第101話 緊急スカイダイブ
そんなに忙しなく翼を動かしているようには思えないのに、サウスは山を越えどんどん雲を追い抜いていく。やっぱり飛ぶほうが走るよりも速いのかな?
「しかし、つくづく妙な縁を持っているな」
「はい?」
「死を連れ歩いているヒトがいようとは。まあ味方であればアレほど心強い魔物もおらぬだろうが」
ああ、ナイトのことですね。
「まだ何が怖いのかもよくわからない頃に出会いまして。それからずっと世話を焼いてもらっています」
「豪胆な……。アレの名は?」
「ナイトといいます」
「そうか。覚えておこう」
よろしくお願いします。
しばらくそんな話をしながら次の山を越える。そろそろ農村地の上に差し掛かるだろうか。以前ウェストの背中から見えた街はもう過ぎたか?
「いかん! 降りるぞ、しっかり掴まれ!」
「ぅおっ」
いきなりサウスが首を下げて急降下を始めた。一瞬尻が浮いたけれど、なんとか体を伏せて獅子部分の毛を握る。
「どうしました!?」
翼を畳んで雲を突き抜けるサウスに声を張り上げて確認する。
「ハーピーだ! ヒトを襲っている」
あぁん!? 体をずらしてサウスの頭越しに下を見ると、すぐ下は街のようだった。俺の視力ではハーピーの姿は見えない。
ゴォッとサウスが街に向かって咆吼を上げると、数秒経たずに何かが街から飛び上がって来た。翼があるようだからあれがハーピーか。
ちぃ、とサウスが舌打ちのような音を漏らす。
「何体か漏れた。まだ下に残っている」
「街には私が降ります」
「任せた。私はあれらを散らしてくる」
サウスが降下を止め、翼を大きく広げてホバリングした隙に背中から飛び降りる。
おっと、これはちょっと距離がありすぎるというか、失敗した。
飛び上がってきたハーピーは転身したサウスに釣られて飛んで行ってくれて降りる障害にはならないのだけれど。
「ボム、下にいるハーピーの気を引けるか?」
「ぷ!」
ドラゴンスキンがあるとは言ってもさすがに即死の高さ。
飛び降りる際に肩に移動していたボムに地面を指差しながら頼んでみると、元気な返事と共に光の線が伸びた。
……今レーザー光みたいなの照射した? まあ光の魔素の塊ならそのくらいできる……のか? 高性能でいいねぇ。
ボムの挑発が効いたようで、街から1体ハーピーが飛び上がってきてくれた。
ありがとうボム。助かったよ。
剣を抜いておいて、真っ直ぐ飛んできたハーピーの顔に脚から突撃する。
ごめんよ、減速装置として使って。
潰れた頭から噴き上がった血を大量に被ったけれど、大幅な減速に成功した。さて、他にもできるだけのことはしておこう。鎧の外殻をオリハルコンに変更。鎧を魔力強化と併せて身体強化。
これだけやったらたぶん大丈夫だろう。死にはしないはず。
地面に落ちる直前にハーピーから飛び退き、受け身が崩れた格好で地面に打ち付けられる。
あれだけやってもいってぇ!! でも痛いだけで生きているし、体も動くからよし!
落ちた先がどこかの確認をしていなかったけれど、農地だった。家とかを巻き込まなくて良かった。
というか。
「ギョァァアア!!」
ハーピーの目の前でした。ある意味ラッキー!
なんとか体勢を整え、蹴り掛かってきた脚を斬り飛ばしバランスを崩したところで首を落とす。サウスの大きさを見たあとだとわかりづらいけれどハーピーもだいぶ大きいな。
「あんたは」
うわ、人がいた。丁度真後ろに。今のハーピーはこの人を狙っていたのか。いい場所に落ちたみたいだ。斬った際に噴き出した血の大部分は俺が被ったのでこの人には掛かってなさそうだし、万事オッケー。
「助太刀に来た。怪我は……しているな。これを」
助太刀って言ったけどこの人冒険者でも騎士でもなかった。とりあえず裂傷があるので回復薬を放って渡す。
「ぷー!」
ボムが大きく鳴いたので見てみると、まだハーピーがいた。
「あぁくそ」
しかも人がいる。走って近づいてハーピーを凍らせる。
「大丈夫か?」
「は、はい」
思ったよりも子供だった。突然現れた俺に驚いているようではあるけど、無事そうなのでよし!
他にはいないかと周りを見渡そうとすると、建物の陰からハーピーが吹っ飛んできた。新手かと思ったけれどもう死んでいるようだ。直後に騎士が姿を見せる。
「大丈夫か!! ……え?」
困惑させてしまった。ここはもう安全だと思われます。
「あの人が助けてくれたのです!」
「空から落ちて来たんですよ!」
建物の陰に避難していたらしい人たちが出てきて、困惑している騎士たちに説明してくれた。騎士の中でも厳つい鎧を着た人が近づいてくる。ヘリオットさんの鎧と似ているか? 顔は二十代半ばくらいだろうか?
「空から落ちてきたと言っているが、君は……『血塗れの鎧』で合っているか?」
「合ってはいるのだが、何を以てそう判断したのか伺っても?」
おい、お兄さん、目を逸らすな。ゴホンと咳払いをされた。
「いや、その。すまない。『血塗れの鎧』はひと目見てわかる形をしていると聞いていたから」
「一応言い訳をしておくが、いつもいつでも血塗れなわけではないからな……」
そりゃあ依頼中は血塗れの比率が高いですけれども。今現在頭から血を被っているので説得力とか皆無だろうけれども。
血塗れじゃない場合でも見たらわかる的なことを言われた。本当でござるか? でも確かにミゲルさんも鎧が目立つ的なことを言っていたな。
今更だけど、世界樹の種子は外殻をオリハルコンとかにしても真っ青にはならないんだよな。光の当たりようによって青く見える黒だ。顔まで覆われた黒い鎧の男っていう特徴が確立しちゃってるんだろうか? まあ今は赤黒いのを大量に被っているから鎧の色とかほとんど関係ないんだけどね。
「話を戻そう。君は空から来たのか?」
「ああ。あ、すまない。勝手に入ったのは詫びる」
ダイレクト入場。どんな小さな村でも入るのには門を通らないと駄目って前ウィルが言っていた。不法入場は罰金で済むだろうか?
罰金ならいくらくらいだろうと考えながら訊くとお兄さんが顔を顰めた。
「この状況で君を責めると私はとんだ悪者だぞ。住民を守ってくれたのだ、感謝こそすれ咎めたりはしない。それはいいとして、どうやって入ってきたんだ? ハーピーの数も報告よりもずっと少ない」
怒られなかった! わぁい!
「クンフォに向かう途中にここが襲われているのに気がついて降りてきたんだ。ハーピーは大半を彼が追い払ってくれた」
説明しようと思っているとサウスが戻って来るのが見えたので指を差す。金色の翼が日光を反射して神々しさがすごい。
目を細めてサウスを見ていたお兄さんがこちらを向いた。
「あれは……グリフォン?」
「レニア近くの山地の主のグリフォンだ。彼もハーピーに悩まされていて、クンフォまで私を送ってくれている途中だったんだ」
ここからしたら南じゃないから南の山地って言っても伝わらないのかな? サウスの山って名前なんだろう。
それにしても全身痛い。速度優先で落ちてきたけど、これ氷で足場を作って段々に飛び降りて来るのが正解だったか。でもそれじゃああの人たちを助けるのに間に合わなかっただろうから、今回はあの降り方が最適解だったんだろうな。
他の人は高いところから降りるときどうしてるんだろう。今度ウィルとかシオンさんに訊いておこう。浮遊魔術みたいなのを使うって言われたら絶望するしかないけど。
騎士のお兄さんに断って回復薬を飲む。中級の回復薬だけどこれで十分だった。
回復薬が気になるらしいボムに空瓶を渡したら分かれて遊んでいた。薬が気になっていたんじゃなくて瓶が欲しかっただけか。
サウスがゆっくりと降りてきた。騎士たちが住民守るように立つけれどそんなことは気にせず俺のほうに歩いてくる。
「無事か?」
「はい。ハーピーはどうなりましたか?」
「強く追い立てておいたからしばらくはこの辺りには近づかないだろう。飛行ルートを見ているとやはり女帝の森近くから来ているようだ」
やっぱり女帝の森かぁ。ヴァネッサさんは至急の依頼では無いって言っていたけど、これ思っていたよりもハーピーの被害範囲が広いな。サウスが送ってくれてよかった。
血塗れのまま話していたら騎士の一人が血を流そうかと言ってくれたので有難くお願いした。いい加減サリカさんに頼んで血を流せるような魔道具を作ってもらおうかな。
俺たちが話している間に畑を見ていたらしいサウスが厳つい顔を更に顰める。
「どうしました?」
「畑にまで手を出したか」
それが何かおかしいのだろうか? いや、人間としては農地を荒らされて迷惑千万なのだけれど、農作物を狙って来たなら荒らされるのは仕方がないのでは?
「ハーピーは完全な肉食性だ」
「え?」
完全肉食性? でも、じゃあなんで畑を?
騎士のお兄さんもサウスの言葉に頷く。
「ハーピーに雑食性はないというのは騎士団でも確認されています。今回畑を襲ったのは、想像ですがただの悪戯かと」
は? ただの悪戯で農地を荒らしたのか?
畑を見ると、土は掘り返されて穴が空き、作物や農具を保管しているのだろう小屋は全壊。時期的に収獲はほとんど終わっていたようだけれど、まだ残っていたらしい作物は散乱している。
サウスがフンと鼻を鳴らして、翼に顔を突っ込んで羽根を数本引っこ抜いた。
「これをどこかに置いておけ。近くの街にも配ってやるといい。私の気配がすればハーピーを牽制できるだろう」
お兄さんに羽根を渡すととても驚いていた。
「よろしいのですか!?」
「これ以上ハーピー如きに虚仮にされては堪ったものでは無い」
ご立腹なようで。でも腹が立つものわかる。食べるためでもないのに農地を荒らすのは良くない。
荒らされた農地を見ているとサウスが顔を寄せてくる。
「ユウ、土の魔石を持っているか?」
「ええ。ダンジョンで手に入れたものがあります」
クモのゴーレムは発生したばかりだったからか魔石は採れなかったんだけど、ダンジョンのゴーレムからは魔石が採れた。鞄から魔石を取り出すと咥えて農地の真ん中まで歩いて行く。瓶で遊んでいたはずのボムがサウスの頭に乗った。
「彼は何を?」
最初に助けた男性が近づいてきて首を傾げる。
「おそらく土地を強化してくれるのだと」
山を直したときのようにサウスの足元に魔方陣が広がり、ボムが何かしたのかその魔方陣の外側に白い魔方陣が重なる。
スウッと地面に魔方陣が吸い込まれていったのを確認してボムを乗せたままサウスが戻ってくる。
「土地の活性を上げておいた。陽の子も手を貸してくれた故、耕す手間はあるが以前よりも良いものができるようになるだろう」
「ありがとうございます。助けていただいただけでなく、そんなことまで」
「先刻言ったが、これ以上虚仮にされるのは我慢ならん。貴様等を手助けしたのではなく、私の矜持に関わる」
お礼を言われてそっぽを向いてそう返すサウスはどう見ても照れている。翼を落ち着きなく開いたり畳んだりしているし。正面から感謝されて恥ずかしいのだろう。
「ぷー」
「ボムも手伝ってくれたんだな。ありがとう」
「ぷ!」
褒めて!という勢いでサウスの頭から飛んできたボムのことを褒めて撫でる。撫でるというか、軽くにぎにぎするとおそらく喜んでいるのだけれどこれでいいのだろうか……。
「ユウ、思っているよりもハーピーの動きが派手だ。クンフォに急ぐぞ」
「承知しました」
同感です。俺は乗っているだけですけど急ぎましょう。ボムが遊んでいた瓶を回収してサウスの背中に登るとお兄さんが慌てて声をかけてくる。
「待ってくれ、君に報酬を」
「勝手にやっただけだ、気にしないでくれ。無断で入場したのと相殺で頼む」
「しかし、ハーピーの素材の買取りなんかもあるのだが」
「それは農地の再生に当ててくれたらいい。小屋を建て直したりするのに費用がかかるだろう」
それだけ伝えるとサウスが飛び立った。さっきまでよりも随分速度が速い。
「こちらに飛んでくるハーピーは私が牽制するが、奴らの行動範囲が広い。すまないが対処を急いでくれるか」
「わかりました。さすがに村や街に直接被害が出るようになっている以上、私もゆっくりしていられません」
今日はクンフォで話を聞いて明日の朝一で出ようと思っていたけど、これはもう今日中にハーピーの住処に近づいていたほうがいいな。
急いでくれるサウスにも何かお礼をしたいけれど、何がいいだろうか? とりあえず魔石でも作っておこう。サウス個人にあげるなら風の魔石のほうがいいかな?
パラシュート無しでスカイダイブを敢行する程度には度胸が突き抜けている主人公。




