第105話 ハーピー討伐
結構頑張った結果、ギリギリ日が暮れる前にハーピーの住処近くに着いた。空はもう紺青に染まっているけれど、なんとかシルエットでハーピーの姿も確認できた。今からすぐに行動に移してもいいだろうけれど、深夜まで待つか。
「ボム、隠れててくれる?」
「ぷ」
樹の上に登って、手に中にボムを隠す。ちょっと光が漏れているけれどハーピーに気づかれるほどではないだろう。
昨日戦った感覚だとハーピー自体はそう強い魔物ではないけど、この暗さで飛ばれると厄介だな。できればハーピーが寝ている間に全部済ませてしまいたい。
魔法はどうしても派手になるから、基本は剣でいくか。
ボムに最低限の視界だけ確保してもらって、なるべく静かに行動しよう。
昼行性ということは、ハーピーも夜目は利かないだろうからそれでどうにかなればいいんだけど。この鎧なら暗さに紛れるにはもってこいだし、有利に動きたい。
ところでお腹が空いた。
今日まだ一食しか食べてないなぁ。腰布でボムを隠してとりあえずボムにだけは血液をあげておこう。
ぼんやりと考えているつもりだったけれど、ウトウトしてしまっていたらしい。ボムに起こされて気づいた。
「ごめん。ありがとう」
「ぷ」
時計で時間を確認して、夜の11時になっていたので行動開始だ。樹から降りて崖に近づく。
足場は多そうだけど、それにしたってこの暗さでは登った先にハーピーとか普通にありそうだな。足場がそこまで広くないなら剣よりもナイフで立ち回ったほうがいいかな?
剣を納めてナイフを抜こうと瞬間、顔に何かが激突した。
なんだと思って引き剥がすと、ぎょろりとした目玉が顔の中心にあるコウモリだった。しかもサイズが小型犬並。不安になる造形。
「キィィィィィィ!!」
いっ!
何この高周波コウモリ!? 思わず投げ捨てると、鳴きながら崖を登るように飛び始めた。
その鳴き声でハーピーたちが起きたようだ。ギャアギャアと鳴き声が段々大きくなる。
あのコウモリは警報だったのか? もしかして共存していた?
まあそれを考えるのは後回しでいい。飛び立たれると厄介だ。
「ボム、崖の真ん中辺りで最大光度で照らして」
「ぷー!」
飛び上がったボムを見送って、崖を覆うようにドーム状に氷を張る。
静かに戦う方法を考えていたけど、結局力尽くかぁ。まあこれが一番早いから仕方ないよね。
氷の壁にも光が反射して昼のように明るくなった。ここまで明るくなれたのか。バッチリ明るくなったし静かに行動する必要がなくなったので、改めて剣を抜く。足場が狭いなら氷で確保すればいい。
こちらに向かって突っ込んで来たハーピー数匹を斬り伏せ、崖を駆け上がる。途中で向かってくるハーピーは無視してとにかく上を目指す。
翼を持っているハーピーに対抗するためにもせめて上を取ろう。
しかし、コウモリも不安になる造形だったけれど、ハーピーもだいぶ精神に訴えかけてくる造形。
人間に似た輪郭の縁に羽毛が生えていて、鳥類に似た白目の見えない真っ黒い目。口を開くと見える、唇の中にある嘴。あれは嘴なのか、フグみたいな歯なのか。完全肉食性なら歯も発達するか。
上半身は羽毛に覆われた人間のような、そうでないような? 腕の代わりに翼が生えているのだけれど、肩の位置がおかしい気がする。
下半身はたぶん鳥類。でもバランスがおかしいな。人間の骨格のような気もするけどたぶん鳥類。
まあいいや。不安になるけどこういう動物だと思えばそういうこともあるだろう。
崖を登り切って、追いかけてきたハーピーたちに雷を落とす。轟音と一緒に何本もの稲光がハーピーを撃ち落とした。
……待って? 火力上がってない? どうして?
こんなにたくさん雷を落としたつもりは無かったんだけど!? なんで? お腹減って調整下手になった?
仲間が撃ち落とされたのに怒ったのか更に向かってくる。
ええい、原因はわからないけれど仕方ない。
何体かでまとまって向かってこられたので一旦崖から離れて氷で足場を作ったら、薄さを意識したせいか薄すぎて割れた。
嘘でしょ、足場にした氷が割れたの初めてでは? 本気で調節下手になっている。
割れた氷の下に改めて足場を作って、割れた氷を消す。足場を作るにもちゃんと意識しないと駄目か。気をつけよう。
その後も飛びかかってくるハーピーをひたすらに斬っていく。
今回はあんまり派手に血を浴びていなかったのだけど、飛んで逃げようとした個体をボムが倒してくれ、その血を被った。
うん、知ってた。こういう運命なんだろう。
体感2時間くらいで向かってくるハーピーはいなくなった。ざっと数えて40体くらいか。このくらいでいいだろう。最初は跳び回っていたコウモリはいつの間にか姿を消していた。あのコウモリは放っておいても大丈夫かな。
「ぷー?」
「うん。終わりにしよう」
光度を下げて近づいてきたボムを撫でる。まだ気配は残っているけれど、向かってこないのならこちらからこれ以上手を出す必要は無いだろう。残った子たちが好き放題していたら痛い目に遭うのだと理解してくれたらいいのだけど。
倒したハーピーを鞄に仕舞っていると、崖に空いていた穴の中からハーピーが出てきた。
「ぷ!」
「攻撃しちゃ駄目だよ」
ボムが反応したのを止める。恐る恐る出てきた感じから、向こうに攻撃の意思は無いと思う。というか、俺よりも外に怯えているように見える。
他のハーピーに比べて小さいし随分痩せている。それに怪我もしているようだ。
ハーピーを討伐に来たとはいえ、この子をそのままにはしておけないな。
しかしハーピーの血塗れで近づくのはさすがに俺の倫理観が駄目と言っている。どうしようかと思ったときにボムが視界に入った。
ボム方式でいくか。
外殻をポセイドンの外皮に変更して頭の上に水の球を出してナイフで切る。水の球も想定した倍の大きさになった。どうしたんだろう?
他の人に頼りよりも随分手間がかかるけれど、面倒臭がらなければ自分で血を流せるな。
「おーい。きみ。こっちにおいで。カメ食べるかい?」
鞄から昨日倒したカメを出す。カメならたぶん食べられるだろう。毒とか無いよね?
声をかけてカメを指差すと、やはり恐る恐る近づいてきた。チラチラと俺とカメを見比べながら首を伸ばしてカメに齧り付く。
おお、ちゃんと食べた。
餌あげておいてなんだけど、ちょっとは疑わないと駄目だよ。俺さっき君の仲間を虐殺した人間だよ?
もしかしてこの子は他のハーピーに虐められていたのだろうか。
どうしたものかと考えていると、ハーピーがカメを咥えてズルズルと穴の奥に引きずって行く。どうしたの?
ついていくと他にもハーピーがいた。みんな痩せていて小さい。子供なわけではないと思うから、栄養が足りていないのだろう。
1体では足りないだろうから、残りのカメも出すと喜んで食べていた。
一番最初に出てきたハーピーを撫でる。この中では体が大きい方なので、他の子たちのために様子を見に来たのだろう。
この数だと手持ちの回復薬では足りないな。幸い重傷の子はいないようだから自然治癒に任せるか。
「もう君たちを虐めたハーピーはいないけれど、あんまり好き勝手に暴れ回っていると大きなしっぺ返しが来るから、森の魔物や植物と仲良くするんだよ」
「ギイ」
うん。良いお返事です。
まあ、その「大きなしっぺ返し」の実行犯がこんな説教をするのもおかしい気がするが、それでも言っておかないわけにはいかない。生きていくために食物連鎖は必要だけれど、やり過ぎはいけません。
虐めっ子ハーピーたちのようになってしまっては可哀想だ。
しかし、一見すると不安になる造形でも長い間見ていると意外と愛嬌があるものだな。がむしゃらにご飯を食べているのが可愛いかも。
「ぷ。ぷー」
ボムに呼ばれて振り返るとドリアードがいた。
「ドリアード」
「お疲れ様でした」
わざわざ様子を見に来てくれたのか。
「討伐は完了しました。この子たちは保護が必要かと」
怪我をしているし、元気になるまでは一旦誰かが守ってあげたほうがいいだろう。
「そのようですね。怪我もしていますし、翼も弱々しい。しっかりと狩ができるようになるまではポセイドンに庇護を頼んでみます」
この森ポセイドンがいるの? こっわ。近づかないようにしないと。
「女帝ではなくポセイドンに頼むのですか?」
「女帝は基本的に放任主義なので……森の運営に大きく影響が無い限りは静観されます。ポセイドンはみんな世話焼きですから、喜んで庇護してくれるでしょう」
女帝、ネッシーには出不精って言われてドリアードには放任主義って言われているけど大丈夫なんだろうか。ポセイドンはいい魔物なのかな……とんでもないトラブルメーカーみたいな印象なんだけど、悪意は無いってみんな言っているしなぁ。
「俺は魔物に詳しくないので、判断は任せます。この子たちに討伐依頼が出ることがないようにお願いしますね」
「はい。任されました」
同じ種族の乱暴者は倒しておいて、弱い子は保護してくれっていうのは自分でもとんだダブルスタンダードだとは思うけれど、こればっかりはね。
ドリアードも保護に賛成みたいだし、オッケーだと思おう。
今は……3時前か。たぶんナイトは警戒のために起きているだろうけれど連絡するには非常識すぎる時間だな。
「ユウはこのあとどうされますか?」
「明るくなるのを待って連れと合流して報告のために街に戻ります」
「わかりました。では、街までの道を開きます。また遊びに来てくださいね」
はい、是非。
ハーピーをドリアードに任せて、お礼を言ってから崖を離れる。せっかくドリアードが道を開いてくれているし、寝るにも微妙な時間だから少しでも街に近づいておこうかな。
あ、結局ご飯食べてない。まあいいか。
夜明けまで進んで、空が明るくなったのでナイトに念話をしてみる。
『ナイト、起きてる?』
『起きていますよ。進捗はいかがですか?』
『討伐完了したよ』
『随分早いですね。そちらに向かいます』
『わかった』
返事をした途端にナイトが現れたので止まる。
「早いね。みんなは影の中で寝てたの?」
「はい」
それなら移動は早そうだ。
「食事の準備をしますね。その間に何があったのか教えてくださいますか?」
「うん」
焚き火台で火を熾してからスープを作っているナイトの横で詳細を話す。
ドリアードを追いかけて森に入ったことは改めて怒られた。
「ネッシーですか……」
「うん。おっきいネッシー。ナイト見たことある?」
「いえ、記憶にありませんね。そんな魔物がいるとは驚きです」
ね。俺もびっくりした。
「しかし、ドリアードが道を開いてくれるとは。基本的にはヒトを嫌っている精霊だと思っていました」
「ネッシーに怒られたからかな? ボムがいたからかも」
先に味噌汁をもらっていたボムが浮かんで不規則に漂う。
「ボムが?」
「うん。ドリアードが愛し子って呼んでた」
「ぷ!?」
どうしてか驚いたようにジグザグに飛ぶボムにナイトが上半身を揺らした。
「ボムが愛し子……? どういうことでしょうか。鑑定ができればわかるのでしょうけれど」
「どういうことなんだろうね」
ぷー、と鳴いていたボムは伝えることを諦めたのか味噌汁に戻っていった。
鑑定ができる人や魔物って滅多にいないみたいだし、父さんに無理言って鑑定鏡を借りてきてもらうわけにもいかない。まあそのうちわかるでしょう。たぶん。
「おはよー……」
「おはようございます」
バゲットを切っていると影からロボが出てきた。寝起き特有のしょぼしょぼしていた目が俺を見つけて一気に笑顔になる。
「お兄ちゃんだ!!」
尻尾ブンブンで近づいてきたロボを手の甲で撫でる。
「おはよう、ロボ」
「おはようお兄ちゃん! ボム! もうお仕事終わったの?」
「うん。終わったよ」
いっそうご機嫌に振られる尻尾を微笑ましく思いながらバゲットを切る作業に戻る。
しばらくナイトの作業を覗き込んでいたロボがハッとして振り向く。
「お兄ちゃん今日街に戻る?」
「戻るよ。移動お願いできるかな?」
「任せて!」
お散歩だーとロボが喜んで飛び跳ねているとアースとネコも起きてきた。全員に挨拶をして、できあがった朝食を食べる。
ジャムを塗ったバゲットとコンソメスープ、ポテトサラダに目玉焼きとソーセージ。
「このジャム作ったの?」
「はい。待機している間に」
イチジクジャムは甘さ控えめで美味しい。ロボたちも気に入ったようで皿までしっかり舐めている。
「ナヒカ様に作り方をお教えできれば喜んでいただけるのでしょうが……」
「砂糖がね……」
「そうなのですよね。甜菜糖などの代替品でもあればいいのですが」
それも今のところ無いよね。砂糖自体は高級品だけど存在してないわけではないし、何かあればなあ。砂糖があれば携帯食ももう少し美味しくなると思うのだけど。
火力が上がったのはネッシー(ポセイドン)の加護のせい。




