馬車
ガタガタと音を立てながら馬車が山道を走っていく。
馬車の車窓からは、のどかな景色が流れて行く様に見える。山に川、森などの自然の景色。人工物…と言えるかはわからないがその中に田畑が広がり、それを世話する人々の姿と彼等が住んでいるであろう家。
俺とリリーナはそれらを馬車に揺られながら、眺め脳に記憶として焼き付けている。前の世界だったらスマホで撮影していたであろうが、俺らの荷物にはそんな便利な文明の機器は存在しない。いや、スマホは疎かカメラすらない。一応この世界にカメラは存在する。が、聞くところによると、庶民にはおいそれと手が出せないくらい、高価な品物だとか…
「いい景色ですねタイガーさん!」
「ああ、そうだな。それに空気も美味いな。」
少し前まで、乗り物酔いでダウンしていたリリーナだったが、小一時間程の休憩で何とか元気になった。乗り物酔いの辛さが身にしみたのか、本の類は荷物にしまっている。その代わりに、景色を楽しんでいる。
殆ど生まれ育ったあの町にから出たことのないリリーナも、旅を楽しんでくれているようだ。連れて来て正解だったな。って、結論出すのまだ早いか…
その後ものどかな景色を眺めながら馬車の旅は続いた。
が、途中で再び馬車を止める事となった。理由は乗り物酔いではない。俺もリリーナも体が痛くなってきたのだ。無理もない。乗り慣れない馬車に長時間乗っていたのだ。その上、道は全く舗装されておらず、車体は揺れる。それが身体にはこたえたのだろう。
やむを得ず馬車を止めてもらい。小休止をとった。少し早いが昼休みということにしよう。丁度、広場があったのでそこに馬車を駐めて休む事とした。
「ふーっ!馬車もいいけど、長時間はキツイな…身体が痛いぜ。」
「そうですね。何よりも乗り物酔いは特に…」
「だろう。乗り物酔いはキツイんだよ。」
「スミマセン、旅に出て早々…」
「いいよ、気にするな。旅は道連れ世は情けだ。」
「はぁ…」
リリーナは不思議そうな顔をしている。
「あの…タイガーさん…」
「何だ?」
「タイガーさんって、時々聞き慣れない言葉をおっしゃいますよね⁉」
「えっ!そうかな?…何となく、勢いで言ってみた言葉だ。特に意味は無い。気にしないでくれよ。」
「はぁ…」
適当にはぐらかしたが、内心焦った。俺からしたら普通にことわざや慣用句を使っただけだが、この世界の人達には聞き慣れない言葉だ。場合によっちゃ、変な奴と思われかねない。気を付けないとな。特にこれからは、未見の場所に行くのだから、特にな。
「ところでタイガーさん、お昼にしませんか?」
「あーそうだな、少し早いが昼めしにすっか!」
御者の人も向こうで、馬に餌をやっているのが見えた。
俺等は、昼食をとることとした。するとリリーナが荷物から何かを取り出した。
「リリーナ、それは?」
「サンドイッチです。見送りの時にホリィがくれたんです。一緒に食べましょう。ミルクもありますよ。」
「ありがたい。いただくぜ。」
俺等は、ホリィのサンドイッチとミルクで簡単な昼食をとった。ミルクもだが、やっぱりホリィのパンは無茶苦茶美味い。でも、コレを食い終えたら、暫くは食えないんだよな…
リリーナも同じ事を考えているのか、俺等はサンドイッチをよーく味わって食った。人の良いリリーナは、御者の人にも差し入れていた。御者の人も、美味さに舌鼓をうっている。売ってる場所を聞かれたので教えたら、
「馬車仲間にも教えてやらないとな!」
等と、食いながら言っていた。思わぬ形で、ホリィの店の宣伝が出来てしまった。
昼食を終えたら、再び馬車の旅の再開だ。
以降は特にこれといった出来事は起きず、順調に旅は進んだ。そして、最初の町にたどり着いた。
御者に礼を言って別れた。今日はこの町で一泊する事にして、俺等はその町の安宿に泊まることとした。もう少しいいトコもあるが、節約しておく。
部屋は交渉して、一人部屋を2人で使わせてもらえる事になった。本当は2人別々にしたかった。が、リリーナが無理言って同行させてもらった身分で、贅沢は出来ないと言い、相部屋になった。
が、流石に同じベットに寝るという訳にはいかず、丁度部屋には、1人掛けのソファがあったので、俺はそこで寝る事にした。そして就寝間際、
「それじゃあ、そろそろ寝るか!」
「そうですね。」
「ところでリリーナ、どうだ?初めての旅は?」
「そうですね…旅なんて初めてだから、何もかもが新鮮で、ワクワクします!」
「そうか、楽しそうで何よりだ。」
「それに…」
「それに?」
「もしかしたら、旅先でタイガーさんの出生が分かるかもしれないじゃないですか⁉」
「俺の!?」
「そうですよ。何処かでタイガーさんの事を知ってる人に出会うかもしれませんし、そうしたら本名だって、はっきりしますし、うまく行けば記憶だって、戻るかもしれないじゃないですか。」
「!!…そっ…そうだな…それは考えてなかった…」
「出会えるといいですね、タイガーさん!」
「あぁ…」
そうだった。俺、記憶喪失という事にしてたんだ。その設定まだ生きてたか…
しかし、おれは転生者だからな…リリーナには悪いが、そんな出会いあるとは思えない。そんな事つゆ知らず、リリーナの笑顔が、俺の胸をチクチクと痛める気分にさせた。
「それじゃあ、お休みなさい、タイガーさん。」
「あぁリリーナ、お休み…」
俺は罪悪感を感じながらランプを消した。こうして、旅の最初の1日は過ぎていくのだった。