第60話 花紋と信用証
「この子たちが、あんたがまた変なことしているって教えてくれたから来てみたら」
そう言ってヴァネッサさんが手で《架け橋》を差す。
「変なこととは、酷いな」
「いや、十分変なことですよ……」
肩を竦めてみせるとオリバーに首を振られた。そんなに変か?
訓練場を見渡してヤナさんが腕を組む。
「空間魔術で広げているから二階部なんかは作れないと思っていたが、こういう風にすれば問題なかったのか」
この世界、吹き抜け構造とかはあんまりメジャーじゃ無いのかな?
ヴァネッサさんがヤナさんと並んで上を見上げる。
「できるかな、で試してみるには必要な魔力量が多すぎるわ。維持し続けるにも魔力が必要だし。ユウクラスで魔力が余っているのがいないと。できるかできないかもわからない状態で改築を依頼することもできないし」
あー、やっぱり二階建てとかは魔術が掛かっているとできないのか。簡素な中二階でも、できない可能性を考えると迂闊に工事なんて頼めないよね。
相談を始めたヴァネッサさんとヤナさんから離れて《架け橋》に近づく。
「今日は来ないのかと」
「朝一でサリカさんの所にこれを受け取りに行ってきたんです。だからちょっと遅くなりました」
チルセが杖を差し出してくれたので見てみると、腕輪のような装飾が付いていた。こんな風になるのか。月桂樹の葉が透かし彫りで彫られていて、アンティーク調で華やかだ。
「ずいぶん可愛らしくしてくれたのだな」
「はい。報酬を貰いすぎたけど返せるものではないからって、サービスしてくれたそうです」
貰いすぎって、血をほんの一滴しか渡してないんだけど。
ちょいちょいっとトーカに手招きされて耳を寄せる。
「ユウさんの髪の毛、一本金貨3枚で取引されてるんですよ。効果を考えると血液は一滴でその十倍はするんじゃないかって」
ブフッ。
嘘だろ。はー、もう考えたくない。
「あ。イアンいるじゃん! おーい、手合わせしようぜ!」
衝撃の事実を知らされた俺を放ったらかしにして、ネルがイアンさんに向かって行く。同年代で同じランクなら知り合いでもおかしくないか。
元気よく突撃していったネルがイアンさんに簡単に投げられた。
イアンさんの方が小柄なのに、軽々と受け流しているな。
「もー。まだ敵わないって」
「私たち世代で一番強いもんね」
呆れたように話している三人に首を傾げる。ネルだって同じ年頃の子と比べると頭一つ抜けていると思うけど。
「イアンさんはそんなに強いのか」
ちょっと見ただけで俺よりも体術がすごいのはわかる。揃って困った顔で見られた。
「そりゃ強いですよ」
「イアンは私たち世代の出世頭なんですから」
「まだ冒険者になったばっかりだからパーティランクはストーンですけど、個人ではカッパーですよ」
そうなのか。カッパーなら、えっと、確かウッド・ストーン・アイアン・ブロンズ・カッパーのはずだから、え、イアンさんすごくない?
「というか、ユウさんもしかしてイアンが誰か知らないんですか?」
「ん?」
え、イアンさんも有名人?
「イアンはシオン様の息子ですよ」
……マジで? え、初耳。
「イアンたちはしばらく遠出していましたし、シオン様もあまりイアンの話をしませんからユウさんが知らなくても仕方ないかもしれませんね」
そうなのか。
「それにしても、息子がいることくらい教えてくれても良かったのに」
「ユウさんが知らないことを知らなかったのかも」
それはある。もしかしたら父さんも知らない可能性がある。
しかし、シオンさんの息子ならなんでわざわざ俺に氷魔法見せてほしいなんて言ってきたんだろうか?
「というかユウさん、またさん付けしてるし……」
「これはもう癖だから勘弁してくれ」
なんか人の名前を確認無く呼び捨てにするの苦手なんだよな。俺が名前付けた子たちは平気なんだけどなぁ。
家、父さん以外は全員名前にさんとかちゃんとか付けて呼んでたからかな。父さんも俺と英智のこと以外はさん付けしてたし。
そんなことを考えているとチルセに袖を引かれた。
「ユウさん、魔導士用のスペースも欲しいです」
あ、そういや考えてなかった。
どうするかな。上を使うか。弓道場から続くように、壁に沿って螺旋階段を作る。途中途中で畳二畳分くらいの段を用意して、それは氷を土で覆って頑丈にする。
中央に氷で五角柱を用意して的代わりにしたらいいかな。歪なことには目を瞑ってくれ。広い段の位置を調整して五角柱の面と向き合うように少し動かす。
「こんなものか。魔法はあの浮いてる柱に向かって撃ってくれ。私が消さない限りは消えたり落ちたりしないから、反対側に突き抜けて行くことは無いだろう。階段を登るときだけ十分に気をつけるように」
「はい! ありがとうございます!」
元気に返事をしたチルセがすぐに階段を登って行ったので、他の子供たちも続々登って行く。やる気いっぱいだったな。気づかなくてごめんね。
「ユウ、このボムなんか明るくないかい?」
「気のせいじゃないか?」
血をあげたって言わない方がいい気がする。納得してない顔をするヴァネッサさんから顔を逸らしているとため息を吐かれた。
「まあいいや。渡したいものがあるからついて来て」
はーい。オリバーとトーカに手を振って分かれ、ヴァネッサさんとヤナさんについてギルドマスターの部屋に入る。
「……」
「どうした?」
「いや、この短期間でこの部屋に来るのに慣れていいんだろうか、と思って」
「まあ普通では無いな」
ですよね。これ、父さん関連のトラブルは起こらないとして、俺個人でトラブル起こしそうだな。
「ユウ、登録証貸してくれる?」
「ああ」
何をするんでしょうか? 渡した登録証をヴァネッサさんが卓上傾斜台のようなものに乗せる。横に金属製の栞のようなものも置いてあった。
これはなんだろう?
「ここに指を置いて、魔力を通してちょうだい」
「わかった」
傾斜台の凹んでいる所に指を置いて魔力を通すと、栞のような板に花の模様が浮かぶ。この花、俺が借りてる部屋の扉に提げてあるプレートの花と同じだ。
「よし。登録完了。登録証にもちゃんとカモンが刻まれたわね」
家紋? ヴァネッサさんが持ち上げた登録証の内側を見せてくれる。同じ花の模様があった。ああ、花紋?
「これは?」
「これは、冒険者ギルドからユウに贈られた花よ。この板に同じ花紋が刻まれていたでしょう」
栞のような板を差し出されたので受け取る。
「それは信用証。ギルドにある特殊な魔道具に設置すれば花紋が浮き上がるようになっている。どうにもならない事情で誰かに伝言を託す時には相手にそれを持たせてくれ」
「どうにもならない事情とは?」
「そうだな……例えば、一般の商人たちが使うような比較的安全であるはずの街道にバジリスクが大量に出たとする」
考えたくない例えだな……。
「ユウがたまたまその場に出会したら対処に当たるだろう」
「それは、まあ。そうするだろうが」
放置していくことは無いと思うけど。
「その時に近くにいる者に状況の伝言を頼むとして、伝言を任されたのが低ランクの冒険者や低ランクの商人だった場合、安易に信用することができない」
低ランクの商人?
「冒険者にランクがあるように、商人にも商人ギルドが設けたランク制があるのよ。そして、実力も勿論だけれど、ランクの高さは信用の高さを証明するものでもあるの」
なるほど? 狼少年みたいなことをしていないという証明か。俺の名前で保証するってことだな。
「ユウの場合はナイトに伝言を頼んだりできそうだけど、ナイトも魔物の相手をしてたりすると無理でしょ? ロボちゃんとアースちゃんは、その、状況をちゃんと伝えられるかわからないし」
ですね。二人とも賢いことは賢いんだけど、ロボはアースのことを伝えようとして「弟!」って言ってたみたいだし、アースは本人が強いから状況を危険と認識できなさそう。
そもそもロボとアースは言葉わからないし。若干ウィルが会話みたいなのしてた気がするけど気のせいだろう。
「ちなみに、ユウのランクだと街道の封鎖まで要求できるぞ」
「……したくないなあ」
街道の封鎖って。経済が止まる。そんな重大なこと要求したくない。
「あ、念のため言っておくけど、花紋は気軽に教えないようにね」
「了解した」
偽造されたりしたら大変だからな。
登録証を嵌め直し、信用証を鞄に仕舞う。
「今日これからの予定は?」
「そうだな……小降りになってきたし、ハンナさんの所にアースの装具を受け取りに行こうかと」
窓の外が明るくなってきているからもう少ししたら雨も上がるだろう。
「じゃあついでにお使いを頼んでいい?」
「ああ」
「大工の知り合いがいたら、ギルドから依頼したいことがあるからつれて来てくれるかしら」
大工の知り合い。いますとも!
「グランツのところでよければ」
「十分すぎるわ」
わーい。お仕事だぜグランツ。
ギルドを出て、ひとまずハンナさんの所へ。世界樹の種子本当に万能でめちゃくちゃ助かる。マントもあるんだけど、あれが撥水性があるかわからないしな。
あー、でもそろそろマントや上着を考える必要があるか。依頼を受けているときは鎧姿だから中がシャツだけでも大丈夫だろうけど、日常ではそうはいかない。
女帝の織り糸のおかげで暑さ寒さを感じにくいとは言っても、世間の目が気になる。父さんみたいに「勇者」って書いてあるTシャツでうろつけるような精神は持ち合わせていない。
店に着いたので鎧を仮面に戻して中に入る。
「こんにちは」
「こんにちは、いらっしゃいませ。少々お待ちください、今オーナーを呼んできます」
「すまない」
店に入った途端に俺に気づいた人がそう声をかけてくれた。
『アース、おいで』
「ギュ?」
念話で呼ぶとすぐに現れて肩に乗る。
「装具ができているだろうから合わせてみよう」
「ミィ」
ゴロゴロいっているアースを撫でながら待っていると、ハンナさんが白い布を持って奥から出てきた。
やっぱりできてたか。
「お待たせしてすみません」
「いや」
全然待ってませんよ。何時に行きますって連絡できないのがつらいなぁ。
「それが?」
「はい。アースちゃんちょっと脚を出してね」
「ギュー」
大人しく脚を差し出すアースのリボンを解いて、シーサーペントの革製の装具が巻かれる。端は留めた後で折り込むようだ。
フローライトが正面に四つ葉のクローバーのようにあしらってあって可愛い。
「ギャォウ!」
アースがキラキラとした目でそれを見つめて一鳴きする。お気に召したようだ。
「大丈夫そうですか?」
「たぶん。嬉しそうだし、見た目も可愛らしい。これを着けていれば随獣だと一目でわかるだろう」
相当気に入ったのか装具を見つめたまま尻尾がぶんぶん振られている。
「それは買い取りでいいか?」
今まで巻いていたリボンを指差すと、ハンナさんが首を振る。
「これは本当にただの布ですから、こちらで処分しておきます」
「そうか。……あ、そうだ。訊きたいことがあったんだ」
「はい?」
「この手袋は、どう手入れしたらいいだろうか」
革製品だから水洗いが駄目だということはわかるんだけど。ハンナさんに言われて手袋を外して渡す。
「これは……ドラゴンスキンですね」
そんな気はしてた。
「ドラゴンスキンなら手入れは裏返して陰干しで十分ですよ。汚れが気になったときは油を付けた乾いた布で拭いてください」
ほん。そんな簡単でいいのか。ドラゴンスキンが丈夫なものだから手入れが簡単なのかな?
装具の料金は先払いしていたから手入れ用の油と布を買い、ハンナさんにお礼を言って店を後にする。アースはご機嫌で新しい装具をお披露目に影の中に消えていった。
次はグランツ工務店だな。お、雨上がった。
グランツ工務店に顔を出すと作業していたオトケさんが気づいてくれたので近づく。
「おう。ユウさんか」
「こんにちは。仕事を頼みたいんだがグランツはいるか?」
普通のことを訊いたのにオトケさんが渋い顔をする。どうして?
「今度は何を壊したんです?」
「何も壊していないぞ」
怒らないから素直に言いなさい、じゃないんです。本当に壊してないのに。信用が無い。
俺が壊したの石畳と孤児院の柵だけだからね? いやまあ訓練場にあった木箱とか反結界とか、樹とか岩とか壊してはいるけど。修理が必要だったものはその二つだけだからな?




