第97話 孤児院の手伝い
アヌカの冒険者ギルドに着くと、救助員は全員フィニスさんの部屋に通された。
「本当に助かったよ。領主様から心遣いを頂いているから、受け取って」
心遣い?と思ったらがっつり現金だった。これ勝手に参加した俺が貰ってもいいのかな? しかも金貨5枚も。まあ渡されたから貰っておこう。
「随分奮発してくれたな」
ヒューゴさんがそう言うので、これは相場ではないようだ。
「さすがに想定外のすぎたからね。あんな短時間であそこまで積もったのは私も見たことがない」
エルフのフィオナさんでも初めてのことなのか。毎年こうでないならよかった。
「北部はもっと酷いのでは?」
「酷いで済めばいいけど。勇者が出動する騒ぎになっているらしい」
マジかよ。
父さんが出張ってきてるのか……なんて思っているとシグルさんがフィニスさんを呼んだ。
「ギルマス。今回のことで思ったのだが、山での大規模捜索ならやはり山の中腹に拠点を設置したほうがいいぞ。人手が余分に必要にはなるがその分捜索にかかる時間が大幅に短縮できる」
「ナイトさんが言っていた休憩拠点だね。今回のことでその有用性が認められたから騎士団とも協議してみるよ。傭兵ギルドにも協力を仰がないといけないだろうし」
人手がいるっていうのはどこの世界でもネックなんだな。この世界だと連絡手段がかなり限られるからより難しいのだろう。
今回はナイトたちがいたから魔物が出てこなかったんだろうけれど、そうでない場合は拠点自体の警備も必要だろうし。
拠点についてはギルド同士の話し合いになるので、俺を残して他のメンバーは解散となった。アースとネコも起きたらしく、アースは俺のマントの襟の中に入ってきて、ネコはロボの頭に登った。
みんなと交代でデオンさんが入ってきて、改めて二人から礼を言われる。
「拠点の件も含めて、君が参加してくれて助かったよ。目の前に首無し騎士が突然現れたときにはこのクソ忙しいときに何事かと思ったけれど」
「それは申し訳ないことをした」
「ゆっくり現れてもそれはそれで異様かと思いまして。申し訳ありません」
前来たときにナイトの紹介をしておけばよかったんだけどね。まさかこんなことになるとは思わないじゃないですか。
「改めて紹介しておこう。私の随獣のナイト、この子がロボ、こちらにいるのがアース、ロボの上にいるのがネコで、随獣ではないが、ボムにも手伝ってもらった」
紹介すると、ナイトは会釈をして他の子は鳴き声をあげる。ネコは他の子のときもずっと鳴いていたけど。ボムは瓶に戻る気分ではないのか俺の近くをまとまってふわふわと浮かんでいる。
「首無し騎士にフェンリル、ドラゴンときて化け猫にボムとは。脈絡が無いなぁ」
腕を組んでそう言うデオンさんに肩を竦めるしかない。俺だってなんでこうなっているのかわからないんだから。
ナイト以外の子たちがフィニスさんに撫でてもらっている間に、デオンさんにお使いの品を渡す。
「ザントマンの眠り粉に、スレイプニルの皮、確かに」
代金を一部銀貨で用意してもらい、寄付分の銀貨を確保した。みんなで部屋を出てホールに向かう。
「今からすぐに行くつもりかい?」
「そうだが」
何か問題が?
「まだ雪かきが終わってないだろうから、院は忙しいと思うよ」
「なら雪かきを手伝うさ」
元気だなぁ、と言ったフィニスさんがホールに目をやって「あ」と声をあげた。
「いいところにいた。ビーツ! ちょっといいかい?」
ビーツと呼ばれたのはあのヒョウの人だった。ビーツさんという名前だったのか。
「はい?」
振り返ったビーツさんが首を傾げながら近づいてきた。
「彼はユウ。孤児院に用があるんだけれど場所を知らないから案内してやってくれ」
「やあ、名乗っていなかったな。ユウという。よろしく、ビーツさん」
「はぁ……ビーツです。よろしくお願いします」
困惑しながらも改めて握手をして挨拶をする。ナイトが小さく手を挙げた。
「ユウ、私は騎士団から借り受けていたものを返してきますね」
「わかった。みんなはどうする?」
騎士団から毛布とか天幕とか借りてたんだっけ。たぶんナイトの用事のほうが早く終わるだろうから、部屋の鍵を渡しておく。
ロボたちに訊くとみんな孤児院についてくるとのことだった。絶対に子供と遊ぶのが目的だろう。
フィニスさんたちと別れて影に消えていったナイトを見送り、ビーツさんについて孤児院を目指す。
「街の中は外に比べると雪が降っていないんだな」
壁があるとは言っても四方が数キロ単位の街だからもっと雪に覆われていると思っていたんだけど。
まあそれでも道の脇には50センチくらいの雪が積まれている。屋根の雪下ろしは大変そうだな。路地に下ろしているんだろうけれどすごいことになっている。
「おそらく防風の障壁を張ったんだと思います。完全には防げませんが吹雪いていないだけでもだいぶマシですから」
「そうなのか。障壁は便利だな」
そういう風にも使えるのか。
「ビーツさん、道の雪が無いのはなんで?」
ロボも気になったのかビーツさんに質問する。
「この街は排水には困りませんから、主要な道の雪は溶かしてしまったんだと思いますよ」
湿地のど真ん中に建っている街だから、雪解け水とかは流してしまえばいいのか。それは便利かも。全部の道をしていないのは魔力や魔石を温存しているのかな?
「ここです」
しばらく歩いてビーツさんが立ち止まったのは大きな建物だったけれど、レニアやテンカレの孤児院とは様子が違う。それでも雪で埋まった庭で子供たちが元気に遊んでいる。
「ここ?」
「はい。この街の孤児院は総教会に併設されているんです」
へー。この世界の宗教施設か。教義どんなのだろう。
「ビーツ!! なかなか戻ってこないから何かあったのかと!」
「先生。ご心配をおかけしました」
門に着くと、雪かきをしていた女性がビーツさんに気づいて走り寄ってきた。怪我は無いかと一通り確認した女性が、ほっとしたようにビーツさんから離れ、俺に気づいたらしい。さぁっと顔が青くなる。
「……お客様ですか?」
「ええ、まあ」
自分で客ですって名乗るの変じゃない?
「すみません! お客様を放ったらかしにしてしまうなんて!」
「いや、急ぐ用ではないし、この雪の中姿が見えない人がいれば心配するのは当然だろう」
この心配のされようからするとビーツさんはもしかして思っているより若いのかも知れないな。俺と同じくらいだと勝手に思ってたんだけど。
「先生、こちらは冒険者のユウさんです。ユウさん、こちらが教会の神官で孤児院の院長でもあるルチア先生です」
ビーツさんに紹介されてルチアさんと握手を交わす。
「ルチア先生さん! 子供と遊んでいい?」
子供たちのほうをネコと一緒にずっと見ていたロボが、手が離れるのを待ってルチアさんに声をかける。ルチアさんが目を見開いた。
「え? しゃべ……?」
「私の随獣だ。危害は加えないと約束するので子供たちと遊ばせてやってくれないだろうか」
「はあ、その、勿論遊んでくれるなら子供たちも喜ぶので、是非」
ルチアさんはロボが喋ったことへの戸惑いが尾を引いているけれど、許可が貰えたのでロボが嬉しそうに尻尾を振って俺を見上げる。
「じゃあ行っておいで。ただし、背中に乗せるなら大きくなりすぎないように。落ちても多少雪がクッションにはなってくれるだろうけれど、危ないことは禁止だ」
「はーい! アース、ボムたちも行こっ!」
襟に入り込んでいたアースと浮かんでいたボムを呼び、ネコを頭に乗せたままロボが子供たちのほうに走って行った。
混ぜてー!というロボの元気な声と子供たちの興奮したような声が聞こえてくる。
「……ドラゴン?」
「フェンリルとドラゴン、それに化け猫、そしてボムだ。みんな優しい子だから心配は要らないと保証する」
「フェン……だからあの子は喋ったんですね……」
イエス。ルチアさんの反応を見ているとレニアやテンカレの街の人が受け入れ態勢バッチリだったほうが変だったんだろうか?
高ランク冒険者が多い街は住民の肝も据わっているのかも知れない。グロテスクの襲撃の時もなんだかんだですぐに平常に戻っていていた気がするし。
「……失礼しました。それで、ユウ様のご用とは?」
「寄付をしようと思って来たんだが、その前に雪下ろしの手伝いだな」
深呼吸をしたルチアさんに訊かれて、屋根を指差す。すごい積もっている。
「そっ、そんな!! お客様に手伝っていただくなんて」
「元々手伝うつもりで来たんだ。気にしないでくれ。私ならうっかり落ちても怪我の心配も無い」
ルチアさんには遠慮されたけれど、ビーツさんがすっとショベルを渡してくれた。
「ありがとうございます。とても助かります」
「どこから出したんだ?」
「冬場は山に入るのに必ず持ち歩いています」
雪山の備え。
ビーツさんの説得でとりあえず屋根は任せてもらえることに。建物の裏に大きな排水溝があるとのことなので、そっちに下ろしてから溶かしてしまおう。
人が裏に来ないようにだけ注意してもらうように頼んでどんどん雪を下ろす。2時間足らずでほとんど下ろせた。まだ雪が降っているので薄らと積もり始めてはいるけれど、この分ならもう雪下ろしが必要なほどは積もらないだろう。
排水溝に入りきらない雪は……剣に火の魔力を通して高熱にして溶かしてみたけど時間がかかりすぎると判断してアースを呼んで手伝ってもらった。
粗方処理が済んだところで休憩に誘われたので表に顔を出すと、庭の一角で炊き出しを行なっているようだった。教会ならそういうこともするか。
真っ赤なボルシチは野菜の旨味がしっかりと染みていて美味しい。ボルシチを見た瞬間ビーツさんをチラ見してしまったのは内緒だ。
「この赤いスープ美味しいねぇ」
「そうだな」
ロボたちも気に入ったようで何よりなんだけど、ネコの口周りが真っ赤になってるからあとで洗ってやらないとな……。
薪割りも少し手伝ってから暗くなってしまう前に孤児院を出る。寄付金もきちんと渡せた。案の定遠慮されたけれど、子供たちのためだからと説得して受け取ってもらった。ギルドへの帰り道に見覚えのある通りに出たので、以前お世話になった雑貨屋に向かう。
ロボたちはいっぱい遊んで眠くなったとのことで一足先にナイトの元に戻り、ボムも瓶の中に戻って光度を下げた。
「いらっしゃいませ……おや、ユウ様。ようこそお越しくださいました」
「以前名乗っただろうか?」
「お噂がやっとこの街まで届きまして。顔まで覆う漆黒の鎧を着た、年若いオリハルコンの冒険者なんて幾人もいらっしゃいません。私はここの店主のミゲルと申します」
店に入ると以前のおじいさんが声をかけてくれた。名乗った覚えは無かったので訊いてみたらそう返される。
「なるほど。悪いことはできそうにないな」
一発で特定される。
「真面目に生きるのが一番でございますよ。本日はどうされました?」
「知人が結婚するんだ。お祝いの品は何がいいかと思って相談に」
「それはおめでたい」
知人と友人の線引きって難しいよね。
ミゲルさんのお勧めはタオルや食器、フラワーアレンジメント、あとは食品らしい。店にある候補を見せてもらっていると、すごく気になる物があった。
ボーンチャイナみたいな真っ白いお皿のセットだ。蕩ける光沢と柔らかい質感は落ち着いた雰囲気のサリカさんに合っている気がする。
「お気に召しましたか?」
「ああ。しかし、少しシンプルすぎるか」
個人的にはこのままでも好きなんだけど、折角のお祝いならもう少し華やかな物にしたい。あまりにもシンプル。
「そうですね……少しお時間頂けましたら、絵を付けられますよ」
「そんなことができるのか?」
もう完成してしまっていますよ? 今から絵付け?
「少々値は張りますが可能です。絵や柄の候補はありますか?」
「予算は決めていないから大丈夫だ。派手すぎない程度に、スズランの絵を入れてほしい。構図はお任せする」
「スズランの絵ですね。承知いたしました。明後日の昼までには完成しますので受け取りに来ていただけますか?」
「わかった。無理を言ってすまない、ありがとう」
わーい! いい買い物ができた!




