懐かしの味
しばらく待つと、奥からいくつかの菓子が乗ったお盆を持って、ピートが戻って来た。
「お待たせしました!」
そう言うとピートはお盆の上の菓子を机に並べ始めた。いつの間にか、茶まで用意してくれていた。
「さあ、どうぞ!」
「いただきます!」
「それじゃあ、遠慮なく…って、コレは…」
机に並べられた菓子を見て俺は一瞬、固まった。
その菓子類は、全体的に丸みを帯びた物が多かった。それでいて外見はというと、この世界に来てから今まで見聞きし、食べて来た菓子、マリーの店で考案したホットケーキ(パンケーキ)とも、エージのマドラン等の菓子とも違う。派手さはあまり無い。言ってしまえば、地味な印象だ。
色は、白・黒・茶色等。
だが、俺には懐かしさを感じでならなかった。
兎に角、一口食ってみる事にしよう。目の前にあった物を手掴みし、口に運んだ。
すると…
「……コレは…」
それだけ言うと俺は沈黙した。そんな俺を見てピートは、
「どうしました?お口に合いませんか?」
と、心配げに聞いてきた。が、それでも俺が黙っているとリリーナが、
「いいえ、とても美味しいですよ!何と言いましょうか…見た目も味も素朴…いえ、シンプルですけど、味わい深いです!」
と、フォローする様に言った。
が、そんな2人を尻目に俺は感慨深くなっていた。ピートの菓子を口にした途端、俺の脳内でフラッシュバックの如く、前世の記憶が鮮明なものとなって蘇っていた。
原因は間違いなくこの菓子だ!
ピートの作った菓子!それ等は、完全に同じとまではいかないが、あれに酷似していた。
「ピ、ピート!」
「ハッハイ!」
「この菓子類…何処で学んだんだ?」
「えっ…」
「だから…何処で学んだかと、聞いてるんだ!」
俺は興奮しながら、ピートに詰め寄った。
何しろピートの作った菓子、それは、俺の前世の祖国の菓子、和菓子に似ていたのだった。
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「悪かった…取り乱した…」
少し経って落ち着きを取り戻した俺は、非礼を詫た。
「本当にどうしたんですかタイガーさん⁉あんなに取り乱すなんて…タイガーさんらしくないですよ…」
リリーナにも迷惑をかけてしまった。気をつけないとな…
「いや何でもないよリリーナ!変わった味と見た目だから妙にテンション上がってしまって…」
少し無理のある言い訳をして誤魔化した。
それはさておき、
「ピート、話を戻すがこれ等の菓子は一体全体何処で学んだんだ?教えてくれ!」
「はぁ…構いませんが…」
俺はピートから話を聞いた。
それを簡単に纏めるとこうだ。
孤児院を出た後ピートは、アチコチの国々で菓子作りを学んでいた。そんな最中、たまたま辿り着いた国。そこで、この菓子を学んだのだという。
国の名前は「ジパーネ国」。
国と言っても、周りを山に囲まれたとても小さな国らしい。自然豊かで、キレイな水と空気が自慢であり、主要生産物はアズビーと言う名の豆だ。これを使った料理が名物で、特に菓子作りに適しているらしい。それがピートの作った菓子だ。
アズビーは俺の祖国で言うところの、小豆に似ており、調理するとあんこに非常に近くなるのだ。
「そこで食べたアズビー菓子に非常に感銘を受けました。これを広めたいと思い立ち、名人に師事し、作り方を1から学んで故郷のこの町でアズビー菓子の店を開いたんです。それがこの店です!しかし…」
開いたまでは良いが、町の人達に全く受け入れてもらえていないらしい。無理も無い。アズビーを使った菓子及び料理は、そのジパーネ国独自の物で、他国には全く浸透しておらず、類似品は愚か、名前すらも知られていない。そんな得たいのしれない物だからか、店は火の車状態だとか。このパターンもまた、何回目だか…
「でもこんなに美味しいんですから、最もアピールしたらどうです?」
「余り派手なのは苦手で…それでも何とか店先で呼び込みした事あるんです。でも…」
そこから先は言わずとも分かる。ピートの顔を見た途端、逃げられる事逃げられる事。酷い時は、人攫いと間違われ、自警隊に通報された事もあるとか…
「本当、味には自信あるんですが…」
「中々深刻ですね…どうしますタイガーさん?」
「…そうだな…」
この世界に来てこれ程まで故郷の味に近い物は未だかつて無い。この店が潰れたら、そのジパーネとか言う国まで行かないと、この味にあり付くことは出来ない。そういう意味でも何とかしたいが…
「ん~~!」
俺は頭を悩ませた。が、中々いいアイデアが思い付かない。
アズビーもといあんこを使った菓子と言うと、俺がまず思い出すのは回転焼きだな。
家の近所に上手い店があって、学校帰りに買い食いしたり、母さんがオヤツにと買ってきたりしたからだ。
回転焼きは別の呼び方で、大判焼き・御座候等とも言う。地方によっては蜂楽饅頭と呼ぶ所もあるとか…
で、回転焼きの次に思い付く物が…
「‼……」
その瞬間、俺の体に電流が流れた気がした。そして一つのアイデアが生まれた。
「イケるかも…」
そうつぶやくと俺は、腰を上げた。
「あっ!何か思いついたんですか、タイガーさん⁉」
「まあな、リリーナ、一旦教会に戻ろう!」
「教会に?」
「そうだ。ピート、多少時間がかかるけどいいか?」
「えぇ、私は構いませんけど…」
「よーし、いくぞリリーナ!」
「あの、今度はどんなアイデアなんですか、タイガーさん?」
「それは向こうで話す!」
それだけ言うと俺とリリーナは、教会に引き返した。
因みに、筆者は回転焼き派です。祖母は御座候と呼んでます。