第36話 買い物
「剣士としての動きが全くなっとらん」
言い訳もできません。ゴウルクさんが腕を組んでため息を吐く。
「魔力量も身体機能も桁外れだというのに、その使い方を全くわかっとらん。せっかくの剣を魔法の発射台のように扱いおって。あんな扱いを続けたらオリハルコンの剣でもすぐ痛むぞ」
いやはや申し訳ない。コボルトを相手にしたときは林の中が狭くて最終的に面倒臭くなって素手で立ち回ってたから……。小さくなって説教を受けているとロボが心配そうに俺たちの間をチョロチョロと動く。ナイトは特に気にせずジェシカさんと話していた。チクショー。
「とりあえず工房に来い。その剣の術式はお前さんの戦い方に合ってないから、いくつか調整しよう」
「ゴウルクさん、私もご一緒してもいいですか?」
声をかけられて振り向くとナイトと並んでジェシカさんがいた。
「ん? ああ、ジェシカか、構わんがどうした?」
「ケリュネイアの角で短剣を作っていただけないかと思いまして」
「ケリュネイアか。構わんぞ」
聖獣の素材など久しぶりだとゴウルクさんが楽しそうに呟く。忘れないうちに鎧を仮面に戻しておこう。工房に移動しながらビクターのことを訊く。
「ビクターは?」
「さすがに街中を移動するには大きすぎて皆さんを驚かせてしまいますから、装具を着けるまではギルドの獣舎にいてもらっています」
「装具?」
「大型の従魔には装具と呼ばれる革細工を着ける決まりなんです」
大型の従魔にはそんなことしないと駄目なのか。ロボには首輪とか着けようかと思ってたけど。チラッとナイトを見る。シャツにループタイをした首の無い馬鹿でかい成人男性(魔物/妖精)ってのはどういう受け入れられ方なんだろうか。ビクターほど大きくないけど、小さいかっていうとそんなことない。
「ナイトは大丈夫だろうか?」
「ナイトさんは普通の首無し騎士とは明確に違いますから、おそらくそのままで大丈夫でしょう」
「なら良かった」
バングルとかしたほうがいいかと思ったけど、そのままでいいならそれに越したことはない。
ゴウルクさんの工房に着くと、ギルドの制服を着たドワーフたちもいた。何事だ?
ゴウルクさんがため息を吐く。
「何してんだお前らは」
「ワシらだってその剣のことを調べたいんだ。独り占めされてたまるか」
フスン、と腕を組んで胸をそらすのはゴウルクさんより一回り小さいドワーフだ。ギルドで見かけた気がする。その人が俺を見た。
「ちゃんと会うのは初めてだな。ワシはワーズ。見てのとおりギルドの技師だ」
「初めまして、私はユウだ。これからギルドでも世話になると思う。よろしく」
「はは、知っとるよ。お前さんは目立つからな」
ですよねー。なんとかして目立たないようにしたいんだけど。
「変ないじり方はせんから、ゴウルクと一緒に剣を調べてもいいだろうか?」
「ゴウルクさんさえ良ければ、私は構わないが」
「はぁ……仕方ない。絶対に変に触るなよ。ユウ、剣に魔力を通して見せてくれるか」
ワーズさんに釘を刺してからゴウルクさんがこっちを向くので、言われたとおりに剣を抜いて魔力を通す。光った剣を確認してゴウルクさんが顎を掻いた。
「許容限界まで魔力を貯めれるか。鞘にも同じように」
「了解した」
光っている剣に更に魔力を通すと、剣の周りに大量の術式が浮かぶ。これ以上は無理かな?というところでそのままゴウルクさんに差し出し、鞘を剣帯から抜いて魔力を通す。鞘にも同様に大量の術式が浮かんだ。
「抑制術式に魔素不干渉術式と魔素変換術式、魔力変換阻害術式、魔力拡散術式、威力減退術式が重複していくつも刻まれているな……制御術式はほぼ飾りか。鞘にも同じだけ積んである」
なんて?
ワーズさんが眉間に皺を寄せ、他のドワーフたちも剣を囲む。
「よくこんなもん持って平気で魔法使っとるな……」
「並の魔導士じゃ起動させようとした時点で魔力切れだぞ」
「そもそもこれだけ魔力を散らすことに特化したオリハルコンの許容限界の魔力を平気で注いどる時点で化け物級だ」
ギルド職員組が遠い目をする。そんなこと言われましても。
「シオンもそのくらいできるだろうが。ほれ、呆けてないで作業台に運んどいてくれ。ユウ、仮にだがこの剣を持っていけ」
しっしっと手を振ってワーズさんたちを工房の奥に追いやったゴウルクさんに剣を一振り渡される。長さは似ているが、俺の剣より少し重い気がする。
「魔力を制御する能力は無いが、剣士として振るうなら問題ない。あの剣はしばらく預かるから、その間に魔法に頼らん剣の使い方を練習しておけ」
そう言われて気になって抜いてみると、ミスリルの剣だった。なるほど。
「長さは大体同じだ。重さはさすがにオリハルコンとじゃあ違うが、十分軽い。まあお前さんにとっちゃ誤差の範囲だろう」
「ああ。長さが同じ方が有難い。代金はどうしたらいい?」
剣帯に鞘を通しながら訊く。術式の調整と代理の貸し出しってどのくらいかかるんだろう? しかもミスリルの剣だし。臨時収入があったとはいえ足りるのか?
「お前さんの親父に請求しておくさ」
バッと顔を向ければニヤッと笑ったゴウルクさんと目が合う。
「ゴウルクが顔を出して説明しろと言っていたと伝えとけ」
「……承知した」
うわー……バレてるぅ。変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。なんでバレるんだろう? ゴウルクさんは父さんの知り合いっぽいけど、それだけでバレるもんかなぁ? 俺たちの会話に首を傾げていたジェシカさんにゴウルクさんが手を差し出す。
「ジェシカ、ケリュネイアの角を出してくれるか」
「はい」
ジェシカさんがマジックバッグから取り出したビクターの角を見てゴウルクさんが口角を上げた。
「良い物だな。一週間ほどかかるが、楽しみに待っててくれ」
「はい。お願いします」
角を渡し、工房に居座っても邪魔になるだけなので外に出る。お昼にはちょっと早いけど、どうするか。あ、そうだ。
「ジェシカさん、革細工の店を知らないか?」
「革細工ですか?」
「ああ。ロボの首輪を作りたいのと、ついでに財布を見たい」
「でしたら私の実家が専門ですよ。ご案内します」
マジですか。よろしくお願いします。
ジェシカさんのご実家の工房兼商店は想像の数倍大店だった。物が物だからかラウ商店よりも大きい。ジェシカさんはお嬢様だったのか。なんで冒険者なんだ?
店の中はシンプルにレイアウトされた革製品が並べてあり、小物やベルト、手袋などの小さめのものから服や鞄、武器の鞘など大きめのものまで揃っている。パッと見は地球にもありそうな感じの店だけど、やはり売っているものが違うな。斧用の鞘とかあるぞ。
「ジェシカ、どうしたの?」
「お母さん、ただいま。お客様をお連れしたの。ユウさんといって、ビクターの名付けを手伝ってくれた人よ」
奥から出てきた女性がジェシカさんに気づいて声をかけてくれたと思ったら、まさかのお母さんだった。おっとりした雰囲気のジェシカさんと違ってハキハキした感じの女性だな。
紹介されたので軽く会釈する。
「まぁ! 貴方が! 噂は聞いています。ジェシカの母で、ハンナと申します」
「私はユウと。ジェシカさんには色々教えてもらっている。こちらは随獣のナイトとロボ。首無し騎士とチャーチグリムだ」
手で差すとナイトは胸に手を当てて敬礼しロボはおすわりして尻尾を振った。ハンナさんはまぁまぁ!と嬉しそうだ。
「本物の首無し騎士とチャーチグリムを見れる日が来るとは思っていませんでした。革製品しか扱っていませんが、ぜひゆっくりご覧になってくださいね」
「案内は私がするから、お母さんはお仕事してて大丈夫よ」
「わかったわ。では、ユウ様、ナイト様、ロボちゃん。どうぞごゆっくり」
スカートの裾を摘んで奥に戻っていったハンナさんを見送り、ジェシカさんが忙しなくてすみませんと笑う。元気そうでいいじゃないですか。
「では、最初は何を見ます?」
「ロボの首輪かな」
「首輪だと頑丈かつ柔らかめの革の方が良いでしょうね。少し幅広にはなりますが、この辺りのものはどうでしょう?」
そう言って幅が5センチくらいある短めのベルトを数本用意してくれる。結構たくさん色があるんだな。黒は混ざっちゃいそうだし、かと言って白はなぁ。赤や青もあるけど、ノーマルになめした革そのままの茶色が可愛いかな。深みのある赤でも目立っていいけど、自然系の色の方がいい。ナイトと一緒にロボの毛と比べながら考える。ナイトが持ったのがザ・革でいいかも。
「素材によって色が違いますが、どれも使っているうちに味が出てきますよ。ナイトさんが今持っているのはマウンテンクロコダイルの革製で、この中では一番頑丈ですが、その分お値段も高くなりますね。柄がないので装飾用と比べると安いですが」
おそらくお値段は大丈夫なんですが……山のワニって言った? ナイトが首を傾げる。
「マウンテンクロコダイル?」
「はい。マウンテンクロコダイルは柄が特徴的ですので装飾品として使う場合が多いのですが、それは元々冒険者の方用の装備を固定するためのものとして作られたので柄のないところが使われているんです」
あ、クロコダイルは山にいるものなんですね。
柄はこういうものですね、と見せてもらったのは小銭入れ型の財布だった。ガッツリクロコダイルだ。ちょっと使うのは嫌かな。でもベルトは栗っぽい赤みがかった茶色が可愛らしい。琥珀を入れてもよく見えそうだ。
「ではこれにしよう。追加で加工を頼みたいんだができるだろうか?」
「はい。どのようなものでしょうか?」
「これをつけて欲しいんだ」
洞窟で手に入れた琥珀を出すと、あら、と笑う。
「その琥珀でしたらカットして形を整えてもいいですが、このままでも十分使えますよ。どうします?」
「ではこのままで頼みたい。財布は、すまないがシンプルな方がいいな」
「私も派手な柄は無いほうが好ましいですね」
アニマル柄はちょっと……。好きな人は好きなんだろうけど、俺はあまり好きではない。ナイトも同意見のようだ。ジェシカさんは笑って頷いてくれる。
「柄のないものもありますので、お出ししますね。ベルトと琥珀はお預かりしておきます」
お願いします。
ジェシカさんを待っている間に小物を眺める。小物は銅貨数枚から銀貨数枚ってところか。やっぱり全部本革だからいいお値段する。手袋や靴も売ってるけど、これは父さんに貰ったので十分だからな。むしろここにあるどの革よりも高価で丈夫な可能性があるからな。
そういえばこの手袋って何革なんだろうか。知りたいような知りたくないような。
「色々なものがあるのですね」
「だな。見ているだけでも楽しい」
コングベアの革細工なんて物もあった。ゴリラなのかクマなのか。
用意してくれた財布は全て小銭入れのような形のものだった。この世界は硬貨ばっかりだから、まあ最適な形なんだろう。全体的に落ち着いた色味が多いな。糸がカラフルでアクセントになっている。
どれも手触りはいいから、こうなると色の好みか。
紺色に赤い糸がポイントの財布にしよう。中に仕切りがあるから何種類か硬貨を入れられるし。ナイトは少し明るめの緑色にワンポイントでスミレの刺繍がしてある財布を選んでいた。こういうちょっとした遊び心がおしゃれの秘訣なんだろうか?
「では、これで」
「かしこまりました。ではカウンターでお支払いをお願いします。首輪は加工に数日かかりますけど、財布もその時にお渡ししましょうか?」
「いや、財布は今日貰いたい」
「はい。では準備しますから少しお待ちください」
いつまでも麻袋はね。早めに卒業したい。
合計銀貨5枚と銅貨7枚を支払い、割札と呼ばれる札を受け取る。首輪の受け取りの時にこれを持ってきたらいいらしい。せっかくなので財布に金貨と銀貨を何枚か入れておこう。
ジェシカさんも一緒に店を出て、ダイナーで昼食にしようと移動する。この世界に来て一週間弱、ようやく財布が手に入った。テンション上がる。




