第70話 旅の支度
ギルドへの帰り道、父さんに連絡を入れる。
『お父さん、今いい?』
『いいぞ。どうした?』
『こっちの世界ってバスタブある?』
もしバスタブって概念がない場合探しても無駄だから父さんに訊くのが一番早い。
『んー、あるにはあるが、基本的に貴族しか使わないな。欲しいなら地球で用意した方が目立たないから、買っておこうか?』
貴族しか使わない物をこの世界で買うのはちょっと嫌だな。お言葉に甘えておこう。
『お願い。足が伸ばせるくらいの大きさのやつが欲しいな。英君が通帳の場所とか暗証番号とか知ってると思うから、俺の貯金からお金出しておいて』
『うん……お前がそれでいいならいいんだがな』
今そんな呆れられるようなこと言った?
『雄大がゆったり入れる大きさとなると探すのに少し時間がかかるだろうから、見つかったらまた連絡するよ』
『わかった。ありがとう』
やったー。風呂問題解決。移動中には届くかな?
「もう少ししたら大きな風呂に入れるぞ、アース」
「ぎゃお!」
目をキラキラと光らせてアースが尻尾を振る。よしよし、楽しみにしてようね。ギルドに着く直前にロボも戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま! あのね、ハンナおばちゃんが「明日中に仕上げますので、明後日取りに来てください」って」
「そうか、わかっ……ハンナおばちゃん?」
「うん。お兄ちゃんみたいにハンナさんって呼んだら、おばちゃんでいいのよって」
完全に孫可愛がりしているな。まあそう呼んでほしいと言うなら素直に受け取っておけばいいだろう。
ハンナさんお若く見えるからおばちゃんって言葉の違和感がすごいけれど仕方ない。
しかし、明日中に仕上げてくれるとは、本当に急がせてしまったな。お礼に何か、ナイトにケーキでも焼いてもらおうかな。自分で用意できないのが申し訳ない。
ダイナーでナイトとも合流し、晩ご飯を済ませて部屋に戻る。ナイトとロボは久々の風呂を満喫した。
「ナイト、これ」
「なんです?」
風呂から出てきたナイトに懐中時計を渡す。受け取って蓋を眺めるような仕草をしてから体がこちらを向いた。
「時計ですか? とても綺麗な細工ですね」
「うん。まだ用意してなかったよね?」
「はい。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
ふんふんと時計の匂いを嗅ぐロボとアースが鎖にじゃれないように注意しながら、ナイトが時計を枕元に丁寧に置く。
ベッドに転ぶとアースが潜り込んできた。ロボはナイトのベッドに登る。
「ロボの装具は明後日には受け取れるらしいから、受け取ったらそのまま出ようと思う」
「承知しました。では、私はある分の食材で移動中のご飯を作っておきますので、ユウは買い出しをお願いできますか?」
「わかった」
ついでに服も買ってこよう。たった数日でずいぶん気温が下がったようだし、そろそろ上着無しでは目立つ。ナイトはセーターなんかも父さんが持ってきてくれてたけれど、俺は無いからな。父さんこの世界でどんな上着着てたんだろう? 必要ないから着てない、とか普通に言いそうだから困るな……。
「ぼくたち、ザーパトの所に遊びに行っていい?」
「ぎゃう」
ロボとアースが言うのに頷く。お買い物してても日用品ばっかりだからあんまり面白くないかもだからね。
「いいぞ。アースをザーパトやウェストに紹介してあげてくれ」
「任せてー」
翌朝ご飯を食べてすぐ遊びに行ったロボとアースを見送り、ナイトにドライフルーツ入りのパウンドケーキを頼んで買い物へ。
まずラウさんのお店に行って食品を買い足す。肉はいっぱいあるから野菜類を中心に、ドライフルーツはイチジクがあったのでキロ単位で買ってしまった。しかも完全に乾燥させて硬くなってるやつだったので俺大歓喜。
干し肉や携帯食も念のため補充しておこう。いざとなればナイトに買いに行ってもらえばいいのだろうけれど、万が一に備えておきたい。
「プレーンの携帯食でいいのですか?」
「ロボが気に入って噛んでいるようなんだ」
俺はナッツやドライフルーツが入った物を頂きます。
鮭とばや魚の干物もあったのでそれも。やっぱり日持ちするように加工された物が多いな。ホッケとかもある。
ラウさんの店を出て服屋を探しながら歩いていると、孤児院の庭の隅でルークさんが薪割りをしていた。
……ここ、ルークさん以外の職員は女性ばっかりだったよな……しかも平均年齢も少し高め……。
「手伝おう」
「え? ああ、ユウさん。いえいえ、そんなご迷惑を」
「今日は時間に余裕があるから気にしないでくれ」
柵を回って、腕まくりしながら近づく。しかし、丸太の量が多いな。
「暖房だけでこんなに使うのか?」
「この院の暖房は暖炉で起こした火の熱が壁の中を伝わるようになっているので、火を絶やすことができないんですよ」
それは大量に薪を必要としそうだな。壁の中を煙突が通っているのか?
俺が薪を割り、ルークさんがまとめる作業を黙々と2時間ほど続けているとあった分の丸太が全て薪になった。
「さすがと言えばいいのか……あの量が終わってしまうとは」
「薪割りは家でもしていたからな。コツは掴んでいるさ」
まあそれでもこんな早さではできなかったけれどね。体力が増えているし、手袋のおかげで手も全然痛くならないのでものすごく効率が良かった。
残りの薪をまとめて、貯蔵庫にしまう。大きな倉庫がほぼ薪でいっぱいだ。これならこの冬は越せるかな?
「ありがとうございました。私一人では数日かかってしまうので」
「見かけたら気になってしまって。役に立てて良かった」
後になって手伝っておけば良かったかな、と考えて悶々とするよりは手伝ってしまったほうが、ルークさんは助かるし俺は気が軽い。薪割りって重労働だからな。英智もすぐバテてたし。
「何かお礼ができればいいのですが」
「そうだな、ではまた今度、子供たちとロボたちを遊ばせてやってくれ」
「そんなことでよろしければ、いつでも喜んで遊ばせていただきますよ」
よろしくお願いします。
挨拶をして孤児院を出るともう昼時だったので、露店でサンドイッチと串焼きを買って簡単に済ませる。ロボもアースも食べなくても問題ないということでお弁当とか持って行かせなかったけれど大丈夫だろうか。
まあ、お腹が減ったら帰って来るか。
薬剤屋に向かう途中に服屋があったので、店の人に相談しながらセーターとジャケットを数着買った。基本は今来ている上に上着を着て、それ以上になるとマントを羽織るらしい。コートよりマントの方がメジャーのようだ。
ズボンは年中同じらしい。外仕事の人が多いから頑丈で厚手の生地が夏場でも人気なのだと。一応薄手の物もあるらしいので涼しさを優先するか安全を優先するかだな。もしかしたら夏場でもそこまで気温が上がらないのかも知れない。
ちなみにポロシャツのようだと思っていたシャツはチュニックと言うそうだ。チュニックって女性の服のことを言うのだと思っていたけれど、この国では男女ともにチュニックと呼ばれる服を着ている。女性はワンピース型もあるのか。
「基本の形は襟が無いのですが、冒険者の方々は襟ありを買われることが多いですね」
「そうなのか」
ちょっとでも首を守れるようにかな? とりあえず服を確保できたからオッケーとしよう。
ノルマを達成して薬剤屋に。
回復薬を補充して、ついでに酔い止めも見つけたので買った。この世界酔い止めあるのか。前に色々訊いたキツネの人がいたので訊いてみると馬車酔いする人がいるらしい。なるほど。
えっと、食材を買って、服を買って、薬も補充したし、とりあえず必要な物は揃ったかな。トリィさんの店にも行ってみたかったけれど、結構時間が掛かってしまったからまた今度にしよう。
ギルドに戻るとヴァネッサさんに呼び出された。
「ごめんね、準備してるところ」
「いや。ほとんどナイト任せだから気にしないでくれ。どうした?」
そもそも服を鞄に移してしまえば後はご飯以外全部鞄の中に入れっぱなしだし。ヴァネッサさんの部屋でソファーに座ると机の上に地図が置かれた。
「フェンリルに乗っていくから大分早く着きそうって連絡を入れたら、テンカレのギルドマスターから、準備しておくから途中の街に着いたら連絡を入れてほしいって言われたのよ」
ロボがナイトより速いって言ったのをナイトが否定してなかったから、たぶんすごく速いんだろうな。そりゃあ予測が付かないよね。
ヴァネッサさんが地図上の一つの街を指差す。
「ここが、レニアからテンカレとのちょうど真ん中辺りにある街、アヌカよ。アヌカのギルドマスターには私から連絡しておくから、ギルドに顔を出してくれる?」
「了解した」
アヌカの街で連絡を入れる、っと。
「地図はこれをそのままあげるから、お願いね」
はーい。お任せください。
部屋に戻って服を鞄に移したり、薬や携帯食を整理していると時間がすぐに過ぎていく。帰ってきたロボとアースに呼ばれて夕食を食べ、風呂に入ってから荷物のダブルチェックをしつつ、ロボとアースの話を聞く。
「ウェストおじちゃんもザーパトもぼくが大きくなってるのすごくびっくりしてたよ!」
「だろうなぁ」
「ぎゃう! ぎゃお!」
「アースは自分以外のドラゴン初めて見たって。おじちゃんにブレス吐いて見せてもらったんだけど、すごかったよ!」
嬉しそうだなとは思ったけれど、大変なこと頼んでたな。興奮気味に鳴くアースの頭を撫でる。
アースの大きさであれだけのブレスを吐いてたなら、ウェストのブレスはすごいんだろうな、と想像に難くない。
「楽しかった?」
「うん!」
「ぴゃおう!」
それは良かった。
戻ってきたナイトにも今日あったことを報告している二人の話を聞きながらなんとか寝る態勢に持っていくとすぐに寝た。
「たくさん遊んできたのですね」
「みたいだ。子供の仕事をしっかりこなしているな」
ザーパトとなら思いっきり遊べたことだろう。アースも無事に仲良くなれたようで安心した。
次の日、起きてからずっとワクワクしているロボに急かされてハンナさんの店に早朝からお邪魔することになった。
「早くからすまない」
「お構いなく。楽しみにしていただいてこちらも嬉しいです」
完成していたロボの装具は、胸の前に当て革があり前脚を通してバッテンになるように背中に回っている。背中側の一部が二重になっていて掴めるようになっていた。
おすわりしてもらってベルトを固定してみる。
「苦しかったり、動きにくかったりしない?」
「うーんと……平気。動けるよ!」
ハンナさんに訊かれて立ち上がったロボが何歩か歩いて返事をした。前脚に引っかかりがあるようにも見えないし大丈夫だろう。
「お兄ちゃん乗って!」
はいよ。ぶんぶんと尻尾を振るロボの背中に仮面を鎧にしてから飛び乗ってみる。鞍が無いにしては安定しているか? 背中が広いからかな。
「取手が持ちにくかったりしませんか?」
「問題ない。太さもピッタリだ」
手綱って感じではないな。本当に命綱って感じ。何革かはわからないけれど柔らかい革だから持ちやすいし、鋲でしっかり留められているから安定している。
「早く走りに行こー!」
「わかったよ。でも調整してもらうからサリカさんの所に寄ってからな」
早く早くと急かすロボを撫でて宥め、ハンナさんにお礼を言ってパウンドケーキを渡し、代金を支払ってサリカさんの店に。
「……目立つなぁ」
「すまない、楽しくてしょうがないみたいで」
大きなまま移動してきたため注目の的だ。店には入りきれないので表でいい子に待てをしているロボを見上げてサリカさんが笑う。
「楽しいのならいいのではないかな。待たせてもかわいそうだし、手早く済ませよう」
準備していてくれたらしく、術式が書いてある紙を胸の当て革に当てて、サリカさんが魔力を通したのか術式が光ると革に術式が転写されていた。
「よし、できた。術式に魔力を通しながら一度小さくなってみてくれるかい?」
「はーい」
言われて縮んだロボに合わせて装具も一緒に縮む。縮みきってから装具を確認したロボが嬉しそうに尻尾を振る。
「すごいね!」
「ああ。すごいな」
本当に小さくなった。魔術って便利だな。緩くなっていないか確認してからサリカさんが頷く。
「大丈夫そうだね。大きくなるときも同じように魔力を通しながら大きくなればいいからね」
「うん! ありがとう! お姉ちゃん!」
「ふふ、どういたしまして」
ちゃんとお礼が言えて偉いねぇ。ところでサリカさんはお姉ちゃんでいいのですか? 信じますよ?
お礼を言って術式分の代金を払って門に向かう。朝食を準備してくれていたナイトとアースも合流した。
さて、この世界に来て初めての本格的な長距離移動だ。気をつけていこう。




