第32話 任意の名付け
さて、雷を使うとしてどうやって使うかだな。氷と違って具体的な使い方がわからない。落雷? 水辺でそれはなんか怖い。剣に魔力を通してみると抵抗のようなものを感じる。負荷がかかり過ぎている感じか? 剣で直接よりは風を使って斬るみたいな使い方のほうがよさそうだ。
ケルピーが飛ばしてきた氷を跳んで避けていると岩場に寄ってしまった。中に入ってしまうと動きにくくなるから広い方に逃げないと。こんなことも考えながら戦わないといけないんだな。一段と大きな氷塊を避け、跳び上がって岩場の壁を蹴ってケルピーの頭上を抜くと、海藻のような鬣が迫ってきた。咄嗟に氷を張って防いだけれど、迂闊に跳ぶもんじゃないな。足場作れるから忘れてたけど空中って身動き取れない。
そうか。
ケルピーは俺が逃げると追ってくるから、これは使えるな。あとはどうやってうまく雷を誘導するかか。考えなしに使うと周りに被害を出しそうな気がする。
こんっと軽い音がして鞘が隆起した氷にぶつかった。そういえばこの鞘もオリハルコン製だったな。これを避雷針のようにして誘電することができないだろうか?
空中に浮かせるには……氷を坂道状にして誘導するか。とりあえずやってみよう。失敗すると意図を読まれそうだから成功しますように。
突っ込んできたのを回避して距離を取る。走って逃げながら時々凍らせた湖面の氷を逆向きの氷柱みたいに隆起させ妨害すると速度を上げながら躍起になってついてくる。よしよし、そのまま頼むよ。
勢いがついたところで坂道を作るとちゃんと追ってきてくれたので、強化に回す魔力を増やして速度を上げて先に坂を飛び降りる。飛び降りる寸前に頭上に氷を発生させて鞘を刺しておくのも忘れない。着地と同時にケルピーが跳んだ。オッケー、助かります。氷が使えないなら空中で動けないよな。
雷が避雷針に向かうように意識して剣を振る。剣から雷光が走り、宙に浮いたケルピーを貫いて鞘に収束する。上手くいったかと確認する前に大量の血が降ってきた。上手くいったようでよかったです。
三度目の血塗れ!!!
ドチャドチャッと音を立てて首のところで分断されたケルピーが落ちてくる。被った血の割には血が流れ出ないと思ったら、どうやら切り口が熱で焼けて止血されたようだ。つまり俺が被った分でほぼ終了。水が汚れなかったのはいいけど悲しい!!
「ユウさん」
「大丈夫だ。終わった」
ケルピーを鞄に仕舞い空中に出現させていた氷を溶かして鞘を回収していると、ケリュネイアがジェシカさんを乗せたまま近づいてくる。氷の上は危ないのでこっちからも近づいて岸に向かう。剣と鞘を確認してみると見た感じは損傷はなさそうだけど、一回ゴウルクさんのところで見てもらおうかな。
岸に戻って氷を溶かすと、湖面全体を覆っていたおかげか湖の外観に損傷はなかった。よかった。手は汚れていなかったのでジェシカさんが降りるのを手伝う。
『ナイト、終わった。成功したよ』
『それはよかった』
報告も完了。忘れてるとそわそわさせちゃうからね。
「この湖にケルピーがいるなんて知りませんでした。ユウさんがいてくれてよかったです」
「私も護衛について来た意味があってよかった。ただのピックニックだったからな」
ジェシカさんを守ってくれてたのはケリュネイアだったとか考えてはいけない。倒したのが俺だからいいのです。しかし、ここに通っているジェシカさんが知らなかったということはやっぱり俺の幸運値の低さが原因だろうか。ケルピーを呼び寄せてしまったのか?
「ケリュネイアがいてもケルピーは出てくるんだな」
「ケリュネイアはケルピーとは相性が悪いですからね。負けることはありませんが、おそらく勝つことは難しいかと。戦闘になる前に距離を取ると思いますよ」
そうなの? まあ温厚な性格なら戦うのは苦手か。こんなガッツリ仕掛けてくるようなのとは相性悪いだろうな。勝てないと言われて若干不満げに首を振るケリュネイアに笑う。負けないならいいじゃないか。
ケリュネイアを撫でてから時間を確認すると3時を少し回っていた。ケルピーに時間を取られたなぁ。あんまり練習はできてないけど、剣を診てもらうならそろそろ帰ったほうがよさそうだ。
「ジェシカさん、そろそろ帰ろうと思うんだが大丈夫か?」
「はい。私の用事は済んでいますから、ユウさんが良ければ。ただ……」
ただ?
「あの、申し訳ないんですが、背負われるのはちょっと……」
……あっ!! 俺血塗れ!!! 綺麗な湖で洗うのは気が引けるし、自分で水魔法で流したら体ごと流されていく気しかしない。歩いて帰るしかないか?
「キュー」
「ケリュネイア?」
どうするかと考えているとケリュネイアがジェシカさんの服の袖を食んで引っ張る。
「送ってくれるの?」
「キュウ」
頷くように首を振ってから、ケリュネイアは急に少し離れてブンブンと首を振る。何事かと思ったら角がぼろっと落ちた。
「ケリュネイア!?」
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄ると、落ちた角を咥えて俺に寄越す。ぐいぐい押し付けてくるのでとりあえず受け取ると、もう一本を同じようにジェシカさんに渡していた。どうしたの?
「くれるの?」
「そうなのか?」
「ケン!」
角を受け取ったジェシカさんが訊くと嬉しそうに鳴く。
「じゃあ有難く頂こう。ありがとう」
「ありがとうね」
二人で頭を撫でて、角を鞄に仕舞う。じゃあ帰ろうか。血は帰ってから洗おう。
ジェシカさんがケリュネイアに乗るのを手伝い、落ちないようにケリュネイアに太めの麻紐を噛んでもらって手綱代わりにする。
「では、ジェシカさんが落ちないくらいの速さで走ってくれるか? 私は万一に備えて後ろから追おう」
「ケン」
「お願いします」
走り出したケリュネイアを追走する。やっぱり速いなケリュネイア、制御できる限界まで魔力強化してもついて行くのがやっとだ。これでジェシカさんが落ちないように速度を抑えてるんだから魔物ってすごい。
外壁に着くとシオンさんがいて、ケリュネイアに騒つく検問の待機列を余所に笑いながら近づいてきた。
「強い魔物の気配が近づいてきたと思って来てみれば、さすがにケリュネイアとは思わなかったぞ」
「森で仲良くなったんだ。送ってくれた」
フンフンとシオンさんを嗅ぐケリュネイアを撫でながら説明する。リアルシオンさんに赤面しているジェシカさんのことは一旦スルーしよう。
「ここまで人に懐いているとなると、随獣にするのか?」
「いや、私よりジェシカさんに懐いている。ジェシカさんの従魔が希望だろう」
ケリュネイアもジェシカさんが好きでついてきた感があるし。
「わ、私ですか!?」
「ああ。そうだろう? ケリュネイア」
「キュー!」
ブンブンと嬉しそうに首を振るケリュネイアに笑う。そんな気がしてたんだ。ケリュネイアから降りたジェシカさんが困った顔でケリュネイアの正面に回る。
「一緒にいられたらとっても嬉しいけど、私の魔力じゃ契約が難しいわ」
「キュー?」
従魔にするのも魔力が必要なのか。ふむ。
『ナイト、契約しない従魔契約の契約術式だけ作ることってできる?』
『……どういう状況ですか?』
『俺が契約するんじゃないんだけど、契約したい子たちがいて』
『はぁ……? とにかくそちらに行きますね』
はぁい。ずるっと現れたナイトに驚いたケリュネイアがジェシカさんを守るように体を寄せるけど、さらにポーンと元気良く飛び出してきたロボに警戒を解いたようだ。ケリュネイアとジェシカさんを見てナイトはすぐに納得したようだ。
「この方々ですね?」
「ああ。できるか?」
「はい。問題ありません」
俺たちの会話にシオンさんが不思議そうに首を傾げる。
「何をする気だ?」
「私の魔力を引っ張って術式だけ作る。そうすればジェシカさんとケリュネイアが契約できるはずだ」
お互いにフンフンと匂いを嗅ぐロボとケリュネイアを見ていたジェシカさんがばっと顔を向ける。
「そんなことができるんですか?」
「はい契約形態としては随獣契約に近いですが、ジェシカ様とケリュネイアとの契約が可能です。他人の契約の肩代わりなど、ユウの魔力量だからこそできる力技ですが」
「できればいいんだよ」
力技だろうがゴリ押しだろうが。ブハッとシオンさんが吹き出した。
「そういうところは父親似なのか」
似てるかな? 性格は真逆ってよく言われるんだけど。
ナイトがジェシカさんを促す。
「では術式を作りますので、ジェシカ様は名前分だけお願いできますか? 基本の魔力はユウが補いますが、核にジェシカ様の魔力が必要にはなりますので」
「はい! お願いします。ケリュネイア、こっちにおいで」
ジェシカさんに呼ばれてケリュネイアが側に立ち、ナイトがケリュネイアを中心に術式を展開する。随獣契約よりも魔法陣が三重くらい大きい。ナイトが指差したところの術式に空白があり、ジェシカさんがそこに指先で触れるとスルスルと術式が刻まれた。
空白がなくなった術式が一度強く光りケリュネイアに吸い込まれる。完了かな?
ケリュネイアが光に包まれ、光の収束とともにさっき落ちた角が新しく完成形で生えていた。真っ白だった体毛にわずかに銀が混じったのかキラキラと光を反射している。
「契約成立です。あとはギルドで登録すれば問題ないでしょう」
「ありがとうございます! ユウさんも!」
「私は何もしていないがな」
魔力を使った感覚もないし。ナイトが器用でよかった。
「ではギルドに戻ろうか。そろそろ順番も来る」
ゴソゴソしていたけど、周りの人が大きく避けててくれたので順番どおりに検問を通れるようだ。ドン引きしている騎士に登録証を見せて門を抜ける。
「そういえば名前は?」
「ビクターです」
ケリュネイア改めビクター。よろしくね。
ギルドに着くとウィルに盛大なため息で迎えられた。どうやら俺たちの前に並んでいた冒険者から報告が入っていたらしい。ヴァネッサさんはお腹を抱えて笑っているし、アリサさんは青い顔で書類を抱きしめている。
「ケリュネイアときたか……」
「ビクターです」
「名前の問題じゃないんだよ……アリサ、登録頼む」
「はい」
笑って喋れないヴァネッサさんの代わりにウィルがアリサさんを促す。アリサさんが抱えてた書類はビクターの登録書類だったのか。
「ジェシカ、登録証を一旦返還してくれるか。ランクを修正するから、明日新しいのを渡す。それから荷物をまとめておいてくれ、部屋を用意しておく」
「部屋って、私は採取職ですよ?」
「採取職だとしてもケリュネイア連れじゃあな。そもそもお前の家、獣舎は無いだろう」
「あ……」
ジェシカさんもギルド住みになるのかな? ヴァネッサさんがガシッと肩を組んできた。
「最高だよ! 採取に行ってケリュネイア連れて帰ってくるなんて初めて聞いたわ!」
「私もこんなことになるとは思ってなかった」
でも連れて帰ってきたのは俺じゃなくてジェシカさんなんだけど。
「ところでなんであんた血塗れなんだい?」
あっ。




