第18話 バフ失敗
土の壁を見ていて気になったので、ナイフを突き刺してみたら、簡単に刺さったけれど崩れて消えたりはしない。
「何してるんだ?」
「ミスリルは実際はどういう風に使うのかと思って」
「ああ。こういう土や氷はミスリルでも刺さりやすいってくらいだな。物質化してしまったらほとんど魔力は通ってないからな」
へー。
「火や風はそのナイフで無効化できるだろうが……そうだな、これを刺してみろ」
これと言ってウィルが水の玉を出現させる。えー、めっちゃ簡単そうにするじゃないですか。これが経験の差? それとも才能?
とりあえず言われたままにナイフで刺すと、水風船が割れたみたいに玉が破裂した。バシャっと地面に落ちる。ほーう?
「水はこういう球状にすると表面を魔力で覆い、中に魔力の通っていない水が入っている感じだ。だからミスリルで表面を破ると水が溢れる。普通のナイフだと刺さらないから、そこは注意しておくようにな」
はーい。氷や土にはあんまり効果が無くて、火や風にはよく効いて、水は場合による。覚えた。
壁を消しているとギルドから職員がウィルを呼びにきた。耳打ちされたウィルの尻尾が不満げに揺れ、ため息を吐く。
「ユウ、すまんが自主練していてくれ。すぐ戻る」
はいよー。何かあったかな? 昨日みたいに嫌な予感はしないから大丈夫だと思うけど。
連れ立ってギルドに戻る二人を見送り、一人で練習をしようとして思いついてしまった。俺だって日本の高校生。中途半端にでも漫画とアニメとゲームの国で育ったのだ。やってみたいことがある。
身体能力が強化されて魔法も使えるとなったら、やってみたいよね? 身体強化。腕力を強化したり、脚力を強化したりする、ゲームでいうところのバフ?っていうやつ。試してみたいと思うよね?
単純に足に力を入れるのを意識するだけで15メートルくらい跳べるようになったんだから、身体強化ができれば30メートルくらい跳べるのでは?って気持ちが湧いてくるのは仕方のないことだと思うんだ。子供の夢だよ。
魔力とか魔導回路とか今ひとつわからないが、なんとかなるだろう。イメージでどうにかなるはず。
何があるかわからないので、世界樹の種子は鎧のままでいこう。単純に力を入れるのではなく、魔力が全身に回るイメージで。魔力が血液のように全身を回り、足に収束する感覚。体の中に魔力を留めているからか、温かい何かが全身を撫でるような感触がある。冬場にお風呂に浸かったみたいな感じ。その温かいものが足に集まってきた気がするので、やってみるか。
────結論から言うと、これは使えない。
跳ぶためにしゃがもうとしただけなのに、気づいたら訓練場の隅に置かれていた木箱に突っ込んでいたうえに、天地が逆さになっていた。距離として25メートルくらい横っ飛びしている。
しゃがむためにと少し足を開こうとしたのだけれど、どうやらそれだけで体が吹っ飛んだようだ。崩れた木箱が落ちてきて頭に嵌る。なんだ? トドメか? 世界が俺を馬鹿にしているのか?? 俺が何をしたって言うんだ。
「あ……あの、大丈夫ですか?」
突然木箱に突っ込んで動かなくなった俺を心配してくれたのか、ウッドの子が声をかけてくれ頭に嵌った木箱を退けてくれた。ありがとぉ!!
「ありがとう、大丈夫だ」
木箱を抱える男の子にお礼を言って瓦礫から抜け出す。
「巻き込まれた子はいないか?」
「はい。全員離れていましたから」
「ならよかった」
……これ本当にそのうちあだ名破壊神になりそうだな……。片付けを手伝おうとしてくれたが丁重に断り、一人で片付けをしながらじっくりと反省会をしよう。
まず、考え自体は問題はなかったようだ。魔力を回した足が痛むこともないし、内臓に負担がかかった感じもしない。呼吸が苦しかったりもしない。オーケー、大丈夫。
やり方も合っていたはずだ。実際認識できない程の速さで動いたわけだし、強化はできているのだろう。となると問題は俺の体にあるんだろう。
第一に、父さん譲りの身体機能を甘くみすぎた。たぶん俺の魔力量と身体能力はおそらく思っている数百倍高い。
第二に、その身体機能に俺の知覚が反応できていない。体が出せる速さに動体視力と反射神経がついていけていない。ついでに言うなら強化した体を制御するための筋力と、バランスを保つための体幹も足りていない気がする。
第三に、おそらくこの剣で制御できる魔力は体の外に出るものだけのようだ。体内は管轄外だったのだろう。
動体視力はともかく、反射神経はどうやって鍛えるんだ? 反復横跳び……は違うよな。無事な箱を積み直し、壊れた木箱とその中から出てきた的や木でできた剣をまとめる。粗方片付いたところで腕を上げて背中を伸ばす。その時ふと訓練場の中の空気がわぁっと騒いだ。空気が浮ついたと言うのだろうか? 振り返ると夕焼け色の鬣のライオンの獣人がウィルと並んで入り口に立っていた。
2メートル超えているだろうウィルと、ウィルよりも背の高いライオンの人が並ぶと圧迫感がすごいな、とか思ってたら二人が近づいてきた。
……ん? ライオンの獣人? もしかしてあの人がシオンさんか?
ウィルが呆れた顔をする。いやはや、申し訳ありません。
「お前は目を離すと何か壊してるな……今度は何をした?」
「好奇心が暴走した結果失敗した。反省はしたので、次同じことはしない」
「本当かよ……まあいい。彼のことは?」
頭を振って流したウィルが体をずらしてライオンの人との間から退く。夕焼け色の鬣に、ひまわり色の体毛が暖かく柔らかそうだ。ミントグリーンの瞳はライオンらしくない気もするけれど、この世界でそんなこと言ってもな。
「父から聞いている……シオンさん、で合っているか?」
「正解。まさかあいつがちゃんと話しているとは」
そう言いながらシオンさんが手を出してくれたのでしっかりと握手する。父さんが重巡洋艦なんていう人だからきっとすごい人なんだろうな。ウッドランクの子がはしゃぐくらいだし、芸能人みたいなものかな?
「お前さんの親父もよく物を壊すが、何をしようとしたんだ?」
シオンさんは笑ってるけど、……父さん……。
「魔力で脚力を強化できないかと思ったんだが、制御できなくて吹っ飛んだ。筋力が足りなかったようだ」
「ははは。元気いっぱいだな」
「……発想は褒めてやるよ」
カラカラと笑うシオンさんと額を押さえるウィルの反応は対照的だ。
「その鎧は世界樹の種子なんだろう? なら内殻をオリハルコンにしたらいいんじゃないか?」
内殻? 首を傾げるとシオンさんが聞いていないか?と逆に首を傾げた。
「世界樹の種子は外殻と内殻を別の性質に変更することができるぞ」
万能の鎧そんなこともできるの? シオンさんが鎧をつつく。
「これは基本状態なわけだな?」
「ああ」
「よし、じゃあちょっと耐えてくれ」
はい?
何かと思えば、突然シオンさんが拳を握った。ゴッという鈍い音とわずかな衝撃があったが、痛みはほとんど無い。何故ボディブロー!? 毛を逆立てたウィルが俺を見る。なんでちょっと引いてるの。
「今ので痛くないのか?」
「え? ああ、多少衝撃があったくらいだ」
「なら基本は外殻がアダマンタイト、内殻がドラゴンスキンなんだろう。アダマンタイトは言ういうまでもなく、ドラゴンスキンも頑丈かつ最上級の衝撃吸収能力を誇る素材だ。まさに万能の鎧か」
殴った手を振りながらシオンさんが考察する。痛かったんですね。しかし、ドラゴンスキンってたぶん聞いたままだよね? ドラゴンの皮……この場合は革なのか? ドラゴンの素材ってファンタジーだと希少素材の代表格みたいな感じだけど、この鎧の中ドラゴンの革だったの……。そりゃ地面に落ちたり木箱に突っ込んだりしても痛みがないわけだ。感心してばっかりだなぁ。
「基本はその状態で、必要に応じて内殻の素材を変えれば戦闘の幅も広がるだろう」
はぇー。慣れてきたらやってみよう。
「今日これ以上物を壊すのは避けたいから、時間を見つけて練習してみよう」
「そうだな。これ以上は本当に二つ名が破壊神になるぞ」
それは本当に嫌だ。鎧を解除して仮面に戻す。今日はもう何もしません。
「シルバーランク?」
仮面に戻したことで登録証が見えたのか、シオンさんがウィルを見た。
「少なくともミスリルで問題はないぞ?」
問題あります。なんでそんな純粋な目で怖いこと訊くんですか。
「それは同感なんだがな。あんまりにも基礎知識が無いので勉強期間みたいな扱いだ。すぐに昇格試験を受けさせる」
そういやそんなこと言ってたな。
「昇格試験とは何をするんだ?」
詳しいことを聞いてなかった。ウィルが指を立てる。
「基本は特定の魔物を狩ってくるんだが、ユウはナイトがいるからな。他の冒険者が文句を付けれらんように模擬戦形式にしようという話が出ている」
模擬戦形式? シオンさんがふむ、と鼻を鳴らす。
「なるほど。では試験官は俺が務めよう。俺なら万が一にも死なんだろう」
なんすかその危険性。え、俺万が一なら殺す可能性があるの?
「それは有難い。私かギルマスが担当するつもりだったが、シオンの方が安全だな」
「ああ。任せてくれ」
俺めちゃくちゃ危険人物として扱われてない? 遺憾の意。っていうかやっぱり父さんが言ってた戦闘機以上のトラの獣人ってウィルのことっだたんだろうな。ではなく。
「私はそんな危ないのか?」
「おう」
「ああ」
酷い!!
「楽しそうね、あんた達」
二人とそんなやりとりをしていたら、いつの間にかヴァネッサさんが後ろにいた。怖っ! 気配消さないでください。
「ヴァネッサ」
「シオンあんた帰ってきたなら顔出しなさいよ。何遊んでるの」
「すまんすまん。噂の新人が遊んでいると聞いてな」
遊んでないですけど??
「まったく……色々話し合いたいことがあるから上に来て。ウィル、訓練もいいけど、準備もさせてやりなさいよ」
「かしこまりまして」
額を押さえたヴァネッサさんに言われてウィルが手を振る。準備?
「ユウ、ロボちゃんはナイトのところに返しといたから。ありがとうね、すっごい癒されたわ」
「ああ。お役に立てて何よりだ」
たぶん膝の上で寝ていただけだろうけれど。癒しってそういうものですよね。
手を振るシオンさんを引きずってヴァネッサさんがギルドに戻って行ったので、俺たちもダイナーに戻ることにした。
「わん!」
「ロボ、起きたのか」
扉を開けると待ち構えていたロボが飛びかかってくる。よーしよし。いっぱい寝て元気いっぱいだね。シタンシタンと左右に跳ぶロボを躱してカウンターに近づく。
「お疲れ様です。上手くできましたか?」
「一応どのくらいを意識しないといけないのかはわかった」
手を拭きながらナイトがカウンターから出てきたので、ロボがナイトに標的を変えて飛びつく。そのまま捕まってしまったがご満悦のようだ。くふくふと鼻を鳴らして撫でる手を受け入れている。
「食事の方も準備ができましたよ。バスケットに入れていますので、確認しておいてくださいね」
「わかった」
鞄を受け取る。何が入っても重量が変わっているように思えないのは今更だよな。野菜の大袋が入っても重さ変わらなかったし。魔法って本当に不思議だ。
「じゃあ、飯食いながら明日からの仕事で必要なもんを確認しよう。今回は急な依頼だし、無いものはギルドから貸し出すから安心してくれ」
はーい。しかし、無いものの補填までしてくれるのか。ギルドって想像よりずっと親切な組織だよな。




