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勇者の息子は地球出身  作者: 潮柳
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第42話 虫は、本当に、無理。

 何匹か練習したけど、コンバットナイフじゃワイルドボアにトドメを刺すのは難しいか。腕力的にもオリバーでは致命傷を与えるのは難しい。しかし途中で襲ってきた小型の魔物がチルセに向かって行ったのには即座に対応できていたので、やっぱり近距離戦闘の練習はしておいたほうがいいな。

 そして正面からワイルドボア止めるとすごい野生の匂い。つらい。

「これの斬れ味に慣れると大変そうです……」

「そうか?」

「本当なら俺の腕力じゃワイルドフォックスは斬れないですもん」

 ワイルドフォックスというらしい大きめのキツネのような魔物を斬ったあとオリバーがそう言った。このワイルドフォックスが結構な頻度で出てくるので意外と進みが遅い。強くはないのだけど、静かに動くせいで四人の足音に紛れて接近を許してしまう。

 それでもワイルドボアは更に二匹倒したので、昨日と合わせて目標の半数はクリアできた。俺が倒した三匹も入れてもいいと言ったんだけど固辞されてしまった。訓練だしね。気持ちはわかる。

 それにしても、斬れ味か。

『ナイト、今いい?』

『はい。どうしました?』

『お使いを頼みたいんだ。刃渡りが15から20センチくらいの普通の鉄のナイフを買ってきてくれないかな』

『承知しました。急ぎますか?』

『いや、今日中くらいでいいよ』

『ではお昼頃にお届けします』

『ありがとう。お願い』

 すぐに用意できるのが俺の強みかな。まあナイトがいないと無理なんだけど。

「そろそろ拠点に戻ろう。だいぶ離れてしまった」

「はーい」

「チルセ、魔力は大丈夫?」

「結構使っちゃったけど休んだら平気なくらい」

 オリバーも積極的に攻撃に加わったから魔力を温存できたのかな? しかし、そうか、ミスリルだからナイフを魔法で強化することもできないんだな。俺は腕力だけでも斬れるけど、オリバーはまだ子供だから力が足りないか。

 帰り道でチルセが気づいたように首を傾げる。

「そういえば、ユウさんは昨日から全然魔法使ってないですよね?」

「私は制御が下手でな。剣があれば制御魔術が仕込んであるから問題ないんだが、剣無しで咄嗟に使うと辺り一体を焦土にしかねん」

「歩く災害級か何かですか?」

「魔物にカテゴライズするのはやめてくれ。集中していれば少しは使えるんだぞ」

「咄嗟に焦土にするのは魔物扱いでも文句言えませんよ」

 うーむ。咄嗟に使わないようにしてるから大丈夫だと思うんだけどなぁ。



 拠点に戻るとジェシカさんとトーカがすでに戻っていた。ビクターがのんびりと草を食んでいる。

「待たせたか?」

「いえ、近場にロケの群生地があったのでずっとそこにいたんです」

 ロケ?

「ロケは増血剤の原料なんです。そのままでも増血効果があるので覚えておいて損はないですよ」

 そう言って見せてくれたのはツツジのような花だった。ツツジと同じように低木に咲くらしい。色は濃いピンクの一種類しかないらしいのでちょと残念だ。白とピンクの淡い色のツツジが好きだったんだけどな。でも時期外れのツツジ鑑賞には十分か。ロケは今の時期が開花時期らしい。

 ロケの説明を聞きつつ、戻ってきたロボも一緒に昼食をとる。

 昼食は慣れるために携帯食を食べたけれど、こう、この、なんとも言えない味がする。ライ麦パンに更に酸味を効かせて硬くして棒状にした感じ? そのくせ絶妙に味を感じさせない。匂いは酸味が強いのに噛めば噛むほど無味。しかも口の中の水分全部持っていかれる。飲み込むのが一苦労だ。干し肉の塩気で誤魔化して水で流し込む。お腹が膨れている感覚はすごいんだけど、ラウさんが味気ないって言ってた理由がわかる。

「なんとも言えないな」

「ドライフルーツを練り込んであったりすると多少は美味しいんですけどね……」

 確かにドライフルーツ入りとかもあったな。ナッツが入ってても多少違うかも。食べたことないからってノーマルを選ぶんじゃなかった。

「ただそういったものは傷みやすいので長期の依頼には向きませんね」

 そうなのか。

 ロボは干し肉を喜んで食べていたんだけど、興味があったようなので携帯食をあげてみたら虚無を見ながらひたすらに噛んでいた。要らないのかと思ったんだけど貰おうとしたら咥えたまま後ずさる。骨ガム感覚なのかな?

 「昼からはどう──」

 ふと違和感を感じる。立ち上がって周りを見回して見たけれど見える範囲では異変はない。

「ユウさん?」

 トーカが不思議そうに首を傾げるけれど、大丈夫だと手で制す。

 そう、大丈夫なんだ。危険は感じない。危険ではないのに違和感と嫌な予感がする。休憩のために仮面に戻していた世界樹の種子を鎧に戻す。

 ロボが携帯食を離してわぉんと鳴いた。

 ゾワッと背中が粟立つ。駄目なものが来る。

 振り向くと、距離があるにも関わらずブブブブブと羽音が聞こえてきそうな程巨大な、虫の大群。


「ああああああああああああ!!!!」


 何も考えずに地面を強く踏み鳴らす。

 その瞬間バシンと鋭い音が響き、直後に耳鳴りがするほどの静寂に包まれた。心臓が痛いほどに跳ねている。

 気づけば辺り一面、吐いた息がすぐさま白く凍って落ちていく程の銀世界。そこに歪な樹氷のようにそそり立つ氷塊はそれぞれに巨大な虫を飲み込んでいた。

 背後で動く気配があって慌てて振り向くと、視界いっぱいの氷の世界にぽつんと真っ黒なドームがあり、それがズルズルと形を崩していく。中から武装状態のナイトが現れた。

「ナイト」

「まったく」

 額を手で覆う仕草をしたナイトが近づいて来る。

「以前のように泣き喚くよりは多少マシですが、気をつけなさい。ロボが私を呼ばなければ皆様ごと氷漬けにしていましたよ。ユウを守ることは承知していますが、ユウから守るのは想定外です」

 あ。

「すまない」

 何も考えてなかった。というか凍らせるつもりがあったのかさえ自分でもわからない。

「謝る相手は私ではありません」

「ああ。ジェシカさん、オリバー、ネル、チルセ、トーカ、ビクターも、すまなかった」

 頭を下げると一番最初に事態を理解したらしいジェシカさんが腕を腰に当てる。

「被害は無かったので大丈夫ですけど、次は怒りますからね」

 肝に銘じます。というか次があった場合ジェシカさんたちが無事である保証がない。

 本当に危なかった。ナイトが守ってくれてなかったら全員巻き込んでいたかも知れない。ビクターがどうにかできたかもしれないけど、全員を庇えたかは微妙なところだろう。寄ってきたロボの頭を撫でる。

「ありがとう、ロボ。助かったよ」

「あう!」

 ロボがいてくれてよかった。ビクターもごめんよ。ジェシカさんを危ない目に合わせるつもりじゃなかったんだ。撫でろと頭を寄せられるので全霊をもって撫でておく。

 呆然としていたネルが俺の方を見て首を傾げる。

「やっぱ歩く災害級じゃないっすか?」

「否定しにくいな……」

「災厄級かも」

 オリバーまで。

「ユウさん、寒いです」

「ん、ああ、すまない。解除しよう」

 白い息を吐きながら震えるチルセとトーカに謝って氷を消すと、ゴシャっと音を立てて虫が落ちる。んぇぇ。俺は見たくもないんだけどオリバーが虫を見て声を上げる。

「レッドビートルじゃないですか! いい素材が取れ」

「嫌だ!!」

「嫌だじゃないっすよ! っていうかユウさんそんな大きい声出せたんですね」

 出せまよ。出しますよ。虫から素材を取るなんて絶対に無理。ゴキブリだろうがオオムラサキだろうがヘラクレスオオカブトだろうが、虫は虫です。無理。昔から虫だけは本当に無理なんだ。

「鎧のいい材料なんですよ! 取っておきましょうよ!」

「嫌だ! 私の鞄に入れるんだろう! 絶対に嫌だ」

 全力拒否したのだけどナイトに鞄を取られた。

「すみませんが、皆さんお手伝いいただけますか? お礼におやつをご馳走します」

「はーい!」

 うぇぇえーん! 味方がいない! ナイトを止める手段はないので諦めてロボを抱えて座る。手伝いだけは絶対にしないぞ。ジェシカさんが笑いながら隣に座りお湯を沸かし始める。氷は消しても冷たい空気は残っているようで、吐く息がまだうっすら白い。みんなのために温かい飲み物を用意しているのだろう、その後ろでビクターが寛ぐ。

「ユウさんにも苦手なものがあったんですね」

「私はなんだと思われているんだ?」

 動物は好きなんだけどどうしても虫は駄目なんだよな。虫というか節足動物。カニもエビも無理。ムカデとか泣いちゃう。

「しかし、自分でもここまでとは思っていなかった。無意識に一帯を氷漬けにするとは。狂乱耐性があるはずなんだが」

「狂乱耐性は魔物の咆哮などには効果がありますが、嫌いなものを見たからといって発狂しているのには効果はないですよ」

 そうなの? まあ完全に発狂してたもんな。

「剣が無くても魔法を使わなければいいだけだと思っていたが、思わぬ課題だ。使った自覚もないまま魔法が発現するとは」

「無自覚であの規模の魔法を使うとなると、ユウさんは本当に魔力量が多いんですね」

「魔力量が多い、のもあるんだろうが、私は魔素変換率が高いらしい」

「なるほど。だから制御が苦手なのかも知れませんね」

 魔素変換率が高いと制御が苦手ってこともあるのか。そんなことがわかってるってことは魔素変換率が高い人ってそこまで少ないわけではないんだな。俺の割合の問題か。

「気をつけておかないとな……ん?」

「どうしました?」

 鎧の中がなんかモソモソする気がする。なんだろう。違和感なんて感じたこと無かったんだけどな。鎧を仮面に戻すと黒い何かが視界に垂れてくる。

 何コレ?

 突然降りかかった黒い束にロボがふんふんと匂いを嗅いでいるが、嗅がれている感触がある。

「ユウさん、髪が」

「髪?」

 ……これ、髪? え??

「練った魔力が魔法で消費しきれなかったせいで物質として変換されたんでしょうか? シオン様もたまにそういった状態になると聞いたことがあります……大規模戦闘の際に稀に、ですけど」

 やだぁ。俺そんな事態に虫嫌いで発狂しただけでなってるの?

 しかし、腰まであるぞこれ。超ロングにも程があるでしょ。父さんと同じくらいか?

「どうしたのです? その頭は」

 戻ってきた子供たちとナイトが首を傾げる。

「魔力の暴走のようなものらしい。ナイト、切ってくれるか」

「承知しました」

 受け取りたくないので鞄を差し出してくるのやめてくれません? それ虫いっぱい入ってるんでしょ? やめてくださ……世界樹の種子よ、なんで受け取っちゃうの?

 オリバーに渡したままだったナイフをナイトが受け取ったところでジェシカさんからストップが入った。

「待ってください。ユウさんの髪ならまとめておけばギルドで買い取ってもらえると思いますよ」

 は? え? ヘアドネーション?

「髪をですか?」

「はい。魔力余剰で物質化したものなら含有魔素が多いので、魔道具として加工できるはずです。ユウさん自身の魔素変換率が高いなら、髪の魔素伝導率も高いと思いますし」

 魔道具。俺の髪が? 魔素伝導率って何。よくわからないままジェシカさんに渡された紐で髪を縛り、一定の長さを確保して切ってもらう。70センチくらいある毛の束が完成。

 短く整えてもらいながら確認してみたけれど、別に特別なことは無さそうなんだけどな。

 髪とは言え、自分が物理的に切り売りされるのって不思議な気分だな。


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