水槽
ジョウはためらいがちに、水槽内に生き物がいない訳を話しだした。
「少し前まで、魚がいたんですが…全滅してしまったんです!」
「ぜ、全滅!」
「病気か何かですか⁉」
「いえ…」
そこまで話すとジョウは、近くに立っていた店員をチラ見した。俺等が入店した時、対応した店員だ。
「……」
チラ見された店員もなにか、気まずそうな顔をしている。
「彼が原因なんです…」
「あの人が⁉あの人が何を…」
「はぁ、それが…」
ジョウはことのあらましを話しだした。
「元々この水槽には、キレイな魚達を飼っていたんです。食事をしながらキレイな魚の鑑賞も出来るとあって、料理と並んでこの店の名物になっていたのですが…ある日、その日は定休日の翌日で、私は1日ぶりに店に店に来ました。開店に向けてその日の仕込みをする為、厨房に向かいながら、水槽を覗くと…」
「…覗くと…」
「最期に見た時は元気に水槽内を泳いでいた魚達が全て、見るも無惨な姿になっていました!」
「む、無惨って…一体何が…」
リリーナが恐る恐る尋ねた。
「原因は…いやその状況を作り出した犯人はひと目で分かりました。犯人は…」
「犯人は…」
「…エビです!」
「…エビ⁉…」
「エビって…あの海で捕れるあのエビですか?」
「はい…水槽内に大型のエビが数匹おり、そのエビが魚達を襲って食べてしまったんです!」
「いやなんだって水槽にエビなんかが…」
「それは…」
「‼…」
ジョウは例の店員を睨み付けた。睨まれた店員は先程以上に、気まずそうな顔をした。
そして、徐ろに話しだした。
「おっ、俺がエビを入れたんです!…」
「えっ、アナタが⁉」
「……」
店員は無言でうなずいた。
「何だってそんなことを⁉…」
「それが…」
彼の話を聞いた。因みに彼の名はミチヒコらしい。2人の名を合わせたら、往年の大スターみたいになるなと思った。
まぁ、それは置いといて…話を纏めるとこうだ。
店が定休日の日、ミチヒコは知り合いと海に漁にでた。その時、網にエビ数匹がかかった。それが例のエビだ。
数匹しかいないので店でお客に出すわけにはいかないので、店のまかないで皆で食べようと思い、休み明け、生きたまま店に持ってきた。が、店の食材用のケースが一杯だったので、あろうことか、魚のいる水槽に入れてしまったのだ。
その結果、悲劇が起きてしまったのだった…
「と、言うわけなんです…」
「成る程。で、それ以来水槽はあのままなのか…」
「えぇ…」
因みに、その日はカーテンをして隠したらしい。
「幸い、当店は料理だけでも十分にお客様に来ていただけているので、支障は余り無いのですけど…」
「いやまぁ、まさかあんな事になるなんて…思いもしなかったです…」
「全く、君というやつは!」
「本当、スンマセンおじさん…」
「店ではシェフと言いなさい!」
「はいシェフ!」
「おじさん⁉」
「えぇ、彼は私の甥っ子なんです!」
「一応何時の日か、自分の店持ちたいと思ってまして、おじ…いや、シェフの元で修行中なんです!」
「そうなんですか…」
それなのにこんな事するなんて、先は長いなと俺は思った。
「でも本当、こんな事になるなんて思わなかったんですよ!魚もエビも、みんな海に生きてるんですし…」
「少し考えればわかるだろう!自然の摂理というものがあるんだから!」
そりゃそうだ。自然界は弱肉強食だからな。
そういや日曜の夕方にやってるアニメでも、似たような話があったな…主人公の家で熱帯魚を飼いはじめて、その熱帯魚の水槽に主人公と友人がザリガニを入れてしまい、その結果、熱帯魚がザリガニに食われてしまったって話。
似てるどころか、そのまんまだな。
「まぁ、済んだことは仕方無いとして、何時までも何もいないという訳にもいかないので、そろそろ何か入れようと思っているんです。お客様からも何で何もいないんだと、よく聞かれますし。が、何がいいかなと皆で話しているんです!」
「俺はいっそのこと、エビやカニを入れるなんていいんじゃないかと思ってまして…」
「お前は黙ってなさい!」
「はい…」
萎縮するミチヒコ。エビやカニって…アンタ、本当に反省してんのかよ?
ジョウもミチヒコの呼び方変わってるし…
「まぁ何か、目新しいものがいいなと皆で言ってるんですが…」
「目新しいものね…」
俺は脳内で前世の記憶を引き出しまくった。
「ブツブツ…」
「どうしたんですか⁉」
「あっ、そのままにしておいて下さい!タイガーさん、偶にこうやって考え込むんですが、その後で私とかには想像もつかない、スゴイアイデアを閃くんです!」
「ほぉ~!」
「スゴイアイデアすか…」
と、俺の横でリリーナが自慢げに言う。
そして、それから間もなく。
「うん、これなんていいかも!」
「あっ、思い付きましたかタイガーさん!」
「ああ!まあ最も、採用するかはオーナー次第だけど…」
「はぁ、兎に角、話を聞かせて貰えますか⁉何を入れたらいいと!」
「それは…○○○だ!!」
「「「えっ‼」」」
リリーナ・ジョウ・ミチヒコの3人は打ち合わせたかのように、声を揃えて驚いた。
一方その頃、
「あ~ん!うん、うめ~!」
「あっ、それはデナー用の‼」
「メインディッシュのヤツまで…」
勝手に厨房に入り込んだレオがつまみ食いをしいて、仕込みをしていた料理人達が、悲痛な声を上げていたという…