酒
「タイガーさん、丁度良かったですね。服とかに結構使っちゃいましたし。」
「あぁ、思わぬ臨時収入だよ。」
等と話してると外から
「やれやれ、やっと女共が居なくなったな。」
中年の男の声がして来た。
「おや、あんたかい。」
「よーマリー、いつもの頼むはな。」
薄汚れた土建屋みたいなおっさんが店に入って来て、腰を下ろした。
「はいよ。あんた達、ちょいと離れるよ。」
そう言うとマリーは今度は厨房の方に入って行った。
「おい、そこのにーちゃん、水くらい出せよ。」
「⁉俺…に言ってんの?」
「他の何処に、にーちゃんが居るんだ?」
「テツ、生憎その子は店員じゃないよ。」
「違うのか?店手伝ってたじゃねーかよ。」
「忙しいから、無理言って手伝ってて貰ったのよ。それより、ほらいつもの!」
そう言うとマリーは男の前にコップと酒の瓶、更に煮物が盛り付けられた器を置いた。煮物は肉と様々な野菜が入っており、元いた世界の筑前煮に似ていた。
「おーこれこれ!」
男は煮物を二口三口、口にするとコップに酒を注ぎ、口に運んで一気に飲み干した。随分と美味そうだ。
「ぷはーっ!この一杯のために生きてんだよな。」
男はベタなセリフを、大袈裟なくらいの声量で言葉を発した。やっぱこの世界でも酒が働く男の好物なのは、同じなようだ。
「しかしマリー、メニューにあんな煮物あったか?」
「無いよ。けど一部の客用にあるんだよ。あの男みたいに酒のあてにならないとか言うから、特別に用意してんのよ。」
「(裏メニューみたいな物か。)」
「しっかし、この店にあんな行列が出来るなんて夢にも思わなかったぜ、マリーよ。」
「あたしだってびっくりしてんのよ。それもこれも、彼のおかげだけどね。」
「あの、にーちゃんがか⁉」
「そうよ。」
マリーは事のあらましを説明した。
因みに、このおっさんの名は「テツ」といい、町外れの鉄工所の社長らしい。最も、社員は本人込みで2・3人程度といった小さい所らしい。
「はーそういうことか。この店が急に流行ったカラクリは!!」
「まーね。おかげて忙しくなったよ。」
「しっかし兄ちゃん、何者なんだ?えーと、名前は?」
「タイガーと呼んでくれればいいよ。」
俺はリリーナに出会い、この店に来たまでの経緯を話した。無論、記憶喪失という設定でだが…
「なるほどな、しっかし記憶喪失とは大変だな兄ちゃん。本当にあるんだな…長いこと生きてきてそういう人間に会うのは初めてだぜ。」
「あぁ、でも彼女と出会ったおかげで、何とかやってけてるよ。」
俺はリリーナを見ながら言った。
「そーか、よし兄ちゃん飲もうぜ。おれの奢りだ。マリー、コップもう一つ持ってきてくれや。」
「いや俺は酒は…」
俺は元いた世界でも酒は全く飲めなかった。早い話が下戸だ。炭酸飲料も嫌いでビールすらろくに飲めないのだ。甘酒さえ飲んでも口に合わない始末だ。
「なんだよつれねーな、いいから飲めよ。ほら!」
「いやだから…」
俺はほぼ強引に飲まされた。元の世界じゃパワハラになるだろうな。
その結果、直ぐに気分が悪くなった。転生しても飲めないのは変わらないようだ。
「おえー!気持ちわりー…」
「大丈夫ですかタイガーさん?」
「悪いな、リリーナ…」
リリーナに介抱された。彼女にまた迷惑かけてしまった。
「本当に飲めないのかよ。」
「テツ、アンタが無理に飲ますからだよ。」
「んなこと言ってもよ…こんなに美味いのに勿体ねーな。」
テツは、そう言うと一人で飲み直した。俺は少し休んでたらマシになってきた。
「はー…気持ち悪かった。」
「おい、にーちゃんよ、酒が駄目ならよラーメンでも食いに行かねーか?近くにいい店があるんだよ。」
「!ラーメン⁉ラーメンあんのか?ラーメンなら喜んで行くぜ。」
打って変わってテンションが上がった。俺はラーメンが好物だからだ。この世界にもラーメンがあるのを初めて知った。マリーの店には無いし、最近パンとか質素な物ばかり食ってたからな。
「よし、決まりだ。よかったらねーちゃんもどーだ?」
リリーナにも声をかけた。
「あっ…私は遠慮しときます。」
「なんだよリリーナ、ラーメン嫌いか?」
「嫌いって訳ではないんですが、私辛いの苦手で…この近くのラーメン店、辛口だから…」
「そーか、なら仕方ねーな。兄ちゃん行こーぜ。」
「ああ、じゃあなリリーナ。行ってくるぜ。」
「行ってらっしゃい。」
俺達は、リリーナに見送られてマリーの店を出た。