第4話 レニアの街の冒険者ギルド
再びナイトの魔物講座を受けながら進んでいると、前を歩いていたロボが吠える。ロボが待つ高台へ登ると視界が一気に開けた。森の出口だったようだ。目の前に視界いっぱいの緑の平原と青空、そしてその二つを分断するように延びる灰色の壁。何アレ。
「おそらくはあれがレニアの街でしょう。灰色の壁は街の周囲を囲む外壁です」
外壁?
「魔物から街を守るために街全体を頑丈な壁で囲っているのです。地球のように武器が発達していませんし、魔物は地球のたいていの動物より遥かに強いですから」
そうなのか。ロボは燦々と陽が差す森の外が怖いのか不安そうにナイトの足の間に挟まっている。身を守るために森にいたのだとしたら外に出るのは怖いよね。どうしようかとナイトを見ると、顎に手を当てるような仕草をしていた。
「ロボはともかく、私は目立ちすぎますから、影の中にいましょうか。ロボもいらっしゃい」
呼ばれてロボはナイトの腕の中に収まった。ロボはそこまで警戒されるような魔物じゃないのかな? ナイトは強いらしいからやっぱり目立つのか……目立つわな。強くなかったとしても首無しの大男が目立たないわけないな。地元では見た目がちょっと怖いおじさんくらいの扱いだったけど、地球に来た当初はめちゃくちゃ目立ってたんだろうな。
二人が影に入ったのを確認してから森を出る。何はともあれ街に着かないことには何も進まない。
近づけば近づく程大きな壁だな。目寸だけど高さ50メートルはありそう。一つひとつの岩?が相当大きい。端が見えないんだけど、街を囲ってるってことはこの壁が少なくともあと二辺か三辺はあるってこと? どんな建築技術だ。
「どうかしたか?」
呆気にとられて壁を見上げていると後ろから声をかけられた。振り返るとイケメン。は? 洋画の俳優かよっていうイケメンがいた。オリーブ色の髪に蜂蜜色の目は変わっているけれど、父さんを考えるとこれくらいは普通なのだろうか。父さんもだけどこの人も顎髭まで髪と同じ色だ。すごい世界だな。
「……おーい? 大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ、すまない」
あまりのイケメンに圧倒されていたらイケメンに心配された。不審がられたとは思いたくない。
「大きな壁だから驚いてしまってな」
注意されていた話し方は父さんを真似ることにした。意識して話すとなると、ただでさえ話すのが得意な方ではないのにさらに口が回らない。まあぽんぽん喋らないほうがボロは出難いだろう。
「村から出てきたのか? 確かに初見では驚くよな」
おっし、誤魔化せた。村にはこんな壁はないのか。オリーブ色のイケメンは父さんと同じような鎧を着ているけど、もしかしてこの人冒険者かな?
「私はユウという。失礼だが、貴方は冒険者か?」
「そうだ。俺はレオ」
差し出された手を握る。やっぱり冒険者だった。
「ユウはどうして街に?」
「冒険者に登録しようと思って」
「そうなのか。俺はこれからギルドに戻るところなんだが、案内しようか?」
「是非お願いしたい」
やったー! レオさん優しい!
外壁は各辺ごとに門が設置してあるらしく、列ができているところへ向かう。
「レオさん、あれは?」
「ん? ああ、検問だな。ああいった荷車を持っている商人なんかは時間がかかるが、俺たちみたいなのはすぐに済む。それとレオでいいぞ。さん付けは妙にくすぐったい」
「そうか、ではレオと」
んおぉ。明らかに歳上の人を呼び捨てるのは緊張するが本人の希望とあっては仕方ない。とりあえず指差した先の馬車……馬か?アレ?は商人の荷馬車らしい。
「検問では何を検査するんだ?」
「違法なものや魔物なんかを持ち込んでいないかだな」
……魔物連れ込もうとしています、すみません。顔に出ないタイプで良かった。ナイトの判断が正しかったな。やっぱり魔物って普通は連れて入れないのか。
「魔物を連れている冒険者なんかはどうするんだ?」
「テイマーか? それは冒険者ギルドで登録していれば大丈夫だ。登録といえば、ユウは今回は街に入るのに税金がかかるな。登録が済んでいれば税金をギルドが負担してくれるんだが」
へー。登録すると色々便利っぽいな。だから父さんはわざわざ冒険者に登録しろって言ったのかな。魔物も冒険者なら連れて入れるのか。
お金は足りるだろう。おそらく。父さんもある程度用意してるって言ってたし。検問は外でされているのかと思っていたのだが、壁の中?間?に番台のようなものがあるようだ。俺のように身一つの人はそこで騎士の人にお金を払うか何かを見せると通してもらえるようだ。
「ずいぶん壁が厚いな」
10メートルくらいある。どういうことなの? そんなに魔物って強いの? 壁の幅の中に番台があるってどんなだよ。
「壁の中に騎士団の隊舎があるんだ。この街ほどの規模になると中央にある駐屯所ではトラブルが起こった際に対処が間に合わなかったりするから、街のどこからでも騎士団に連絡が取れるようになっているんだ」
この壁の中に人が住んでるの? すごいな。でも確かに、これだけ大きな建物なら何か別の活用方法があるほうが納得できる。
俺たちの番になり、レオは腕輪を見せて俺は銀貨5枚の支払いをする。金貨しか持っていなかったのだが、金貨1枚が銀貨10枚になるようで、銀貨5枚をお釣りでもらった。金貨は100円玉くらいの大きさで、銀貨は50円玉くらいの大きさだ。複雑な模様は偽造防止だろうか。
門番の騎士にすごい不審そうに見られたけど、よく考えると仮面でした。ナイト曰く、額から鼻先まで覆われているとのことなので顔全部が隠れているわけではないけどそりゃあ不審だよね。これレオがいなかったら俺門で止められていたのでは? 門番の人がレオの知り合いで良かった。
「その仮面は触れてもいいものか?」
門を抜けるとレオに訊かれた。そりゃ気になりますよね。
「ある人に似すぎているから、面倒に巻き込まれないように隠している」
「そうか。大怪我でもしているのかと思っていたけど、違うならよかった」
ご心配をおかけしました。全然平気です。俺個人としては見られても問題はないんだけどね。父さんに言われた以上は隠しておきます。面倒ごとは避けたいので。
視線を前に向けると中世……しかも結構古い時代の中世ヨーロッパみたいな街並みが広がっていた。石畳の道に石材でできた建物は産業革命は起こっていなさそうだけれど、街は活気付いている。武器工房と思わしき店からは鉄の匂いと熱気が漏れているし、革製品や食品を売っている店もたくさんある。大通りと思しき道には街灯も並んでいるけどあれは……石が浮いてる? 魔石が光源なのか?
「武器は持っているか?」
「ああ。防具もある」
剣が並んでいる店先でレオに訊かれる。普通に答えちゃったけど、冒険者って登録する前に武器持ってるものなのだろうか。
「準備がいいな」
「貰い物だがな」
特に不審がられている様子はないからいいか。世界樹の種子はあるけど、何か目立たない鎧は買っておいたほうがいいかな。
おすすめの武器屋や食料品店を教えてもらいながら20分程歩くと広場に出た。一際大きな建物が目を惹く。役所か?ってくらい大きい。5階建てに見える建物は奥にドーム状の屋根も見えている。あれは別の建物かな?
「あれが冒険者ギルドだ」
レオが指差したのはその役所並みに大きい建物だった。ここなのか。
冒険者ギルドは扉の上に盾の前で剣と槍が交差している刺繍がされた旗が掲げてあった。ギルドのシンボルだろうか? レオが扉を開けてくれたので中に入る。広い。本当に役所かどこかのホールみたいだ。真ん中でカウンターに仕切られていて、カウンターの向こうには揃いの制服を着た人たちがいるので、ギルドの職員だろう。こちら側にはレオと同じように鎧を着た屈強そうな人たちがいる。歩いている途中にも見たが、顔が動物の人たちもいた。獣人という人種の人か?
「レオ、戻ったのか」
「ウィル。ああ、たった今」
声をかけられたほうを見ると、薄いアメリカンショートヘアみたいな色をした猫の頭の人が。ウィルと呼ばれた猫の人は制服を着ているので職員だろう。俺に気づいて首を傾げた。
「そっちの兄ちゃんは?」
「冒険者希望のユウだ。ユウ、彼はウィル。見てのとおりギルド職員だ。ウィル、登録の面倒を見てやってくれるか」
背中を押され紹介される。
「了解。よろしくなユウ。私のことはウィルと呼んでくれ」
「よろしく」
先手を打たれた。ここの人さん付けされるの嫌いなのかな? 差し出された手を握ってみるともふもふだったが残念ながら肉球はなかった。
「レオはギルマスが用事があるって言ってたから顔出してくれるか?」
「わかった。じゃあユウ、またあとで」
手を振ってレオがギルドの奥の階段を登っていくのを見送り、ウィルが俺を見下ろす。背高いな、アメショなのに。レオも俺と視線が並んでいたから185センチ近くはあるんだろうけど、ウィルはおそらく父さんより大きい。この世界の平均身長ってどのくらいなんだろうか。
「ユウ、字は読めるか?」
指を差されたカウンター上の看板を見ると、不思議な文字の上に浮き上がるようにひらがなが見える。えーっと、「うけつけ」? なんだこれ、召喚者特典か?
「ああ、読める」
念のため他の看板も見てみたら全て同じようにひらがなが確認できた。
「よし、じゃあ簡単に説明だけしとくな。と言っても書いてあるとおりなんだが、受付が依頼を受けたり、完了報告をしたりするところだ。討伐依頼の時はあっちの引取のカウンターで直接完了報告してくれてもいい。大型引取はそのままだ。カウンターに乗らないくらいの大物はそっちな。依頼関係なく魔物を獲ったときも、持ってきてくれたら買い取るぜ」
魔物って買い取ってくれるのか。素材になったりするのかな?
登録は受付でするんだ、と歩き出したウィルに続く。尻尾まで生えてる……ん? なんか尻尾に違和感がある。なんだろうかと見上げると、耳の後ろに斑点模様が見えた。あれは虎耳状斑か? じゃあウィルは色の薄いアメショじゃなくて濃いめのホワイトタイガーか。毛量的にアムールトラかな? そりゃ大きいわけだ。
受付のカウンターに近づいたウィルが奥にいた女性に声をかける。
「アリサ、新人だ。登録手続き頼む」
「はーい! 少しだけ待っててくださいね」
赤毛の女性が顔を上げて応えてくれた。あの人がアリサさんか。
書類を用意しているアリサさんを待っているとゾッと背筋が冷えた。勢いよく振り向いたせいでウィルが尻尾を膨らませる。影の中でナイトもざわりと動いた気がした。
「どうした?」
「……いや……なんでもない。すまない」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。耳の後ろで心臓が脈打っているようだ。背中を嫌な汗が流れるのに、原因がわからない。
「お待たせしました……どうしました?」
アリサさんがカウンターに着いて首を傾げる。心配そうに見てくるウィルに大丈夫だと繰り返す。
「そうか? じゃあ、とりあえずアリサ頼むな。説明は私がするから終わったら声をかけてくれるか」
「わかった。ありがとう」
お礼を言って、別の仕事に向かうウィルを見送る。さて、冒険者登録。まずはこれを完了しないと。