第2話 魔素変換率
説明パートが長い。
首を傾げているとナイトが俺に代わって口を開いた。
「ユウをこの世界に連れて来ていたのは魔法の練習をさせるためと仰っていませんでしたか?」
そうなの? 初耳。そもそもこの世界に来ていたのも今日初め聞いたから初耳で当然か。そして俺魔法使えるんだ!
「ああ。そうなんだが、森に火を放ったから危なくて封印したんだ」
……森に火を放った。俺が? もしかしなくても魔法で? 混乱を他所に父さんが続ける。
「消火自体はすぐに終わったんだが、英智が産まれる直前だったし、危ないから封印したんだ。その後放火が女帝にバレて私が山二つ分吹っ飛ばされてた間に雄大が迷子になった。大きくなって大丈夫だと思ったら教えようと思ったまま今日まできてしまった」
あーそうですね? 英智に母さん盗られたと思って、怒って魔法使うかもしれないもんね。で? そのまま忘れていたと?
忘れないでよ!! 英智にも魔法の練習とかさせたんじゃないの!?
「英智は魔導回路が弱くて魔法として発現させるだけの力が無いからまあいいかと思っていたらそのまま忘れていた。すまんな」
英智は魔法使えないの!? じゃあ忘れててくれて良かった。遺伝って残酷。
「ユウは3歳になる前に森を焼く程ですのに、エイには遺伝しなかったのですね」
「子供は神からの授かりものと言うしな。そういうこともあるのだろう」
そう言われると納得するしかないよね。というか森を焼いたって言うのやめてください。
「とりあえず、そこに立ちなさい」
指差された場所に立つと足元に模様が浮かび、父さんが手を上げるのに合わせて模様も上がってくる。X線スキャンされてる気分。されたことないけど。頭の上まで上がり切って模様が消えた。
「これでいい。身体機能の封印も解いたから普段より動きも良くなるだろう」
これだけでいいのか。というか、身体機能?
「身体機能も封印していたのですね」
ナイトが先に訊いてくれた。
「これは英智もだが、地球人と言い張るには頑丈すぎるからな。少し丈夫程度に抑えていた。身体測定で握力200キロとか出したら大騒ぎだろう」
そりゃそうだ。ゴリラか。え、待って父さん握力200あるの? ナイトはバールを素手で引きちぎったりしてたからそれ以上あるだろうけども。この世界そんな人ばっかりなの?
ゴホンと咳払いをして父さんが魔法とはと掌の上に野球ボール大の大きさの火の玉を発生させる。すごい!
「体内に取り込んだ魔素を練り上げて性質を持たせ、体外に発現させることを言う。練り上げるというのは魔導回路に魔素を流して魔力化させることを言うのだが、まあ細かいことは気にしなていい」
そう言いながら父さんは火の玉を握り込んで、肘までが火に包まれた。
「熱くないの?」
「自分の魔力だから大丈夫だ。この炎を枝に移したりすれば熱を感じるがな」
へぇ。試しに手を近づけてみたら熱かった。
「魔法とはイメージだ。魔力を練ることなんかはあまり気にせず、どんな魔法を使いたいかとにかく正確にイメージしなさい」
そんな簡単でいいの? もっとなんか、呪文とかあるのかと。イメージかぁ。美術の成績万年3の俺にそんなこと言うの?
「ナイトも魔法使えるの?」
「勿論です。ただ私は種族柄使用できる魔法は影魔法と空間魔法に限られますが」
種族によって使えないとかあるのか。魔法が使えるイコールなんでもできるってわけじゃないのか。不思議な特技だと思ってた影から出てくるあれは影魔法だったのかな?
「雄大、さっきお父さんがお前は魔素変換率が高いと言ったのを覚えているか?」
父さんが急にそんなことを訊いてくる。それが高いから俺にこの世界にいてほしいんだったよね? 頷くと父さんも頷いて腕の火を消した。
「魔素というのはこの世界の万物を構成する元素で、物質化しているものは安定しているのだが大気中にあるものは停滞し続けると減少してしまう。世界を構成する魔素が減ると環境にも影響が出る」
なんか難しい話が始まった。とりあえず頷いておく。
「人や魔物が魔法を使ったり日常の中で魔素を使ったりすれば、流れができて魔素が循環し活性化して増加する。魔素変換率というのはその循環の速さと増加量を測ることで割り出される数字、らしい」
らしい。
「詳しくはお父さんもわからん。友人がなんかそんなことを言っていた」
雑か。胸を張るな。
「変換率がどういった求め方をされるか知らんが、雄大は並のヒトとは比べものにならない程にその効率が良い。ほんの幼児だった頃に一度魔法を使っただけではっきりとわかるくらいに」
そうなの? それがなんで俺にこの世界にいてほしい理由になるのだろう。
「で、今世界崩壊レベルで魔素が減少している」
なんで!?
「異世界から生物を召喚するなんて無茶を通したせいだろうな。代償として膨大な魔素が消費された。どこぞの愚か者が術式の意味も理解しないまま魔術を行使したのだろう」
「ははは。ヒトの愚かさとはなんとまあ、度し難い」
頭が痛そうな父さんを他所にナイトがわっるい声で笑う。やめてよ。バリトンのイケボで悪のボスみたいな笑い方しないで。いやまあ世界が崩壊しかかってると考えるとそう言いたくなるのもわかるけども。
「魔素が果たす役割もわからん愚か者だったのだろうな」
父さんもフォローの言葉もない。
「とにかく、そういう理由で雄大にはこの世界でバンバン魔法を使ってほしい」
あ、ここに繋がるのか。なるほど、バンバン循環させて魔素を増やせってことですね。了解です。父さんの言葉にナイトが首を傾げる。
「旦那様は変換率が高くないのですか?」
そういえば。父さんに激似の俺の変換率が高いなら父さんの変換率も高いのでは?
「私は逆だ。魔力への変換時増加率は雄大以上だろうが、魔法が分解された際の増加量はほぼ0だ」
「魔法の威力は高いのに魔素への干渉能力は低いということですか?」
「ああ。友人には存在の意味がわからんと怒られた。悲しい」
それは悲しい。俺は父さんにそっくりって言われるけど、やっぱり違うところは違うのか。まあ髪の色や肌の色も違うもんな。体質が違うのは当然か。
「魔力を通すと言ったが、さっき渡した石に意識を向ければ世界樹の種子がフォローしてくれるだろう。一応魔法の練習もしておくか?」
俺の理解を置いて話が進む。とりあえず世界樹の種子優秀ですごい。そして魔法の練習はしたいです!!
この表現今になってどうかと思うんだけど、俺が落ちたのは森の中の開けた場所だったのでそのままここで練習することになった。
「さっきも言ったように、魔法はイメージだ。どんな魔法を、どの程度の威力で発現させたいかを正確にイメージしなさい」
はーい。と、言ってもな。何をどう想像すればいいのか。迷っているとナイトが地面を指差す。
「まずは体から離れたところで練習したほうがいいのでは? 誤爆などもありますし」
そんな事故あるの!? 怖っ。
ナイトの助言を受け、とりあえず父さんみたいに手に上に火の玉を出すのはやめる。焚き火でも起こしてみようかなと思っていると突然ボッと地面に火がついた。
「見本があった方がいいだろう」
イエス! ありがとうございます! 父さんの火を見ながら隣に同じような火がつくのをイメージする。
火、火。明るくて、暖かくて、燃えている。マッチの火がつくのを想像した、瞬間。
爆音と共に火柱が上がった。
ナイトが咄嗟に俺を抱えて後方に跳ぶ。父さんの火を飲み込んで燃え上がる炎は距離を取っても肌が焼けそうな程熱い。着地点になおも迫ってくる炎にナイトがもう一度跳ぶ前に、視界が氷で覆われた。氷の膜の向こうで炎が水にかき消されていく。
「大丈夫か?」
氷の膜の向こうから父さんがひょっこりと顔を出した。
大丈夫だけど大丈夫じゃないよ!! 俺あんな大きな火想像してないのに! ナイトに下ろしてもらって氷を回り込んで何が起こったのか見てみれば、地面が熱で融けていた。嘘だろ。土の融点は1000度くらいだっただろう。これは俺の美術の成績関係ないぞ。
「まあこうなるだろうな」
焼け跡を見ていた父さんが呟く。
は?
「どういうこと?」
説明を! この大惨事の説明を!! なんなのその想定の範囲内みたいな感じ!
「お父さんも魔力調整は苦手な方なんだが、雄大は特に魔素変換率の高さが影響しているようだ。魔素を取り込む速さも魔力へ変換する速さも、それを魔法として発現させる速度も異様に速い」
……?
「通常魔法は魔力を10使う魔法を使うとすると、魔法陣を構築して魔法を発動させ10を使い切ってから1ずつ回復するのだが、雄大の場合は陣を組んでいるうちから魔力が回復するのだろう。使用する魔力の上限値が無い」
つまり?
「簡単に考えると雄大は常に魔力が満タン状態ということだ。しかも循環が速いから自分の意思で止めない限りは魔力が放出され続ける。そのうえ私譲りの超強度の魔導回路のせいで威力の増加率もめちゃくちゃな効率なんだろう。そうだな……火種に常にガソリンを注ぎ続けている感覚だと思ってくれ」
父さんが俺を見て眉を下げる。
「魔法はだいたい想像の500倍くらいになると思いなさい」
「イメージの意味は!?」
正確なイメージなんの意味もない!! 500倍って!
「まぁ……なんだ。慣れれば調整もできようが……。街中で魔法を使うのはやめておきなさい」
もう制御することを諦めてるじゃん! 絶対被害を出すことを想定してるじゃん! 目を逸らすな元凶!
「街中での有事の際は私が対応いたします」
ナイトまで。父さんも頼んだじゃないよ。
「街中では使わないとして……今の火熱かったけどなんで?」
悲しくなるから話を逸らそう。自分の魔力なら熱くないんじゃなかったの?
「大気中の魔素を取り込んで燃えたのだろうな。枝に移ったのと同じ状態になったのだろう」
そうなると俺では制御できないのでは? 歩く火炎放射器みたいになってない? バンバン魔法使えって言ってたけど、バンバン使うと大変なことになるでしょ。駄目だよ。
そうだな、と父さんが顎を掻く。
「渡した剣を出してくれるか」
さっきもらったやつ? 鞄から取り出して父さんに渡すと、父さんは違う剣を取り出した。
「こちらの方がいいだろうな」
そう言って渡されたのは最初の剣よりも細身でシンプルな直剣。片手で持てそうなくらい軽い。柄も鍔も鞘も真っ黒だけど、装飾が無い方が落ち着く。だってさっきの剣は絶対なんかすごい剣だもん。めちゃくちゃ装飾ゴツかった。父さんは残念そうだけど俺はこっちの方がいいです。
「せっかくだから良い剣をと思ったんだが」
「剣を一度も振るったことのない子にデュランダルなんて持たせないでください」
荷物を確認している間に何をしているんですか、とナイトに怒られている。待って、デュランダルって本当にすごい剣じゃなかったっけ? ナイトを見るとため息を吐いて説明してくれる。
「聖剣デュランダル。地球ではローランが振るっていたとされる鋭い切れ味と頑丈さを誇る伝説の剣です。この世界では」
そこで言葉を切り父さんが続ける。
「魔剣デュランダル、剣身にありとあらゆる防御術式が施された非常に頑丈な剣だ」
結局この世界でもすごい剣だった!
「元はその性能により争いを生む呪剣だったのだが、友人が解呪してただの魔剣になった。そのくせ自分は使わないからと持たされていたんだが、私も使わないからいい機会だと思ったのだが」
もったいない精神でそんなもの渡さないで。
「旦那様が使えばよろしいでしょう」
「私は剣の保護術式すら吹き飛ばして粉にするから使うわけにはいかない。この手の術式は外からの攻撃には強いが内からの圧には弱いからな」
誰この人に貴重な剣渡した人!? 粉にされるよ! え? 父さん本当にめちゃくちゃやばい人なのでは? 勇者って剣を粉にする人ではないよね?
「おそらく雄大もコレくらいなら粉にできるぞ」
しません!! え、こっちの剣は大丈夫なの? 渡された剣を持ち上げると父さんが気づいた。
「その剣は大丈夫だ。魔力を散らす術式が大量に掛けられている。制御術式も施されているから持っているだけでも魔力制御の効果がある」
へえ……。
「お父さんがあまりにも聖剣やら宝剣やら粉にするもので友人がさすがに怒ってな。対私用に造ってくれた魔剣だから雄大では壊せないだろう」
魔剣って造れるのか。対父さん用魔剣ってなんだ本当に。
「聖剣も粉にしてるの……」
「ああ。エクスカリバーを粉にしたらさすがに頭を抱えられた」
エクスカリバーを粉にした……?