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勇者の息子は地球出身  作者: 潮柳
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第5話 VS石像

 ウィルを見送って振り返るとアリサさんがポカンと俺を見上げていた。若干つり目なアリサさんが目を見開いていると猫みたいだ。どうかしたのかと首を傾げるとハッとして紙を広げた。

「すみません、黒髪の方って珍しくて。改めて、登録ですね。登録料として銀貨2枚いただきますがよろしいですか?」

 黒髪って珍しいのか。確かにすれ違わなかった気がするな。登録で銀貨2枚か。よろしいですよ。街に入るのが銀貨5枚だったけど、物価価値がわかんないな。銀貨1枚いくらくらいなんだろう。ぼんやり考えながらアリサさんに銀貨2枚を渡すと確かにいただきました、と分厚い本のようなものに書きつけた。そして一枚の紙を差し出される。

「ではこちらの用紙に必要事項を記入していただけますか」

 はい。一緒に渡されたクレヨンのような、炭の塊を練ったようなものはこの世界の鉛筆的なものだろうか。用紙の内容は読めるけれど、これ書くのはひらがなでいいんだろうか? 一応書いてみよう。不思議な書き心地。乾燥したクレヨン?

 名前を書いて、早速詰まる。なぁに職種って。冒険者じゃないの?

「すまない、職種とは?」

「はい。えっと、ユウさんですね。ユウさんは戦闘スタイルは決まっていますか?」

 あ、ひらがなでちゃんと読めるんだ。謎だな。じゃなくて。

「剣と……魔法だな」

 おそらく。剣は使ったことないし魔法は危なくて迂闊に使えないけど。剣を振り回すくらいはできるだろう。

「でしたら魔導剣士ですね。武器を既にお持ちでしたら登録がありますのであとで提出をお願いします」

 はいはい。魔導剣士か、厳ついな。職種の欄に魔導剣士と書き込んで、下の武器の保有の有無の欄にチェックを入れる。武器の登録なんていうのもあるんだな。盗難防止かな? しかし全部ひらがなって逆に読みづらい。

 ナイトたちのことを隠し続けるわけにもいかないので訊いておかなければ。

「もう一つ訊きたいことが──」

 それ以上言葉が続かなかった。


 今、絶対に嫌なことが起こった。


 どっと冷や汗が噴き出る。さっきの比じゃないくらい心臓がバクバクと脈打っている。急がないと。

 アリサさんが呼ぶのを無視してギルドの扉に向かって走る。ホールにいた冒険者たちが何事かと俺を見ているのがわかったけれど気にしている余裕がない。扉を開け放つと同時にガァンガァンと鉄を打ち合うような轟音が響き渡る。

「緊急警鐘だ。西門か?」

 気づいたらウィルが隣にいた。警鐘? 轟音は一定のリズムで打たれているようで、ウィルが耳を動かす。三打、一拍空けて二打。反響してわかりにくいけれどおそらくそうだ。ウィルの耳がピンと立ちホールに向かって吼える。

「ワイバーンだ!! 非常呼集をかけろ!!」

 ウィルの言葉にホールが一気に騒がしくなる。ワイバーン? いや……それにしては小さすぎる。たぶん違う。

「ナイト」

「はい」

 呼べばすぐに影からナイトが姿を現す。落ち着いた声に少しホッとする。

「ワイバーンの足止めを頼む。絶対に殺さないでくれ」

「承知いたしました。ユウはどうします?」

「原因をどうにかする」

 自分で言っておいてなんだけど、ワイバーンを止めてって言われてノータイムで任せろって言えるナイトは本当に強い魔物なんだな。俺の知識が正しければワイバーンって小さめのドラゴンみたいなやつじゃなかったっけ?

「何があるかわかりません、剣を抜いておきなさい。ロボ、ユウに付いていてください」

 言われたとおり剣を鞄から取り出して鞘からも抜いておく。剣帯をしていないので鞘は鞄に戻した。ナイトに呼ばれて飛び出してきたロボがわんと元気に吠える。

「少しでも危ないと思ったら私を呼ぶのですよ。絶対に無理をしないこと。細心の注意を払いなさい」

「わかった」

 返事をしてすぐに走り出す。ワイバーンの気配とは逆の、嫌な予感のする方へ。ロボもすぐに付いてきた。ウィルが何か言っているけれどあとでいくらでも謝まります。

 俺は別に勘がいい方ではないのだけれど、これは絶対だと確信がある。冷や汗が止まらない。なんで今父さんの幸運値がマイナスなんて話を思い出すんだ、勘弁してくれ。



 大通りを全力で走る。自分が第三者にどう見られているかは考えないことにした。絶対ヤバい奴だ。しばらく走って、近くにいるはずなのに姿が見えない。左右を見渡しながら走り続けているとロボが前に躍り出て空に向かって吠える。

 ああクソ、そういうのもあるのか。

「ロボ、お手柄」

「ばぅ!」

 空を見上げれば大きな石像が二体、それぞれにワイバーンと人間の子供を掴んで飛んでいた。ワイバーンはこの子を取り戻しにきたのか!

 幸い石像はそこまで高いところを飛んでいるわけではないので屋根に登れば届きそうだ。足に力を入れて跳ぶ。街灯を足場に一段、大通りに面した建物の壁を蹴って二段目、届いた。ロボは俺が跳ぶ前に影に潜り込んでいたのか、屋根に映った俺の影から飛び出してきた。賢いなこの子。

 屋根の上を石像に並走しながら助ける方法を考える。魔法で助けられたらいいが、俺の制御能力では不可能だろう。無理は禁物。人間の子供を先に助けたほうがいいのだろうが、どうにかして放させたとして受け止める手段がない。風か何かで受け止められたらいいのだろうけれど、絶対に無理だと断言できる。確実にスプラッター。

 なら、一か八か。

「ワイバーン! 聞こえるか!」

 石像に掴まれてもがいていたワイバーンがこちらを向く。聞こえてるな。

「君を先に助ける! だからあの子を助けるのに力を貸してほしい!」

 前を飛ぶ石像が掴む子供を指させば、ワイバーンがそちらを見た。通じるか? じっと子供を見ていたワイバーンがこちらを振り向いて吼える。よっし!

 さて、どうするか。ワイバーンを掴んでいる石像はワイバーンが重いのか、前を飛ぶ子供を掴んだ石像と違い屋根とほぼ変わらない高さを飛んでいる。向こうの建物まで跳んで足を斬るか? いや大通りだから向こうまで跳べるかわからないな。途中で俺が落ちたら笑い話にもならない。斬撃を飛ばす? 漫画とかではよく見るけれど、そんなことできるのか? 父さんは魔法はイメージだと言っていたし、剣の制御能力を信じるか。失敗するリスクは下げられるだろう。

 しかし、斬撃を飛ばせたとして、向こう側に飛び抜けていかない保証が一切無い。むしろ飛び抜けていく自信がある。向こうの建物に被害が出ると元も子もない。剣を使うとしても、さすがに魔法を途中で消すなんてことはできないだろう。制御が楽になるとは言っていたけれど、魔法が上手くなるとは言ってなかったはず。

 建物の前に壁を張るか。一番硬い壁を張れば斬撃くらいなら抜けていかないだろう。たぶん。

 走りながらできるだけ硬い壁を想像するとバキバキと音を立てながら氷の壁が出現した。氷?と思ったけれど、父さんも氷の膜を壁のように使っていたからこの世界の氷魔法はそういうのに向いているのだろう。

 剣を持つ手に力を入れて、石像の前に出る。氷の壁は俺や石像よりも遥かに速く構築されていく。たぶん、きっと大丈夫。上手くいく。だいぶ余裕を持てる距離を取っても石像は気にせずまっすぐ飛んでくる。なんだろう、違和感。高度を上げもしない。俺が見えていないのか?

 違和感はあるけれど好都合だ。剣なんて振ったことないのだけれど、バットみたいな振り方でいいのだろうか? 石像が目の前を通るのに合わせて力の限りフルスイングすると、石像の胸から背中にかけて亀裂が入りパックリと分かれるのがスローモーションのように見えた。氷の壁に一文字のヒビが長々と入っているので想定したとおりに斬撃が飛んだのだろう。

 落ちていく石像の鉤爪から逃れたワイバーンが翼を広げる。なんとか地面に墜落する前に飛べたようだ。

 だいぶ運頼みだったけどまずは成功!

 ゴシャンと轟音を立てて落ちた石像から血と内臓らしきものが見えていた気がするが、あれ石像だよな? 石みたいな外皮の鳥なのか? そんな魚はいたはずだけど、鳥もいるのか?

 力強く羽ばたいて石像を追尾するワイバーンを追って走る。ロボも追ってくれてはいるが休んでいる暇はない。

 追いつくとワイバーンが高度を落として横についた。一体が落ちたからか、さすがに石像が高度を上げている。もう屋根から直接は届きそうにない。

「なんとかして子供を放させる。下で受け止めてくれるか?」

「ガル!!」

「ロボ、この子の背中で待機して、子供が落ちないように支えてやってくれ」

「わん!」

 指差して指示すると、ワイバーンがすれすれまで近づいてきてロボがその背中に飛び乗る。ワイバーンは3メートルくらいあるけれど、その三分の二近い俺が乗るのは無理があるだろう。コウモリのような皮膜の翼がどれだけの負荷に耐えられるのかわからない。ロボと子供だけでも厳しいかもしれないけれど、そこは信じるしかないな。

 どんどん高度を上げる石像の下をワイバーンが飛ぶ。さて、次はどうするか。さっきのようなゴリ押しの力技は通用しないだろうし、何よりこのままだと届かない。石像の下に子どもがいるので下から斬りあげることもできない。

 時折石像が強く尾を振るのでワイバーンもあまり近づけないようだ。どうにかして俺があの高さに行くしかない。

 現状打つ手なしだが、やはりあの石像は何か違和感がある。明確に何がとかはわからないのだけれど。

 前を見ると外壁が近づいてきていた。拙い。外に出られると格段に不利だ。なんとか街の中にいる間にどうにかしないと。そう思っていると急に視界が開けた。何事かと思ったがどうも氷の壁が途切れたようだ。

 ……。

 振り返ると氷の壁はなんの支えもなく空中に存在していた。なら行ける。なんでとか、どうしてとか考えている暇はない。

 足に力を入れて跳び、勢いが落ちきる前に足元に氷の地面を想像する。バキンと音を立てて足がギリギリ乗るか乗らないかの氷塊が出現した。よし! 段は見えないけれど、ここにあると想定して走ればそれに合わせて氷の階段が構築されていく。階段を五段飛ばしで登るくらい気持ちで駆け上がり、少し大回りでワイバーンを躱して横から石像に飛び込む。

 子供を掴む脚の付け根に向かって力任せに剣を振り抜くと思っていたより簡単に斬り落とすことができたが、ワイバーンが間に合わない。咄嗟に片手を剣から離し、斬った石像の脚を掴んで子供をワイバーンに向かって投げる。

 無理な体勢で動いたせいで肩が少し痛んだけれど、子供がワイバーンの背中に受け止めれられたのが見えたのでよしとする。

 良かったと気を抜いた瞬間、背中に激痛が走る。

「っ!!」

 しまったと思う間もなく急速に地面が近づく。せめて衝撃に備えようと体を丸めた。


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