第39話 南の山地
翌朝、日が昇る前にナイトに見送られて外壁を出る。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
チルセが心配そうに覗き込んでくるので大丈夫だと手を振る。
「ああ。少し寝不足だが問題ない」
「昨日は大騒ぎでしたからね」
「ジェシカさんも巻き込まれていたな。申し訳ない」
謝るといえいえと笑ってくれるが、完全に巻き込んでたからなぁ。
昨日、買い物を終えてギルドに戻ると、シオンさんやレオたちに捕まってそのまま宴会がスタートした。ギルドのダイナーをほぼ占拠してしまっていたのだが、ヴァネッサさんやウィルたちギルド職員も混ざっていたので問題はなかったのだろう。
「そりゃ、オリハルコンランクなんて滅多になれる人いませんもん。大宴会になるでしょ」
ネルが籠手を装備しながらそう言う。確かにミスリルランクは何人か見たけど、オリハルコンランクはシオンさん以外知らないな。ウィルやヴァネッサさんはオリハルコンランクでもおかしくはないんだろうけど職員だしなぁ。
そうだとしても宴会はおかしくないか? わっちゃわちゃしてたから昨日の宴会中に挨拶された冒険者ほぼ覚えてないぞ。
というか、夜通しコボルトと戦っていた時より宴会してたほうが疲れるってどういうことだ。俺がコミュ障だからしんどいのか?
「私は一日二日の徹夜程度は問題無いが、ジェシカさんは昨日ちゃんと休めたか?」
「ご心配なく。日付が変わる前には休んでましたよ」
ならよかった。
「二日酔いなようでしたら酔い醒ましがありますが、どうします?」
「いや、大丈夫だ。私はどうも酒精に好かれているらしくてな」
ウィルには酒精に嫌われてるって言われたけど、昨日シオンさんに嫌われているんじゃなくて好かれているのだと訂正された。酔わないという意味ではどっちでも同じでは?と思わないこともないんだけど、好かれているというほうが語感がいいのでそっちでいこう。
「ユウさんもしかして徹夜ですか?」
オリバーに言われて頷く。もーっと子供たちに叱られるが、主役がどうのと言われて逃げられなかったのだから許してほしい。
「お昼の休憩を長めにとって、ユウさんは仮眠してくださいね」
「了解した」
普通に動けるだろうけど、万が一があるからね。俺が一人で怪我するなら別にいいけど、手が滑ってみんなを巻き込んだら駄目だもんね。
さて、南に向かって歩いているのはいいんだけど、東の平原に向かった時と同じように麦畑が広がっているばかりで、山はだいぶ遠い。
「山まではどのくらいかかる?」
「歩いて6時間ほどですね」
やっぱりな。
昼過ぎに着くかどうかってところかな? とりあえずは隊列を組んで進む。ロボとビクターは外に出た途端に楽しそうに走って行ってしまったけれど、ロボは呼べばすぐに影を通って戻ってこれるし、ビクターは脚が速いからジェシカさんが呼べばすぐに戻ってきてくれるだろう。
しかし、歩いて数時間かかって魔物探して倒して帰ってくるのに数時間でしょ? 基本冒険者の仕事って野営するのが前提なんだろうな。父さんが事前に野営の準備をくれていたのにも納得だ。
麦畑を過ぎると、やはり東の平原のような広大な平野部が現れる。小型の魔物が多くいるのもよく似ているな。若干メリーシープの毛が違うような気もするけれどまあ誤差の範囲だろう。
「ジェシカさん、ワイルドボアとはどんな魔物なんだ?」
「レッドボアより一回り大きなボアで、魔法は使えません。非常に好戦的な性格で、農作物を荒らすのでこの時期によく討伐依頼が出ていますね」
レッドボアがわかりません。とりあえずは平原で出る魔物よりは大きくて凶暴なんだろうな。農作物を荒らされるのはよろしくない。
「ワイルドボアの肉はレッドボアより柔らかくて美味しいんですよね」
「そうですね。臭みも少ないですし、ボアの肉としては食べやすい部類です。解体の仕方を教えましょうか?」
「お願いします!!」
おお。トーカやる気満々だな。解体は俺も見てみたいけど。それにしてもボアの肉かぁ。たぶん猪肉だよね? 牡丹鍋……臭みがないなら焼肉でもいいなぁ。牡丹鍋なら味噌がいるからすぐには食べられないけど……って焼肉もタレを作るなら醤油がないと駄目か。うーん。塩胡椒でも美味しいとは思うんだけど、やっぱり馴染みの味がいい。別の食べ方となるとトンカツみたいに、シシカツ?
おっと。
「チルセ、ピットホール用意! ネル、正面を止めて」
「わかった!」
「了解」
何故か勢いよく突っ込んできたメリーシープの一団にオリバーが二人に指示を出す。飛び出したネルが先頭を走る大きなメリーシープの角を掴んで止め、オリバーが矢を射て他のメリーシープをチルセが描く魔法陣の方へ誘導する。ネルがズリズリと押されているがチルセの魔法が間に合ったようだ。
……ん? ああ、あれから逃げていたのか。
「ネル! 左に逸らせ!」
「はいよ!」
オリバーの指示に弾かれるようにネルがメリーシープの角を離すとメリーシープはちゃんと左に走り出した。上手いな。
「“飲み込め”《ピットホール》!」
チルセの声で地面に浮かんでいた魔法陣が光り、地面が陥没して大きな落とし穴が現れメリーシープたちはメヤメヤと鳴きながら穴に落ちていった。あんなふうに対処することもできるのか。
さて、俺は俺の仕事をしよう。
ネルを飛び越えて先頭に立ち、メリーシープを追い立ててきていた謎の……なんだかよくわからないがとりあえず可愛くはない魔物を両断する。顔面がなかなかに凶悪。牙すご。うーん。全然斬れるんだけど、ちょっと硬いな。今までは魔物を斬るとき無意識に剣に魔力を通してたのかな?
「コングベア!?」
コングベア? これが? あー確かに、クマといえばクマだし、ゴリラといえばゴリラか。クマの胴体にゴリラの顔って感じなのかな? クマにしては毛が短いし、ゴリラにしては顔まわりに毛が生えずぎてる。大きさはシオンさんくらいか。
「なんで平地にコングベアが」
ネルがそう呟いているので、本来は平野部にいるものではないのかな?
「冬籠のために食料を探して山を降りてきたんでしょうね。コットンシープを狙っていたのでしょう。この時期は普段は山の中にいる肉食の魔物が平地まで降りてくることがよくあるので、平地での依頼中も気をつけておかなければいけませんよ」
ゴリラグマ肉食なのか。まあクマだしな。ゴリラ成分薄めか。ジェシカさんが解説してくれているのを聞くと、生態は地球の野生動物と似た感じなようだな。餌を求めて山を降りてくるところなんかはまんまクマ……コットンシープ?
「あれはメリーシープではないのか?」
「あれがコットンシープですよ。しっかり見てみますか?」
なんか毛の感じが違う気がするとは思ってたけど違う種類だったのか? コングベアを鞄に仕舞って落とし穴に近づいて確認する。メアメアと大音量で鳴くヒツジはよく見るとメリーシープよりも毛がぽふぽふしている気がする。
「コットンシープはどうしましょう?」
穴を覗き込んでいたトーカがそう訊くとジェシカさんが手を叩く。
「せっかくですし毛を刈っておきましょうか。毛刈りは覚えておくと便利ですよ」
「はーい」
コットンシープを穴から出して全員で毛を刈る。八匹ほど刈ったけど、残念ながら俺はいまいち上達しなかった。毛刈りってやっぱり難しいな。テレビで見てるみたいにはできない。ちなみにコングベアの肉は硬いうえに臭くて食べれたものではないらしい。残念。
「結構な量だね」
「やっぱりマジックバッグが欲しいな」
「うーん。お金が貯まったら防具買う気だったけど、マジックバッグも迷うなぁ」
「高いもんね魔道具だから仕方ないけど」
魔道具って高いのか。父さんに貰った物が多いから本当に物の値段がわかんないな。いや、それにしても金貨何枚の物をポンポン買いすぎか。屋根の修理費は必要経費とは言え、他はちょっと節制したほうがいいかも。部屋代がかからなくて良かった。
ミスリルの剣はオリハルコンの剣と一緒で手入れがいらないとはゴウルクさんに言われたけれど、血がベッタリついたままなのはあれなので軽く振って血を飛ばしてから乾いた布で拭き取ってから鞘に納める。オリハルコンの剣は血がついてたことはなかったけど、魔力を通してたから弾いてたのかな?
「振り心地はいかがですか?」
「バッチリだ。斬った感覚は少し硬いが慣れれば問題ないだろう」
ジェシカさんに訊かれて答える。腕力で斬れる範囲なら問題ないよな。
何度か平地の魔物と戦闘しつつ、山に入る前に昼休憩と仮眠を挟んで、いざ山へ。
「うわぁ」
「すげぇ……全部樹だ」
「見たこともない植物ばっかり」
獣道を進みつつ呆気に取られている子供たちに笑いつつ、少し気を引き締める。
森も山も然程変わらないだろうと思っていたけれど、これはだいぶ違うぞ。
高低差が大きいから足場が悪いし、視界も悪い。森よりも開けた所が少ないので立ち回りに気をつけないと樹に剣を取られてしまいそうだ。
しかも。
「チルセ、足下」
「え? きゃぁ!」
ガクッと落ちたチルセの襟首を掴んで引き戻す。
「ありがとうございます」
「いや、もう少し早く言えばよかったな。すまない」
「なんでそんな所が崖に」
「悪意を感じる」
うん。まさか茂みの横が急に崖になってるとは思わないよね。俺も最初普通に道が続いてると思ってました。
「山は視野の狭さと足場の悪さ、魔物の数で平地よりも格段に難易度が上がります。ここの魔物は東の森や西の森よりは低ランクですが、それでもコングベアやジャイアントボアがいますから気をつけてくださいね」
うへぁ。
「役割を少し変えよう。ネル、木登りは得意か?」
「はい。まぁ、多少?」
「なら木の上から道を探してくれ。何があるかわからないから離れ過ぎないように気をつけて。先頭は私が歩こう」
「はーい」
ネルと場所を代わり先頭に立つ。俺なら多少の崖から落ちたところで問題ないだろうからね。多少恥をかくけれどその程度だ。構えすぎかと思って仮面のままにしておいた世界樹の種子を鎧に変える。よし、落ちる準備完了。
それにしてもいろんな植物があるな。あ、柊。
「そういえば、トーカはどんな依頼を受けてきたんだ?」
「ニルカ草の採取です」
ニルカ草?
「下級回復薬の原料で、回復草とも呼ばれています。そのまま煮た煮汁にも多少の薬効があるので冒険者には重宝されます。最悪そのまま食べても苦いですが効果はあります」
首を傾げるとジェシカさんが解説してくれる。ありがとうございます!
「よく似たモノケという毒草があるので初心者には判別が難しいです。オリバーたちも覚えておいたほうがいいですよ」
「はい!」
回復薬高いもんね。
ひとまずニルカ草を探しながら山を進む。ニルカ草とモノケはニラとスイセンに似ていて、葉の形が微妙に違うのと球根の有無が見分けるポイントらしい。最終的にわからなければ根っこごと引っこ抜いて確認するのが一番早いそうだ。
「根を抜いてしまうと次が生えてきませんし、採取職なら見分けられなければ一人前とは言えません。頑張ってくださいね」
「はい!」
途中、ファングモンクというらしい大きめのサルのような魔物が襲ってきたから咄嗟に剣を抜いたら横に生えていた樹ごと両断してしまった。良い子は真似しないように!!!




