第74話 台風の目、加入
お礼を言ってギルドを出て、デオンさんに教えてもらった雑貨屋に向かう。それにしても、本当に賑わっているなぁ。
ぬいぐるみとか化粧品を売っているような店もある。これはレニアでは見た記憶が無いな。居住区にはあったのかな。
着いた雑貨屋は大店ではあったけれど落ち着いた雰囲気の店だった。きらびやかな店が多いからちょっとドキドキしてたけどこの店なら入りやすい。
適度に賑わっている店内を見ながらタオルを探していると、精算カウンターの奥にマジックバッグを見つけた。
えっと、金貨、250枚。
よーし。今ならわかるぞ。高いな? 2500万円?
うっそだろ、俺《架け橋》にこんなもの勧めていたのか? 高価だとは思ってたけどここまでとは。
「マジックバッグをご購入ですか?」
マジックバッグの値段に圧倒されていると、カウンターにいたおじいさんが気づいて声をかけてくれた。
「いや。マジックバッグはもう持っているのだが、父から貰ったもので値段を聞いていなかったんだ。ここまで値が張るものだったとは知らなかったから、知り合いの新人に勧めてしまったんだが」
「ああ、そういうことでしたら心配要りませんよ。これは大店やお客様のような高ランクの冒険者の方向けのもので、新人の冒険者の方向けにはもっと手頃なものがあります」
なんで俺のランク……は、登録証か。マントの下のものによく気がついたな。大店の商人っていうのはこういうことに気がつく人が多いんだろうか。
「それは良かった。ちなみになんだが、それぞれどのくらい入るんだ?」
「一番安価なものが金貨2枚で大型荷車の荷台の半分程ですね。こちらは最高ランクのもので、天井まで満杯に詰めた荷台十台程になります」
金貨2枚なら頑張れば買えないこともないか? 結構ピンキリなんだな。大型荷車の荷台ってことは、縦横2メートルの長さが5メートルくらいか。それの半分なら新人用でもそこそこの量が入るな。金貨2枚から250枚はとんでも無く飛躍している気もするけれど、家の物置から企業の倉庫に変わればそれくらいなのかも。必要な魔力とか魔石の量もだいぶ違うだろうし。
「荷車十台分のマジックバッグがあっても荷車は必要なんだな」
全部鞄に入りそうなものなのに。
「冒険者の方はともかく商人は移動に日数と人員がかかりますから、食料を優先して入れると商品が入りきらない場合もあるのですよ。ここまでのものが出回ることも少ないですからね。加えて、体を休めるにも負傷者や病人が出たときにも、荷車はあったほうが便利なんです」
なるほど。商人なら護衛や傭兵も一緒に移動するだろうし、それだけの人数が長期の旅をするなら食料や日用品なんかも大量になるか。
「ありがとう、勉強になった。私はいまいちそういう事情に疎くて」
「いえいえ。お役に立てて何よりです」
親切なおじいさんでよかった。
「話し込んでしまいましたね。ご用件をお伺いしましょうか?」
「ああ、すまない。タオルをもらえないだろうか。ある程度量が欲しいんだが」
「かしこまりました。少々お待ちください」
おじいさんにタオルを二十枚売ってもらい、街を出ようとしたところで食料品店の店先で衝撃的なものを見てしまった。
卵が生っているんだが。
え??
大混乱のまま街を出ると、森の辺りでボムが光っていた。この湿原でボムは見かけなかったんだけど、と思っているとボムが一直線に俺のほうに寄ってきた。君ら俺のボムか!
なんだか慌てた様子のボムに急かされるように野営地に戻ると、寛ぐロボの上にアースと一緒に白い毛玉が乗っていた。
何その毛玉。
「あ、お兄ちゃんおかえり!」
「ただいま。その子は何?」
一生懸命アースの尻尾吸ってるけど。アースは寝てるの?
「アースが弟って言って連れて来たよ」
弟だったかぁ。魔物って種族とか気にせず弟拾って来ちゃうものなのかな? うちの子が特殊なの? そもそも弟は拾って来るものじゃないよって言ったほうがいい?
「ねえねえ、アースの弟ってことは、ぼくの弟にもなる?」
「そうだね、ロボの弟でもあるよ」
わーい!と尻尾を振るロボを撫でていると、肩の辺りで漂っていたボムが毛玉に近づいてポンポンと跳ねた。ボムにつられて毛玉が顔を上げる。
「……ネコ?」
生後二ヶ月くらいの子ネコっぽい。なんでか首回りと尻尾の先だけ毛が長いけど、それ以外は短毛種っぽい。ライオンカットのようにも見えるけれどたぶん違うだろう。
しかしなんというか、可愛いなぁ。この子。ロボやアースは十人に訊けば半分くらいは「格好良い」と答えられるかもしれないけど、この子は可愛いに全振りしている。効果音を付けるならきゅるんって感じ。
手を伸ばすと警戒することなく頭を寄せてきた。よしよし。いい子いい子。
ロボはチャーチ・グリムだったけれど、このネコもちゃんとした種族名があるんだろうか。
「ユウ、おかえりなさい」
「ただいま。このネコどうしたの?」
天幕の陰から出てきたナイトはエプロンを着ているからご飯の準備中だったかな。
「どうやらネペンテスに食べられかけていたのをアースが助けたらしいのですが、あまりの危機感のなさに「弟にする」となったようです」
ネペンテスに嵌まる?
「ネペンテスって?」
「ああ、ええと、ウツボカズラのような植物ですね。それに挑んでは嵌まって食べられかける、というのを繰り返していたらしく、放っておいては拙いと思ったのでしょうね」
ウツボカズラか。……この世界のウツボカズラ、ネコも食べるの? このサイズの? こっわ。食虫植物は虫を食べてくれるから好きだけど、さすがにネコを食べられるサイズの食虫植物は怖いです。雑食かよ。
というか、虫って50センチくらいあるのが普通なんでしょ? それを食べられるの? それとも逆に虫は食べないのか?
どっちにしろこの世界の植物怖い。
「ネコにご飯は?」
「一応食べさせたのですが……ずっとアースの尻尾を吸ったり、ロボの耳を吸ったりしているのですよ」
お腹が減って吸っているわけではないのか。お母さんが恋しいとかかな? まだまだ生まれたばかりだもんね。
「このネコ、種族は?」
「化け猫ですね。本来は群れで行動する種なのですが、ロボとアースに近場を探してもらいましたが、それらしい群れは見当たらなかったそうです」
群れからはぐれちゃったのかな。まあ、もう弟らしいから大丈夫だね。
「完全にロボとアースを兄だと認識しているようですし契約はするものとして、名前はどうしますか?」
名前なぁ。弟ってことは雄だよね。抱き上げて目線を合わせてみる。
「どうしようか。ネコだし」
「にゃーん」
「タマ、とか」
可愛い声だね。でもちょっと待ってね? 小首を傾げてなぁに?って顔で見てくるネコに向き直る。
「タマ」
「?」
「シロ」
「?」
「ポチ」
「?」
「ネコはネコだよねー」
「にゃぁん」
小首を傾げるネコにロボが呼びかけた。うーん。いいお返事。
「「ネコ」というのが己を指している単語だということを理解できる程度に知能があるようですね」
「普通は食虫植物に挑むより難しくない?」
トライ&エラーで学習できないのに自分のことを呼んでいる単語はわかるとか、どうなってるんだよ。
「私とロボたちも会話の中で多用しましたからね。自分に対して肯定的な言葉であるということを理解して、ならば自分はネコなのだ、となったのでしょう。本来化け猫は戦闘能力に乏しい代わりに知能の高い魔物ですから」
賢いのかお馬鹿なのか微妙にわかりづらい子だな。
ナイトにネコを引き渡すと足元に術式が広がった。
「では、ネコ。フェンリルとドラゴンを兄とする恐れ知らずの小さな子。貴方を獣弟として迎えます。よろしいですね?」
「なーん」
元気に反応して術式が吸い込まれ、ご機嫌に喉を鳴らすネコの頭を撫でる。
「これからよろしくね、ネコ」
「んなーん」
うん。元気でよろしい。
元気に返事をしたネコをナイトが降ろすと、ネコは再びロボの上に登ってアースの尻尾を吸い始めた。なんなんだろうね? ロボみたいに不思議進化して将来的に饕餮とかにならないよね?
不安になってネコの頭を撫でていると父さんから連絡が来た。
『雄大、今そちらに行っても大丈夫か?』
「うん。大丈夫だよ」
「旦那様ですか?」
「うん」
なんだろう? バスタブ買えたのかな。
魔方陣が広がって父さんが現れると、ロボがバッと立ち上がる。アースとネコが背中から転がり落ちた。
「出たな!! ちち!」
「……ロボ、かな? 随分大きくなった……というか、さすがにこれは大きくなりすぎだろう。変質したか」
巨大化したロボの突撃を軽く交わした父さんがナイトに問いかける。
「はい。フェンリルです」
「なるほど、それならこの大きさも納得だ」
普通に会話してるけど、ロボは突進を止めずに父さんは避け続けている。なんでかネコは楽しそうだけれど、寝起きのアースがびっくりしてるから止めようね。迫力がとんでもないことになってるから。
「ロボ、駄目だよ」
「うー……」
不満そうではあるけれどちゃんと止まって縮むロボはいい子だね。ぶすっとして近づいてくるロボを目一杯撫でて褒める。
「で、この子がアースだな。真性ドラゴン種とは珍しい。私も数度しか見たことがないが……この化け猫は?」
「つい先程新しく随獣となりました。ネコです」
「ギャウ」
「んにゃん」
アースとネコに気づいた父さんが軽く二人を撫でてから立ち上がる。
「何かあったの? バスタブ?」
「ああ、バスタブが届いたのもあるんだが、そろそろ帝都に戦士が到着するからな。逃げてきた」
戦士さん。
「お父さんのパーティの人? なんで逃げるの?」
「神官や賢者には冒険者の細かい情報なんかは届かないんだが、戦士は普段冒険者ギルドのギルドマスターをしているからな。史上最速で二つ名持ちになった新人冒険者が『万能の鎧』を持っている、ということが十中八九バレている」
それは、拙いのでは?
「みんなには私が鎧を持っていたことも知られているからな。私は嘘が苦手だから詰められると誤魔化しきれない。なのでシオンに任せてきた」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だろう。ちゃんとどう誤魔化すか口裏を合せてきたし、基本シオンは嘘を吐かないから信じてくれるはずだ」
シオンさんの信用が高いのはいいんだけど、父さんはそれでいいのか?
納得していいのか悩んでいると、ネコが姿勢を低くしてお尻を振り始めた。一体何を狙って……。
「ボム、狙われてるよ。うっかり食べられちゃうと危ないから大きくなっておいて」
ふわふわと浮いているボムを完全にロックオンしてる。慌てて集結して大きくなったボムを見てみゃんみゃんと抗議するネコをアースと一緒に抱き上げて押さえていると、父さんが首を傾げた。
「ボムはこんな風に大きくなるものなのか?」
「わかんない。ご飯あげたらなった」
「そうか……ボムもご飯で育つのか」
納得してくれた。よかった。
俺と代わってロボを撫でていたナイトが父さんを見る。
「お時間があるなら夕飯を食べて行かれますか? カレーですが」
「ではお邪魔しよう」
あ、今日はカレーなんだ。ロボが若干不満そうだけど、ナイトのカレーは美味しいから機嫌直してね。
食事を準備してくれている間にバスタブを受け取る。170センチくらいありそうな大きなバスタブだった。やったー!
ついでに大きめのすのこも用意してくれていたので有難く受け取る。
全部鞄に仕舞ってから、机に並べられたカレーと半熟卵が乗ったサラダを見て思い出した。
「あ、そういや、ナイト知ってた? この世界、卵が植物に生ってたよ」
「……え? は? え?」
すごく動揺した。ナイトも知らなかったらしい。ロボたちはなんのことかわからないようで首を傾げていたけれど、父さんがはははと笑った。
「ああ、ケイランだな。二人とも生っているところを見たことがなかったのか?」
そんなスズランみたいに。
サラダの卵を「植物性タンパク質……」と呟きながら食べるナイトに笑わされながら食事を終えて、父さんは帰って行った。
土の囲いを作った中で広々とした風呂を満喫し、寝ようとしたところでネコの位置取りに戸惑った。
「それ、ナイト的にはどうなの?」
「別にどうということもないのですが、もやもやとする気がします」
だろうね。
ネコはどこで寝ようか迷って、ナイトが使っている枕の上を寝床と決めたらしい。ナイトの場合は肩が少し乗っているだけとはいえ、頭があれば顔面にめり込んでいる。
でもネコが満足そうだからまあいいか。
可愛さに全振りしているネコちゃんが今後やらかしまくります。




