第77話 草原フロア
ネット環境復活しました!!
洞をくぐると、そこはふくらはぎ丈の草が生い茂る草原だった。かなり広く、端まで数キロはある。岩肌なのか樹皮なのかわからない壁が四方を囲っている。壁に沿って視線を上げると数百メートルの高さにある天井がギラギラと光っていた。さすがに太陽光ではないだろうけれど、あれはなんだろう。天井全体が光っているように見える。
「なんだい、兄さんはダンジョン初めてかい?」
天井を見上げているとライヌさんが声をかけてきた。女性ドワーフのライヌさんは俺の腰丈までの身長ながらガッシリしていて存在感がある。
首を目一杯上げているのはしんどそうなので片膝をつく。
「ああ。まさか木の洞からこんな草原に抜けるとは。話で聞いていても実際に見ると驚いてしまった。ライヌさん、何故洞の中がこんなに明るいんだ?」
「天井に反射苔が群生しているのさ。反射苔は知ってるかい?」
「いや」
「反射苔っていうのは光を非常に強く反射する苔のことさ。天井に大きな光石がいくつも埋まっているんだけど、その光を反射苔が反射させることによってここまでの光量を起こしている」
「光石の光を反射するだけでここまでになるのか」
光石の光は精々、電柱の街灯くらいだ。いくら大きいとは言ってもあの距離からはっきりと地面を照らすのは無理だろう。それを可能にしているのが苔とは恐れ入る。
「近くで見ると目が潰れるくらいだからね。帝城の明かりなんかに取り入れられてるんだ」
怖い。
「全部のダンジョンがそうなっているのか?」
「いんや。こういう草原の所だけだね。迷宮フロアなんかは光石だけで十分だ。天井もこんなに高くない」
ダンジョンの中にあるものはダンジョンが作ったものだと考えると、ダンジョンはわざわざ視界を確保するために光石や反射苔なんかを用意したということなんだろうか? 強くなるために人間が攻略しやすいよう作っている? ダンジョン君本当に何がしたいの?
「ほれ、感動してないで立つ。調査部隊のメンバーには多少強行軍になるが、11階の迷宮フロアまで一気に降りてしまうぞ」
パンパンとガンジさんが手を叩いたので立ち上がると、影が大きく広がりロボが飛び出してくる。ロボの大きさに圧倒される一同を前にロボが首を捻った。
「ぼくが運ぶ? 五人くらいなら運べるよ?」
確かにロボの背中なら調査部隊の人全員乗れるか。武装してないから鎧が噛んだりはしないだろうし。どうだろうかと振り向くとガンジさんが首を振った。
「提案は有難いが、ロボの背中にしがみついていられる握力が無いだろうな」
あー、結構揺れるからな。頼れるのが握力だけとなると難しいか。落ちたら危ないし。
「だそうだ。考えてくれてありがとう」
「はーい」
しゅるしゅると縮んでロボが尻尾を振る。
「じゃあ、用があるまで遊んでていい? アースとネコと探検してくる!」
「いいか?」
「おう、いいぜ。さすがにロボの装具を見て襲ってくる奴はいないだろう。いたとしてもロボは負けんだろうしな」
装具が無くても襲っては来ない気がする……すごいチラッチラ見られてるもん。話を聞いていたのか飛び出してきたアースとネコを受け止め、アースを肩に乗せてからネコのハーネスをロボのハーネスに繋ぐ。なんで、みたいな顔してるけどネコはこの草原の魔物にも勝てないだろうからね。
「ロボ、アース。ネコは戦えないから二人で守ってあげてくれ。ネコは危ないと思ったらロボの背中に逃げるんだぞ」
「うん」
「ギャウ」
「に?」
よーし、ネコだけわかってないけどまあいいや。ハーネス繋いだし大丈夫だろう。ガンジさんがロボの頭を撫でる。
「ロボ、アース。遊びながらでいいんだが、もし負けそうになってる冒険者を見つけたら助けてやってくれるか?」
「助けていいの?」
「ああ。ただ、助けがいるかって訊いて、助けてくれって言った奴らだけな。それ以外は放っておいていい」
「わかった。じゃあ、ぼくが訊くから、アースが助けてくれる? ぼくネコを見てるから」
「ギュ」
確認を終えて走り出した三人を見送り、俺たちも隊列を組んで歩き出す。走ると体力の消耗が激しいので早足程度の速度で行きます。
草原フロアにいる魔物は東の平原で見てたのとそう変わらないな。メリーシープかコットンシープかは相変わらず遠目ではわからない。
ダンジョン内の魔物はみんな襲ってくると聞いていたけれど、元が穏やかな性質の魔物はそこまで積極的ではないようだ。一定距離に近づかなければ襲ってこない。小さいリッパーモンキーみたいなのはめっちゃ襲いかかってくるけど。
剣だと逆に対応しづらいからナイフでいこう。倒した魔物が即座に溶けるように消えていくのはなんとも言いがたい。ゲーム感覚と言うにはリアルすぎる。素材は皮が残るようだけれど、使い道が少ないし新人たちが回収する量で十分とのことでそのまま置いていく。回収されなかった素材はそのうちダンジョンに吸収されるらしい。
吸収されるものとされないものの違いがあやふやだな。人が寝てても吸収されることはないらしいし。もしかして生きているかどうかで判断してるのかな?
「魔物の数はそこまで多くはないんだな」
「潜るたびに少しずつ増えていくんだ。魔物のランクも上がる」
そうなのか。
キルニスさんに進路を確認しながら草原の端を目指す。草原フロアでは階層ボスというのがいないらしく、入り口の反対側にある階段を降りればいいらしい。
『ナイト』
『はい』
『先行してダンジョンボスを確認する事ってできる?』
『可能ですよ。しかし、私も一層ずつ攻略する必要があります。少し時間がかかりますがよろしいですか?』
相変わらず即答。このくらいのダンジョンに出てくる魔物はナイトにとっては脅威でもなんでもないんだろうな。
『うん。こっちはそこまで急げないからゆっくり行ってくれたらいいよ』
『承知しました。では行って参ります。万一何かあればすぐ呼び戻してくださいね』
『わかった』
ダンジョンボスに何かあって異常が起きているならナイトが発見してくれるだろう。そうなるとこれは俺たちじゃ対応できないから父さんたちが出てくるかな。
草原を半分進んだところで一度休憩を挟む。と休憩と言っても立ったまま水分補給くらいだけど。
水を飲んでいると視線を感じたので首を捻るとキルニスさんが俺を見ていた。
「どうかしたか?」
「いや。中身ちゃんと入ってたのかと思って」
「入ってない可能性は無いと思うが?」
なんだ中身入ってるって。俺たちの話を聞いていたらしいガンジさんが吹き出す。
「確かに、ユウなら動く鎧だったとしても驚けないな」
驚いてください。そりゃ、昨日から機会がなくてずっと鎧のままみんなに会っていたけど。何、この世界鎧だけで動く魔物がいるの?
「どんな魔物なんだ?」
「不死者の一種で、がらんどうの鎧が動いている。基本的に生前の強さに依存するが、ランクは大体特級下位から上位だな。倒すには神聖魔法を使うか、鎧を跡形もなく燃やし尽くすかだ」
そこまで強くないけど攻略が難しいタイプか。俺は神聖魔法使えないし燃やし尽くす方向かな。俺がそれかもしれないと思われていたことには納得できないけれど、その魔物のことは覚えておこう。
「そうだ。話は変わるが、ダンジョン内は自己責任だと聞いていたのだが、助けていいんだな」
ガンジさんがロボたちに新人の助けを頼んだことを思い出して質問する。
「どうしたって連戦になるからな。勝手に割り込むのは御法度だが、助けが欲しいときに助けを求められるっていうのも大事だろう。普段は新人たちを見てるギルド職員がいるんだが、今は異常の範囲が広がるとすぐにわかるように下層に降ろしてるから人が少ない。借りれるもんは借りとけ精神だ」
「なるほど」
ギルド職員って本当にいろんなことしないと駄目なんだな。ダンジョン内で新人の警護なんかもあるのか。ここでは実地演習代わりにダンジョンに潜っているという話だったし、その延長なんだろうか。
「訊き忘れていたが、このフロアのセーフティエリアはどこなんだ?」
「ああいう岩場だな。草が生えてないとこだ」
ガンジさんが指差した岩場には子供たちが何人か集まっていた。休憩中らしい。
「落ち着かなさそうだ」
吹き曝しだぞ。いや、屋内?だけど。気分的に全開の吹き曝し。
「はは。まあ襲われないだけマシだろう」
泊まらないということはあの岩場で寝ることはないだろうから、まあいいのか。
その後も休憩を挟みつつ草原フロアを進み、3階の真ん中のセーフティエリアで昼休憩を挟む。自然光がないから時間の感覚がすぐに狂ってしまうな。もう半日経っていたのか。
11階まで降りてしまうということだったけれど、そうなると単純計算で丸1日歩き続けることになる。調査部隊の人たちには少ししんどそうだ。
ただ歩いているだけとはいえ、3階まででも相当な距離を歩いている。いくらこの世界の人が地球人より頑丈でも普段から運動していない人にはキツイ距離になるだろう。
「上位の冒険者は夜までに11階まで降りるって本当なのか……」
「基本的に11階以降が目的だからな。食料の補給が確実でない以上日数を無駄にはできん」
「体力お化け」
「だから冒険者なんてやってるんだよ」
軽口を言い合えるくらいには元気そうなので大丈夫か。
食料の補給はやっぱりダンジョン内では大変なんだな。獣系の魔物が出ると言っても肉が必ず落ちるとは限らないし、どちらかというと皮や骨、爪なんかが多いらしいし。野菜なんて以ての外。そりゃあ特需は生まれるし急いで降りるよね。
今回は素材採取が目的ではないのでガンジさんたちはマジックバッグの容量が許す限りの食料を入れてきたらしいのだけれど、俺は元からある分だけにした。旅に向けて大量に買っていたし、携帯食もこまめに買い足していたから問題ないだろう。
そういえば、俺の鞄の容量が気になって父さんに具体的にどのくらい入るのか訊いたら「北海道が入るくらい?」という意味のわからない発言をしていた。北海道を詰め込もうとするな。何も具体的じゃないし。
ロボたちはご飯だけ取りに来て、そのままご飯を咥えて上の階に戻って行った。お行儀悪いなぁ。魔物と駆けっこして遊んでいるとのことだけど、それ魔物のほうは絶対駆けっこだとは思ってないと思うよ。
というか。
「囲まれたな」
「これが草原フロアで泊まりたくない理由堂々の第一位だ。食料問題よりも面倒くさい」
「納得だ」
ほんの30分程度でセーフティエリアを囲むように魔物たちが集まってきていた。50匹くらいか? こうなるとわかっているとこのエリアで泊まろうとは思わないなぁ。この階から姿を見るようになったヤギのような魔物がなかなか好戦的で、岩場に入っては来ないもののガシガシと前脚が土を掻いている。
動物園のふれあいコーナーで見るヤギとはまるで違うな。
近くに冒険者がいないことを確認し、魔物たちに氷柱を落として掃討する。出るときにしてもよかったんだけど、全く落ち着けないので許してもらおう。
ジンさんがため息を吐いた。
「簡単に氷魔法を使うなぁ」
「これが一番得意なんだ」
想像しやすくて調節も他の魔法よりはしやすい。氷柱を下から生やすか上から落とすかの二択なので他の人を巻き込みにくいのも大変よろしい。
もう30分ほど足を休めてから、また進み始める。5階で一度仮眠を取るらしいから、そこまでどんどん進む。
見たこともない南国にいそうなトリを見つけてテンションを上げたり、発光するキノコを見つけたりしながら草原フロアを降りる。
発光キノコは上級回復薬の原料らしいのだが、それ本当に大丈夫な薬ですか?




