第43話 ティーブレイク
ジェシカさんが用意してくれた温かいお茶を飲みながらナイトが作ってくれたバナナパンケーキとドライフルーツがたっぷり練り込んであるパウンドケーキ、シナモンがほのかに香るアップルパイを食べる。
ラウさんが味噌と醤油の調合法のお礼として大量に果物とドライフルーツを持ってきてくれたらしく、それを利用したということだけど、それにしたってケーキ三種って。
「多くないか?」
美味しいけどおやつにしてはボリュームが。どれか一つで良いのでは。
「ギルドの職員の方々に軽食として食べられる甘いものがないかと相談されまして。試作してみた物です。いかがですか?」
「美味しいです!」
「焼いたリンゴってこんなに甘いんですね!」
「携帯食にドライフルーツが入っているのはありますけど、こういったパンに中に入れるのは初耳ですね。とても美味しいです」
おお、大好評。調理したものはあまり食べないビクターも喜んでアップルパイを食べている。ロボはバナナパンケーキが気に入ったらしい。
「甘いものといえば生の果物か果物の蜂蜜漬けやドライフルーツくらいでしたけど、こういった食べ方もあるんですね」
「甘いものでお腹を満たすという発想が無かったのでしょうね。携帯食にドライフルーツが入っているのも甘味というよりは味付けのためでしょうし」
へー。
「ふかし芋で幸せになれるユウはともかくとして、折角ならいろいろな種類を作りたいのですがやはり砂糖が無いのが問題ですね」
「砂糖は果物から少量しか取れないので高級なんですよね」
美味しいじゃないかふかし芋。十分甘いし。パウンドケーキだって好きだもん。ドライフルーツがウィスキー漬けだったらもっと好きかな。今度リクエストしておこう。しかし、この世界の砂糖は基本果糖なのかな。希少糖って言うんだっけ? 二つは違うものなのかな?
「そういえば、気にしないようにしていたんだが、氷に他の冒険者は巻き込んでいないよな?」
「ええ。ヒトの気配はありませんでしたから大丈夫ですよ」
良かった。本当に良かった。もっと早く確認すべきだったんだけど怖くて訊けなかったんだ。もし人がいてもナイトなら対処してくれてそうだけども、一応確認はしておかなくては。
「ワイルドボアの討伐の進捗はいかがですか?」
「ロボにも手伝ってもらって半数までいった。明日の午後には帰還できると思う」
「承知しました」
いい子ですね、と頭を撫でられてロボが満足そうに尻尾を振る。
顔にかかっていた毛を払っているときに聞き慣れない単語を聞いたことを思い出した。ビクターにねだられてアップルパイを切り分けていたジェシカさんに質問する。
「ジェシカさん、魔素伝導率とは魔素変換率とは違うのか?」
「はい。変換率とは魔素を魔力に変えるときの効率のことですが、伝導率は術式に魔素を流す効率のことですね」
術式に魔素を流すとは。首を傾げるとチルセが説明してくれる。
「魔法陣に取り込む魔素の量を、たくさん取り込めるようになるんです。だから魔素伝導率の高い素材で造られた武器はそうでない武器と比べて魔法攻撃の威力が全然違うんです」
ほーん? 魔法って自分の魔力だけで使ってるんじゃなかったのか。ジェシカさんがそうだと手を叩く。
「午後からも戦闘があるでしょうし、ユウさん、さっき切った髪の毛を一本頂けますか?」
「ああ。構わないが」
鞄にしまっていた髪の束を取り出して一本引き抜いて渡す。なんか自分の髪とは言え髪を人に渡すの本当に変な気持ち。
「チルセ、杖を貸してくれるかしら」
「はい」
チルセの杖にジェシカさんが俺の髪を巻きつけて、上からリボンで隠す。
「本当は加工したほうが効果が高いのですけど、これだけでも十分威力が上がるはずですよ」
「わぁ……あ、でもいいんですか? ユウさんの髪は売れるって」
「構わない。元手はゼロだ。役に立つなら使ってくれ」
試しにストーンランスを使ってみたら、俺がシオンさんとの模擬戦で出したのより一回り細い土の円錐が出てきた。
「グランドランス!?」
「そんな、私まだグランドの魔法は使えないのに!」
あの円錐グランドランスっていうのか。チルセが今まで出していた槍は日本の直槍って感じだったけど、今度のは西洋の槍騎兵が持つ槍って感じかな? 薙ぐには向いてなさそうけど刺突には強そう。
同じ土魔法でもストーンとグランドじゃ違うのか?
大興奮して話し合う子供たちを見ながらジェシカさんに確認する。
「同じ術式でも取り込む魔素が多ければ威力が変わるのか」
「ええ。なので高価な武器は魔素伝導率の高い素材で造られていたり、ユウさんの髪のような素材を装飾として追加装備していたりしますね」
へー。オリハルコンも似たようなものなのかな?
あ、そうだ。
「ナイト、ナイフは?」
「用意していますよ。焼き上がりを待っている間に買っていてよかったです」
そう言ってナイトが影から取り出したのはミスリルのナイフよりも少し刀身が長いが、大体同じ形のコンバットナイフだった。レッグシースではなく腰に巻くタイプの鞘付きベルトも用意してくれていた。
「ゴウルク様に確認して大体同じ形の初心者用の物を用意していただきました。これでよろしかったですか?」
「完璧だ。ありがとう」
意図は伝わっていたらしい。ゴウルクさんが選んでくれたものなら初心者でも問題なく使えるだろう。持ってみたら少し手が余ったけれど、オリバーが持つならちょうどいい大きさか。柄に布を巻けば手が大きくなっても大丈夫かな。
軽く振っているとネルが首を傾げる。
「ナイフですか? ミスリルのがあるのに?」
「私が使うんじゃないさ。オリバー」
「はい?」
こちらを向いたオリバーに鞘に戻したナイフを投げ渡すと、わたわたとしてなんとか受け取った。
「持ちにくかったりしないか?」
「え? あ、はい、大丈夫です。むしろ持ちやすいです」
「ならよかった。君用に用意してもらったから、よければ貰ってくれ」
え?っと驚くオリバーに手を振る。
「本当は激励品として贈るつもりだったんだがな、さっきの件の詫びと思ってくれ」
「口止め料ってやつですか?」
ネルが笑いながら訊いてくるが、残念ながら。
「口止めになるならそうなるんだろうがな。結構な規模で凍らせていたようだし、もうギルドには伝わっているだろう。シオンさんとヴァネッサさんは笑って許してくれるだろうがウィルの説教は確定だ。だから気にせず受け取ってくれ。ネルとチルセとトーカも、何か贈るよ」
三人がえ!?っと顔を見合わせる。
「ジェシカさんは、どうしようか?」
必要なものはもう大体持っているだろうし。
「では、今度西の森のに行く際に格安で護衛をお願いしましょうか」
「了解した」
ふふっと笑ってそう言ってくれるジェシカさんに感謝だ。チルセがあの、と声を上げる。
「私は、この髪だけで十分です!」
「いや、それはさすがに。それでいいなら、加工してもらったものを改めて用意しよう」
髪の毛をプレセントですっていうのはちょっとな。加工してもらえばもろ髪感は無くなるだろうし。……無くなるよな? ちょっと確認しておこう。
「武器とかでもいいんですか?」
「ああ。高価すぎると色々トラブルもあるだろうし、オリバーのナイフと同じ価格帯までだがな」
「勿論ですよ! というか高価なもの貰っても使いこなせないので、初心者用で十分です!」
やったぁと笑って手を叩き合うネルとトーカを見て笑っていると、さて、とナイトが腰を上げた。
「では、私はそろそろ戻ります。先程の一件の説明も必要でしょうし」
「ああ。あとで私も謝るが、軽く何が起こっていたかは説明がいるだろうから頼む」
犠牲がなかったとは言え、怒られるんだろうな。虫大量に巻き込んじゃったし。
「そういえば魔物は自分より強い魔物には向かってこないのではなかったのか? あの虫がビクターより強いということはないと思うのだが」
「攻撃の意図がなければ近づいてくることはありますよ。私がいるにも関わらずロボがユウに近づいてきたのと同じです」
そうなのか。虫たち攻撃の意図はなかったのか。移動してただけだったのかな? ごめんね!! 謝るし反省はするけど後悔はしないがな!!
ナイトが街に戻り、俺たちも移動を開始する。凍らせてしまった近くでは魔物も逃げているだろうとのことでぐるっと反対側まで移動することになった。ミノタウロスの巣があるほうだな。気をつけておこう。
ビクターとロボが遊びに行ったのでワイルドボアに会う機会は減ったかと思ったのだけれど、三匹も出てきた。昨日の会敵率の低さはなんだったのか。魔法の威力が上がったので、ワイルドボアの相手をネルとチルセが担当し、オリバーはその隙を伺って襲ってくる小型の魔物をナイフで処理していた。チルセは元々ストーンランクにしては魔法が上手かったらしいのだけど、それが強化されてさらに上手に扱えるようになっているようだ。その制御能力ちょっと分けてほしい。
オリバーもナイフだけではなく、遠距離の魔物にはちゃんと弓に持ち替えて対応しているし、ネルも地上に降りているが索敵にも神経を裂いている。この子たち順応力高いなぁ。
「子供の成長は怖い」
「吸収力が違いますからね」
しみじみ言うとジェシカさんが笑う。トーカがふんすと拳を握った。
「私も頑張ります」
「ああ。怪我だけはしないようにな」
「はい!」
トーカはトーカでジェシカさんから色々な薬草の話を聞いているそうだし、この子も成長速度すごいんだろうな。
「オリバー、チルセ、下がれ! ユウさんお願いします!」
ぼんやりしていたらネルが急に叫んだ。なんだ!?
オリバーとチルセと交代するように前に出て、10メートルほど離れた岩の上にいたネルの横に着く。
「どうした?」
「デカい足音が聞こえました。まだ遠いですけど、たぶんワイルドボアじゃない」
ネルが耳を動かしながらそう言うので、音に集中してみると確かに何か大きなものが滑ってくるような音が……滑ってくるような音?
「拙い」
「え? わっ」
ネルを抱えて後ろに跳ぶ。みんなと合流して全員を下がらせた数秒後に、巨大な毛玉が落ちてきてネルが乗っていた岩を砕く。
何あれ。岩砕いたぞ。
「ジャイアントボア!!」
ジャイアントボア?
「ブオオオオオオオ!!!」
ジャイアントボアが砕けた岩のかけらを撒き散らしながら吼える。空気が震えるほどの声量だ。うるっせ! イノシシってそんな鳴き声するっけ? というか。
「マンモスだろ……」
大きさがどう頑張ってもゾウのそれ。動物園で見たことあるゾウより大きい気がする。牙もすごいし、毛深いし、ただ鼻が短いだけのマンモス。誰に許可取ってボア名乗ってるんだ。お前がボアならそりゃウシサイズのワイルドボアはボアだろうよ。
岩を砕いてビクともしない外皮を持っているならチルセの魔法は通じないか。ネルの腕力やオリバーの弓では挑むだけ無駄だろうな。
頭を低くして突撃してきたので仮面を鎧にして牙を掴んで受け止める。
うっふ、クッッサ!
止めれたけどどうするかな。一回投げて距離を取るか、このまま弾いて首を落とすか。剣抜いておけばよかったなぁ。素直に真正面から受け止めたのも失敗かもしれない。
「反省することが多い!」
押し返すように投げて、ジャイアントボアが体勢を立て直す前に剣を抜き、頭に飛び乗って首を落とす。
上からなら大丈夫だと思ったのに、また血を被ってしまった。悲しみ。ゆっくりと倒れるジャイアントボアから下りるとドォンと地響きを鳴らして巨体が倒れ込んだ。頭だけでもかなりの大きさだな。
「これも持って帰った方が?」
振り返って訊けばジェシカさんが頷く。
「そうですね。ジャイアントボアの牙や骨は武器に使えますし、何よりお肉が美味しいです。ボアの中では最上級で臭みが全く無く、脂が甘くて美味しいと聞いています」
マンモスボア美味しいの? それは嬉しい。




