第1話 父さんとナイト
現状をまとめると、何かしらかの理由によって異世界に召喚されてしまったのですが、喚ばれた先の異世界は父の故郷だったうえに、父がその世界の勇者でした。
は?
え、どういうこと? 父さんは異世界転移してたの? 父が異世界から転移してきていた挙げ句に息子が父の故郷に異世界召喚されるってどんな確率だよ。
「魔王を倒した際に手に入れた魔導書に次元間に干渉するための術式があってな。自力で移動していた」
……意味がわからない。というか魔王いたのか。そしてすでに倒されてるのか。自力で異世界転移ってできるんだ。神様的なものの特権かと。
腕を組んで考えていたナイトが指を立てる。
「異世界転移や転生というと、魔王を倒すためというのが勇者召喚が物語の大筋だったりするはずですが、理由の第一候補が旦那様によって潰されてしまいましたね」
ね。
「あとは……戦争のためとか?」
漫画とかでは多い気がする。なんとなく言ってみると父さんがどうだろうか……と顎を掻いた。
「余程の愚か者でなければ私の干渉を恐れてそんな馬鹿な真似はしないと思うのだが。まぁたまにとんでもない馬鹿はいるからなんとも言えんが」
当然のようにそんなことを言う父さんは一体なんなの? 戦争に介入して恐れられるレベルって核兵器か何かか?
「それもそうですね。旦那様を相手にするなんて王たちでも不可能でしょうから」
ナイトは納得してるけど意味がわからない。この世界の王様は何か特別な力とか持ってるの? そして父さんはそんな王様すら相手にならないくらいの強いの?
「勇者補正がかかるからなぁ。それこそ次元ごと吹き飛ばされればさすがにここにはいられないが、別の次元に逃げればいい話だしな」
最強の面倒くさがりか? 勇者なんだったら次元ごと守ってよ。そこで違和感に気づく。そもそも旦那様以外で次元ごと破壊できる生き物はこの世界にいませんよ、と言っているナイトに顔を向ける。
「なんでナイトがそんなこと知ってるの?」
「…………」
ナイトの無い目が俺を見る。父さんもなんでか遠い目で俺を見ている。
「……そうですね。私が元々はこの世界の魔物だからでしょうか?」
……は?
「どういうこと?」
「どういうことと言われましても。そもそも地球で私以外に首から上が無い人間がいましたか?」
そう言ってナイトが首元を指差す。カッターシャツの襟元までしか無い首は黒い靄に覆われていて俺の憶えている限りはその上に頭が乗っていたことは一度も無い。
「見たことは無かったけど、そういう人もいるのかなって」
「雄大、地球はそんなぶっ飛んだ星じゃないぞ」
異世界出身の父さんに純地球出身である俺が地球のことで突っ込まれる不思議。そんなこと言われても物心ついた時からナイトの首は無かったもん。15、6年間ずっと首無しで生きてる人が身近にいたらそんなもんだと思うでしょ。
というか待って? 父さんが日本人だとは思ってなかったけど、外国人どころか異世界人だった俺と英智はなんのハーフなの? 地球と異世界のハーフとかそんなのありなの?
「お母さんは……?」
「ん? お母さんは正真正銘日本人だぞ。お祖父さんとお祖母さんもいるだろう?」
だよね! 良かった!! 実はお母さんもこの世界出身とかだったらどうしようかと。
「しかし、ナイトのこともそうだが、まずお父さんのことをおかしいと思わなかったのか?」
そう言って父さんが自分の髪を引っ張る。
腰まで伸びた髪はペンキを頭から被ったかのように赤く、紫の目は光を受けてアメジストのようにキラキラ輝く。そして髪の色に対して淡い肌の色。不思議な色だとは思っていたけれど。
「いや、普通に英智に遺伝してるし。ちょっと色が変わってるからって自分の父親が異世界人だとは思わないよ」
弟の顔は完璧に父さんカラーの母さんだ。父さんと母さんの子供であることと疑いようが無いくらい足して二で割った感。他所から来た遺伝子がそんなに強いと思わないでしょ。俺は九割八分父さんの遺伝子しか感じられないし。
「雄大、お前の素直さは美徳だと思うが、もう少し疑うことを覚えなさい」
父さんと違って俺は髪が黒いから顔色が悪く見えるんだよなとか考えていたらそんなことを言われた。えぇー??
そして父さんがナイトの首を差す。
「ちなみに言っておくがこの世界でも首から上が無い者はほとんどいない」
マジかよ。ナイトそんな珍しい魔物なの? そんなナイトが何故地球に。
「昔この世界に連れて来たときに迷子になったお前を保護してくれたんだ。すごく懐いて一緒に帰るのだとギャンギャン泣いてな。だから連れ帰った」
俺が原因か。それはいいけど記憶さえ曖昧な歳の子供を異世界で迷子にしないでください。ちゃんと見てて。父さんにとっては地元なのかもだけど。憶えてないから文句も言わないけど。
頭を抱えたい気持ちはあるけれど抱えていてもどうにもならないので抱えない。
「それで、俺はどうすればいいの?」
父さんが異世界人のうえに勇者だった衝撃で忘れてたけど、父さん的には俺にこの世界にいてほしいんだよね?
「お父さんの希望を言えば、この世界に残って生活してほしい。しかし、さっき言ったとおりだ。雄大が地球に帰りたいならなんとでもしてみせよう」
もう進路も決まっていたしなと言って父さんは笑うけれど、眉が下がっているので本当はこの世界にいてほしいんだろう。でも基本的には甘やかしいだから帰りたいって言ったら普通に帰らせてくれるんだろうな。
少し考えてみるけれど、地球で絶対にやりたいということがあるわけでも無い。進路が決まっているとはいえ、動物にものすごく懐かれやすいから動物関係の仕事ができたら良いなと思っていた程度だ。母さんたちには会いたくなったらその時だけ帰らせてもらったらいいし……そう思うと海外留学みたいなものなんじゃないか?という気持ちになってきた。
俺の他にも召喚されている人がいるとしたら俺だけ帰るのもなんか気まずいし。高校を卒業したかった気もするが、していないからといって死ぬわけでも無し。
「いや、いいよ。お母さんたちには言っておいてくれるでしょ?」
そう言うと父さんの顔がぱぁっと明るくなる。息子の俺が思うのもあれだけど感情が顔に出る人だよな。感情の九割が顔に出ない俺とは大違い。同じパーツが同じ位置に配置されているはずなのにこうも違う。
「勿論だ! 生活必需品も用意するから安心して生活してくれ!」
俺には不可能な花を飛ばす勢いで笑う父さんにナイトが肩を竦める。甘やかしてって思われてるんだろうな。でも身内に甘いのは両親譲りだし、あんなに素直に喜ばれたら仕方ないよね。
とりあえず必要な物を父さんがくれた。肌触りの良いシンプルな七分丈のシャツにチノパンっぽいボトムを数日分と、くるぶし丈のショートブーツ。どれも地球のものと似ているけれどデザインがよりシンプルだ。なによりファスナーが無いので紐かベルトかボタンで留めるようだ。ブーツはともかく服は少し丈が長いけれど父さんのだから仕方ないか。そして存在感がものすごい剣の扱いに困る。
学ランでは目立ちすぎるとのことなので早速着替えた。
「ナイトはどうする? 私のものでは小さいが」
父さんに訊かれてタオルや食器類を確認していたナイトが無い顔を上げる。
「そうですね……この世界で用意してもいいですが、旦那様さえ手間でなければ家から持ってきていただけませんか?」
「勿論構わない。頼子さんたちに雄大のことを伝えるために地球に戻らなければならないしな。今日中に届けよう」
「お願いします」
ナイトは肩口までで身長が190センチ以上あるもんね。用意するとなると結構手間がかかる……ん?
「ナイトもここで暮らすの?」
俺が使えない調理器具が大量にあるとは思ってたけど。
「勿論です。私はユウの随獣ですから」
ズイジュウ? ……って何? 首を傾げると父さんが笑う。
「ナイトの主人は雄大だからな。この世界で暮らしてほしいと言ったのもナイトが一緒なことが前提だ」
そうなんだ? てっきりナイトは父さんの使い魔的なやつなのかと。旦那様呼びの割には扱い雑なことがあると思ってたけど。まあかと言って俺が主人扱いされてたかは謎だけど。しょっちゅう怒られるし。
とにかく、明日からもナイトのご飯食べられるのか。やった。
「家のご飯は?」
「私が作るよ。お祖母さんも居てくれるし心配ないさ」
なら大丈夫か。人のことを言えないが母さんは料理が下手とかいうレベルではないからな。
マジックバックと呼ばれるらしい鞄に貰った物を入れていく。食べ物もたくさん貰った。どうして腰幅のヒップバックに全長130センチ近い剣が入るのかは考えてはいけない気がする。剣帯と呼ばれるらしい剣を佩くためのベルトのついた革製品も貰ったけれど、剣を腰に佩いて歩くのはまだ怖いので剣と一緒に鞄に仕舞い込む。
「服は女帝の織り糸でできているからそれだけで十分に防御性能が高いが……雄大、手を出してみなさい」
女帝の織り糸? なんじゃいそれはと思いつつも手を出せばコロンと黒いビー玉が落とされる。何これ、と訊く前にビー玉が溶けてツルリと光沢のあるバングルになった。
は?
継ぎ目のないバングルはそこにあって当然というふうに左手首に収まり、父さんは特に驚いた様子もなく見ている。バングルを観察していたナイトがふむと手を打つ。
「世界樹の種子ですか」
なんですかそれ。バングルに変形する謎のビー玉の総称?
「神造兵装の一つで、万能の鎧です。確か……持ち主の意思に反応して形を変えるのでしたか」
ナイトが父さんを見るとそうだと頷く。鎧? バングルになったのに?
「必要な時に必要な形に変わる鎧だ。私が持っていてもなんの反応もないから雄大か英智が適合者だとは思っていた。鎧としても勿論最高の性能だが……種子、顔を隠してやってくれ」
父さんの声に反応してバングルが再び溶けて顔に張り付く。べションと最初に衝撃を感じたが、すぐに違和感は消えた。どんな感じで顔が隠れているのかはわからないが視界良好。
「それでいい。私はこの世界で子どもがいると知られていないし、私の息子だなどと貴族連中に知られては面倒だ。できるだけ顔は隠していなさい」
これでいいの? まあ面倒ごとは回避したいので了解です。
「名前も、雄大では目立つから……そうだな、ナイトも呼び慣れているしユウと名乗りなさい。この世界では貴族や大商人以外は名字を持たないから、名乗るときはユウと簡潔にな」
用心深いな。了解です。
「あとこれも持っていなさい。ナイトも一応」
これもと言って渡されたのは紫色の石。アメジストみたいだけどなんだこれ。ナイトにも同じ物を渡しているようだ。首を傾げると父さんが説明してくれる。
「連絡用の術式を刻んだ魔石だ。この世界には携帯電話なんてものは無いからな。ナイトとは念話が通じているが、私とはそうはいかない。魔石に魔力を通せば私に繋がる」
へぇー便利?なのか? 念話ってなんぞやと思いながら魔石を観察していると視界の端から黒い何かが伸びてきて魔石が盗られてしまった。
「あ!」
「大丈夫ですよ。種子が魔石を取り込んだようですね。おそらく問題無く使えるはずです」
そうなの? すごいな世界樹の種子。鎧じゃないの? 万能だからなの? そんなこともできるのか。
ところで。
「魔力ってどうやって通すの?」
そもそも俺に魔力なんてあるの? 日本人だよ? 異世界とのハーフとは言っても18年5ヶ月純地球人として生きてきたよ? 父さんを見ると勿論と頷く。
「説明の前に封印を解かないとな」
封印とは?