論魔物のランクが本来俺たちが相手にするものじゃないことと、《烈火の戦士》が全員実力者であること、ガンジさんも元オリハルコンランクだということが大前提ではあるのだろうけれど、いいこと尽くしだ。
護衛依頼はパーティに頼むべきだな、うん。
本来のパーティはこうなんだろう。やっぱりウィルとシオンさんとの仮組みパーティはあれパーティじゃなかったな。
パーティを組むメリットをつらつらと考えているとナイトの声が聞こえた。
『ユウ、よろしいですか』
『うん。何かわかった?』
『30階まで降りましたが、確かに21階以降出現する魔物が急に変化していますね。あと、30階にて不思議な壁を発見しました。それに関係するのかわかりませんが、25階以降の道が土で覆われています』
『壁?』
『はい。階層ボスに向かう一本道を塞ぐ壁です。ただの土の壁に見えましたが叩いても壊れませんでした』
バールを引きちぎるナイトが壊せない壁? なんだ? 一本道を塞ぐなんて攻略しづらくなることをダンジョンがするとは思えないんだけど。迷宮フロアは全体が石畳でできているとの話だったから、土で覆われているならたぶん土壁と関係があるんだろうな。
『壁を越えたら何があるの?』
『それが、特に何も。何かの気配はあるのですが一向に姿を現しません。一旦スルーして下層に向かいます』
『わかった。みんなには報告しておくよ』
『はい。では失礼します』
さて、どのタイミングで話をしようか。誰か起きていないかと首を回すとガンジさんが起きているようなので手を上げると近づいてきてくれた。すみません、今動けなくて。
「何か気になることでも?」
「ナイト……首無し騎士に先行して下層を調べてもらっていた。一旦報告を」
「さっそく頼りになるな。どうなっていると?」
「先程30階を攻略したようなのだが、30階に不思議な壁が出現しているらしい」
「壁?」
「ああ。ただの土壁のようだが、進路を塞いでいると。壁を越えると今のところ魔物は出てこないらしい」
顔を顰めるということは、ダンジョン内で道を塞ぐ壁なんて聞いたことがないのだろう。
「ダンジョン内では迷宮フロアで行き止まりはあるが、道の途中に壁が生えているなんて事は聞いたことがないな」
やっぱりダンジョンは完全な行き止まりなんて作らないよね。じゃあ異常の発生源はそこか? それとも下層にもっと何か異変が起きているんだろうか?
「それに関係することかも知れないが、25階以降の道が土で覆われているらしい」
「道が土で? 魔素の暴走でも起きているのか?」
「それはわからない。ナイトは魔素感知はできないらしいから」
「そうか。じゃあそれは儂らで調べるしかないな。しかし、土で覆われているとなると洞窟フロアが広がっているのか? それにしては変化が早すぎるか。ダンジョン内部の変質なんて本来は数百年、数千年単位だ。ダンジョンボスが倒されたとしてもそこまで一気に変わったりはせんし……」
ブツブツと考え込んだガンジさんが顔を上げる。
「ここで考えていても仕方がないな。とにかく進んで、実際に見てみよう。ナイトは50階まで潜ってくれるんだろう?」
「ああ。おそらく明日にはダンジョンボスの様子を確認できるはずだ」
「そんじゃあその報告も聞いて判断しつつ、11階に着いたら全員に情報共有しよう。ひとまず30階の土壁を目指すぞ」
了解しました。
時間になったので全員を起こし、天幕を仕舞って集まっている魔物たちを見る。このフロアの魔物全部集合してるんじゃない?ってくらい集まっているけれどこれでも半分もいないらしい。怖いなぁ。アースとネコを背中に乗せたロボが大きく膨らんだ。
「見ててねー」
「頼む」
尻尾を振りながら魔物に向き直ったロボが大きな声で吠える。
ロボの咆哮に合わせて地面が揺れ、どぉんと岩が隆起して割れ目に魔物が飲み込まれていった。そのまま岩でできた壁が折り畳むように閉じられる。
……わぁい。魔物のサンドイッチだぁ。
魔物を挟み込んだ岩は地面に戻り、平らに戻った地面の上に大量の素材が乗っていた。
この間おおよそ5秒。
「ちゃんと人は巻き込まないようにしたよ! ぼくすごい?」
「ああ。頑張って修行したんだな。頼もしいよ」
無邪気に尻尾を振る姿が若干恐ろしくもあるけれど、ボールを取ってきた子犬のようなキラキラとした目を見るとそんなこと気にならない。
頑張ったね、いい子いい子とたくさん撫でる。便乗して首を伸ばしてくるアースとネコも撫でる。自分に素直な心は大事。
振り返ってみるとみんな呆然としていた。そりゃそうですよね。
肩を竦めて誤魔化す。
「また集まってくる前に行こう」
声をかけるとガンジさんが手で額を覆ってから深いため息を吐いた。
「行くぞ。気にしたら負けだ」
はい。気にしないでください。
あまりにも大量の素材が勿体ないので、通常イノシシサイズのブラウンボアの革と肉は持って帰ることに。こういうのは一般家庭でよく使われたり食べられたりするらしい。
ロボたちはまた上の階で遊んでくると言うので、寝るときはナイトの所に行って寝るように伝えておいた。ロボたちは夜にちゃんと寝る子たちだから、仮眠じゃ足りないだろう。はーいと元気に背中で返事をしながら走って行く背中を見送る。
さて、進みましょうか。
あ、そうだ。ボムを出してみようか。これは陽光じゃないからご飯にはならないかな? 鞄からボムが入っている瓶を出して、蓋を開けてみる。
「ボム? ずっと持っているのか?」
「ああ。いろいろな場面で助けてもらっている」
キルニスさんに訊かれて答える。ボムはキルニスさんの上を漂ったあと、ふわふわとまとまって天井に上って行き……急降下してきた。
ポポポポポッと俺の頭に突進して猛抗議してくる。痛くはないけど不満なのは伝わりました。
「やっぱりご飯にはならないか」
光量があればいいっていうものじゃないんだな。
俺に突進した程度では気が済まなかったらしいボムたち何体かが、近くにいた魔物に近づくとボンッと爆発をした。
音としては可愛らしいが、威力は抜群。普通に平原にいるボムよりも大きくなっているからか、一体につき魔物が数体吹っ飛んでいた。
「あとでちゃんとご飯あげるから、八つ当たりをするんじゃない」
爆発が収まり、すぅっと姿を現したボムたちを呼び戻す。そんな気はしてたけど、やっぱり君たち爆発=死ではないんだね。この子たち本当にどういう魔物なんだろう。
戻ってきたボムたちを瓶に戻して鞄に仕舞う。11階に降りてからご飯にしよう。
「……ボムと意思の疎通が取れるのか?」
「疎通というか……なんだろうな、幼児と接している感覚だろうか」
何を言いたいのかはわからないけれど、言いたいことがあるのだろうということはわかるというか。まあお腹が減った、くらいしかわからないけど。
「こちらの言っていることは理解してくれるし、戻っておいでと言えば戻ってきてくれるから、ネコより余程頭がいいと思う」
ネコは呼んでも撫でてほしいとき以外は来ないからな。
「呼んだら戻ってくるボムというのが初耳なんだが。まあボムも魔物なんだし、随獣師になら懐くこともあるのか?」
「契約をしているわけではなんだが、どうなのだろうな。どうもこの子たちの言葉はロボたちにもわからないらしい」
ナイトが言うには魔物は鳴き声が違っても会話ができるだけの知能があれば会話は成立するのだけれど、この子たちはある程度の知能がある行動をするのに何を言っているのかわからないとのこと。だから契約ができないと。
喃語のような感覚で、ネコのような一語文ですらないらしい。むしろネコは一語文なのかと驚いた。思っているより赤ちゃんだった。よく森の中で生きてられたな。
「そもそも喋る魔物と契約している知人はいないから、参考になりそうな話は聞いたことがないな」
そうなのか。そうだよな。ロボも最初は喋れなかったし。元々話せたウェストやサウスはともかく、ザーパトやレディが特別過ぎたのか。ヒスイは結局喋れないままなんだろうか? まあ群れの中にいるなら問題ないからいいか。そもそもテイマーってどんな魔物と契約していることが多いんだろう?
地上に戻ったら街をうろうろしてテイマー探してみようかな。
8階からはワイルドボアも出現し始めたのでなんだか懐かしい気持ちになったりしつつ、調査部隊の人たちがヘトヘトになりながらもなんとか10階から下に降りる階段にたどり着いた。先頭で階段を降りて通路に出たら、途端にコングベアが向かってきていた。
出ゴリラグマ。
いきなりドラゴンじゃないだけいいか。カッパー以上の制限が付くのはこれが理由なのかな。10階までの魔物とは明らかにランクが違う。
「……やっぱり戦闘職ってのはすごいなぁ」
コングベアを切り倒して道を空けると後ろにいたカイチさんがしみじみと呟く。トールさんとヤルニさんも頷いていた。
「解体なんかで見慣れているのに、いざ動いて向かってくるとやっぱり怖いな」
「さっきまでの魔物ならともかく、コングベアクラスになると私たちでは手も足も出ないですからね……」
冒険者ギルドの職員でも完全に事務職だとこれは怖いか。まあ身長より大きい魔物が牙をむいて向かってくるんだもんな。普通怖いよね。
……俺なんで平気なんだろう? これが戦闘狂って言われる原因か? 最初にグロテスクの相手したせいで麻痺してるのかな?
深く考えるのは止めておこう。悲しくなりそう。
全員が降りて来るのを待つ間に改めて迷宮フロアを見渡す。石畳の道は幅は4メートルくらいか? 縦も5メートルほどのようだ。壁の途中途中に松明のように光石が光っている。草原フロアのみたいな明るさはないけれどこの道ならこれで十分だ。
壁も天井も石壁だな。外壁に近い造りなのかも。道は真っ直ぐ続いているようだけれど途中横道がある。
さっきコングベアは真っ直ぐ向かってきたようだけれど、魔物は前からしか来ないのだろうか? 迷路みたいになっているなら後ろからも来るか。
「一番近いセーフティエリアに向かう。キルニス、道は覚えてるな?」
「ああ。ユウ、案内するから進んでくれ」
「了解した」
さて、ここからはどんな魔物が出てくるんだろうか?
ロボは人間よりはずっと強いけれど、フェンリルとしてはまだまだ子供です。
主人公が魔物怖くないのは父の血。




