第30話 素材採集
グランドキャニオンに呆然としたけれど、やってしまったことは仕方がないし、ウェストも名前を気に入ってくれてたから良いとしよう。後悔しても遅い。しかし元ワイバーンのウェストが主の森がここまで大きいとなると、父さんを吹っ飛ばす女帝っていうのが棲んでるところはどんなのだろうか。
移動を再開して、歩きながらジェシカさんに訊く。
「ジェシカさんは女帝の森がどういうところか知っているか?」
「女帝ですか?」
はい。驚かれたけど、これももしかして一般常識だったりするの?
「まさか女帝にも名を付けるつもりですか?」
あ、そっち?
「いや、単純にこれよりも大きな森なのかと思っただけだ」
さすがに一回怒られてるから、そんなホイホイ名前を付けたりしません。というか父さんを吹っ飛ばす魔物に名前を付けるとか畏れ多い。ジェシカさんも納得してくれたようだ。
「女帝の森は帝国の最南端に位置し、大陸の端まで広がっていると聞いています。広さで言えばおそらくこの森の方が広いでしょうが、この森は大半が峡谷なのに対し女帝の森は八割以上が緑地だそうです。巨大な湖を擁し、災厄級以上の魔物が多数生息しているとか」
マジか。やっぱり強い魔物がいる森は強い魔物が集まるのかな。
「女帝はどういう魔物なんだ?」
「詳しくはわかっていないんです。基本人には興味がないようで街を襲ったりはしませんから目撃情報が少ないんです。ただ、20年前ほど前までは大陸のもっと下の方に棲んでいたそうなんですが、突然今の森の場所に居を移したそうです」
父さんは顔見知りみたいな感じだったけど、詳しく報告はしてないのかな?
「リアム様は女帝と交渉しているらしく、時折皇帝陛下に女帝の織糸を献上しているとか」
……女帝の織り糸って皇帝に献上するようなものなの? 俺の着てる服女帝の織り糸で作られているそうなんですが。
「女帝の織り糸はどういった素材なんだ?」
「最高級の織物です。女帝が体内で作る糸を加工し生地と使えるように織物に加工したものを『女帝の織り糸』と呼びます。女帝の織り糸で作られた衣服は非常に頑丈で、シャツ一枚で革鎧以上の物理防御力を誇るとか。気温変化に対する遮断性も高く、よほど極端な気候の地域に行かない限りはシャツ一枚で年中過ごせるそうですよ」
平原で全然寒くなかったのはこの服のおかげだったか。この世界って気温変化はデバフ扱いなの?
「あと、これは性能とは関係ないんですが肌触りが抜群に良いとか。絹以上だと言われていますね。と言っても女帝からしか採取できないので、市場には一切出回りませんから今話したことは全て噂なんですけど」
肌触りは確かに最高。絹以上っていうのも納得。絹みたいな光沢がないから着やすいし。……なんでウィルは一切市場に出回らない女帝の織り糸に触っただけで気づいたんだ? ギルド職員だからか?
しかし話を聞くと嫌な予感がする。体内で糸を作るなんて、クモでは? めっちゃ強いクモとか最悪だぞ。
それにしてもジェシカさんすごく物知りだな。俺より少し歳上なだけっぽいのに、質問すればなんでも答えが返ってくる。地球では検索エンジンに文字打ち込むだけでなんでもわかったからなぁ、俺も自前で記憶しなくては。
細かいことを質問しながら道を進むと、崖の前に出た。木々が茂る森を分断するように深々を地面を抉る断崖絶壁。しかも対岸までは25メートルくらいある。覗き込んでみると、どうやら下は川になっているらしい。なるほど大峡谷。つまりここの土地って元々はあのワイバーンの巣がある崖くらいの標高があったのか?
俺は渡れるけど、これジェシカさん一人だとどうしてるんだ?
「いつもはどうしているんだ?」
「30分くらい歩けば橋が架かっているんです」
大変だな。ケリュネイアがフンスフンスと前脚を上げるけれど、鞍も手綱も無しにここを君に乗って跳ぶのは危ないよ。
「気持ちは有難いが、また今度な」
氷で橋を作るとションボリされた。ごめんね。俺一人ならチャレンジしてもいいけどジェシカさんが落ちちゃうと大変だから。滑り落ちるのは嫌なので氷の橋はちゃんと両サイドを上げておいた。多少歪だけど許容範囲内。
「ユウさんといると何がすごいのかわからなくなりそうです」
「気のせいだろう」
橋を渡ってすぐ見えるラキラ草の群生地だという丘の上に登ると小さな白い花がたくさん生えていた。よく見てみるとぺんぺん草だ。なんだっけ、ナズナ? 春の七草だった気がする。この世界だと秋でも咲いてるのか。小さいハートみたいな実が可愛い。はもはもとナズナを食むケリュネイアの横にしゃがんで花を観察してみるけど、やっぱりナズナだ。
「それがラキラ草ですよ」
「そうなのか」
ナズナじゃなかった。これがラキラ草か。全草に薬効があるとのことなので数株ずつまとめて引き抜いて麻紐で括る。それにしても満開だなぁ。
「この草はこの時期に生えるのか?」
「本来は春先に生えるんですが、この森では主のおかげで常緑多年草です」
……それはいいのか気候的に。魔素が安定しているってことなのかな?
「常に一定量が確保できますし、高純度の魔素をたっぷり吸収しているのでこの森で採れる素材で作る薬はとても薬効が高く重宝されるんです」
へー。
「なら結構出回っているのか?」
「いいえ。本来はここに来るまで結構命がけですから」
そんなこと言ってましたね。平和すぎて忘れる。
「主の眷属であるワイバーンだけでなく、オーガやダイアウルフといった上級の魔物や、ピュトンやキュクロプスといった特級の魔物も多く生息していますし、ケリュネイアがいるということは災害級以上、災厄級などの魔物も知られていないだけでいるのでしょうね」
ピュトン? キュクロプスは聞いたことある気がする。一つ目の巨人? そんなのがいるのか、この森。でも岩場が多いなら洞窟なんかもたくさんあるだろうし、いろんな魔物がいそうだな。
「では、採取はこれで十分ですのでお昼ご飯にしましょうか。さっきの滝を下ったところに綺麗な湖があるんですよ」
「了解した」
やったー、ご飯です!
来た道を戻り、滝壺から流れる小川に沿って下っていくとジェシカさんが言ったとおり綺麗な湖があった。
森が急に開けてパッと明るくなり、大きな湖が視界を占める。テレビで見た、グランセノーテという湖によく似ている気がする。光の加減でターコイズブルーにも見える水は非常に透明度が高く、水底までしっかりと視認できる。しかし、すごく綺麗に見えているからこそ水深がわからない。というか絶対深いよこれ。下手に入らないほうがいいな。泳げるけれど、急に深くなるのはよろしくないと思う。
湖は半分岩場の下に入り込んでいるけれど、岩が大きく抉れているので中もよく見える。避暑地としては最高だろうな。ピクニックにもってこいだろう。暖かくなったらナイトとロボを連れて遊びに来よう。
芝生のような草が茂る上にビニールシートの代わりの布を敷いて湖の周り全体を見渡す。さっきの滝も凄かったけど、こんなに綺麗で大きな湖まであるなんて、改めて驚くほどに豊かな森だなぁ。地球では秘境扱いされてそう。街から歩いて数時間で着くとは思えない。
それはそれとしてこのビニールシート代わりのこの布何? サラッとしてて薄さはナイロンやビニールに近い光沢のある布。絹ともちょっと感触が違うし、確実に綿や麻ではない。なんでもいいんだけど、なんか不安だぞ?
「ケリュネイアは何を食べるんだろうか?」
シートの上にゴロンと横になったケリュネイアを見ながらジェシカさんに訊く。しかし寝転び方が完全にシカのそれ。首を投げ出すので折れてないか心配になる。
「ケリュネイアは聖獣ですから、基本的には食べなくても問題ありません」
あ、そうか。そもそも毒以外は食べても大丈夫なうえで食べるか食べないかは好みみたいなこと言ってた気がする。聖獣だから食べなくても平気ってことは一部は食べないと駄目なのかな? さっきラキラ草をはもはもしてたのは気分か。人を襲って食べる魔物とかいるの……いるんだろうな。グロテスクとか、コボルトとか。あいつら絶対食べるだろ。
「ならとりあえず私たちだけで食べようか」
「はい。気になったらこの子の方から食べにくると思います」
そうですね。野生の動物に餌をあげるのは駄目だけど、この子は食べなくても平気な子ならオッケーだよね……?
今日のお昼ご飯はキノコと豚肉のケチャップ炒めと、この間食べきれなかったハニーチキンとトマトとレタスのマスタードマヨサンド。デザートにリンゴ。鞄の中に入れていれば時間が経過しないって食べ物を入れるのに超便利だよな。
ケリュネイアはフンフンと匂いを嗅いでいたけれど興味を惹かれなかったのかまたゴロンと横になった。ジェシカさんはタマゴとベーコンにレタスとチーズの入ったバゲットのサンドイッチだ。彩がいい。
水差しから水を注いでいただきますと手を合わせる。
ハニーチキンサンドとジェシカさんのサンドイッチを一つ交換してしてのんびりと昼食をとる。
「とても美味しいですね。チキンがすごく柔らかいです」
「蜂蜜に漬けているからだろうか?」
なんか酵素がどうのこうのと言っていた気がする。俺は美味しければ気にしないのです。作れないから。ジェシカさんが自分で作ったらしいサンドイッチも塩加減が絶妙でとても美味しかった。調合とかするから料理も得意らしい。料理は科学ってこういうことか?
デザートのリンゴを見ていると、今ならリンゴを素手で潰せるのでは?という好奇心が湧いてくるけれど、食べ物で遊んじゃ駄目だよね。すごくやってみたいけど。我慢。
リンゴには興味があるのか、ケリュネイアが首を伸ばしてくるので皮を剥いてから差し出してみると食んだ。モシャモシャと飲み込んでからもっともっととずり寄ってくるので全部剥いて皿に置くと喜んで食べ始めた。気に入ったようで何より。
「そうだ、ユウさん。櫛ってこういうものでもいいんですか?」
そう言ってジェシカさんが鞄からしっかりした櫛を取り出す。ケリュネイアのブラッシングにあればなとは言ったけれど、こんな専用みたいなものがあるとは。
「十分だが、これは?」
「コットンシープなんかの毛刈りで使う櫛です」
コットンシープ。メリーシープに近いものか? 綿がヒツジから取れるの? 採取職は毛刈りもするのか。ジェシカさんから櫛を受け取って、ケリュネイアに断ってからその大きな背中に櫛を通す。さすが専用の櫛。効果抜群。ゴッソリ取れたけれどこれはまだまだ取れるな。
「私もやっていいですか?」
「勿論」
櫛を返して俺は予備の麻袋を取り出す。さすがに森の中とはいえ、抜けた毛を散らかすのはな。ウェストの森だし。今日は依頼で来てるからあれだけど、また今度ちゃんと挨拶に来よう。




