第98話 職人ギルド
お祝いの品も買えたし、職人ギルドに向かうには少し遅いので冒険者ギルドに帰る。ダイナーでシグルさんのパーティ《紅の剣》に混ざって食事をとる。
ブイヤベースにペペロンチーノ、ガーリックトースト、アスパラガス入りのジャーマンポテトにズッキーニのチーズ焼き。サーモンとトマト、オリーブのピンチョスにフライドポテト。全体的に洋風で美味しいなと思っていたら、フレッシュサラダにパクチーが入っていて少し動揺した。食べられないことはないけれどいきなりあの匂いが来たら驚くのは俺だけではないだろう。
「しかし、もうテンカレから帰って来たのか? ダンジョンに潜っていたんだろう?」
「最下層まで行ったわけではないから。30階で原因がわかったからそこで引き返してきたんだ」
「それでも速いって。普通ならやっとテンカレに着いた頃だろう」
ちょうどひと月くらいだから確かにそのくらいかも。むしろ少し早く着いたくらいか。
食事を終えて《紅の剣》と別れて部屋で休む。やっぱり風呂はいいなぁ。ネコの顔も石鹸水で拭いたら綺麗になったのでよかった。
「そういえばアース。卵はどこに置いているんだ?」
寝る準備をしていてアースに預けた卵の行方が知れないことを思い出した。失くしたりはしていないと思うんだけど。
「ンギュイ。プア」
訊いてみるとプアプアと鳴きながらボムが入った瓶を見る。
「影の中でボムたちがペンペンちゃんたちの卵が入ってる籠に入れてたって」
ボムたちが?
「影の中に避難してきた時に、アースを誘導して入れていましたね。シャツにも包んでいましたから、そちらの方がいいと思ったのかも知れません」
ナイトも補足してくれた。そもそもあの卵をボムの瓶に入れたのもボムの意思だったから、そちらの方がいいと判断したならそれでいいだろう。
ベッドに入って、出発が明後日になると伝えるとナイトは常備菜の準備をしておくとのことだった。ロボたちは明日の気分で考えるらしい。
翌日、朝食を終えてロボとネコは外に遊びに行ってくると元気に影の中に消えていった。ロボが近場をうろうろしたら低ランクの魔物が出てこなくなってしまうのではないかと少し心配したけれど、ダイナーの主人の話では街の外はまだ雪が溶けていなくて山に入れるような状況ではないらしいのでまあいいだろう。
アースは外は寒いので俺についてくることにしたらしい。マントの襟に入って満足そうにしている。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい。ついでにお野菜の買い足しもお願いしますね」
「わかった」
肉は大量にあるからね。
一応ギルドのホールに顔を出したらデオンさんがいた。
「おはよう。訊き忘れていたんだがいつ発つんだ?」
「おはよう。用事ができたから明日まではいるつもりだが、何か緊急の依頼があるなら受けるよ」
町の雪かきなんかは騎士がやってくれるとのことだから、下手に手を出すのもな。
「ん。んー、ちょい待ち……や、ユウに頼むほどの依頼は来てないな。大丈夫だ」
それならよかった。
「それから、預かり物があるぞ」
「預かり物?」
差し出されたのはシャツだった。子供たちに貸したの忘れていた。
「礼を言っていたよ。とっても暖かかったです、だとよ」
「ああ。役に立ってよかった」
シャツを受け取り職人ギルドの場所を聞いてギルドを出る。今日も雪がほんの少しちらついてはいるけれど雲の間から青空も覗いている。そろそろ止むかな?
職人ギルドは武具店が多い一画にあった。さすがにこの辺りの武具店は工房を併設しているようだ。それでもあまり工房が広いようには見えないから、基本はできた物をここに持ってきて売っているんだろうな。
職人ギルドに入ると職員にも職人らしき人にも不思議そうに見られた。すみません、お邪魔します。
カウンターに近づいてライヌさんからの紹介状を職員に渡す。
「テンカレのギルドマスターから連絡が来ていると思う」
「かしこまりました……少々お待ちください」
はーい。
待っている間にアースがマントから出てくる。話し合っていた職人たちがギョッとしてこちらを見た。ごめんなさい。危険はないので許してください。
「ギュア!」
「どうした?」
軽く飛んで、籠に積まれていた石の上に着地する。ぺったりと寝そべって気持ちが良さそうだ。
「なんだい、それ?」
石炭のように見えるけれど、転がるアースの体に煤がついた様子はない。
「……懐炉だよ。未加工だから高温にはならないけれどそれでも暖かいはずだ。この寒さで一気に需要が増して、さっき保管庫から引っ張り出してきてた」
「懐炉?」
近くにいたドワーフの男性が説明してくれた。手袋を脱いで手を当ててみると確かにほのかに温かい。
「これはどうやって使う物なんだ?」
「このまま術式を刻んで持ち歩いたり、加工して装備に組み込んだりだな。加工する場合は布に織り込むことが多いな」
へー。術式を刻むことで温度も上げられるのかな?
「よく出回っている物なのか?」
「商人たちは重宝していると思うよ。外套にしたり、バイコーンの体温を保つのにも役立つ」
馬着にするのか。
馬車に乗っている商人なら移動中は寒いだろうし、こういう物もあるのか。
「お待たせいたしました」
懐炉について教えてもらっていると、先程の職員と一緒にハーフエルフらしき男性がホールに現れていた。
「アヌカの職人ギルドのギルドマスター、ゾラと申します」
「私は冒険者のユウと」
握手をして、ホールにあるソファーに促された。
「あの、あのドラゴンは一体?」
「すまない、暖かいのが気に入ったようなんだ」
ゾラさんが不思議そうな顔をしてアースを見る。積まれた石の上でコロコロをしているドラゴンはやはり異様か。
「アース、こっちにおいで。それはみんなが使う素材なんだぞ」
「ンギュー」
渋々飛んできたアースが、マントの中に潜り込んでくる。そんなに暖かかったのかな?
「……よければ一つお譲りしましょうか?」
「ギュ!?」
アースの様子にゾラさんがそう言ってくれて、アースがマントから顔を出す。
「あー……そうだな、では正規の値段で買い取らせてもらいたい。その代わりに術式も刻んで使えるようにしていただけるだろうか」
「勿論ですよ」
わーい。
話し合いをしている間に準備してくれるとのことなので、お願いしておく。
テンカレから持ってきた、ダイヤモンドとスレイプニルの皮を渡す。
「それと、フェンリルの毛もあるんだが、いるか?」
「フェンリルの毛!? いや、そうか、貴方はフェンリルも連れているのでしたね。はい、買い取らせていただけるのでしたら是非に」
おお、想像以上の食いつき。ライヌさんがもしかしたら言っていたからロボをブラッシングしたときに抜けた毛をまとめててよかった。
フェンリルの毛なんて何に使うのかわからないけど、ケリュネイア(ビクター)の毛だって素材になるんだし、何か使い道はあるんだろう。
そういえば、この買取り金を寄付にしようと思ってたのに昨日冒険者ギルドで売った素材の代金を使ってしまった。まあ、額が変わるわけではないからいいんだけどね。
「……」
「……何か?」
買取り金を数えているとゾラさんがジッと見てくる。
「すみません。神造兵装をまじまじと見られることなんて滅多に無いので……」
それは確かに。
「それは《万能の鎧》なのですよね? 他の形にも?」
「仮面とバングル、あとは指先くらいの球だな。球状なのは私以外の者が持っている間だけのようだが」
なんで俺今鎧にしていたんだろう……最近鎧でいることが多くて癖になってしまっているな。
「そのまま食事などもできるのですか?」
「ああ。部分的に開けることができる」
「布部分も鎧なのですよね。手袋は?」
「元からしている手袋の上から更に覆われているな。ブーツもそうだが、感覚的には全く違いは無い」
口元を開け、手袋も解除してみる。説明していてなんだが不思議。革手袋の上から更に革手袋を嵌めているようなものなのに、指が動かしづらいということもない。
「ほう……すみませんが、もし可能であれば仮面か何かに変化するところを見せていただけませんか?」
「構わない」
ズルッと世界樹の種子が仮面に戻る。腰にあったボム入りの瓶が膝の上に落ちる。鎧状態じゃないときに瓶をどうするか考えてなかったな。鞄のベルトを加工してもらって瓶を提げられるようにしてもらおうかな?
「瞬間的な武装の展開、収束だけでなく鞄やシースの形にも干渉できるのですか。……職人としては悔しい限りですが、今の私たちでは似たものを作ることも不可能でしょうね」
まあ、神様が造った武装ですもんね。そう簡単に真似できるようなものではないでしょう。再び鎧に戻ったので、腰布を整えて座り直す。
ブツブツと考え込んでいるゾラさんに手を振ってみる。
「縮小、拡大のようなことはできるんだろう? それだけでも大したものだと思うが」
地球だと不可能だもん。質量保存の法則なんてない。
「恐縮です。ですが、やはり目標は高く設定しませんと。今は無理でも、きっといつか」
職人気質だな。職人ギルドのギルドマスターというのも納得だ。
「そのいつかを楽しみにしている」
もし変形するのが当然になれば楽しいな。
世界樹の種子の話をしていると職員の女性が近づいてきた。
「すみませんユウ様、少しだけドラゴンをお借りしても?」
「アースを?」
「ギ?」
不思議そうにしながらもマントから顔を出したアースが差し出された女性の手を登る。
「アースちゃんというのですね。少しだけサイズを測らせてください」
「ああ……」
サイズ? ゾラさんも首を傾げている。
アースを連れてカウンターの中に消えていく女性を見送り、ゾラさんを見る。
「術式を刻むのにサイズが必要なのか?」
「いえ、そんなことはないはずなのですが……もしかしたら撫でてみたいだけ、という可能性も僅かにありますが……」
僅かにある可能性可愛いな。撫でてみたいなら言ってくれればアースは喜んで撫でられに行きますよ。
まあいいや。
懐炉を待っている間にゾラさんにボムのことを見てもらってみた。
「最近鳴くようになったんだ」
「ボムが鳴く……」
瓶から出したボムがふわふわと漂い、ゾラさんが伸ばした手の上に1体が着地した。
「普通のボムよりもはるかに大きいですね。光度も強い。他にできることは?」
「まとまって大きくなったりできるな。あと、光度は単独でももっと強くできる」
まとまる、と説明したらリーダーボムが鳴いて大きな球になった。何を言っているかはわからないのだけど、こっちが言っていることは大体わかっているんだよな。
昔は単独では蛍くらいの明るさだったのが、最近では車のヘッドライト並みに光る。ここでのサイズや光度の調整も細かく可能なようだし。
半透明な光る球体を挟んで話し合っているのも不思議な気分なので、もういいよと呼んだら瓶の中に戻ってきた。
「申し訳ありませんがさっぱりです。内包している魔素量が増えた可能性や何かしらの術式を取り込んでしまった可能性は考えられますが、ボムを魔石と同じに扱うことはできませんし……意思の疎通が取れている以上、なんらかの変質をしているのは確かなのでしょうが」
「いや、わからないならそれでいいんだ。ありがとう。今のところ私以外にちょっかいを掛けたりはしていないから問題ないだろう」
頭を掻くゾラさんにお礼を言ってよしとしておく。俺の頭にぶつかってくる以外は、友好的だからな。子供たちとも普通に遊んでいたし。
そんな話をしていると、アースを抱えて女性職員が戻ってきた。
「キュー!」
「ん? どうしたんだ、それ」
ご機嫌で腕の中に飛んできたアースがケープのようなものを着ている。尻尾まで覆われて暖かそうだ。
女性を見ると、えっと、と頬を掻いた。
「最初は普通に術式を刻もうとしていたんですが、職人さんたちが挙って加工したいと」
職人さんたち? カウンターの奥を見てみると作業場みたいな所を片付けている人が何人かいた。懐炉の説明をしてくれたドワーフの男性が近づいてくる。
「素材としてドラゴンを扱ったことはあるが、生きているドラゴンを見たのは初めてだ。こんなに美しい魔物なんだな」
「そうか……ありがとう?」
話が繋がりません。
「そんで、この子にただ術式を刻んだ懐炉を持たせるのは違うだろうと思って加工させてくれと頼んだんだよ、あいつらもな」
「そうなのか」
職人の美意識でしたか。あいつら、と指で差された職人たちが控えめに手を振る。
「勝手にやったことだから勿論代金はいらない。生きたドラゴンを触れただけで釣りが来る」
「いや、それは申し訳ない。この子も気に入っているし、是非代金は払わせてほしい」
払う、払わなくていいの押し問答を一通りして、ゾラさんの提案で半額で手を打った。ご機嫌なアースを抱えて、職人ギルドを出ると、外ではすぐにマントに入っていたアースが飛び上がって街の様子を見ているのだから相当暖かいんだろう。
いいものを作ってもらった。
職人しか来ないような所に真っ黒い鎧の大男が突然訪ねてきたら見ちゃうよね、という。
主人公の鎧はドシンプルですが、本人が大きいのと顔まで覆っているので目立つし、なんか不審です。




