第67話 バッカルコーン
サメについて竹林を進むと、竹が密集しているところに連れて来られた。崖が掛かって暗がりになっているので見にくいけれど、目を凝らすと魚の大群がいた。
詳しい種類はわからないけれど、一種だけでないことは確かだ。緑の竹林の中で銀色の鱗がチラチラと輝いている。
何でこんな所に。
サメを振り返ると、またくるくると旋回してから竹林を出て行く。今度はそっちについて来いと?
さすがに息が続かない。竹林から出たところで浮上して顔を水面に出すと、ジェシカさんたちが近づいてきているのが見えた。
「ジェシカさん!」
手を振ってみると気づいたのかビクターがこちらを向き、ジェシカさんを乗せて走って来てくれた。ビクターすごいね。水面走れるの?
驚いていると、グンと体が持ち上げられた。何事かと思ったら足の下にサメがいた。俺を浮かせてくれているようだ。
「ユウさん、何かありましたか?」
「ここの下に竹林みたいなものがあるんだが、その奥にたくさん魚がいた。原因はまだわからないが、魚がいなくなったわけではないようだ」
「水竹の密集地ですね。川魚にとっては休息所のようなものだとは聞いていますが、たくさんの魚が一斉に隠れるようなことがあるのでしょうか?」
竹、そのまま水竹でいいのか。
「彼女に心当たりがあるらしい。連れて行ってくれるようだ」
「彼女?」
首を傾げるジェシカさんに、ビクターが水面に顔を近づける。つられて川を覗き込んだジェシカさんが目を丸くした。
「ブル・シャーク! 食人種ですよ!」
あ、このサメはブル・シャークっていうのか。やっぱりオオメジロザメか。まあサメって地球でも魔物みたいなものだもんな。
「どうもこの辺りの主のようだ。敵意は感じないから大丈夫だろう。上流に向かうようだから、みんなと一緒に向かってくれるか」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「ああ」
返事をして、しゃがんでサメの頭を撫でてみる。サメは応えるように泳ぎ始めた。真下から移動しないので背鰭を掴んでみると、引っ張ってくれる。
子供の頃憧れたな、こういうシチュエーション。掴まる相手は人食い鮫ではなかったけど。
ところで、違和感なく彼女って言っちゃったけど、この子雌なのだろうか。雄だったらごめんね。でもなんとなく雌な気がするんだ。
橋を通り過ぎて更に上流へ。依然として川幅は広い。これだけ大きい川だと数十キロ単位で移動しないと変化が無いのかもな。数回息継ぎを繰り返しながら連れられるままに移動しているとサメが止まる。
どうしたの?
横に付いてみるとじっと前を見ている。何かあるのか?
サメは動きたくないようなので、俺だけで進む。崖を超えて少し進むと、底にびっしりと白い花が群生していた。菊とか彼岸花みたいに、花弁が分厚くてクルンとしている。結構大きい花だな。
綺麗だな。竹林といい水中にあるだけで神秘的だ。
額の部分が大きいなと思いながら近づくと、額が開いて触手のようなものが飛び出してきた。
一瞬で手足が絡め取られ、底に引きずられる。
なんなのそれ!! もうやだこの世界の植物怖い!!
クリオネか!! バッカルコーンなのか!? 食虫植物ならぬ食魚植物? イソギンチャクの仲間?
種類考えている場合じゃないか。外殻変更オリハルコン。内殻変更ミスリル。魔力強化、火。周囲の水が高温で揺らいで見えるくらい魔力を込めると触手が焼けて外れた。
よし、離脱。
ついでになんとか一株花を引っこ抜けた。球根の部分を焼いたので襲ってくることは無いはずだけれど、一応容器に入れておこう。
急いで花畑から離れて、外殻をポセイドンの外皮に戻しサメがいる所まで退避する。これがあるからサメはあそこで止まったんだな。
合流したサメと一緒に浅場に寄る。俺の腰の高さまでならサメも入れるのでそこでジェシカさんたちがやってくるのを待つことにした。
しかし、あんなのがいるとは。あれがいるから魚たちが避難しているのか。
腰に寄ってくるサメの頭を撫でる。
「教えてくれてありがとう。どうにかしてみるよ」
それにしてもどうするかな。ジェシカさんは水中の植物にも詳しいみたいだし対処法も知っているか?
「あ、ご飯食べる? ホーン・ブルの肉ならあるよ」
ジェシカさんたちが来るまでもう少し時間がありそうだし。鞄から出したホーン・ブルの肉をサメにあげて、俺も携帯食で済ませておこう。
食べ終わったら花がどのくらいの範囲で広がっているのか確認しておくか。
「ちょっとここで待っててくれるかな。ビクター……ケリュネイアが来たらたぶん気づいてくれるから」
くるくる回ってくれるのは了承の意だろう。
深場に戻り、花の上を距離を取って泳ぐ。縦には200メートルくらいか。幅は……深場の幅いっぱいだとしたら3キロくらい?
火に弱いなら燃やしてしまえばいいんだろうけれど、これだけの範囲を水中で燃やし尽くそうとすると確実に水蒸気爆発。
土でドームを作って中で燃やす? いや、そうすると火はミスリルで対処できるとしても呼吸するのが一苦労か。というか結局爆発しそう。
そして燃やせたとして水温を上げすぎると避難している魚たちにも影響が出るかもしれないし……。土の代わりに氷で覆うか? でもこの規模で氷を張ると水温が下がりすぎるか?
水流を完全に遮断すると洪水待ったなしだしなぁ。
いいや。わからん。考えるのはジェシカさんに任せよう。俺は実働班ということで勘弁してください。
サメの所まで戻ると、ジェシカさんたちが合流していた。
「ユウさん。どうでした?」
「少し行った先で、川底に白い花が群生していた。どうもそれが魚を食べているようだ」
ガラス容器に入れておいた花をジェシカさんに見せると、絶句する。
商人ギルドの人たちも頭を抱えた。
「何か拙いものなのか?」
「とっても拙いです。これはハナカメガイという魔物なのですが、獲物がいるとどんどん分布を拡げて、一帯の川を食べ尽くしてしまうんです」
ハナカメガイ……花なのか亀なのか貝なのか。しかし、それでこの子が魚たちを避難させて分布を拡げさせないようにしてたんだな。主って大変だな。サメをいっぱい撫でておく。
マルコさんが頭を掻いた。
「危険指定植物だから見つけ次第駆除しなければならんのだが、駆除しようにも水中だからどうしようもない。大洪水とか日照りで川が干上がってようやっと、というところだ」
それは大変良くないですね。洪水とか日照りとか、川の魚たちだけじゃなく周りの街や村も困ってしまう。
「一応、燃やそうと思えば燃やせるのだが、そのまま燃やすと大爆発の危険がある。壁を作ろうにも、土や氷は使いづらい」
どうするか、と悩んでいると、ジェシカさんが俺の方を見た。
「ユウさん、燃やすこと自体は可能なんですね?」
「ああ。ただ燃やすだけなら簡単だ」
その後のことを考えなければ。
「では、風でハナカメガイが生えている範囲を覆って燃やしてしまいましょう」
あー、それはな。
「すまない。私の制御能力では風で壁を作るのは難しい」
というか、風の壁が作れたとして、風は氷や土と違ってずっと意識して魔力を流しておかなければならないから火魔法が使えない。
そう言うとジェシカさんが笑った。
「ビクターがいますよ」
そっか! ビクターに手伝ってもらえばいいのか! 今までちゃんと戦闘を手伝ってもらったことなかったから忘れてた。ビクター聖獣だもんな。風で壁を作るくらいできるか。
何かを察したのかふんふんと首を振るビクターの首を撫でる。
「ビクター、頼めるか?」
「ケン!」
いいお返事ー! 空気は水よりも熱伝導率低いし上に吹き上げてしまえば水温にも影響は少ないだろう。
ハナカメガイは1メートルくらいの丈だから、余裕を持って2メートルくらいの高さで壁を作ってもらうか。そのくらいなら洪水の危険も無いだろう。
結構幅広いけれど大丈夫かな?
「あそこからあそこまでの川底に、風で壁を作ってくれ。高さは私の身長より少し高いくらいで頼む」
「ケーン」
余裕。って顔してるな。
「君は危ないからここにいてくれるか?」
サメはダイレクトに水温関係するからね。ジェシカさんを乗せたまま川の真ん中に進むビクターに続いて泳ぐ。
川の真ん中に着いたビクターの足元に魔方陣が浮かぶ。ずいぶん複雑な模様なのは細かいことを頼んだからだろうか。
「準備完了だそうです」
「了解した。少しこのままで頼む」
一気に潜水して底に抜ける。風が渦巻いている感じかと思っていたけれど、普通に空気のある空間だった。呼吸もできる。ビクターすごい。器用。その才能ちょっと分けてほしい。
水が無いとハナカメガイは動けないのか襲っても来なかった。動けない相手に申し訳ないが駆除してオッケーという許可があるらしいので。
内殻はアダマンタイトだから、外殻変更ミスリル。少しでも温度上昇を避けるために氷の塊をいくつか浮かべておく。
では、準備完了。行くぞ。
もーやせー!!!
おっと、ちょっと調整。壁をぶち抜いて燃やしそう。根元をしっかり燃やしておけば再生しないだろう。
……今誰かに見られてたら確実にやばい人だよな。火の海に立ち尽くす鎧の男って。水中で良かった。
燃やしながら走り回ってハナカメガイが残っていないか確認する。指定した範囲よりも広く壁を作ってくれていたので水中に取り残されているハナカメガイもいなかった。
よし、掃討完了。
火を消して水中に飛び出しそのままビクターの魔方陣を目印に泳ぐ。
「完了した。あとは熱くなった空気を吹き上げればいいだろう」
「了解です。ユウさん、後ろに乗ってください」
後ろに? ビクターが首を曲げて角を近づけてくれるので、掴むと引き上げられた。角折れない? 大丈夫? 引っ張られるままジェシカさんの後ろに収まる。
「じゃあ、ビクターお願い」
「キュン!」
少し岸に寄ってからジェシカさんが合図すると、ビクターの足元の魔方陣の形が変わって川の中央が吹き上がった。一緒に巻き上げられた水が熱湯になり降り注ぐ。
間欠泉ってこんな感じか?
大きく波打つ水面に、背中に乗れと言われた理由がわかった。これはさすがに水の中にいたら流されてるわ。
水が落ち着くのを待ってみんなの元に戻る。マルコさんが手を上げて迎えてくれる。
「おう、終わったか?」
「ああ。ひとまずここに生えていたものは処分できた」
これで問題は無いだろう。でも念のためもう少し上流も見てきた方がいいかな?
しかし、とラウさんが首を傾げる。
「ハナカメガイに困ってはいたのでしょうが、何故そのブル・シャークは案内までしてくれたのでしょう?」
「確かに。俺ら、魚獲るぞ?」
マルコさんも一緒になってサメを覗き込む。二人とも腰まで濡れているが全く気にしないようだ。
サメがくるりと旋回する。
うーん。サウスのことを報告するついでだし、もういいだろう。
「君に名を、レディ」
そう言いながらサメの頭を撫でると、サメの体が頭から輝く。灰色だった背中が真っ白に変わった。目も増えたねぇ? 二対の目が青色に光っている気がする。
体が大きくなったのと一緒に背鰭が二枚に増え、胸鰭も二対になっている。
俺が名前付けると黒か白にしかならないのか? ヒスイは緑になったけど、それは緑色を意識しながら名付けたからか?
サメ、改めレディが確認するようにくるくると旋回し、戻ってきた。
「名を頂けるなんて、ありがとうございます」
「世話になった礼だ。気に入ってくれたようで良かった」
良かった。声からしてたぶん雌だ。勢いで名付けちゃったから性別確認するの忘れてた。
「……当然のように喋れるようになるんですね……」
「……名が付くと喋れるようになるのではなかったか?」
「違いますよ。ビクターは私と念話はできるけれど喋れないですし」
そういえばそうでした。というかロボやアースも喋れないや。なんだろう。やっぱり主って特別なのかな? ザーパトはウェストのお子さんだし喋れたのかな。
格の違いって奴か? 格好良いねぇ。




