第7話 随獣師
「あー……話は終わったかい? こちらの話をしても?」
ハッとして振り返る。そういえばここはギルド前の広場でしたね。さっきワイバーンの薬を用意してくれていた女性が頭を掻いていた。すみません、忘れてました。40代くらいの明るいブルネットの女性は筋肉質でキリッとした感じだ。制服ではないけれどギルドの職員だろうか?
「いろいろ訊きたいことはあるけど、とりあえずあんたが新人のユウかい?」
「ああ」
「私はギルドマスターのヴァネッサ。じゃあ登録だけはちゃんと済ませておいておくれ。グロテスクの討伐報酬を払うのに必要だからね」
ギルドマスターってもしかしてギルマスの正式名称かな? マスターってことはこの人がギルドの責任者なのだろうか。そして、報酬? お金もらえるの? やったー! 頷くとヴァネッサさんはナイトを指差す。
「で、その首無し騎士はあんたの従魔かい? 影から出てきたらしいけども」
ジュウマ? 首を傾げたらナイトが代わりに答える。
「いいえ。私たちは従魔ではなく随獣です」
随獣とジュウマって違うの?
「なんと、汝は随獣師か」
頭を俺に寄せたままだったヌシが驚いたように訊いてくる。随獣師ってなんですか。
「随獣師が何かは知りませんが、ナイトとロボは私の随獣として契約しています」
ってナイトが言ってた。
「なれば随獣師だろうよ。なるほど、死を従えるわけか。数百年本物の随獣師など見ておらなんだが、こんなところで会おうとはな」
なるほど、随獣の主人なら随獣師なのか。というか、数百年見ていない?
ヴァネッサさんが空を仰ぐ。え、そんな問題があるんですか? 父さん何も言ってなかったけど。さっきウィルが知らねって丸投げしたのと何か関係があるのかな?
「あんた確か、登録では魔導剣士だったね?」
「ああ」
「じゃあもうそれで押し通そう。あくまで首無し騎士とチャーチグリムはあんたの付属品扱いだ。必要に応じてあんたの判断で手を貸してもらっておくれ」
いいのかな? まあそれでいいならいいか。さっきみたいな感じなら俺一人で戦えないわけではないし。今みたいにナイトには別行動を頼むことも多いだろうし。了承のため頷く。
そんな俺たちを見ていたヌシが首を伸ばす。
「ヒトの子よ、子を助けてくれた礼に伝えておくことがある」
突然どうしたんだろう? 見上げるとヌシが真剣な目をしていた。
「そこな主人も聞くが良い。ここのところ東の森が騒がしい。グロテスク以外にもガーゴイルも増えている。我が森にも東の森より逃げてきたものが増えた。気を配っておけ」
西の森に東の森か。グロテスクが形容詞じゃないってことはガーゴイルもたぶん雨樋じゃないんだろうな。わざわざ忠告してくれるってことは結構危険な魔物なんだろうか。
「確かに最近東の平原にも森から魔物が流れてきてるって報告が上がってたね……。ご忠告感謝します、西の森の主」
東には平原もあるのか。頭を下げるヴァネッサさんに倣って頭を下げる。
「ありがとうございます」
うむ、とヌシが息を吐く。頭を上げたところでウィルに連れられてワイバーンが戻ってきた。
「お待たせ。手当てはしたが、ヒト用の薬では完治はしとらんだろう。あまり激しく動かんように気をつけてくれ」
近づいてきたワイバーンの怪我をしていた肩口を確認すると、目を凝らしてやっと薄く傷の痕が確認できる程度まで回復していた。異世界の薬すごい。ナイトがロボを抱き上げて見せてあげていた。
「ありがとう。無理をさせて悪かった」
顎に手を当てるとすりすりとすり寄せてくる。気にするな、ということだろうか? ロボはワイバーンの背中に乗るのが気に入ってしまったのか、ナイトが地面に下ろすとしゃっとワイバーンの背中に登ってしまった。
「あ、コラ。駄目ですよ。彼は怪我が治ったところなのですから」
「グルアゥ」
「ばう」
ナイトに叱られても降りたくないようで、ワイバーンも一緒になってロボを下ろそうとするナイトから体をよじって逃げる。クク、とヌシが笑ってナイトを止めた。
「小さき友が気に入ったようだ。子の大きさならチャーチグリムが乗った程度障りはなかろう」
「全く……まあしかし、子供がやんちゃなのは仕方がないことですね」
なんでこっち見るんです? 俺良い子だったでしょ。
下ろされないとわかったのか、ワイバーンはロボを乗せたままヌシの周りを走って遊びはじめた。激し……く、ないんですか、それ。魔物的には大人しく遊んでいるうちに入るんだろうか。
「ああこら……まあ飛ばないならセーフか。傷自体は塞がってるし、その程度なら開くことはないだろう」
ウィルが頭を掻く。やっぱり大人しくないんだなあれ。
「森に帰ったら我から言い聞かせておく。獣の子よ、礼を言う」
「あ、どういたしまして……じゃあ、とりあえず飛ばなければ大丈夫だと思うので、それだけ気をつけてください」
「承知した」
ヌシに声をかけられたウィルは一瞬怯んだけれど、要件はしっかり伝えていくその姿勢嫌いじゃないです。……しかし、ふと思ったんだけどヌシって名前じゃないよね。西の森の主って役職名みたいなものでしょ?
「西の森の主、失礼を承知で一つお願いしたいことが」
「む?」
ヌシが顔を向けてくれたので、できるだけ慎重に言葉を選ぶ。
「もし名をお持ちでいらっしゃらないのであれば、ウェストとお呼びすることをお許しいただけませんか?」
西の森の主だし、あんまり変に凝った呼び名はあれだよな。まあだからってまんま西ってっどうなんだと思わないこともないんだけど、妙なセンスを発揮してしまうと後々大変なことになるからな。別の名前も考えながら待っていたが、主からの返事がない。
考えるのに必死で落としていた視線を上げると、ヌシがキョトンと俺を見ていた。
はて?
そっと周りを見てみるとヴァネッサさんやウィル、レオだけでなく、広場に集まっていた冒険者やギルド職員がみんな俺を見ていた。何か駄目だったか!? ナイトを見ればため息を吐く音がする。何さ!! ロボを乗せてはしゃいでいたワイバーンも何事かと首を捻ってこちらを見ている。
「ク……ハハハハハ! ウェストか! 良いぞ、気に入った! 我はこれより以後ウェストと名乗ろう。クハハ、ここ数百年で最も愉快な気分だ。よもや我が名持ちになろうとはな」
めっちゃ笑いますやん。え、良いんだよね? 気に入ってくれたんだよね? ウェストってこの世界では縁起悪いとか、侮辱的な意味になるとかじゃないよね? 不安になっているとヌシ改めウェストが顔を寄せてくる。
「ヒトの子よ、名は?」
「私はユウ、首無し騎士はナイト、チャーチグリムはロボです」
ナイトたちのことも一緒に名乗ると、ナイトは会釈しロボは吠えて応える。ふむ、とウェストが頷く。
「ではユウ、一つ頼まれてくれるか」
「はい?」
「負担でなければ我が子にも呼び名を付けてやってくれぬか」
負担なんてあるのか? 勿論と答えてワイバーンを見ると何かを察したのかソワソワ尻尾を振っている。
「では、ザーパトと」
これも西なんだけどね、許して。俺のセンスは信じられない。単語の方がまだマシだろう。
ザーパトと呼べばそれが自分の名前と認識したのか嬉しそうに吼える。気に入ってくれたようで良かった。
そう思っていると突然ウェストが光った。
は?
目を焼く光が収まるとそこには巨大なワイバーンではなく巨大なドラゴンがいた。
は??
「クハハハ! いや、愉快。名のみで進化まで誘発するか。ハハハ」
え? ウェストだよね? 声ウェストだし。進化? バサッと翼を広げたウェストと思われるドラゴンはワイバーンだった時より更に一回り大きい。まじで山。
何度か翼を動かしてウェストが落ち着いたのか翼を畳む。
「さて、些か長居が過ぎたか。そろそろ暇するとしよう。主人よ、騒がせた詫びと言ってはなんだが眷属に手を出さぬのであれば我が森でのヒトの活動を許そう。ただし、世話は焼かぬぞ。力の足る者のみに留めよ」
「ワイバーンの脅威が無くなるだけで大変有難いです。ありがとうございます西の……ウェスト様」
西の森ってどこだ。俺も西にある森を抜けてきたけど。後で訊いておこう。ウェストがこっちを見る。
「ユウ、汝のことは我が森はいつでも歓迎しよう。気軽に遊びに来ると良い」
「はい。是非お邪魔させていただきます」
ウェストが頷いてザーパトを呼ぶ。さすがにロボがザーパトの背中から降りた。ザーパトが背中に登りウェストが翼を広げる。
「ではな」
「ではなー!! またあそぼうね!」
ウェストに続いて聞こえた幼い声の主を確認するより先に、体が浮きそうになるくらいの風を起こしてウェストが飛び上がった。……ザーパト?
「ナイト」
「はい」
「ウェスト、ドラゴンになった?」
訊くとナイトが頷く。
「元より言語を扱うほどのワイバーンでしたからね。名が付けばドラゴンにもなりましょう」
名が付けば?
「きちんと分けて説明しなかった私の責任ですね。本来、名を付けるだけでは術式や契約は必要ないのです。ユウは呼び名を考えただけのつもりだったのでしょうが、今のは確実に名付けです。魔力さえあれば名を付けるになんの準備も要らないのですよ。そして名を付ける行為は使用した魔力の分だけ存在の強化にもなります。なのでウェストは進化し、ザーパトは言語を習得したのでしょう。本来ならばワイバーン、しかも主と呼ばれるクラスに名を付けるなんて正気の沙汰ではないですが、ユウはそれができてしまうのが問題ですね」
……進化って、そんな。ゲームじゃないんだから。
「ザーパトはウェストの直系の子のようでしたし、数百年後にはドラゴンになるでしょうね」
マジかよ。
「気軽に名を付けることを勧めるなと言いましたが、気軽に名を付けるのも止めておきなさい」
はぁい。
「あんた……とんでもないことをしてくれたね……」
ナイトに怒られていたら後ろからヴァネッサさんに声をかけられた。
あ、すいません。とんでもないことをやってしまったのは今理解しました。振り向くとヴァネッサさんが額に手を当てて項垂れていた。本当ごめんなさい。
「ユウ、体調は大丈夫か? 気分が悪かったり、眩暈がしたりは?」
レオに訊かれるけれど、特にそんなことは。ベリー元気。大丈夫と首を振れば逆になんで大丈夫なんだよとウィルに言われた。そんなこと言われても。でもナイトの話的にもたぶん本来なら相当無理なことをしたんだろうな。
視線を逸らせば、ウェストたちが飛んで行った方を見ていたロボがしょんぼりと尻尾を垂れていた。お友達が帰っちゃって寂しいね。ナイトが抱き上げて慰めれば元気になったようだ。
「はぁ……東の森の調査や、西の森への依頼ランクの見直しとか、色々忙しくなるよ。ウィル。あんたユウの知り合いならアリサから引き継いで登録完了させといてやりな。特例措置をとるから簡単な座学も頼むよ」
「承知いたしまして」
特例措置とは。額を押さえるヴァネッサさんに言われたウィルが理解しているようだからいいか。