第17話 魔法訓練
剣が想像よりはるかに高価だったので心がしんどいが、剣に頼らないと俺が街を大変なことにする可能性があるので父さんに返すわけにもいかず、さらに心がしんどい。6億の剣だぜ。考えを放棄したい。
ギルドに戻る……というか昼食のためにダイナーに直帰すると、顔合わせを終えたのかナイトがカウンターの中でナヒカさんとビスタさん、他のスタッフと一緒に何やら作業していた。昨日の今日で馴染みすぎでは?
「おかえりなさい。ずいぶん遅かったですね」
気づいて出迎えてくれたナイトから顔を逸らす。
「ユウ?」
「ただいま……その、色々あって、孤児院の柵を壊したり直したりしていた」
「……あとで詳しく話してくださいね?」
えーん! 悪気は無かったんだよ……ナイトの後ろに不動明王が見える気がする。ズモモ、と暗雲を背負うナイトにウィルが助け舟を出してくれた。
「旦那、説教は勘弁してやってくれ。力加減を間違えて壊しはしたが、人を助けるためだったんだ。ユウは悪くないよ」
「そうなのですか? では、ウィル様に免じて」
やったー!! ありがとうウィル! あっ!!
「ウィル、昨日壊してしまった石畳はどこに弁償すれば?」
「昨日も何か壊していたんですか?」
ごめんなさい! 黙っていたわけではなく色々あったので忘れていたんです!
「あれはもう騎士から報告がいって領主が修繕を手配しているだろう。領内で魔物から子供を守るためだったんだ、弁償の必要はないぞ」
そうなのか、よか……良かったのか? まあいいいや。ナイトも納得はしてなさそうだけどわざとではないと判断してくれたようだ。
「それならいいのですが……ユウ、ウィル様も、昼食がまだでしたらシチューをどうぞ。チーズクリームシチューを作りましたから」
やった! シチューだ!!
「ロボ……ロボ?」
ご飯に呼んだがロボが出てこない。あれ?
「ロボでしたらもう帰ってきてご飯を食べましたよ? あそこでお昼寝中です」
ナイトが指差す方を見ると、ギルドの職員に囲まれたまま気にせずプースカ寝ているロボが。あ……あの子、昼寝しに影に入ったんじゃなくてご飯もらいに影を通って先に帰ってたのか。
「ちゃっかりしてるな……」
「まったくだ……」
ウィルと一緒にお腹を出して寝ているロボを横目に席に着く。なんてこったい。
ナイト謹製のチーズクリームシチューは家ではご飯にかけて食べていたのだけれど、パンでも美味しくいただけます。この世界はパン食っぽいけど、米は無いのかな? 結構いろんな食材があるし、ありそうなんだけど。
「ユウ、鞄をこちらにいただけますか? 食材を整理します」
「ああ」
お願いします。
買ってきたものを取り出しながらうーんとナイトが首を揺らす。
「どうしましょうか、汁物はさすがに……サンドイッチなどの軽食が多くなってしまいますがよろしいですか?」
「十分だ。作ってくれるだけで有難い」
それにナイトは軽食って言うけど、カツサンドとサラダとフルーツのセットとかは軽食とは言わないと思う。俺もそろそろ成長期は終わるはずなので。そろそろ終わってほしいので。
「承知しました。では手軽に食べられるものをメインに、唐揚げやサラダを用意しますね」
「頼む」
わーい。唐揚げも付いてくる。ほくほくしているとシチューを食べていたウィルが不思議そうに俺を見る。何か?
「ユウは手伝いなんかを積極的にするタイプっぽいのに、料理は任せきりなんだな」
「あー……私は料理は壊滅的なんだ。必ず何かしらのトラブルが起きる」
調理実習中に野球ボールがガラスを突き破ってくるレベルで。ガラスの炊き込みご飯とか誰が食べるんだよ。
「ふぅん? まあ冒険者は料理なんてできない奴の方が多いから、気にすることないと思うぞ」
そうなの? 本当に? みんなガラス炊き込んだりする?
遅めの昼食を終えた時、ギルドからヴァネッサさんが入ってきた。
「ユウ! 頼みがある!」
ガシィっと結構な力で肩を掴まれる。お、おう。なんだ?
「なんだ?」
「ロボちゃん貸して!」
……はい?
「グロテスクのこと報告したせいで国や騎士団との話し合いでストレスがすごい! 癒しが欲しい!!」
「格式ばってますからね。疲れるのはわかる」
どうしたのかと思ったらそういうことか。それは……俺にも責任が無いとは言えない、かな? ロボを見ると変わらず出窓の縁でお昼寝中だ。
「私は構わないんだが、ロボ本人が寝ているが」
「ありがとう、大丈夫。モフモフするだけだから。絶対怪我とかさせないから心配しないで」
返事をするとそう言いながらヴァネッサさんがロボに近づいて顔を埋める。猫吸いならぬ犬吸いか。時々漏れ出た呪詛が聞こえる気がするけど気のせいだと思いたい。あのハゲじじいとか聞いてないです。
ヴァネッサさんに若干引き気味のウィルがそうだ、と声をかける。
「ギルマス、訓練場を使っても?」
「いいけど、何するの?」
ちらっと顔を上げるヴァネッサさんにウィルが俺を指差す。
「明日までに少しでも魔法の制御をできるように訓練しておこうかと」
「あ、受けてくれたの? ありがと。渋られて説得について回ってるのかと思ってたわ。ウッドに被害が出ない程度に抑えてよ」
「了解です」
訓練場? じゃあロボちゃん借りていくわねー!とロボを抱えていったヴァネッサさんを見送ってからウィルに訊けば、ギルドの裏に新人訓練用の運動場みたいなものがあるらしい。至れり尽くせりだな。
ナイトが明日からの食事の準備を始めたので、ウィルと連れ立って訓練場に向かう。昨日別の建物かと思ったドームが訓練場だったらしい。中に入ってみると、外から見ていた時に想像した倍は広い。高さも倍近い気がする。どういうことだ?
「広くないか?」
「空間魔法で広げてるんだ。マジックバッグと同じと思えばいい。生体が入る分範囲と効果が限定されるが、ウッドランクの新人が練習するにはこれで十分だ」
へぇぇぇ……魔法って便利だな……。でも他の建物ではその技法を使ってないってことは、難しい技術なんだろうな。基本的にウッドランクが使っているという話だったけれど、それらしき子が何人もいる。木製の剣や槍で打ち合ったり、魔法を使ったりナイフを投擲したりと色々やっている。結構いろんな武器があるんだな。
「悪い、少し派手にやる。場所を空けてくれるか」
一応端の方に寄ったが、子供が多いのでウィルが近くにいた子たちに声をかけ、はーいと返事をした子供たちが離れてくれる。邪魔してごめんね。明日君たちを俺から守るためだから許してね。ずいぶん素直に譲ってくれるなと思ったけれど、ギルド職員とシルバーランクが来て派手にやるって言われたらウッドランクの子は離れるよね、そりゃ。
「じゃあ、一度剣に頼らずやってみてくれるか」
そう言われて一瞬戸惑う。昨日やらかした記憶が鮮明に蘇ってくる。しかし、実力を把握しておくっていうのは当然のことだよな……。
「……わかった」
「だいぶやりたくなさそうだな」
やりたくないですけど、やらないわけにもいかないですからね。
「剣を持っていてくれるか。まずいと思ったら斬りかかってくれていい」
「どんな被害を想定してるんだ?」
怪訝な顔をしながらも剣を受け取ってくれたウィルから離れて、念のためにナイフを抜いておく。これで斬れば魔法は消滅してくれるん……だよ、ね?
暴発してもウィルがどうにかしてくれると思うけれど、子供に被害を出すと俺が無理なのでできるだけ体に近づけた場所でこじんまり済まそう。掌に火の玉でも目指すか。昨日は焚き火を想像して酷い目にあったから、蝋燭くらいで。
左手を突き出して、掌の上に蝋燭の火が灯る想像をする。小さく、揺らめく火。風に煽られると消えてしまうくらい、か弱い火。
ボンッと破裂音と共に燃え上がった火は、喜ぶべきか悲しむべきか、直径50センチくらいで球状を保って燃えていた。火柱よりははるかにマシだけどさぁあ?? 風で消えないだろーこれー?? この世界って常に風速25メートルくらいあんの?
「できてるじゃないか」
「……できてないんだ……」
近づいてきたウィルが褒めてくれるが、悲しいかな想像の100倍くらいの火力なんですわ。落ち着いて集中できる状況でこれじゃ実戦では危なくて使えたもんじゃないぞ。
耳を揺らしたウィルが目を細める。
「どのくらいを目指したんだ?」
「ろうそく……」
ごうごうと燃える火を見て、俺を見て、もう一度火を見て額を押さえる。
「大きくするのに苦労する奴は多いが小さくするのに四苦八苦する奴は少ないぞ」
でしょうね。いや、でも待てよ? ここから小さくすることはできるんじゃないか? 火の玉を見つめて小さくなるようにイメージするとシュワシュワと二回り程小さくなった。バスケットボールよりちょっと大きいくらいか。
これはいい案なのでは?と思ったのだが、ナイフを持った手で小さくなれー、小さくなれーと念じながら押し込むイメージをし、バレーボール大になったところで気を抜いたら元に戻った。くそぅ。
「一旦他の属性も使ってみるか、風……は危ないから水か土だな」
風って言ってから子供たちをチラ見したの見逃してないからな。絶対被害出すって思ったでしょ。俺もそう思います。
「水、土……土か」
訓練場は床が張られていないので剥き出しの地面だ。土の壁とか? それなら被害を出す可能性は低いだろう。ナイフをシースに戻す。
「やってみよう。土の壁とか作れたら便利だよな」
「おぅ」
ウィルがもう一度離れたのを確認し、土の壁を想像する。厚さ50センチ、幅1メートルの高さ2メートルくらい? いや、それの100倍とか、父さんが言ってたみたいに500倍とかになったら洒落にならない。厚さ5センチ、幅10センチ、高さ20センチくらいにしておこう。壁とは?とか思っちゃいかん。
地面から壁が迫り上がってくる……塗壁みたいな感じか?とか思ったせいで集中が乱れた。下から突き上げられて吹っ飛ぶ。
勢い!!!!
ズベシャア、と頭から地面に突っ込んでしまった。痛……くはないけど、恥ずかしいなこれ。視界に入った手が黒い鎧に覆われているので世界樹の種子は反応してくれて守ってくれたようだ。ありがとうね。
「大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ」
壁の向こうから顔を覗かせたウィルに手を振って応える。体を起こして確認すると高さ20メートルくらいの壁が建築されていた。……デカイなぁ、おい。
「大丈夫だと言われるとそれはそれでなんでだってなるんだがな。一応訊くが、これはどのくらいのサイズを想定してたんだ?」
「……気持ちは、膝下?」
「酷いな」
酷いっすねぇ。手を振って壁を消す。子供たちに離れていてもらってよかった。というか、そうか。壁を出すならどこに出すのかも想定しないと駄目なのか。バネみたいにして使えそうではあるけれど、毎回吹っ飛ばされるわけにもいかない。普通に恥ずかしい。
「じゃあ、次は剣を持ってやってみてくれるか。どれくらい変わるのかも確認したい」
「ああ」
剣を受け取り剣帯に戻そうとして、剣帯が世界樹の種子に覆われて少し形が変わっているにのに気づく。ナイフのシースも足から腰に位置を変えていた。本当に万能だな世界樹の種子。鎧は腰当てとかでレッグシースからナイフ抜きにくいもんな。
剣を戻して、次。
壁そのものはできていたのだから、剣があるなら想像どおりにできるだろう、たぶん。とりあえず塗壁を頭から追い出す。
サイズは最初に考えた厚さ50センチの幅1メートル、高さ2メートルでいいか。壁際の土がボコンと盛り上がり、そこからは速かった。さすがに俺を吹っ飛ばした程の速度ではなかったけれど。
できあがった壁は想像より一回り大きい気がしないでもないけれど、及第点だろう。
「さすがに膝下想定じゃないよな?」
「ああ。一回り大きくなったが、このくらいを想定していた」
「ならよし」
よし!




