表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

彩美

私に恋愛なんて必要ない。あの頃はそう思って生きていたーーーー


(はぁ…今日も終わった。明日は休みでよかった)

週末の街中を、仕事終わりでくたくたな大崎彩美が歩いていく。


(明日は部屋の掃除をして、撮り溜めたDVDでも見ようかな)

そんなことを考えながら歩いて行くと、近くのコンビニから同僚の女性が出てきた。

(あれは、柴田さん…一緒にいるのは彼氏さんかな)

もう少し歩いていると、別のレストランで女性たちと食事する同僚の男性を二人目撃した。

(松尾くんと藤山くんだ…また合コンしてる)


同僚たちのプライベートな部分を見て、先日の友人たちとの会話を思い出す。

「ところでほのかはまだ例の彼と続いてるの?」

彩美は長年の友人の橋本ほのかに話を振る。

「まぁ一応続いているよ。ほぼ腐れ縁って感じになってきたけど。千早は?旦那さんと最近どう?」

ほのかがもう一人の友人の橘千早に聞いてみる。

「うちも上手くやってるよ。こないだの誕生日にも温泉に連れてってもらったし」

「へぇ、そうなんだ」


「なんだかんだ言って二人とも相手がいていいな」ふとつぶやいた。


周囲の人たちはみんなそれなりに恋愛や結婚をして、人生を楽しんでいる。

だけど彩美はこれまでの人生の中で恋人を作ったことがなかった。

男性嫌いではない、ましてや仕事に命を懸けているわけではない。

だが、彩美にはとあるトラウマがあった。



高校生活最後のクリスマス。

彩美は当時思いを寄せていた先輩の家に招かれていた。

最初は楽しく会話をしていたが、次第に先輩の様子がおかしくなった。

てっきり酔っぱらっているのだろうと思っていたが、どんどん先輩が彩美の体をまさぐってきた。

彩美は恐怖のあまり先輩を思いっ切り押しのけ、家から飛んで逃げていった。

幸い、友人たちや校内でこの件は広まっていなかったが、先輩とは疎遠になった。


彩美はこの件がとても深いトラウマになってしまい、「地元から出たい」と急遽内定が決まっていた地元の大学を蹴って、東京の大学へ進学した。


上京後、そういったことがあって大学でも人を極力避けて来たが、ある日こういった出来事があった。

「あの、私この授業始めてなんですがなにか変わったことありますか?」

突然話しかけてきた隣に座っている女性。

「いや…特にはなかったと思いますが…」

「そうなんですか!よかったです!もしかして文学部ですか?」

「そうですが…(てゆうかこの授業文学部しか受講出来ないし)」

「私もです!よかったら仲良くしてください!」

「あ…はい」

そう言われて勢いで連絡先を交換した。

戸山千早という女性だった。


それから数日後、新しいバイト先での初出勤日を迎えた。

「今日からお世話になる大崎です。よろしくお願いします。」

「あぁ今日から入る子だね。実はもう一人いたんだ。ついでだから紹介するよ。」

そう言うと一人の女性が呼ばれた。

「橋本さん、彼女も今日から入った子なんだ。仲良くしてあげてね。」

「そうですか。よろしくお願いします。頑張りましょうね。」

橋本ほのかという名札をつけていた女性は笑顔でそう言った。

「はい!よろしくお願いします!」

あれ以来、人間不信気味だったけどこの二人にはなぜか心が開くことが出来た。


(もうあれから何年たった…?確かにまだ怖い部分はあるけど、前に向いていかないと…)


未だに過去の傷にとらわれている彩美。だがその一方で自分を変えようとも思っている。



「大崎さーん、ちょっといいかな?」

ある日の出勤早々上司に呼び出された。

「今度うちで使っている備品の担当者が変わると話しただろ?その担当者の方がちょうど今いらっしゃってて、君も発注することあるから一言挨拶しておいた方がいいと思って。」

「あぁそうですね。わかりました。」


その担当者が待っている応接室に通される。

「お待たせいたしました。彼女が当課の発注担当者の大崎といいます。」

「大崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

「小山です。こちらこそよろしくお願いします。」

と挨拶をして名刺交換をする。

「〇×商社 営業部第一課 主任 小山大輔」と相手の名刺には書いてあった。

(ちょっと頼り無さそうだけど、なんか憎めない感じの人だな)

彩美の彼への第一印象はこんな感想だった。


席に戻ると

「大崎さーん、さっき門倉主任に呼ばれてましたが、何だったんですか?」

彩美の隣のデスクの柴田美香が興味津々に話しかけてきた。

「何でもないよ。備品の業者の新しい担当者と顔合わせしただけ。」

「へぇーっそうだったんですね!どんな人でした?」

「どんな人って…」


「もうそこ!私語は控えなさい!」

職場のお局様的存在の安藤雅美に注意される二人。

「…すみません」

「はぁーい」


柴田は彩美の数年後輩で、偶然隣のデスクになったのだが、なぜか気に入られよく話かけられる。

「大崎さーん、聞いてくださいよー。また部長に怒られちゃいましたー」

「大崎さーん。昨日大学時代の友達の結婚式行って来たんで、このバームクーヘンよかったらどうぞー。」

まぁ大半を聞き流している彩美なのだが。


安藤は彩美の入社時にはすでにベテラン社員で、仕事もバリバリしているまさにキャリアウーマンだった。

仕事には厳しく怒ると怖いので、彼女を恐れている人も多い。


そういえば、柴田がある日彩美にこんな話をしてきた。

「安藤さんって、親会社の部長と長年不倫しているって噂ですよ。」

「噂は噂でしょ。」

彩美はまたしても聞き流した。


仕事に戻ろうとしたら、いきなり彩美のLINEが鳴った。

(誰だろう…こんな時間に)

「先ほどはありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。」

(先ほど…?何の話?)

送信者名を確認すると、「小山大輔」と表示されていた。

間違いない。さっき紹介された新しい担当者だ。

「大崎さんの名刺に書かれていた携帯番号を登録したら、自然にLINE友達へ登録されていたので。失礼いたしました。」

「そうだったんですね。大丈夫ですよ。こちらこそよろしくお願いします。」

小山のLINEに彩美はこう返事した。



一日の仕事が終わり帰宅すると、郵便ポストに不在票が入っているのを発見する。

宅配ボックスによって、荷物を取りに行く。

「母さんからだ」

部屋に戻って中身を見ると、お米や野菜や調味料など食料品がたくさん入っていた。

彩美の母親は彼女が上京してからずっと月に一度のペースでこうやって荷物を送ってくる。

お金の無かった学生時代や入社当時は本当にありがたかった。

中身を確認してると、母親から電話がかかってきた。

「もしもし彩美?荷物届いた?」

「届いたよ。いつもありがとう。大変でしょう?」

「いいのいいの!私が勝手にしていることなんだから」

その後はとりとめのない雑談をしていたが、突如母親が

「ところで彩美」

(きた…)彩美にはだいたい想像がつく。

「いい人はいないの?」

「いないよ、仕事で忙しいし」

「そろそろいい人見つけなさいよ。あんたももういい年なんだから」

このように、ここ数年母親は彩美の結婚を催促している。

「あんたの同級生の田辺さんは来年結婚するらしいよ。近所の坂田さんとこは初孫が生まれるって」

「へーそうなんだ。おめでたいね」

「だからあんたも頑張りなさいよ。じゃあね」

と言って電話は切れた。

母親は彩美に過去何があったのかは知らない。

東京の大学に進学すると言ったときも、特別理由は聞いてこなかった。

「頑張りなさいね…」

彩美に興味がないわけではない、突然言い出した娘の心境を察して敢えて聞かなかったのであろう。

彩美は疲れを取ろうとシャワーの準備を始めた。

その前に母親に「今度はみりんとお酢を送ってね」とLINEを送った。



数週間後、仕事中に他の課へのおつかいから帰っているときに、いきなり声をかけられた。

「大崎さーん!」

声の主は小山だった。

「あら、小山さん。どうなさったのですか?」

「いや、今日は別件で立ち寄って。それで大崎さんを見かけたからつい声をかけてしまいました」

「そうだったんですね。お疲れ様です」

「ありがとうございます。あの…」

小山が何かを言いたそうにしている。

「…?どうしましたか」

「いえ、何でもないです。失礼します」

首をかしげていると、小山はそそくさと帰っていった。

席に戻って仕事をしているとLINEが鳴った。

送り主は、小山から。

「先ほどは失礼しました。あの時言いたかったのは、もし迷惑でなかったら今度の週末にお食事でもと思いまして…」

特に断る理由もなかったので「いいですよ」と返信した。

「ありがとうございます!ではまたご連絡しますね」



あれから何度かLINEのやり取りをし、お店や待ち合わせ場所を決めていった。

そして、当日がやってきた。

小山は午後から仕事とのことで、ランチに行くことになった。

一見あっさりとOKしたように見える彩美だが、実は何気にこの日をすごく楽しみにしていた。

と言うのも、この数週間で彩美の小山への思いは変わっていったからだ。

ある日、仕事でミスをしてしまい上司からこっぴどく叱られてしまった彩美。

この仕事を何年もしているので、意味不明のことで怒られたり理不尽なことを言われるのはもうとっくに慣れてしまっている。

だけど、今回はなぜか悔しくてたまらなかった。

自宅に帰ると涙が止まらなくなってしまった。

(私どうしたんだろう…こんなことなかったのに…)

そうしていると、急にLINEが鳴った。

送り主は小山だった。

「お疲れ様です。このところ気候が不安定ですが体調は崩されていませんか?」

本当に何気ない内容だった。

それでも今の彩美にはすごく救われる内容だった。

彩美は何があったのか小山に話した。

小山は黙って話を聞いてくれて、「大変でしたね。僕でよかったらまたお話聞きます。ゆっくりお休みください」

この瞬間、彩美の中で小山の存在が大きくなっているのがわかっていった。



「このお店よく行かれるんですか?」

「夜に飲み会で何度か行きましたね。それでランチもしていると聞いたので」

「そうなんですね!初めて来ましたけど、いい雰囲気ですね」

「気に入ってくださってよかったです」

食事の最中は、いろんな話をしていった。

仕事のことだけではなく、お互いの趣味の話やどんな休日を過ごしているのかなどさまざまなこと話していくうちに徐々に打ち解けていった。

「なんか小山さんってすごく楽しい方ですね」

「そうですか?初めて言われました」

少し照れ臭そうに笑う小山を見て、彩美も笑顔になってしまう。

時間が来たので、お別れすることになった。

「今日はありがとうございました。お仕事頑張ってください」

「こちらこそありがとうございました。気を付けてお帰りください。今度はもっとゆっくりお話したいですね」

「そうですね!また行きましょう!」

小山と別れたあと、彩美は自分の気持ちを確信した。

(私…小山さんのこと好きだな)

今度こそは前向きに進めていきたい。

だからこそ、彼をもっと知りたい。

彩美の中に芽生えたちょっとした変化だったーーーー



翌週、また母親から荷物が届いていた。

「あら、かぼちゃが入っている」

母親によるとご近所さんからのお裾分けとのこと。

「そう言えば、小山さんがこんなこと言ってたな…」

彩美は先日のランチでの会話を思い出す。

「僕ね、かぼちゃが大好きなんですよ。とくに煮物が」

「あ、そうなんですね!」

「そう。いわゆるおふくろの味って言うんですかね」

せっかくだから小山にも分けてあげようとLINEを送った。

「こんばんは。実家からかぼちゃが送られて来たので、よかったらいかがですか?おすそ分けします」

小山から返事がきた。

「えっ?いいんですか?ではお言葉に甘えていただきます」

待ち合わせまで時間があったので、せっかくだから煮物にしようと思い、作ることにした。

「…でも作ったことないしなー」

しょうがないので、スマホで検索して作った。

待ち合わせの場所で会う二人。

「えっ?煮物にしてくださったのですか?」

「はい、こないだかぼちゃの煮物がお好きだとおっしゃっていましたので。…余計なお世話でした?」

「いえ、ありがたいです!好きなんですが実は作ることは出来ないので」

「ならよかった!お口に合えばいいのですが」

その日の夜、小山からLINEが届いた。

「すごくおいしかったです!ごちそうさまでした!またタッパをお返ししますね」

「喜んでくれてなによりです」

「あの、ちょっとお願いしてもよろしいでしょうか?」

何事?と首をかしげながらも「なんでしょうか?」と返信する彩美。

「彩美さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?僕のことも名前でいいので。無理でしたら結構です」

「構いませんよ。私も大輔さんとお呼びしますね」

「ありがとうございます。彩美さん」

このやり取りをしていて彩美はふとこんなことを思った。

(シャイな人なのかな…)

その一方で、小山の一面を知って心が躍る彩美であった。



翌日、彩美が休憩室に居たら意外な人から声をかけられた。

「あら大崎さん、こんなとこで会うなんて奇遇ね」

その相手は、お局様こと安藤だった。

「こないだは大変だったわね。でもあんなこと気にしなくていいからね」

「はぁ…ありがとうございます」

いつもより優しめの安藤にちょっと驚く彩美。

「ところで大崎さん」

「はい?」

「あなた今度の土曜日空いてる?」

「えぇ、特に予定はありませんが…」

「よかったらその日ランチにでも行かない?」

予想外のお誘いにびっくりしている彩美だが、別に安藤のことが嫌いとかというわけではないのでOKした。

「あぁよかった。そういえばあなた柴田さんと仲良いわよね。彼女も私から誘ってみようかしら」

「(別に仲良くないのだが)いいですね。きっとOKしてくれると思いますよ」

「なら声かけてみるわね。詳しいことはまたLINEででもお話しましょう」


席に戻ってしばらくすると。

「大崎さーん。安藤さんが三人でランチ行きましょうと誘ってきたんですけど、知ってますか?」

「知ってるよ。私もさっき誘われたし」

「そうなんですね!よかったー大崎さんがいるなら行きます!」

この発言でわかったのは、とりあえず柴田が安藤のことを苦手だと思っていることだと彩美は理解した。

(でもなんで三人でランチなんて言ってきたんだろう…)



そして土曜日。

待ち合わせ場所で二人を待つ彩美。

(よくよく考えたらここ最近、週末は大抵誰かとランチだな…先々週は大輔さん、先週は千早と。そういえば千早がなんか悩んでいるみたいだけど大丈夫だったのかな…)

そんなことを考えていると、二人が待ち合わせ場所に着いた。

「お待たせしてごめんね。じゃあ行きましょうか」

場所は会社から一駅の安藤が行きつけのカフェだった。

「こんなところにカフェがあったんですねー」

なぜかテンションが上がっている柴田が話す。

「そうなのよ。いわゆる隠れ家的なところって場所ね」

こちらもなぜかご機嫌な安藤を見て、彩美の緊張もほぐれていった。


ランチを共にして気づいたのだが、安藤は結構気のいいお姉さんだったということだった。

よくしゃべるし冗談も言うし彩美たちの愚痴も聞いてくれる。

このように一緒に過ごさないとわからない部分が人間にはあるのだとここ最近わかり出した彩美。

そしてそれに気づかせてくれたのも小山だということにも。

そんな中に、柴田がこういう質問をぶつけてきた。

「安藤さんって今お付き合いしている方いらっしゃるんですか?」

それに対して安藤の答えは。

「お付き合いというかね…そばにはいるんだけどなかなか私だけを見てくれない人がいるの。でも離れられないの。好きだから」

「へーでも辛くないですか?」

「そうでもないよ。私はその人が誰よりも好きという自信を持っているから」

彩美はこのやり取りを聞いていて、前に柴田が教えてくれた噂が本当だということを察した。

安藤が席を外したときに彩美は柴田に「この話は私たちだけの秘密にしておこうね」とくぎを刺しておいた。

そして安藤が自分たちを誘った理由も、こういったことを話せるし察してくれる人間だからなのだというのも気が付いた。



ランチを終えて帰宅して一息ついていたら、突如着信があった。

「もしもし彩美?悪いんだけどしばらく家に置いてくれない?」

かなり興奮した様子で話しているのはほのかだった。

しばらくすると大きめのスーツケースを持ってほのかがやってきた。

「突然ごめんね。お世話になります」

「どうしたの?ケンカしたの?」

「うん…ちょっとね」

とりあえずほのかを部屋にあげることにした。


二人で缶ビールを飲みながら、ほのかから何があったのか聞いた彩美。

どうやら、同棲中の彼氏がほのかの職場の後輩と浮気をして、それを問い詰めたらケンカとなり、家を飛び出したとのこと。

「…そうなの?なんかそれってひどいね」

「今まではマンネリになっても我慢してきたけど、もうこれで無理なのがよーくわかった。やっと踏ん切りがついた」

「でもこれからどこに住むの?」

「…とりあえずは実家に帰って、そこからまた住むところ探すわ。ここにはそんなに長いこといないから安心して」

そう語るほのかの顔から寂しさや未練などは感じられなかった。

いや、むしろすっきりとしているようにも見えた彩美だった。



「…とこんなことがありまして、ここ数日間彼女が私の部屋にいるんですよ」

「そうなんですね。そのお友達も大変ですね」

彩美は休日に小山と食事に行き、ほのかとのことを話していた。

「…でも彩美さんの気持ちなんかわかるな。実は僕もこないだ知人から急に連絡あって似たような感じだったんですよ」

「え?そうだったんですか?」

「その彼は僕の幼なじみの弟でね、お互い家庭がある身でお付き合いをしている人がいてその人とのことで悩んでいるって」

「そ、それってW不倫ってことですか?」

「そうなりますね。でも僕も下手なことは言えないから当たり障りのないことを言ってごまかして終わらせましたが」



「今日はありがとうございました。しかも家まで送ってくれて」

「いえ、とんでもありませんよ。こちらこそ付き合っていただきありがとうございます」

「では、また」

と、別れようとすると呼び止められる彩美。

「あの、彩美さん」

思いつめたような雰囲気を出す小山。

「もし迷惑でなければ、僕とお付き合いしてくれませんか?」

彩美に告白する小山。

その表情は真剣なので本気で伝えているのが彩美にも伝わった。

自分も小山には好意を持っている。

でも、簡単には返事は出来ないし、だからこそ伝えないといけない。

「あの、大輔さん。これから私の話を聞いてくれますか?」

彩美は自分のトラウマ、そして小山への気持ちを正直に伝えた。


一通り伝えたあと、小山はこう口を開いた。

「話してくれてありがとうございます。とてもお辛い経験をされたのですね。でも僕はそんなこと一切気にしません。どんなことが過去にあろうと彩美さんは彩美さんですから。それに大切なのは過去ではなく今の気持ちとこれからの未来ですから」

この言葉を聞いた瞬間、彩美は自分の中にあったわだかまりが溶けていくのを感じた。

そして自分が探していたのは、そんな自分も受け止めてくれる人だということも。

「…ありがとうございます。話してよかったです。こんな私でよければよろしくお願いいたします」

「はい、もちろん!」

小山はそう伝えて、彩美を優しく抱きしめた。

「…なんかもう離れるのが寂しくなりましたね」

「そうですね、じゃあよかったらうちに…無理でしたね」

自分の部屋にはほのかがいることをど忘れしていた彩美。

「では、今日はこの辺りにしておいて今度またお会いしたときに。ゆっくり焦らず僕らのペースで進めていきましょう」

「ほんとですね。私、大輔さんにお会い出来てよかったです」

「僕もです。これからよろしくお願いします」

小山は優しい眼差しで彩美を見つめて笑っていた。

彩美はこれまでにもないくらいの幸せを味わっていた。

(ほのかや千早もこんな思いだったのかな…なんか二人の話も聞きたくなってきたな)

二人には今度会った時に伝えようと思った彩美だった。

(友達に恋愛の話が出来るって、こんなに楽しみなことだったんだね)


数週間後。

「おはよう。もうお昼前だね。休みだからつい寝過ごしちゃったね」

「そうだね…ちょっと寝るのが遅かったね…」

本格的に付き合いだしたのもあり、お互いに敬語で話すのをやめたり呼び方も変わっていった二人。

そして昨晩、小山の部屋に泊まりついに一線を越えた。

そのため、少しぎこちない彩美だった。

(昨日の私、なんか変なとこなかったかな…というかみんなあんなことしてるんだね…)

「彩美ちゃん、大丈夫?どこか痛いとかない?」

それを察して気を使う小山。

「いや、痛くはないけど…なんか変な感じ」

「どういう感じ?」

「なんか…まだ緊張しているというか…ふわふわしているというか…」

「あぁそういうことか。なんか怖い思いさせちゃったかなと思ったから」

「いや、怖くはなかった。むしろ…なんか暖かかった」

そう言うと、少し照れ臭そうにする小山。

そしてその姿を見て、また愛しく思える彩美。

「あのね、大輔さん」

「ん?どうしたの?」

「やっぱり私、大輔さんのこと大好き」

「…ありがとう。なんか付き合ってから彩美ちゃん変わったよね」

「え?そうかな?」

「付き合う前はもっとツンとしていたというか…今はもう真逆」

「じゃあツンデレってこと?w」

そんなことを言いながら笑い合う二人。

そして今日これからの予定を話し合うようにした。



それからの二人はたまにケンカもしていたが、常に仲良くしており順調な交際を続けていた。

交際開始から半年後。

二人はとあるホテルに居た。

お互いに有給を取って、温泉地に旅行に行ったのだ。

温かい温泉と美味しい料理を堪能して、お部屋でくつろいでいた。

しばらくしてから小山が口を開く。

「僕と一緒になってください」

彩美はそのプロポーズを笑顔で受け入れた。



もう恋愛なんてしない。

過去を引きずって、愛だの恋だのとは関係のない人生を送ろうとしていた。

だけど、そんな自分でも受け入れてくれる人に出会えた。

そして、共にこの先を生きていく決心をした。

今のこの状況を、あの時の自分は信じてくれるだろうか。


人生はなにが起こるかわからない。

一人で歩くつもりだった道を誰かと一緒に歩いていく。

そんな棚からぼたもち的なことも起きることがあるのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ