第29話 聖獣ケリュネイア
精霊魔法の使い方を聞いたりしていると、森の中からガサガサと足音が聞こえてきた。四つ足の動物だ。敵意はなさそうだけれど、なんだろう? 足音がかなり重い。
ジェシカさんを背中に庇って構えていると、金色の角を持った真っ白いシカがのっそりと茂みを越えて現れた。……これシカだよな? サイズ感バッファローなんだけど。ジトッと不審げな目を向けてくるシカに近づく。
「ユウさん」
「たぶん大丈夫だ」
この子は変な奴が来たから様子を見に来ただけな気がする。
「すまない、邪魔をしている。魔法の練習をしたいからあまり近づかないように仲間に伝えてくれるか?」
言いながら手を差し出してみれば、フンフンと匂いを嗅いでから顎を寄せてくる。わかってくれたようだ。差し出された顎を撫でるとネコのようにゴルゴルと喉を鳴らす。爆音……。シカが満足するまで撫でると踵を返して走り去って行った。とんでもない速さで走って行ったけど、もしかしてあの子結構強い魔物だったりしたのか?
「ケリュネイア……」
「ん?」
振り返ると呆然とした顔をしたジェシカさんが口を開く。
「ケリュネイア、黄金の角に青銅の蹄を持つと言われる聖獣です。温厚な性格ですが非常に足が速く、戦場を先触れとして駆けると言われていますが本物を見るのは初めてです」
マジか。綺麗なシカだと思ったら聖獣だったのか。納得の綺麗さ。ドラゴンとかいるし、ケリュネイアも地球に似た聖獣とかいるのかな?
「捕らえないのですか?」
「何故?」
「素材が高く売れます」
そうなのか。でもあの子は何もしてないしなぁ。こっちに敵意があるわけでも、俺が金欠なわけでもない。
「私はそういうのは好まない。向かってこられれば迎え撃つが、敵意がないなら何もしない」
そりゃあ敵意むき出しで向かってこられたら自分の命が可愛いので全力で倒すし、襲われている人がいたら全力で割り込むだろうけど。冒険者としては失格なのかな?
「そうですか。よかったです」
よかったのですか?
「聖獣は吉兆ですから、そういった魔物を気にせず狩り尽くす冒険者は堕落すると言われています」
そうなのか。まあ聖なる獣だもんね。
「必要な分を必要なだけ。それで十分だ」
乱獲いくない。
「そうですね」
ジェシカさんも笑ってくれたのでそれでいいんだろう。
「しかし、温厚な性格とはいえケリュネイアをはじめとした聖獣は天災級の魔物です。うっかり攻撃されれば無事では済みませんので要注意ですよ!」
イエス、マム! 迂闊でした!
まずは金剛輝石を採るとのことなので、金剛輝石があるらしい洞窟に向かっているとケリュネイアがまた現れた。どうしたの?
周囲を警戒しながら歩いている俺たちの横をゆったり歩いているだけだから、もしかして遊びに来ただけ? 手を出せば頭を寄せてくるのでとりあえず撫でる。やっぱり遊びに来ただけっぽいな。撫でさせてくれるなら率先して撫でさせてもらうけれど。
「ケリュネイアがこんなにも無防備に人前に姿を現すなんて……」
「珍しいのか?」
「私はこの森に採取に来るようになって5年は経ちますが、ケリュネイアが棲んでいたことすら知りませんでした」
わぁ。すごく珍しいんですね。人懐こい子なんだけどな。今も特に気にせずついてきてるだけ感があるし。
じーっと視線を感じてジェシカさんを見るとケリュネイアに触れている手をガン見していた。
「どうした?」
「……私も撫でてみたいです……」
訊くと心底羨ましいと思っているという声でそんなことを言う。もふもふですからね! お気持ちはわかります!
「撫でるといい。傷つけなければ怒らない」
この子は撫でられるの好きみたいだし。
「本当ですか?」
「大丈夫だろう」
ジェシカさんが俺が最初にやったみたいに手を差し出して匂いを嗅がせると、フンフンと匂いを嗅いで害はないと判断したのか催促するように首を伸ばす。嬉々としてジェシカさんはその首に手を埋めた。手首まですっぽりと覆われてしまったので、ケリュネイアは見た目よりも長毛らしい。顔まわりはスッキリしてるんだけどな。
「うわぁ……すごくふかふかなのにさらさらしています。とっても毛艶が良くて撫で心地抜群ですね!」
うん。ボリュームもあるし、抱きついたら最高だと思う。自重しますが。所々跳ねているのが気になって引っ張ってみるとぼっそり抜けた。換毛期かな?
「それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろう。痛そうでもないし。櫛があればブラッシングしてやれるんだが」
ジェシカさんは驚いているがケリュネイア自身はなんてことなさそうにもっと撫でろと顔を寄せてくるので大丈夫だろう。ケリュネイアを二人で挟んで撫でながら移動していると大きな滝の前に着いた。
大瀑布だな。滝壺から結構離れているのだけれど水飛沫がかかる。
「この滝の裏に金剛輝石が採れる洞窟があるんです!」
「こんなところにか!?」
ドォォォォと爆音で流れ落ちる滝に負けじとジェシカさんが声を張り、俺もそれに倣って返す。マジかよ。この滝の裏? どうやって見つけたのやら。
ジェシカさんに手招きされるまま滝壺を大回りに滝裏が見える位置まで移動すると、視界を奪う水飛沫で見えみくいけれど確かに洞窟のようなものがポッカリと口を開けている。……よくここ行ってみようと思ったな……。
結構足場が滑るけれどケリュネイアは気にせず進んで行く。そのまま吸い込まれるように洞窟の中に消えて行った。
滑らないように踏ん張って歩き、1メートルくらいの幅の入り口を抜けるとさっきまでの爆音が嘘のように静かだった。耳がおかしくなったのかと。振り返ると幻想的な水のカーテンが見えた。光と緑が水に阻まれ屈折してキラキラと輝いている。道程に難はあるけれどいいものが見れた。
しかし洞窟の中にしては明るいと思ってジェシカさんの方を見ると、なるほど納得。ケリュネイアの角が煌々と輝いていた。光るのかー、それ。
「すごいです! ケリュネイアの角が光るなんて初めて知りました!」
俺もです。
ケリュネイアの柔らかい光に照らされる洞窟内を見渡すと、所々薄青に光っているものがある。
「あれは?」
「あれが金剛輝石です」
へー、これが。近づいて観察してみると、熱した蛍石のような掌に収まるくらいの輝く鉱石だった。触ってみると硬く、岩から生えているようにがっしりと挟まっていた。蔦のようなワイヤーのような何かが絡み付いているようだ。
「金剛輝石は先端の光っている部分のみを使うので、額の所は削れても大丈夫ですよ」
なるほど。この光っているところが無事だったらいいんだな? よし、なら力技でなんとかなりそうだ。親指でしっかり押さえて捻ったら簡単に採れた。
「……削れても大丈夫だとは言いましたが、素手で折る人は初めて見ました」
「え?」
振り返るとジェシカさんが鑿と金槌を差し出してくれていた。あらやだ。
「私にそれは必要なさそうだ。手分けして集めよう」
「わかりました。では、二十個ほどお願いできますか?」
「ああ。高所のものは私が担当しよう」
無駄に伸びた身長はこういう時役に立つ。
たまによくわからない鉱石もあったのでそれも採ってみる。金剛輝石よりも明るく発光する赤い石は、なんだろうこれ? 不思議そうに覗き込んでくるケリュネイアに見せてみたけど、少し匂いを嗅いだだけで興味はないらしい。まぁ石だしね。
しばらく俺が石を折る音とジェシカさんが使う鑿と金槌の音だけが響く。
「ユウさん、どうですか?」
「ああ、ちょうど集まった。あと、これはなんだろうか?」
金剛輝石を渡して、見つけた光る赤い石を見せてみると少し観察したあと解説してくれる。
「これはタイムライトですね。時間によって光の強さが違うのが特徴の光石です。街に戻って加工してもらえば時計になりますし、ギルドで買い取ってもらうことも可能です」
これ時計になるのか。俺の時計は青色だから気づかなかった。ナイトの分の時計が無いから折角なら作ってもらおうかな。
「あと、これも」
もう一つ見つけていた蜂蜜色の鉱石を見せると、手に取って観察する。
「これは琥珀ですね。透明度が高くて非常に良い品だと思います」
琥珀! 確か、天然樹脂の化石だっけ? ケリュネイアの角から放たれる光を受けてトロッとした輝きを放っている。綺麗だなー。
ジェシカさんは俺の倍近い量を採取していた。俺みたいに余計なものを採っていないとはいえ、この差はさすが専門職か。それとも俺の集中力がないだけか?
タイムライトは時計にするけれど、琥珀はどうしよう。売るのは勿体無いし……ロボの首輪とかに付けようかな?
「ケリュネイア、お外に出ますよー」
「!」
途中で飽きて隅っこで寝ていたケリュネイアにジェシカさんが声をかければハッとして起き上がる。終わった?と言いたげに近づいてくるのでとりあえず頭を撫でる。
「お待たせ」
滝裏から出て、轟音で喉がやられない距離まで離れてからこのあとの予定を確認する。
「どうする? このままラキラ草を採りに行くか?」
「いつもは昼食をとるんですが……今日はユウさんのおかげでまだ昼前ですし、そうですね。ラキラ草を採りに行きましょう。そうすればユウさんの魔法の練習の時間もたくさん取れるでしょうし」
わぁい。ありがとうございます!
しばらくただ移動し、小川の横で小休憩する。水がすごい綺麗。しかしこの森魔物がいない。棲んではいるみたいだけど全然出てくる様子がない。
「この森はいつもこんなに静かなのか?」
「いいえ。今日はケリュネイアがいてくれるからでしょうね。魔物は自分より強い魔物の前にはでてきませんから」
へー。そういえば最初の森でナイトもそんなこと言ってたな。ケリュネイアは結構強い魔物なのか。聖獣だもんな。
ワイバーンたちの姿も見えないけれど、もっと奥の方にいるんだろうか?
「ワイバーンの巣はどのあたりだろうか?」
「あそこの岩場ですね」
指差された先には切り立った岩壁があった。……あの岩場まで数十キロはありそうなんだけど、この森ってそんなに広いの? 緑多めのグランドキャニオンかよ。あそこは別物だと信じてたよ。今更ながらに、ウェストってすごいワイバーンだったんだな。気楽に名前付けるんじゃなかった。




