第69話 ロボの装具
ヴァネッサさんの部屋に移動してロボをフェンリルとして登録し直し、ついでにサウスとレディの名付けをしたことを報告する。
「ほんっとに、気軽に名付けるわね。体調は大丈夫なの?」
「ああ。至って健康だ。サウスもレディも人間に特別の敵意は無いから、ちょっかいを掛けなければ襲ってくることも無いだろう」
全然しんどいとかないんだけど、あんまり心配されると健康なのが逆に不安になってくるな。
「そう……まあウェスト様のこともあるし、ユウが名付けるなら名付けて問題の無い魔物なんでしょう。本人の判断に任せるわ」
任されまして。父さんにも思ったままに行動しなさい的なこと言われているし。
ウーさんが入室してきて書類を渡される。
「テンカレのギルドマスターの承諾が取れました。正式にダンジョンの調査を依頼したいとのことです」
「承知した」
えっと、ダンジョンの調査。依頼主はテンカレの街のギルドマスターということになるのか。ダンジョン内の魔物に一部異常が見受けられるため、その原因の調査を依頼したいと。ナイトと一緒に一通り目を通してからヴァネッサさんに渡す。
「さすがに詳細は向こうに行ってからの説明ってことね。どんな異常が出ているのか気になるところだけど、仕方ない。帰ってきたら教えてちょうだい」
内容を確認したヴァネッサさんが眉間にしわを寄せながら言うことに頷く。
「了解した。……これもポセイドンのせいという可能性はあるか?」
俺の疑問にはナイトが反応した。
「それは無いでしょうね。ダンジョンはあくまで魔物の体内ですので。いくらポセイドンといえども手出しできない領域です」
ダンジョン、体内って認識でいいのか……。体内で自己生成した魔物と人を戦わせて、ダンジョンは本当に何がしたいんだろうか。
ヴァネッサさんも腕を組んで頷く。
「私も同感。それにテンカレは結構離れているから、いくらなんでも影響が及ぶ距離じゃないわ」
そうなのか。
「どのくらいの距離なんだ?」
訊くと、ウーさんが机の上に地図を広げてくれる。レニアはここ、テンカレはここです、と指で指される。テンカレはレニアの北東の方にあるようだ。
「普通の冒険者でひと月半。ウィルが最短距離を走って二週間と少しといったところでしょうか」
結構かかるな。ウィルがそのくらいということは、俺も同じくらいか、もうちょっと時間がかかるか。地図を見る限り山をいくつか越えるのでバターでも遠回りするしかない。
今回はナイトが同行してくれるから食事は現場で準備できるけれど、食材はちゃんと用意しておかないと。
「私がユウを抱えて走れば速いですよ?」
「断固として拒否する」
なんの公開処刑だ。小さいときならともかく俺はもう18だって何度言えば。そんなことを言い合っていると大人しくソファーの横で伏せていたロボが顔を上げてテーブルに前脚を掛けた。
「ぼくが走ればもっと速いよ!」
ぶんぶんと千切れんばかりに尻尾が振られている。
「ロボが走る?」
「うん。お兄ちゃんがぼくに乗って、ぼくが走るの。お散歩もできて、なんだっけ一挙両得?」
どこで覚えたのその単語。
「私を乗せて走れるのか?」
大きくなればサイズ的には問題ないだろうけれども。ナイトが肩を揺らした。
「フェンリルの筋力なら大丈夫でしょう。馬具……ではありませんね、ハーネスのようなものを用意すれば問題なく騎乗できると思いますよ」
ハーネスはいるのか。そうだよね、毛を掴むわけにもいかないもんね。
「ただ問題があるとすれば」
あるとすれば?
「大きなロボが付けられるハーネスを急いで用意する必要があります。言い忘れていましたが、以前使っていた首輪も大きさが足りなくなっていますので、そもそも装具を用意しなければなりません」
あっ。言われて確認すると確かに首輪してないな。毛が長くなってたから気づかなかった。
ヴァネッサさんが宙に視線をやりながら考える。
「ロボちゃんの大きさとなると、一般的に想定されている装具じゃ足りないわね……。ビクターくらいならなんとか二角獣の装具で応用できたでしょうけど」
ビクターの倍はあるからな。仕方が無い、無茶を頼もう。
「ハンナさんの所に行ってみよう。ちゃんとしたものはともかく、一時的に使えるようなものがあるかも知れない」
ナイトは修行に使っていたダンジョンのことを訊きたいとヴァネッサさんに言われたので、ロボとアースを連れてハンナさんの店に向かう。
ロボと、ロボの頭に乗るアースを連れて道を歩いていても視線を感じなくなったのは、俺が視線に慣れたのかこの街の人たちが俺たちの存在に慣れたのか。
ハンナさんに店に着くと、ハンナさんがちょうど店先にいた。もしかしてもう店を閉める時間だったのかも知れない。
「こんにちは、まだ大丈夫だろうか?」
「ユウさん! こんにちは、勿論大丈夫ですよ。ロボちゃんとアースちゃんは久しぶりですね。ロボちゃん大きくなりました?」
「ああ。そのことについて色々相談事と無茶を頼みに来た」
ロボとアースを撫でてくれているハンナさんにそう言うと、目を丸くして首を傾げた。
「ロボが少々、大きくなりすぎたんだ」
「面白いことが起こってそうですね? どうぞ、奥でお話を聞きます」
笑ったハンナさんについて店に入る。お邪魔します。
作業場の方まで通されたのは初めてだな。中にいる人数が多いからかずいぶん広いけれど、それでも店舗スペースより革製品の匂いが強い。職人の人たちが俺を不思議そうに見るけれど、ハンナさんが気にしないでと声をかけると各々作業に戻っていった。
「大きくなりすぎた、ということは特注で装具を用意したい、ということで合っていますか?」
やったぁ。ハンナさん理解が早くて助かります。
「ああ。ハーネスと言えば伝わるか? 二重の輪を首と脇から通して、背中で持てるようなものにしてほしい」
最適な言葉がわからない。なんとなくで説明してみたが伝わったようだ。
「そのくらいでしたらお安いご用ですけれど、ロボちゃんの大きさなら普通に首輪でいいのではないですか?」
「それがそうもいかなくてな。少しスペースを占領しても?」
「どうぞ?」
首を傾げながらも許可してくれたのでありがたく使わせてもらおう。ここの広さならロボが大きくなっても問題ないだろう。
「ロボ、大きくなってくれるか」
「はーい」
「あら」
そういえばロボが喋れるようになったこと言ってなかった。ロボも喋ることに慣れてないのか口数少ないしな。
アースを頭に乗せたままロボが膨らむ。ガタタっと音を立てて作業場にいた人たちがたたらを踏んだ。ハンナさんは目を見開いてロボを見上げている。
「これは……本当に大きくなりましたねぇ」
「ヴァネッサさんはフェンリルだと。天災級の霊獣だったか」
「まぁ、フェンリル!」
すごい? すごいねー。という会話をしているロボとハンナさんを横目に、作業場にいた人たちが近寄ってくる。みんな目がロボに釘付けだ。
改めて思うと天災級ってすごくないか? 人間だと敵わないランクじゃなかったっけ? どこで修行すればこんなことになるんだよ。
まじまじとロボの周りを職人たちと一周したハンナさんがこちらを向く。
「無茶を頼む、というのは急ぎで用意する必要が?」
「察しが良くて助かる。急遽テンカレの街に行くことになった。数日中に用意してもらえないだろうか」
少しお待ちください、と言われてハンナさんと職人たちが話し合う。時々ロボの体幅を測ったりしているのを、ロボの頭から降りてきたアースを抱っこして待つ。
ロボは大人しくされるがままになっていた。
「鞍は要らないんですかい?」
「ああ。ナイトが言うには、フェンリルなら鎧が毛を噛んだ程度では痛みはないだろうと。もしロボが気にするようなら私の鎧は腰布があるからそれを敷けばいいだろう」
職人の一人であるドワーフの人に訊かれて答える。おしゃれ以外のなんのためにあるのか謎だった腰布だけれど、この間から意外と活用方法がある。
とりあえずは転がり落ちないように掴まることができるものがあればいいと説明すると納得してくれた。
ハンナさんが腕を組んで考えている。
「難しいだろうか?」
「いえ、作るものはシンプルですし、在庫の革で大きさも十分作れるのですが」
ですが?
「せっかくフェンリルの装具を作れる機会ですのに、突貫で用意するというのが……技術を詰め込んで「これぞ!」というのを作りたいです」
……ハンナさんも職人気質の人だったのかな? かなっていうか、そうなんだろうな。心の底から残念そう。
「そのことなら、心配しないでくれ。今回は急ぎだから仮で頼むが、ちゃんとしたものも依頼したい」
「いいんですか!?」
嬉しそうですね。
「ああ。今回のものはあくまでテンカレまでの行き帰りに保てばいい」
「いえ、そこはプライドに掛けてしっかりしたものを用意させていただきます」
あら。ではお願いします。
「それに関しては任せよう。それと、小さい時でも首輪が付けられなくなってしまったからそれも新しく頼みたい」
せっかく琥珀入りの格好良い首輪だったんだけどね。
「それでしたら、細工師の方に依頼すれば大きなものをそのまま縮めることが可能だと思いますよ」
「そのまま縮める?」
「はい。術式を仕込んで、体の大きさに合わせて小さくすることができるはずです」
そうなのか。サリカさんの所に行って確認してみよう。
「ロボちゃんの前の首輪はありますか?」
「ああ、あるが?」
「では、本格的に作るほうにパーツとして組み込んでおきますよ」
そんなことができるのか、是非お願いします。
どのくらいの値段になるのかは作ってみないとわからないとのことなので、概算だけしてもらってとりあえずサリカさんの工房に向かう。
ロボはしっかりした採寸があるので終わったら合流することに。
サリカさんの工房に顔を出すと何か作業をしていた。
「やあ、いらっしゃい。ちょっと待っていてくれるかい」
「ああ」
アースと一緒に作業風景を観察しながら待つ。ナイフの柄に術式を刻んでいるけれど、なんの術式なのかは全くわからなかった。
「お待たせ、今日はどうしたんだい?」
刻まれた術式を擦って確認してからナイフを箱に戻し、サリカさんがこちらを向く。
「大きなものを小さくすることができるのか訊きたくて」
「縮小の術式かな? できるよ。どうしたんだい?」
「ロボが大きくなったり小さくなったりできるようになったから、装具を作り直すのに大きいのを作って縮めればいいのではないかと言われて」
大きくなったり小さくなったり? と首を傾げられるので頷く。
「フェンリルになったのだが、チャーチ・グリムの大きさにも戻れる」
「……器用な子だね……」
やっぱり大きくなったり小さくなったりできるのは珍しいのか?
「頼めるか?」
「うん。現物を持ってきてくれたらすぐにできるよ」
「では完成次第持ってこよう」
縮小の術式自体は作るのに時間がかかるものではないのかな。普通にある術式みたいだし。
「物を小さくするというのは珍しい依頼ではないのか?」
「結構あるよ。マジックバッグと言っても容量に限度があるものが多いし、予備の武具や野営道具を小さくしておくんだ」
なるほど。それは役に立ちそう。
「小さい物を大きくすることはできないのか?」
純粋な疑問をぶつけるとサリカさんがうーんと首をひねった。
「一応大きくする術式もあるのだけれど、小さな物を大きくすると脆くなるんだ。小さくするには一瞬術式に魔力を流せばいいけれど、大きくするには脆くなった分を補うために着用者、もしくは使用者がずっと魔力を流し続ける必要がある。少々元手が高く付いても大きな物を用意しておいた方が後々楽なんだよ」
「そうなのか」
画像を拡大コピーする感覚だろうか。それでも魔力さえあればどうにかできるのがこの世界ならではだな。
「ギルドの訓練場なんかは術式に魔石が組み込んであって、定期的に交換しているはずだよ」
あ、そっか。空間を広げるのなんて最たる事象か。マジックバッグもそういう工夫がしてあるのかな。
サリカさんの工房を出るともう完全に陽が落ちてしまっていた。この時間に街を歩いているの、この世界に来て初めてかも。
飲食店には冒険者たちが大勢いて賑やかだ。武器工房なんかは閉まっているようだけれど、煙突から煙が出ているので作業は続いているんだろうな。朝開くのが早い分夜閉まるのも早いのか。
ギルドに戻って、晩ご飯食べて、明日は本格的に遠出の準備をしないと。
ちょっとずつ漢字の表記ブレ等訂正していきます。




