菓子屋
突然聞こえてきた大声。気になったので、行ってみることとした。
幸い、レジは空いていたのだ素早く会計を済ませ、俺とリリーナは声のした方へ向かった。
そこは、左右に様々な店があり、そこそこ賑わいのある通…から少し離れた場所だった。通の脇道で、自転車で登るのにはあまり向かなさそうな、坂になっている。そこを、数メートル程、上がった辺にある店だ。俺等が茶を飲んでいた店とは、そんなにはなれていなかった。
「ココから…みたいだな?」
「そうみたいですね。どうやら、お菓子屋さんみたいですね。」
リリーナの言うとおり、ここは菓子屋だ。店頭に様々なケーキやクッキー等の洋菓子がガラスケースの中で並んでいた。
って、そもそもこの世界には、和菓子なんて物があるのかも分からない。少なくともこの世界に来て以来、一度も見たことがない。俺が知らないだけで似たものはあるかもしれないけど…だから洋菓子という呼び方は、相応しくないかな?
等と俺が1人で考え込んでいると、又大声が聞こえてきた。
「お前、本当にどうしょうもない奴だな!この前も同じミスしたばっかだぞ!」
「スミマセーン!」
と、先程と同じ声だ。どうやら店の奥の厨房からだ。
それからも、大声いや、正確には怒号が続いた。
「スゲー声だな…」
「何かトラブルですかね…自警隊の人呼んだ方がいいんじゃないですかね…」
等とリリーナと話していると店の横の扉が開き、1人の男が半べそをかきながら飛び出してきた。そして、俺に思いっきりぶつかって来た。
ドン!
「フギャ~!」
俺は思わず、ベタな悲鳴をあげて、尻もちをついてしまった。そのはずみで、荷物も地面に散らばった。ぶつかって来た当の本人も、案の定、転倒していた。
「だっ、大丈夫ですか、タイガーさん⁉」
「痛ってー、あぁ…何とか無事だよ、リリーナ…」
リリーナに心配された。その直後、
「テメー!何逃げてんだ!って…何だ!」
もう1人の男が声を荒らげながら出て来た。
が、その直後、この光景に面食らっていた。
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「いやー、本当に悪かったな!ほら、お前も謝れ!」
「はっハイ!本当にスミマセンでした!」
片方の男がもう片方の男の頭を掴んで、頭を下げさせた。
ここは、先程の店の裏側。従業員用のスペースの様なところだ。男が俺にぶつかって尻もちをつかせたとあって、俺らはここに通され、謝罪を受けていた。小さなテーブルには、紅茶とこの店の菓子が並べられていた。遠慮なく食べてくれと言われたので、頂いた。流石専門店、味は一級品だ。甘い物が好きなリリーナも、満足気をしている。それはそれとして…
「いやもういいって…」
大して怪我もしていないのに、ここまでされると逆に申し訳ない気分になる。
「イヤイヤ、そうもいかん。こいつにはキッチリ、頭丸めて詫びさせっから!」
「そんな、そこまでしてもらわなくても…(この世界にも、そういうお詫びの仕方あるのか?だとしても大げさな…)」
「そうですよ、本人もこう言ってますし…そこまでしてもらわなくても…」
リリーナも男をなだめた。
「そうかい…本人がそう言ってんのならいいけど、とりあえず、コイツには、キツーく言っとくんでな!」
一先ず、この一件は落ち着いた。それから話を変えた。
「ところで話は変わるけど、何にトラブルでもあったのか?スゲー大声がしたけど…」
「あっ、やっぱ聞こえてたか…そりゃそうだな。あんだけ叫んでたらな…」
相手は、ばつの悪そうな顔をした。
「と言ってもだ。これはこっちの問題だ。関係ないあんた等を巻き込むわけには…」
「いや、こうやって知り合ったのも何かの縁だ。話くらい聞かせてくれよ。」
「そうですよ。私達でも何かのお役に立てるかもしれませんし。」
それを聞き、男は少し考えてから、
「まー話すくらいならないいかな…迷惑かけたし、その詫びになる訳じゃ無いけど…」
男が了承した。が、もう一人の男が、
「えーっ、ちょっといいんですか?こんな素人に相談したってしょうがないです、アニキ⁉」
等と、口を挟んできた。先程の半べそ顔と謝罪の言葉が嘘のような口振りだ。がっ、
「うるせー!テメーは黙ってろ!」
と、一蹴された。そのまま、もう一人の男は縮こまった。
「コイツの言う事は気にしないでくれ。コイツはスゲー仕事の出来ないやつでな…兎に角ミスが多い。」
「ミス…どんな風にですか?」
リリーナが、聞き返した。
「例えばだ、砂糖と塩を間違える事なんて日常茶飯だし、材料の量を測り間違えもする。昨日なんて卵を別立てでかき混ぜとけと言ったのに、共立てにしちまうし…」
「別立て…共立て?」
聞き慣れない言葉に、リリーナは混乱していられる。
「別立ては卵の黄身と白身を分けて泡立てる事だ。共立て分けずに泡立てるやり方だ。別立てだと、分けたぶん空気が入って生地がふんわりと仕上がる。逆に共立てだと、入る空気が別立てに比べて少ないから、生地がシットリとした仕上がりになるんだ。作る物によって、ふんわり食感がいいもの、シットリとした食感が適した物があっから、区別するんだ。」
と、俺は説明した。
「何だアンタ、随分と詳しいな⁉経験者か?」
「あっいやー、たまたま知ってただけだよ…」
地球で読んだ料理漫画の知識を思わず口にしてしまった。
「まーそんなわけでだ、コイツはミスの常習犯なんだよ!」
「常習犯ね…」
「そして極めつけが、コレだ!」
と、厨房に続く扉を開いた。そこには、膨大な量の焼き菓子が並んでいた。それは数十個などという数じゃない。数百個いや、1000個近くにも及んでいた。