損して得取れ
エージ達と出会って数日。ここは2人の菓子屋。外見は、変化無し。ほんの数日なのだから当然だが…
しかし、決定的に違う事。それは、店先に多くの客が詰め掛けていることだ。
「いらっしゃいませ!ご注文は⁉」
「マドラン3つと、それから…」
「ハイ、シュークリームですね!」
「マフィン焼き上がりました!!焼き立てですよ!」
「スミマセン、アップルパイは今、品切れです。焼き上がるまで、もう少々お待ちを!」
といった具合だ。なかなかの盛況ぶりだ。
それを俺とリリーナは、離れた所から見物している。
「エージさんのお店、スゴイ人ですねタイガーさん!」
「ああ!」
「またまたタイガーさんのアイデア、大当たりですね!」
「まーな。」
話は数日前に遡る。
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数日前、エージの店にて。
「たっ、タダで全部配るだと!」
「タイガーさん、本気ですか?」
「本気だ。」
俺はキッパリと言い放った。
それを聞き、他の3人は暫くは言葉を失っていたが、ホイケルが先に口を開いた。
「おいおいアンタ、気は確か?俺等は発注ミスで作り過ぎた分のマドランをどうやって捌くか考えてたのに、全部タダで配る⁉一体全体何を聞いてたんだよ⁉」
と、長々と叫んだ。言ってる事は最もだが。
「そりゃそうだ。タダで配るなんて完全にマイナスにしかならない、赤字だな。」
「分かってんなら何で…」
そこまで言わせてから俺は、
「だからこそだよ。これだけの数、大幅値下げしても完売出来とは思えない。そしたらどうだ?残ったのあんたら自身で食うのか?」
「それは…」
「無理だろうな。とても食いきれないだろうし、最悪破棄することになる。勿体ないし、商品を捨ててたりしたら店のイメージにも良くないだろ?」
「確かに…」
「だったら思い切ってタダで配るんだ。無駄にならないで済むし、この店の商品の味を多くの人に知らしめる事が出来るんだよ。いい宣伝になんと思わねーか?」
「なっ、なる程な…」
「アッアニキ、どうしやす?」
エージは少し悩んでから、決断した。
「よーし、ダメで元々だ。菓子職人として丹精込めて作った菓子を無駄にしたくないしな。やってみっか!」
「アニキが決めたのなら、俺も付き合うっす!」
「その粋だ。俺も配るの手伝うぜ。」
「私も手伝いますよ。」
「いいのか?」
「いいさ、乗りかかった船だ。それに別に急ぐ用事もないし。だよな、リリーナ!」
「ええ、こうやって知り合ったのも何かの縁ですし、遠慮なさらないでいいですよ。」
「そうか、それじゃお言葉に甘えさせてもらうぜ!」
「そんじゃ、いっちょやるか!」
「オー!」
こうして俺等は、作り過ぎた分のマドランを町の人達に配って回った。
勿論、注文分はちゃんと納品した上でだ。
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そして今に至るという訳だ。
タダで配られたマドランを食べて人達は、その美味さに絶句したとかしなかったとか…
次の日からこの有様だ。もっと食べたいと、人々が詰めかけた。それに伴い、他の菓子も飛ぶ様に売れている有様だ。
「それにしても、タダで配るなんて…最初はどうなる事かと思いましたよ。でも、お陰で大繁盛ですね!」
「言ったろ⁉いい宣伝になるって。ただ単に店先で「美味しいですよ!」とか言って呼び込んでても、たかが知れてる。食べ物は、実際に食べてみないと味なんて分かりゃしないからな。タダなら大概の人は無下にしないからな。」
「そもそも、エージさんのお菓子、すっごく美味しいですからね。」
「ああ、味には自信あるって言ってたからな。」
「でもタイガーさん、随分と大胆な発想ですね⁉」
「そっ、そうか…」
「そうですよ。ビラみたいに配るなんて…」
実の所、これは俺自身のアイデアではない。前世での話だ。同じ様にある菓子をミスで大量に作ってしまい、困った末にタダで配って回ったところ、評判になり、一大ブームになったという。
早い話が、それを真似ただけだったりする…
兎も角、お陰で無駄にならなくで済んだし、店の宣伝にもなった。無論、タダで配った分は赤字だが、そのお陰でこの盛況ぶりだ。
「これなら、タダで配った事による赤字分は、補えるだろう。まさに損して得取れだな!」
「??損して得取れ…タイガーさん、それってどういう意味です?」
「あっ、いや、その…」
俺は説明に困った。初日に言葉遣いに気を付けようと決めたのに、また使ってしまった。
「つまりだ…多少損する事をする。それがこうじてかえって儲かる事もあるって意味かな…そう、この店みたいにな!」
「はぁ…」
随分と雑な説明をしてしまった。こんな調子でやっていけるのかなと、一抹の不安を覚えたのだった…
6/12最後の部分を修正しました。