闇に紛れる不穏
カツン、カツンと足音が響く。
辺りは静まり帰り、足音以外は何も聞こえない。
時刻は深夜の2時。真っ暗な通りを真っ黒な布を被った人影が歩いていく。
ギーーー
音を立てて開いたのは、貧民街にある建物だった。
どの町にでも、少し大きいところであれば貧民街がある。格差が生まれてしまうからだ。
黒い影が入った建物は、普段は商社の倉庫として使われているところだ。
何もない壁の前で立ち止まると、手を前に伸ばす。
すると、カチッと音がして扉ができた。
いや、できたように見えただけで本当は元からあったのだ。ただ見えていなかっただけで。
扉を開けると階段があり、そこを降りていく。
「来たか、そこにいるのはアルファか?」
「はっ、主様。準備は整いました。」
「そうか。遂にか。我々の計画もここまで来たか。グルカスは、もうこちらに向かっているか?」
「はい、こちらに向けて動き出しています。現在は我々が用意した宿に泊まっております。」
「例のものも身につけさせただろうな?」
「しっかりとつけさせました。」
「よし、アルファよくやってくれた。」
「いえ、ベーダーやガンマ達の手伝いもありましたし
何より主様のおかげでございます。」
「いや、それでもお前が一番働いてくれたと聞いている。皆にも言わなければならないがお前に一番最初に言おう。ありがとう。」
「ははぁー。光栄の極みでございます。」
「しかしグルカスもちょろいものだな。ちょいちょいと戦闘欲を刺激してやればすぐに動く。やつは脳筋だから扱いやすい。それに比べてあいつらときたら…」
「おっと、こんな愚痴を言っている場合ではないな。」
「主様の愚痴なら私がいつでも聞かせて頂きますが。」
「ありがとう、アルファ。惜しいものだ。これでまた一つ手駒が消える。それも大きな大きな手駒だ。だからこそ、今回の計画はなんとしてでも成功させなければならない。頼むぞ、アルファ。」
「はっ。」
「ならば私は引き上げる。お前たちとは、ここでお別れだ。アルファ、これだけは伝えておく。ぐれぐれも死ぬなよ。特にアルファからイプシロンまでは替えが効かん。お前達は、私の我が子と同じようなものだ。死ぬのは絶対に許さん。」
「はっ、承知致しました。」
「このことはお前から、ベータ達にも伝えておいてくれ。では、健闘を祈る。」
「主様もお気をつけて。」
アルファが頭を上げるとそこにいたはずの主は居なくなっていた。一瞬にして消えたのだ。移動したのに気づけるとしたら暗闇の中赤い光が瞬きの瞬間動いた気がするという程度だろう。
◆◇◆
朝から食事を優雅にいただく。
昨日は、疲れていてしっかり味わうことができていなかったんじゃないかと思うぐらい朝食から美味しい料理が出てくる。
胃に優しい温かいスープから柔らかいパンなどが出てくる。たまには、そのまま焼いた肉を食べるのもいいがこっちの方がしっくりくる。
自分の家にいる時は、ここまで豪華な食事を食べたことなどなかったのだがやはり先生の所で食事をしていると俺は慣れたのだろうか?などと思いながら満喫する。
「今日の予定はこんな感じじゃ。」
先生が見せてくれたのは、闘技大会の日程予定と項目だ。闘技大会は3日に渡って行われる。
1日目は、開会式と冒険者達の戦闘だ。
冒険者と言っても、その中でもAランクの上位のメンバーだ。ギルドより許可されたAランク冒険者達がSランクへの昇格を狙って戦う。Sランクは、通常のクエストをこなしているだけではなることができない。
全員が認められる功績があってこそSランクになれるのだ。言い換えれば、いくら強くても皆に認められなければSランクにならない。
しかし、みんなに認められるなんてことはなかなか難しい。
そこで、この闘技大会がある。
Aランクの中で勝ち抜いたものがSランクになる可能性を与えられるのだ。
そして、勝ち抜いた者には3日目に行われる最強決定戦に出場することが可能になる。
そこで一人でも倒すことができればようやくSランクになれるのだ。Sランクとは、それだけなるのが厳しいのである。
当然、最強決定戦にはSランクばかりが出場する。
2日目は、魔法戦だ。
普通、魔法師は打たれ弱い。剣士と魔法師が限られた範囲内で戦えと言われたら剣士の方が勝つ。
剣士が一瞬で距離を詰めて終わりだ。
そもそも魔法師は離れて打つからこそ強いのだ。
それに、精神が乱れると魔法は弱くなり下手をすると打てなくなる。
そうすると、魔法師が誰が強いか分からない。
そこで魔法師の最強を決めるのが魔法戦だ。
俺はあんまり、魔法を見たことないからじっくり観察しようと思う。
3日目は、さっきも言ったように最強決定戦が行われる。それは、この国を守る騎士団の団長からSランクの冒険者。さらには、各界のの高明な魔法師に最強と言われている傭兵などが出るらしい。
ちなみに、フェルナ先生はここで出場するので2日目の魔法戦では出ないらしい。
魔法師が剣士と戦えるんですか?と聞いたら「あぁ、それは初心者が出るものじゃからの」とおっしゃっていた。
どう考えても、AランクやSランクの人たちが名簿に並んでるんですけど……
あっ、これは先生にとっては初心者なんですね。
俺は何なんだろう?と思う答えだ。
うん。頑張ろう。
それぞれ全ての日に賭けは、あるらしく。
下馬評では、圧倒的に傭兵隊長のゲルフさんが最強らしい。なんでも、2位に選ばれている騎士団長を1分も経たずに倒したとか。すげーな。
3位は、白銀の猛禽というクランのリーダーである
エルベルトさんらしい。
その後にも本にも出てくるような人が並んでいる。
先生は7番目だった。
何はともあれ、最後が一番盛り上がるだろう。
しっかり楽しみたいと思う。
先生と共に宿を出て、闘技場に向けて出発する。
かなり、早くに出てきたのにもう人がまあまあ外にいる。もう少し時間が遅くなれば大混雑は間違いなしだろう。
それだけ、この闘技大会への住民の関心が窺える。
闘技場には混み始めている門からではなく、裏口から入る。先生は、来賓客でもあるのでこの大会に呼ばれている立場だ。自分は入っちゃいけないんではないかと聞いたが大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。と言われてしまいずるずる入ってしまった。
すぐに、係の者に誘導され来賓席に座ることになった。来賓席は普通の席や貴族席よりも高く設置してあり一番見やすい位置につくられている。
横の席には、恰幅の良いおじさんが座っていた。
にこやかな顔でこう言った。
「これはこれは、フェルナ大魔法師様。娘が世話になっています。」
「全くじゃ。あの世間知らずはどうにかならんのか?」
「昔から私が甘やかして育ててしまったばっかりに、なかなか言うことを聞かなくなってしまって申し訳ない。」
「あの性格をどうにかせん限り、弟子にはしてやれんぞ?」
「わかっております。もう少しだけ、あの娘が大人になるのを待ってやってもらえませんか。
おっと、失礼しました。この子はどなたでしょうか?私も見たことがないお顔ですが…」
「こやつは、今のわれの弟子じゃ。」
「あぁ、この子があの弟子ですか?」
んん?どういうことだ?この人は誰なんだ?
黙って話が終わるのを待っていたのだけど、この人どっかで見たことがあるようなないような。
うーーーーん。
「ずいぶん、賢そうな顔をしておられる。私は、サンマルティーン公爵家のダザイと言います。あなたのお名前は?」
「ええええええええ!!!」
この人があの上から目線のあのお嬢様のお父さん???たしかにちょっと似てるかも、鼻の高さとか。
でも、目はあの女の子とは違って優しそうな目をしている。
「えぇ、えっとリアムと申します。」
「リアム君か。娘が迷惑をかけたそうだね。申し訳ない。」
頭を下げられる。貴族が平民たち頭下げちゃまずいんじゃないの?
「いや、大丈夫です。」
「じゃが、昨日は決闘までしたそうじゃないか?それは不味いぞ。さすがに公爵家と言っても。ダザイ。」
「分かっております。フェルナ様。娘がわがままに育ってしまったのは私のせいだ。娘をどうやって貰ってもいい。だから昨日のことは許してやってくれないか?」
「はっはい。」
「約束は守らせるんじゃぞ。」
「もちろんだ。リアム君。こんなことになっている上で申し訳ないのだがひとつだけ頼みを聞いてもらえないだろうか。」
「なんですか?」
「どうか娘の友達になってくれないかな。娘がこうなってしまった一因には友達がいなかったことが原因じゃないかと思うのだ。どうかね。」
「嫌われてないか心配ですけど、僕からは出来るだけ仲良くしようと思います。」
「ありがとう。それで充分だよ。よろしく頼む。」
お父さんは聞いている貴族とは全然違うタイプだ。
もっと傲慢なのかと思ってたのにめっちゃ良さそうな人じゃん。
けど少し不安なことがある。
あのー、俺娘さんの名前すら知らないんですけどーーーー
この状況では言えないわ。
どうしよう。
まぁ、また本人に会ったらその時に聞こう。