第68話 想像の五倍
ひとまずなんで喋れるのかは置いておこう。
ゆったりと尾鰭を揺らすレディを覗き込む。
「どうして手伝ってくれたんだ? 我々は川の魚を食べるぞ?」
「ヒトの獲る量など知れたものです。私とて食べます。この川はその程度では困りませんし、そうすることによって回るように作っています。それに、ヒトは漁をするために川を綺麗に保ってくるでしょう? ですが、アレはいけません。アレは川を壊します。ですから、どうにかしてくれそうな貴方のお力になれればと」
獲られることを前提で生まれる数とか調整してるってこと?
マルコさんとラウさんがレディの前にしゃがむ。
「んじゃぁ、川の負担にならないくらいであれば獲っても構わないんだな?」
「はい、これまでと同量なら構いません。むしろ獲っていただかなくては増えすぎて困ります。その代わり、今後また困ったことがあれば手伝っていただけると有難いのですが」
「おう。あんたが話せるようになったなら、また川に何か起こったときも教えてもらえるしな」
「川の周りの環境維持はこちらで責任を持って行いますので、ご安心ください。何かあれば、橋の所にある小屋にいる者に教えてくださいますか?」
「わかりました。よろしくお願いします。では、私は失礼します。窮屈な思いをさせている子らに安全を伝えてやらねばなりませんので」
そう言って颯爽と泳いでいったレディを見送る。
「主って大変だなぁ」
「大変で済ませていいのでしょうか……」
手伝えない以上は大変だなぁで済ますしかないでしょう。魔物討伐は手伝えるけれど、生態系の管理は無理です。
マルコさんが手を打つ。
「よし、んじゃまあ、依頼完了ってことで、帰るか」
「いえ、ずぶ濡れですから、今日は見張り小屋で休んでから帰りましょう。ユウさんとジェシカさんはどうされますか?」
ラウさん突っ込みが強い。
ジェシカさんと顔を見合わせる。
「私はもう少し上流の方も確認してこよう思うが、ジェシカさんはどうする?」
「そうですね、急ぐ用事もありませんし皆さんと一緒に帰ります。ギルドに出す報告書も書く必要がありますし」
「了解した。では私も一緒に帰還しよう」
報告書とかあるの? 調査依頼だから報告書を書かないといけないのかな?
俺は服も濡れていないので、泳いで上流を調べる。ちょっと白いものが見えたら潜って確認を繰り返したけど、石ばかりだった。良き良き。問題は無さそうだな。
調べた範囲をジェシカさんに報告して、仮眠を取らせてもらう。ビクターがいるとは言え夜中に見張りを放ったらかす訳にもいかない。
翌朝出発しようとして気づいたけれど、商人ギルドの人たちは護衛を連れて来ていなかったらしい。
「大丈夫なのか?」
「この街道に出る魔物は人の集団には近づかんのだ。今回は調査隊を編成したから大丈夫だと判断した」
冒険者との見分けが付かないのかな? 人間の集団は危ないってことはわかるけれど、冒険者かどうかは判断できない程度の知能の魔物が多いのか。
ゆっくり帰ることを伝えるとバターは一足先に地球に帰っていった。家の方がちゃんとお世話してもらえるからね。
途中で商人ギルドの荷車の車輪が外れるハプニングがあったけれど、それ以外は問題なく平和に過ぎた。ただ、風呂に入れてないのキツイ。顔を洗ったり、濡れタオルで体を拭いたりはしたけど、キツイものがある。
ジェシカさんや商人ギルドの女性陣すら気にしてないみたいだから、慣れないと駄目なんだろうな。いいさ、俺やナイトしかいないときはゆっくり風呂に入る時間を設けてやる。
街を出てから5日目の昼前に街に戻ってこれた。この世界って本来ならこんなに移動に時間が掛かるのか。今回は荷車を引いていたから普通よりゆっくりだったらしいけれど、普通でも2日かかるんだもんな。
商人ギルドの人たちと別れ、冒険者ギルドに戻る。依頼完了のサインはジェシカさんがマルコさんから受け取っていたので、受付にサインをもらった書類と報告書を出して終了。調査ってこういう風にするんだな。
俺は報告書くより魔物討伐してる方が気が楽だな。
商人ギルドからの依頼だったのでヴァネッサさんが報告を受けてくれた。
「帰ってきたところだったのに悪かったわね。それにしても、ハナカメガイが来てたなんてねぇ。すぐに対応してくれて助かったわ」
どういたしまして。
早々に報告を終えて部屋に戻り、また干しっぱなしになっていた洗濯物をベッドに投げておいてシャワーを浴びる。
あー……やっぱり大きな湯船ほしい。桶いっぱいにお湯を張って肩まで浸かったのだけれど、足を伸ばして入りたい。肩まで浸かるために足出してるのはなんか違う。この世界に無かったらいっそ地球で猫足バスタブでも買おうかな。
心ゆくまま風呂を満喫して、ご飯を食べようとダイナーに降りた。
「おかえり、ユウちゃん。大変だったらしいわね」
「連続だったからな。ただ特別難しいことはしていないから疲れは無いよ」
すっかり指定席になってしまったカウンターの端の席で、ナヒカさんと川の調査について話しながらご飯を食べているとナイトから念話が来た。
『ユウ、今よろしいですか?』
『うん。大丈夫だよ。どうしたの?』
『ロボの修行が一段落着きましたので、本日中に帰還しますね』
修行終わったんだ! どのくらい強くなったんだろう?
『わかった。すぐに帰ってくるんじゃないんだね?』
『はい。せっかくですので攻略してしまってから帰ります。あと2時間くらいでしょうか。できれば外の広場で待っていてください』
『了解。楽しみにしてる』
なんで広場? まあいいか。念話を終えるとナヒカさんが俺を見ていた。
「ナイトちゃんかい?」
「ああ、今日帰ってくるらしい」
「ロボちゃん修行終わったんだね。どれだけ強くなっているか楽しみだね」
「ああ」
いきなり修行なんて言い出したからどうなることかと思ってたけれど、ひとまず満足できる結果になったようで良かった。
ナイトたちが帰って来るまで、我慢できなかったので訓練場の改築を覗きに行く。もうほとんど完成していて、残すは細かい調整と鋼の糸のストリングだけらしい。
しかし、氷で大まかに作ったのとは段違いで完成度が高い。さすが本職の人。想像の五倍は立派。
「一番上の柱はなんだ?」
壁から地面に対して平行に柱が生えてる。
「斥候用の足場だ。高さと幅を調整してるから、太いのから太いのへ飛び移れる子はそのまま使って、それがまだ難しい子は途中の細い柱も使えばいい。ストリングはあそこの下に張るんだ」
なるほど。
試しに登らせてもらったけれど、太い柱から太い柱は確かに結構幅がある。ネルでもひとっ飛びはまだ難しいかも知れないな。
前衛職用の小山もしっかり土が盛られていて足場の訓練になりそうだ。平坦な地面もあるけれど、ここは新人の中でも本当の新人用らしい。
氷で作った五角柱は術式が入れられたのか、面がしっかりしたようだ。グランツが預かっていた固定用の術式も発動したので、もう落ちてくることは無いだろう。
「しかし、よくこんなもん考えついたよな」
「真剣に楽しく訓練できそうだろう?」
基本はアスレチックだけど、安全への配慮は控えめに。かすり傷や打撲程度なら許容範囲だ。冒険者なんだし、過保護すぎても駄目だよな。まぁ、若干骨折の危険が無さそうでもないいので、治療薬をいくつか保管しておいてもらおうかな。
さて、そろそろナイトたちが帰って来るだろう。
ギルドのホールへ戻るとヴァネッサさんとウーさんもいた。そういえば、ウィルはまだ戻ってないのか。
「どうかしたの?」
「ナイトたちがそろそろ戻ってくるらしい。ギルドの外で待っていてほしいと言われていてな」
「外で? どうしたのでしょうね」
それは俺もわかんない。肩を竦めて外に出る。二人も出迎えについてきた。
「そういえばロボちゃんはどこで修行してるの?」
「ナイトがよく入っていたダンジョンらしい。せっかくだから攻略してから戻ると」
「確かにダンジョンは修行にはもってこいでしょうけれど……あ、ダンジョンと言えば」
ウーさんが手を叩いてヴァネッサさんに顔を向ける。
「ギルマス、テンカレの街から手紙が来ていましたよ」
「テンカレから? なんの用?」
「なんでも、ダンジョン内の魔物に異変が起きているようなのでウィルを派遣してほしいとのことなのですが」
職員の派遣とかあるのか。今ウィルが遠出しているのもその関連かな?
えー、とヴァネッサさんが腕を組む。
「ダンジョンの街なんだから自分のとこでどうにかしなさいよ。全く……ウィルはまだしばらく動けないのに」
忙しいんだな。……ダンジョンか。
「私で良ければ行こうか?」
「いいの?」
「ああ。一度ダンジョンには行ってみたかったし、どうせなら役に立つ所に行くさ」
テンカレの街のダンジョンといえば、ウリオのおすすめだったはず。ナイトたちも戻ってくるし、万が一の心配も無いだろう。ありがとー!とヴァネッサさんに肩を掴まれる。
「正直すっごい助かる! ウーを行かせると書類仕事が止まっちゃうしどうしようかと」
「ヤナさんも出てしまいましたからね」
ヤナさんまた遠出しているのか。冒険者ギルドの仕事って素材の売買とか依頼の整理とか育成だけじゃないんだな。
『ユウ、今から戻ります。よろしいですか?』
『ああ。いいぞ』
「帰って来る」
言ってすぐにアースが飛び出してきた。ぼすんと腕に収まる。
「おかえり」
「ぎゃう」
ゴロゴロと喉を鳴らすアースの頭を撫でていると、影が異様なまでに膨らんだ。
何?
呆気にとられているとドウッと巨大な塊が影から飛び出した。風圧を感じて一歩下がる。待って、正面に立たれると圧が小さめのマイクロバス。この真っ黒な巨大なオオカミ、まさか?
「ただいま!」
声低っく。びっくりした。俺より低くない?
ぶんぶんと尻尾を振るのは、ロボなんだろうね? 頭を撫でてやると尻尾の勢いが増す。
「おかえり……大きくなったねぇ。喋れるようになったの?」
想像してた「大きくなる」の五倍以上大きくなってる。
「うん! すごい?」
「うん。すごいね、格好良いよ」
ものすごく格好良いんだけどちょっと待ってね。巨大に成長したロボの陰から出てきたナイトを手招く。
「ナイト」
「はい」
「一段落着いた?」
「はい」
「行けるとこまで行き着いたの間違いじゃなく?」
「そう言い換えることも可能ですね」
だろうね!! しれっとしてんじゃないよ! これもうやりきったから帰ってきただけじゃん!!
外で待ってろってそういうことか。大きすぎて室内に収まらないからだな。
広場獣の注目の的だよ。ヴァネッサさんとウーさんすら言葉を失ってるじゃないか。
「天災級の霊獣・フェンリル……?」
「でしょうね……本物は初めて見ます」
回復したヴァネッサさんの呟きにウーさんが返す。フェンリル? チャーチ・グリムじゃないの? フェンリルってことは、北欧神話のオオカミ型の怪物?
ナイトに顔を向ける。
「どういうことだ? ロボはチャーチ・グリムだろう?」
「随獣契約、ユウによる名付け、修行中に私とアースの濃い魔力をふんだんに吸収した、その諸々が合わさったせいでしょうか? 進化しました」
「進化」
「はい。進化、あるいは変態、あるいは性質を内包したと言いましょうか。とりあえず、大きなもふもふになりました。驚きですよね」
「驚きですよね」じゃないんですよ。お前は今現在驚かした側だよ。大きなもふもふはいいんだけどね! 最高なんだけどね!! ただこの大きさだと。
「獣舎にも入れないだろう……」
大きすぎる。ビクターでギリギリ感があったのに。その倍くらいあるよ?
「大丈夫だよ! 見てて」
ん? ふすんと胸を張るロボを見ているとシュルシュルと縮んだ。元の大きさとはいかないが、シェパードの成犬くらいだろうか。
あら可愛い。
「すごい?」
「うん。すごいね。その大きさなら部屋に入れるな」
一緒に寝るのー!と尻尾を振るロボの頭を撫でる。これは、もう、なるようになれ。
黒い子犬が巨大な黒いオオカミに進化しました。




