第3話 ハロー、かわい子ちゃん
エクスカリバーって、日本どころか世界で一番レベルで知られてる聖剣ではないですか? それを粉に? 父さん一体何者なの。いやまあ勇者なんでしょうけど。アーサー王の剣粉にしたのか。この世界ではアーサー王の剣じゃないんだろうけども。
「結局その剣を造ってもらってすぐ選定の剣を抜いたせいで使い所が無かったんだが。雄大が持つなら友人も喜んでくれるだろう」
いい話……なのか? 選定の剣ってそれエクスカリバーじゃなかったっけ。この世界では違うのか。
「旦那様が勇者と呼ばれる所以となった、勇者にしか抜けないと言われていた剣ですね」
この世界ではそういうものなのか。話を聞きながら剣を鞄にしまう。さすがに佩いてないと魔力制御の性能は発揮されないだろうけど、慣れたら使います。
「絶対に壊れない剣があるから抜いてみろと言われて、その時はそれが勇者選定の剣だなんて知らなかったから普通に引っこ抜いてしまってな。勇者爆誕」
軽い。
「うっかりで勇者と呼ばれるようになった私を腹を抱えて笑っていた友人たちもまとめて勇者様御一行だ。ははは。様を見ろ」
悪い顔した。というか友人酷いな。いろいろ優しそうな人たちだと思ってたけど、もしかしてただの愉快犯か?
ポンと父さんが頭を撫でてくる。
「とりあえず魔法は気をつけるとして、まずはのんびり生活してみなさい。顔を隠していれば私との繋がりは早々わからんだろう」
わかったと頷いたのだけど父さんは渋い顔をする。
「……しかし、召喚に巻き込まれている時点で相当に怪しいな。ナイト気をつけておいてくれ」
「承知いたしました」
怪しいって何が? 召喚に巻き込まれたのって何か問題があるの? 首を傾げれば父さんは頭を掻く。
「雄大が悪いわけではないんだが。この世界にはわりとはっきりと幸運値というものがあってな」
幸運値って。ゲームか。とりあえず頷くと父さんがすまんと何故か謝る。
「私はそれがマイナスなんだ。だから、雄大もおそらくマイナスかそれに近い数値だろう」
え!? 嘘でしょ、勇者ってめちゃくちゃ運が良いものなんじゃないの? それこそ幸運値exみたいな。頭の中で抗議のダンスを踊っていると父さんがよく考えなさい、と指を立てる。
「勇者の幸運値が高ければ行く先々でトラブルに巻き込まれるのはおかしいだろう。運に導かれ心意気高く階段を登るのは勇者ではなく英雄と呼ばれるものだ。勇者とは平坦な道をただ歩いていたら突然落とし穴に落ちてしまったのでなんとかして這い出すものだ」
そ、そうなのか。そう言われるとそんな気がしてくるけれども。
「お父さんなんてその落とし穴を掘っていたのは友人だった挙げ句に、落ちた先で上を見上げたら指差されて笑われていたんだぞ」
一気に悲しいお話に。
「さすがに落とし穴は喩えだが、気をつけておくに越したことはないだろう。戸締りはしっかりしなさい」
夜襲みたいなことがあるの? 了解しました。それにしても俺が召喚に巻き込まれた理由がただ単に運が悪かったらとかいう悲しい理由だったらとても悲しい。
「ここから東に向かえばレニアという街がある。そこで冒険者に登録して生活するのが一番無難だろう」
冒険者! すごい! 漫画みたい!
「雄大の能力なら問題ないはずだ。ナイトもいるしな。ある程度はお金も用意しておくから、気にせず使いなさい」
はぁい。ナイトを見るとお任せくださいと胸に手を当てていた。並の魔物にならば負けませんよとのお言葉。マジかよ。家の用事をこなしてくれていたナイトがそんな強い魔物な事実に驚きがすごいんだけど。
「雄大はまだ子供なのだから大人を頼ることに遠慮なんてするんじゃないぞ。無理だと思ったらすぐに呼びなさい。お父さんがどうにかするからな」
小さな子供にするようにぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でながら父さんが笑う。ご心配なく。もう反抗期も過ぎてるし、危ないと思ったらちゃんと助けを呼びます。
「では、私は進捗を確認しに行こう。夜にまた顔を出すよ。ああ、雄大、ナイトしかいない時はいいが、話し方を変えなさい。雄大の話し方はお母さんに似て優しすぎるからな」
え。そんな、話し方なんて急に言われても。生まれてこのかたこの口調なのに。抗議の隙もなく、父さんは足元に模様を浮かべて消えた。おそらくあの模様が魔法陣というものなんだろう。ちょ、ああ、くそ。ああいうの俺もできるようになるのかな。
「ユウ、私たちも向かいましょう。衣服なども多少はいただきましたが、完全な夜営の備えはありません。……まだ昼前のようですが、のんびりしてはいられないでしょう」
空を指差して言うナイトに倣って空を見ると太陽はほぼ中天にあった。この世界数時間ずれてるのか。
森の中をずんずん歩く。街の方向はナイトがわかっているようなので付いて進むのみだ。確実にハイキングコースではない、獣道とすら呼べそうにない道を歩く。樹の根が地面の上に飛び出しているのを見ていると、根っこの一本でも俺の手が回りそうにないくらい太い。直径2メートルは余裕でありそう。屋久島とかの原生林みたいな感じ。緑の匂いが濃いし、水の匂いも強い。樹の中に水がしっかり流れているからだろうか。苔で滑る岩に足を取られないように気をつけて進む。
「虫がいないね」
「この世界では虫も魔物ですからね。私がいるので近づいてこないのでしょう」
そうなのか。じゃあこの世界ではあんまり虫に合わなくていいのかな。
「最低でも50センチはありますから、ユウは気をつけたほうがいいですよ」
ごっ!? 50センチ!? 虫が!? 無理無理無理無理!!
「この世界ではヒト族以外は全て魔物です。虫の他にも、獣系やアンデッド、幻獣、聖獣、神獣。私のような妖精もいますね」
……ナイト今自分のこと妖精って言った? 首無しで190センチ以上あるムキムキの推定おじさんが、妖精? ギャグか?
「……何を考えているかなんとなくわかるので言っておきますが、トロールだって妖精ですよ」
マジかよ。なんか想像と違う。
ん?
「そもそも妖精イコール小さくて可愛らしいものというのは日本人の思い込みですよ。地球で妖精の本場と言われるアイルランドでは──」
ナイトが何か言っているけれどそんなことを聞いている場合ではない。妖精についてわざわざ調べていたのかとちょっと思ったけれど後にしよう。
この、俺の膝をふんふんしているこの子犬は何? ヒト以外魔物ってことはこの子も魔物なのか? 真っ黒い体に赤い目が神秘的。前足が太いから大きくなりそう。俺が見ているのに気づいたのか、匂いを嗅ぐのをやめて見上げてくる。尻尾を振りながら首を傾げるのが可愛い。
え、こんな可愛い子が魔物なの? 抱っこしてみると素直に収まる。尻尾すごい振ってる。やー、可愛い。
「妖精と一口に言っても魔物ですから注意が必要です。むしろニンフのように愛らしい外見のものほど質が悪かったりしますので気をつけて……」
妖精講座を続けていたナイトが振り返って俺たちを見る。
「……」
「…………」
「わん」
あら、声も可愛い。頭を撫でると千切れそうなくらいの勢いで尻尾を振る。
「話を聞いていましたか?」
「妖精は危ない」
「聞いていなかったのですね」
聞いてたよ。要約すると妖精は危ないってことでしょ。ナイトにも興味津々で首を伸ばす子犬に、ナイトが手を近づけて匂いを嗅がせる。
「これはチャーチグリム。妖精です」
マジか。
「これは基本的には善き犬ですが、よく似たハウンドドッグという獰猛な妖精もいます。可愛いから安全とは思わないように」
はい。すみません。反省はしますが、説教するならちゃんとしていただけます? 子犬撫でまわしながらではなく。うわ、すっごいほっぺ伸びる。可愛い。
「……」
「…………」
くぅ?と首を傾げる子犬はとても可愛い。可愛いものは仕方ない。
「ちゃんとお世話するんですよ」
やったー!! よろしくね子犬君!! 顔を埋めてもふもふしてみたら超ふかふかだった。しかも臭くない。こんなに繁った森なのに乾いた土の匂いがする。妖精だからかな?
仕方ない的な空気を出してるナイトもずっと子犬を撫でているから共犯だよね。先行き不安な中で犬飼うなって話だけど、いざとなれば父さんに家用意してもらってでも飼う。可愛いは正義だから。
「ユウ、その子を一度下ろしていただけますか?」
? はい。何かするの? 言われたとおりに子犬を下ろすとナイトが子犬に触れる。ナイトの右手の甲にある痣が赤く光った。
「一の随獣として、貴方を獣弟とします。チャーチグリム、墓守る善き犬。よろしいですか?」
「わん!」
元気に尻尾を振る子犬の足元に魔法陣が浮かぶ。さっき父さんの足元に出たのとは柄が違うな。しかし、本人の意思確認をしてから随獣ってやつの仲間にしないと駄目なのか。見守っているとナイトが俺を見上げる。
「ユウ、この子の名前は?」
あ、俺が考えるの。えーっと、犬……わんこ、ポチ、タマ……なんか違うな。この子はイケワンに育ちそうだからかっこいい名前がいいな。ちらっと尻尾を持ち上げてみると、男の子だね。
「ロボ、かな」
狼王にあやかろう。賢く優しい子になってほしい。名前を聞いて子犬がいっそう尻尾を振る。
「では、ロボ。狼の王の名を借りるもの。ユウを助けてくださいね」
「わん! ばぅ!」
「よいお返事です」
シュルッと魔法陣がロボに吸い込まれるように消えた。名前付けるにも魔法陣が要るんだな。
「これで終わり?」
「ええ。本来は魔法陣や術式を描くのにかなりの魔力を消費するのですが……平気そうですね」
ん? もしかして今の魔法陣俺の魔力が使われてたの? 全然気づかなかった。ロボが飛びかかるように抱っこを要求してくるのでとりあえず抱っこする。
「ユウが契約主ですからね。当然ユウの魔力が使われます。一応契約せずとも名を付けることはできますが、魔物に名を付けるには膨大な魔力を必要とします。自分が平気だからと言って気軽に人に勧めてはいけませんよ」
そうなのか、了解。さっきのはナイトが俺の魔力を引っ張って使ったってことかな? そんなこともできるのか。契約してるからかな?
ひとしきりもふもふしてからロボを下ろす。散歩がてら移動しよう。疲れたら抱っこしてあげるからね。
「ナイトも俺が名付けたの?」
歩き出してふと気になったので訊いてみる。ナイトは昔からナイトだった気がするんだけど。
「最初はおそらく、首無しの「なっちゃん」があだ名でしたね。ユウが6歳くらいの時に私が騎士だと奥様に聞いてナイトと名付けたのですよ。なっちゃんからも続いていましたしね」
首無しのなっちゃんは子供が名付けたにしても論外な気はするけど、騎士だからナイトって……我ながら安直。
「ごめんね、ネーミングセンス無くて……」
「気に入っていますよ。首の無い大男ですが、ユウには間違いなく騎士に見えていたということでしょう?」
えー? そんなことでいいの? いやまあだからと言って今更別の名前も思い浮かばないんだけども。
「それならいいけど。これからもよろしくね、ナイト。ロボも、これからよろしくね」
「ばう!」
「はい。よろしくお願いいたします」
異世界だし、これからどうなるかわからないけど、どうにかなるうだろう。どうにもならなさそうなら父さんもいるし。
主人公君はだいぶ暢気。