第27話 西の森へ
二日間風呂に入ってなかったことを思い出し、ロボにはちょっとだけ待ってもらって手早くシャワーを浴びる。仕方がないこととはいえ濡れタオルで拭くだけっていうのはしばらく慣れなさそうだな。着替えてさっぱりしてからダイナーに向かうとナイトがいた。
「帰っていたのか?」
「はい。ロボが呼びに来まして。用事は済んでいましたので先に戻らせていただきました」
ロボが? ロボを見るといい子でしょと言いたげにお座りして尻尾を振っていた。さっき影の中に入ってる間に呼びに行ってたのか。いい子いい子。頭を撫でてカウンターに座るとナヒカさんが迎えてくれた。
「ユウちゃんもロボちゃんもおかえり。ナイトちゃんはもう頼んでるけど、シチューとパンならすぐ出せるよ」
「ただいま。ではそれで」
ビーフシチューと硬めのライ麦パンを頬張り、付け合わせのポテトサラダもきれいに食べ終えて部屋に戻る。ナイトも先にシャワーを浴びていたようだけど、ロボを抱えて風呂に入って行った。野生の匂いがしたかな? 一緒のベッドに入るから気になるかもね。
スッキリしたロボとベッドに入ったナイトがそうだ、とこっちを向く。
「明後日一旦地球に戻ってもよろしいですか?」
「勿論いいけど。どうしたの? 味噌?」
「お味噌とお醤油のこともあるんですが、一回り個人的なことと言いますか」
?
「無性にカレーが食べたくなりまして。スパイスカレーのレシピを調べてこようかと」
想像より個人的な理由だった。でもいいねぇ、スパイスカレー。この世界スパイスは結構出回ってるからレシピさえわかれば作れるのかな? となるとカレーはやっぱ白米で食べたい。
「どこかに白米が売ってないか探しておくね」
「お願いします」
白米か、一回ラウ商店に訊いてみようかな。稲粉は売ってたんだけどな。
翌朝、朝食を済ませてギルドに向かう。俺とロボは孤児院に向かうけれど、ナイトはバジリスクの買取と帰ってくる調査部隊に混ざっての報告があるらしいのでギルドで待機だ。ギルドでウィルと合流し、グランツ工務店を経由して孤児院へ。
孤児院が見えるなりロボは猛ダッシュで突入して行った。元気でよし。ウィルがルークさんと話に行ったので、俺はグランツと屋根を確認する。
「すごいな」
来る途中から見えてはいたけれど四日できれいに屋根が完成している。一軒家では済まない規模なのに早いな。
「まだ仕上げは済んでないんだけどな。ユウ、屋根に上がってこの間と同じようにこれに魔力を通してくれるか。屋根全体の色が変わったら完成だ」
「わかった」
「梯子を使え」
魔道具の板を渡され、返事をして跳ぼうと思ったらガシッと肩を掴まれた。はぁい。駄目だ、平原で好きに跳んだり跳ねたりしてたから癖になってる。
屋根に登って渡された板を確認すると前と書かれている術式が違う気がする。土台を作るのとは違うかと納得して、屋根に板を置いて魔力を通す。淡く光って屋根全体が煉瓦色から水色に変わったのを確認して屋根から降りる。
「綺麗な色だな」
「おう。子供が多いし、明るい色がいいだろうと思ってな。撥水加工の魔術式もうまく作動しているし、これで問題ないだろう」
撥水加工。そんなことができるのか。この世界の建築技術どうなってんだ。中世的な建築だと思ってたけど撥水機能とかを改善するのが実物を直すんじゃなくて魔術式を直すなら建物の形は変わっていかないのか。中世っぽいんじゃなくてここで完成したから止まったんだな。
「グランツ、一つ訊きたいんだが外壁はどのくらいで建つんだ?」
「外壁か? ここの街くらいの規模だと素材さえ揃ってたら一辺ひと月もあれば建つぞ」
ひと月。一辺10キロはありそうなあの外壁が? 中に騎士の隊舎があるのに? サグラダ・ファミリアが2年くらいで建つんじゃないかこの世界。
「で、報酬だが、今回は魔術加工をユウがやってくれたから割引きで金貨7枚だ」
「わかった」
わぁい。魔術加工って高いのか。
報酬を払った後はウィルとグランツとまとめて子供に揉みくちゃにされた。……保育士さんてすごいなぁ。俺無理だよ。延々肩車地獄だった。ウィルなんて獣体になって子供を乗せて走り回ってた。というかロボも乗っていた。この間は乗せる側だったのに! でっかいトラに乗るとか何それ楽しそう!!
散々遊びまわって昼前に孤児院を後にする。ウッドランクの子たちも子供だなと思ってたけど、本当の子供はえげつない。容赦のなさがすごい。気力を使い切った感。
「ユウは帰らないのか?」
「私はラウ商店に寄って行く。探したいものがあるんだ」
「わかった」
ロボはどうする?と訊くとグゥとお腹が鳴る。素直な体でよろしい。
「じゃあロボはウィルと一緒に先に帰っててくれるか?」
「わん!!」
ウィルたちと別れてラウ商店に向かいラウさんに訊いてみると稲や麦は製粉しているものしかないとのことだった。でも事情を説明すると納品してくれている農家に製粉前の状態で納品するように頼んでくれることになった。
「新しい調理法ということでしたら、私も調理工程を見学させていただけますか?」
「勿論構わない。ギルドのダイナーで調理しようと思っているから物が届けばそちらに届けてほしい。代金は今?」
「いえ、調理法を教えていただけるなら代金は結構です。楽しみにお待ちください」
いいの?
「わかった。無理を言ってすまない、期待しておいてくれ」
「はい」
わぁい。ご期待に添えるといいんだけどな。
ダイナーに戻るとロボは昼寝中でウィルは仕事に戻っていた。ギルドで確認すればナイトはまだ調査部隊としての報告中とのことだったので、先に昼食をとっているとアリサさんがダイナーに入ってきた。
「ユウさん、手が空いたら受付に来ていただけますか?」
「? わかった」
なんだろう? パンを飲み込んで昼寝しているロボはそのままにギルドの受付に向かうと、アリサさんがいるカウンターの前に女性がいた。人が少ない時間だったのですぐに気づいてくれて手招きされる。
「ユウさん、お呼びしてすみません」
「問題ない。彼女は?」
「私の友人で、ジェシカと言います。ジェシカ、彼が言っていた魔導剣士のユウさん」
活発そうなアリサさんとは対照的におっとりして見える女性はジェシカさん。濃い藍色の髪が印象的だ。名乗りあって握手をするとずいっとアリサさんが身を乗り出してくる。
「ユウさん、もしお暇でしたらジェシカの採取について行ってあげてくれませんか? ちゃんと護衛依頼を出しますから」
「ジェシカさんは採取職なのか。護衛自体は勿論構わないが……」
ジェシカさんの登録証を確認するとシルバーランクだ。
「ジェシカさんが採取に行くような場所では私では力不足ではないか?」
ウィルが採取の護衛は基本採取職本人よりもランクが上の冒険者が同行するとか言ってた気がする。同ランクの俺じゃあ駄目だろう。アリサさんが今回は大丈夫なんですと笑う。
「向かう先が西の森なので、むしろユウさんが適任なんです」
「ウェストの森か。なるほど」
いつでも遊びにおいでって言ってくれてるから、俺がついて行くならとりあえずはワイバーンの危険はないもんな。
「今からか?」
ジェシカさんに確認すると首を振る。
「いえ。今からだと泊まりになりますから、明日の朝出発しようと思っています」
へー。西の森って結構遠いのかな? でも日帰りで帰れる距離なようだ。明日はナイトがいないんだけど、でも呼べばすぐ来てくれるから大丈夫かな。
「了解した。依頼を受けよう」
「ありがとうございます! ではこの依頼書にサインをお願いします。今回の報酬は銀貨3枚となりますがよろしいですか?」
「ああ。構わない」
日帰りで護衛対象が一人ならそんなものだろう。ロボはどうするかな。
ジェシカさんと時間の打ち合わせをしてから、このあとどうしようかと考えて溜まっていた洗濯物をナイトの分とまとめて洗うことにした。本当は天日干ししたいんだけど仕方がないのでシャワールームの換気用の小窓を全開にしておく。
鞄の中を確認して、回復薬や食材を確認する。明日の昼食はこの前の残りでいいだろう。そういえばボムを持ち帰ってしまったんだけど、これどうしたらいいんだろうか。表面の魔力の膜を破らなければ大丈夫って言ってたけど、このままずっと使えるのかな? 萎んだりはしていないみたいだしまあいいか。
ダイナーに戻り昼寝から起きたロボを連れて訓練場で魔力制御の練習をしているとナイトとシオンさんが訓練場に入ってきた。ロボが駆け出してナイトの腕に収まる。
「終わったのか?」
「はい」
ずいぶん長くかかってたな。そんな問題があったのかな? 近づいてきたシオンさんにポンと頭に手を置かれる。
「お前さんの昇格試験の日取りが決まったぞ。明後日だ」
はっや。
「早過ぎないか」
「俺もそう思うんだがな。ちょいと急ぐ用事ができてしまってゆっくり準備させてやれんのだ」
シオンさん何か依頼入ったのかな?
「了解した。ちょうど明日西の森に護衛で出かけることになったから、そこで最大限訓練しておこう」
「おう。自爆だけはしてくれるなよ。助けられんぞ」
精一杯努力します。
その後シオンさんに訓練に付き合ってもらって、足だけなら鎧を強化したまま他の魔法を使えるようになった。集中力がめちゃくちゃ必要だけど。そもそも強化状態を制御しておくだけでもギリギリなのにそのまま魔法を使えとかシオンさんは鬼なのか。シオンさんとナイトのおかげで吹っ飛んでも回収してくれたから物を壊さずには済んでるので文句が言えないのがつらい。
地面に寝転んでロボに嗅がれながらぐったりしているとシオンさんが首を傾げる。
「ふーむ。ウィルから制御はある程度できていたと聞いていたんだが」
「直感系の派生スキルで魔力制御を持っているんですよ。なので戦闘中の方が制御は易いのかと」
「なるほど。では実戦形式で練習した方が良かったか」
「どうでしょう。それだと結局はスキルに頼りきりになってしまいますから、対物の訓練の方が本人のためにはなると思いますよ。それに、ユウとシオン様が実戦形式で訓練するにはここでは狭すぎるかと」
「それもそうだな。しかし、魔力が多過ぎて調節できないとは贅沢な奴だな。他の魔法よりも魔力消費量が多い氷魔法が一番高相性とは」
「その氷魔法すら頻繁に誤爆しているので本当に贅沢者ですよねぇ」
くそおう。言い返す元気もないと知って好き勝手言いおってからに。しかし今喋ると検閲が甘くなりそうだから大人しく聞いておこう。それにしても氷魔法って消費魔力が多いのか、だから制御がしやすかったのかな? 強化に使う以外の魔力は相変わらず全くわからないんだよなぁ。
「さて、そろそろ休んだ方がいいか。西の森なら一日仕事になるだろうしな」
「……了解した」
はぁー、ご飯食べて寝よう。
「あ、そうだ。米は手に入りそうだぞ」
「それは喜ばしい」
コメ?と首を傾げるシオンさんにはできてからのお楽しみということにしておいた。
翌朝、空が白み出した頃門の前でジェシカさんを待つ。ロボにはフラれた。昨日晩一緒に行く?って訊いたらへフッというなんとも言えない鳴き声を出されてナイトの布団に潜り込まれた。悲しい。
しばらく待っているとジェシカさんがパタパタと走ってきた。
「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
「おはようございます。早く起きてしまっただけだ、気にしないでくれ」
ジェシカさんはさすがにトーカのように図鑑を持ち運んではいないようだ。門を出たところで確認する。
「西の森まではどのくらいかかるんだ?」
「私たち二人でも4、5時間はかかると思いますよ」
やっぱりか。
「少しやりたいことがあるので急ぎたいのだが、抱えて走ってもいいだろうか」
「抱えてって、私をですか?」
ギョッとされる。そりゃそうだ。
「勿論無理にとは言わない」
「いえ、急げるのなら私としても嬉しいのですが、その、大丈夫なんですか?」
人ひとり抱えて走れるのかってことかな?
「勿論。抱き上げるのと背負うのとどちらの方がいい?」
世界樹の種子を鎧に展開しながら訊くと背負う方でと言われる。よしきた。さすがに直接触れるのは俺が気にするので、剣を背面で掴み、剣に座ってもらうような格好で背負う。
「よし、では行こう。私は場所を知らないので案内は任せる」
「は、はい。お願いします」
徒歩4時間と想定して、2時間で着けば合格かな。




