第58話 山の再生
しばらくガジガジされていたけれど、南の山の主の気が済んだのか嘴が離れる。
「はぁ……まあ虫自体はこの山のものではないから良いとするが……気をつけよ。ただでさえ冬籠り前で魔物たちの気が立っている。魔素の乱れで襲われても知らんぞ」
「本当に申し訳ありませんでした。以後気をつけます」
あの虫たちこの山の魔物じゃなかったんだ。いや、だからと言って滅殺したら駄目だよな。実際にあの後ミノタウロスに襲われてるし。崖から出てきたのなんでかと思ったら、そういう理由があったのか。
「やはり東から流れて来たか?」
「ああ。こちらには虫が多かったな。そちらは?」
「こちらにケンタウロスやサラマンドラだな。ケルピーも現れて湖からウンディーネを追い出してしまって困っていたのだが、いつの間にか消えておったな」
ブホッ。
ケルピー、お前も東の森から来てたのか。喧嘩売られた勢いで倒しちゃったけど、どうやらウェストの役に立ったみたいだから黙っておこう。美味しく頂いておきます。
「ウンディーネというのは?」
「水の上位精霊だ。湖に戻って来ているからそのうち姿を見ることもあろう」
へー、精霊。ん?
「精霊というのは不可視の存在だと聞きましたが」
「下位のものはな。上位精霊になると姿を得る。まあ人前で可視できる姿を晒すことは少ないが」
上位の精霊は見える場合もあるのか。いつか見てみたいな。どんな姿なんだろう。
っと、違う違う。
「話が逸れました。南の山の主、お詫びに何かできることはないでしょうか?」
「詫び?」
「はい。何かお手伝いできることがないかと思いまして」
ふむ、と南の山の主が……まずここからいくか。この子に名前付けてもバレなければ問題無いだろう?
「その前に、呼び名を付けましょうか。南の山の主では呼びづらい」
「名を?」
「ああ、言っていなかったが、我も名が付いた。ウェストという」
若干のドヤ感を漂わせながらウェストが名乗ると南の山の主がたたらを踏んだ。
「お主に名が!? ドラゴンに成るには早すぎると思ったが、まさか名を受けていたとは……というか、もしやこの者が付けたのか? お主に?」
ものすごい戸惑いを感じる。なんだろう、南の山の主はウェストよりも若いのかな? なんだか反応が若い気がする。首を下げて覗き込んでくる南の山の主の頭を撫でる。
というかこの子、ウェストがドラゴンになってから初見だったのに驚かなかったのか。すごいな。若くても肝が座っているのかな?
「はい。ウェストにも私が名を付けさせて頂きました。センスが無いので簡単な名になりますが、サウス、というのはどうでしょうか?」
まんま南。ウェストも西だし。これで許してくれ。
「……サウスか。良いだろう。これより私はサウスと名乗ろう」
納得してくれたようで良かった。南の山の主、改めサウスが翼を広げると翼の先から色が変わっていく。焦茶色だった鷲部分は金色に、芥子色のライオン部分が真っ白になった。
「おお、より幻想的になりましたね」
すごく綺麗。大きさはそれほど変わってないみたいだけど、色が明るくなったから印象がだいぶ変わる。
「まさか名だけで真体に変わるか。西の……ウェストか。に名を付けたというのも納得だ」
サウスは元々真体じゃなかったのか? 何度か翼を広げたり畳んだりしていたサウスが満足したのか翼を畳んで俺に向き直る。
「では、手伝いの話に戻りましょう。何かできることがありますか?」
「むぅ……正直、名を付けてもらえただけで十分なのだが……そうだな、土属性の魔石を持っていれば譲ってほしい」
魔石?
「申し訳ありません。魔石は連絡用の物しか持っていないんです」
「そうか。いや。無いなら無いで構わない。私の存在が強化された以上、少し時間はかかるだろうが元に戻ることは確かだ」
そう言われてもなぁ。名前付けるのは特に手伝った感何も無いし。
「そもそも、魔石とはどういうものなんですか?」
父さんに貰ったけど、どんなものなのか訊いてなかった。なんとなくでしかわからない。
「魔石は魔法を使う魔物から取れる、魔素の結晶体だ。魔物の体内で魔素が時間をかけて形成される。それぞれ魔物が得意とする魔法によって属性が変わるな」
「この辺りで土属性の魔石となると、キュクロプスやゴーレムか」
魔石は鉱物ではないのか。魔物から取れるとなると戦闘の必要があるかな?
視線を感じるとウェストが俺を見ていた。何か?
「ユウなら魔石を創れるのではないか?」
魔石って作れるの? いや、魔物の体内で作られているんだけど、そんな簡単に作れちゃうものなの?
「ヒトの子だぞ?」
「ユウは精霊に好かれているからな」
サウスの言い方からして人間は作れないものなのかな? しかしウェストは自信があるようだ。精霊に好かれてるとはどういう意味だろうか。酒精に好かれているとは言われたけど。
魔石って父さんに貰ったもの以外はちゃんと見たことないんだよね。シャワーの蛇口をしっかり見ることなんて無いし。父さんに貰った魔石はアメジストみたいだったし、魔石って宝石みたいな見た目のものが多いのかな?
宝石みたいで、時間をかけて形成されるとなると圧縮すればできるんだろうか?
まあやってみよう。
オーダーは土属性なので土を圧縮して固めるイメージで拳を握る。土が石になるのを想像しながら全力でしばらく握っていると、手のひらに何かが当たる。
「どうだ!」
手を開くと、1センチ四方くらいの小さなブラウンダイヤモンドのような石ができていた。父さんに貰った魔石と比べるとだいぶちっちゃいし形も歪だけど、やればできるもんだな。
「できてしまうのか……」
「ははは。重畳、重畳」
二人の反応を見るに、これはちゃんと魔石になっているようだ。
「ユウ、と言ったか。人前で気軽に創ることはやめておくのだぞ」
「承知しました」
サウスが心配そうに前脚を掻き掻き言うので、ちゃんとと返事をしておく。顔を下げたウェストが魔石を観察する。
「正しく土属性か。多少濁りがあるが、性能としては十分だろう」
そう言われて光に翳して見てみると、確かにちょっと濁っている。宝石だったらだいぶランクが落ちそうだ。
「この濁りはどうしてできるんでしょう?」
「大気の魔素を無理矢理集めたせいだろうな。ユウは制御は苦手なようだから他の属性が混じってしまったのだろう」
へー。制御下手なのバレてて笑うしかない。しかし魔素でできている魔石に魔素が不純物として混ざっているの面白いな。
「まあとにかく、できたのなら使ってみるしかなかろう」
「そうだな。では凍った場所に移動しよう」
了解しました。またウェストに乗せてもらってサウスの先導で移動する。
サウスが降りた先は結構樹が枯れてる。枯れてなかったとしたら萎れてる。すぐに氷溶かしたから大丈夫だと思ってたんだけど、瞬間冷凍のダメージは大きかったか。
紅葉とか季節性ではなさそうな枯れ葉で覆われた地面に着地する。
「それで、どうしたら良いのでしょう?」
「もういくつか創ってくれるか。できたら貸してくれ」
はい。五つくらいで良いかな? 最後の一個はなかなか綺麗にできた。他のより一回りちっちゃいけど。嘴で魔石を受け取ったサウスが少し離れる。
「ユウ、我に乗っておけ。要らぬ影響を与えそうだ」
俺が与える側なんですか?? 解せぬ。
とりあえず言われたとおりにウェストの背中に登ると、それを見ていたサウスの周りに魔法陣が広がる。
咥えていた魔石が魔法陣が広がった地面に落とされ、砕けて魔法陣の光が強くなった。二重三重に魔法陣が広がりそのまま地面に吸い込まれていく。
吸い込まれちゃったけど、これで良いの?
「……うむ。これで一冬越せば前よりも良い状態になるだろう」
これで良いのか。ウェストから降りて樹を見上げてみるけれど何も変わってないように思う。
「もっと派手なものを想像していました」
「成長は急ぎすぎると碌なことが無いからな」
そうなのか。……そう言われるとロボの修行、大丈夫かなぁ。ナイトが付いてるからあんまり変なことにはならないだろうけれども。そんなことを考えているとウェストがサウスを見る。
「それにしても、汝はまだ番を見つけていないのか?」
「喧しい。お主とて番を見つけたのは少し前だろうが」
番、というとお嫁さんかお婿さんか。サウスはまだお嫁さんいないのか。
「番がいると何か違うのですか?」
「存在が強化される。名前ほどではないがな。何より、愛おしいものがいるというのは良いことだ」
おっと、純粋な疑問だったんだけど惚気られてしまった。まあ、父さんも母さん大好きだし、夫婦っていうのはそういうものなんだろう。サウスがすごい顔してるけれど。
「惚気に付き合う気は無い。愛しの番殿のところにとっとと帰ってくれ」
重たいため息と共に言われてウェストが笑う。
「そうしよう。ユウ、乗れ」
「はい」
再びウェストの背中に登るとサウスが近寄って来る。
「ウェストはともかく、ユウはまた遊びに来るといい。蘇ったここも見せたいしな」
「はい。今度は家族も連れて来ます」
ふさふさの羽毛を撫でさせてもらって手を振って別れる。
ウェストの巣まで戻ると緑の子が出迎えてくれた。
「今日はありがとうございました。挨拶に来たのに、ご迷惑をかけてしまって」
「構わん。子供の世話を焼くのは大人の仕事だ」
わーい。こういうこと言える大人になりたい。こういうこと言えるようになるには実力が伴わないと情けないから俺も頑張ろう。
あ、そうだ。
「今日のお礼と言ってはなんですが」
「む?」
首を傾けるウェストから降りて、緑の子に近づく。
「この子にも名を。ヒスイ、というのはどうですか?」
名を付けると、緑の子の体がより明るい緑に変わった。おお、まさに翡翠。不思議そうにパタパタと翼を広げて確認しているヒスイにウェストが嬉しそうに近づいた。
「ほお。美しいな」
顔を擦り合わせて喜びあっている二人をしばらく眺めてから、もう昼も過ぎてしまったのでお暇することに。
ヒスイに崖のところまで送ってもらって、湖で昼食を取ってからのんびりと街へ向かう。
ヒスイに名を付けたし、サウスが番を見つけたらその子にも名前を付けさせてもらおうかな。
明日の予定を組み立てながら平原を越えて外壁が見える所まで帰ると、どうも門の所が騒がしい。
「何かあったのか?」
検問の待機列に近づき列を整理していた騎士に訊くと、怪訝そうに振り返った騎士が俺を認識した途端にガシッと肩を掴んでくる。
なんです?
「『血塗れの鎧』! 良かった! 君の帰りを待っていたんだ!」
「私の?」
え、本当に何かあったパターン? その騎士について門に集まっている騎士たちに近づく。非常呼集は無かったけれど、ギルド職員や冒険者も何人かいるようだ。
「ユウさん! 良かった、お戻りですか」
「ウーさん、何かあったのか?」
訊くと、ウーさんの横にいた隻腕のギルド職員が頷いた。
「西の森の主が南の山地に向かって飛んで行ったらしい。すぐに西の森に戻ったらしいが、近々大規模な縄張り争いがあるかも知れん」
真剣な顔で話し合っている騎士や職員、冒険者たちを見回す。
……これ、どう説明しても怒られそうだな。




