旅立ち
ようやく2人が旅立ちます
いよいよ旅立ちの日が訪れた。何時もよりも早く目が覚めた俺は、朝食を済ませる事にした。旅に出るので食料品は全て、この朝食で使い尽くした。
「ごちそうさま。」
この家での最後の食事を終え、片付けをしていると、感傷深い感じがした。こんな小屋でも住み慣れた場所だからだろうか。住めば都っていう程じゃないけどな…
最後にもう一度荷物の確認をし、俺は小屋を出た。そして戸締まりをしていると、
「タイガー!」
名を呼ばれた。それは今いる牧場のオーナーだ。隣には奥さんもいる。
「今日、行くんだったな。」
「えぇ、色々とお世話になりました。」
俺は頭を下げて礼を言った。
旅に出る事は、かなり前から言っておいた。少々嫌味を言われることを覚悟していたが、案外すんなり了承してくれた。
「そうだオーナー、コレを…」
それは小屋の鍵だ。旅に必要ないので返す事とした。
オーナーは無言で受け取り、懐に仕舞った。そして少し間を開けてから、
「…タイガー…アレだ…その」
「はぁ…」
「リリーナの事を頼むぞ!」
と、オーナーはこれまで何度となく言われた言葉を口にした。まさかオーナーの口からも、聞くことになるとは…俺が少々困惑していると、
「いや、何でもない!仕事があるから、それじゃあな!」
と言って踵を返す様に、立ち去っていった。
呆気にとられていたが、その場に残っていた奥さんによると、実はオーナーは、リリーナの父親の友人で両親亡き後のリリーナを気にかけていたのだ。そのリリーナが、何処の馬の骨かも分からない俺を連れて来た。オーナーは、リリーナに変な虫が付いたんじゃないかと、気にしていたのだ。俺に仕事後にも牧場の見張りをさせていたのも、俺を試す一環だったとの事だ。
オーナーが俺に少々キツイ態度を取っていたのは、そういう訳だったのか。あのオーナー、意外とツンデレなとこあったんだな…
俺は奥さんにも礼を言うと、リリーナとの待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所は、町に続く道の途中にある、大きな木の下だ。既にリリーナは来ていた。
「お待たせ、リリーナ!」
「タイガーさん!いえ、私も今来たばかりですよ。」
「それじゃあ、行こうか!」
「ハイ!」
俺とリリーナは歩き出した。その足で町外れの馬車乗り場へと向かった。
この国での主な交通手段は、馬車が主流だ。映画のラピュタでは鉄道があった様に、この世界にも鉄道の類は一応ある。が、現在この国ではそれは、主に物資運搬用で、殆ど一般化されていないらしい。遠い国では交通手段化されているとこもあるらしいが…
それは兎も角、馬車乗り場へ到着すると、多くの知った顔が待ち構えていた。マリーやテツ、ホリィ達等といった、この町での知人達が集合していた。
「何だよ、見送りに来てくれたのか?」
俺が訪ねる。
「何言ってんだい、当たり前だよ。」とマリー。
「水臭いこと言ってんじゃないわよ!」とケティ。
「見送りゼロなんて、つまんねーだろ?」とテツ。
ホリィ等、他のメンバーも同じ様な事を言っている。
正直、こんな大勢に見送られるなんて、経験ないから少し照れるぜ。横にいるリリーナも、少々恥ずかしそうだ。
「しっかりと、世界を見てこいよ、タイガー!」
そう言ってテツは俺の背をバシバシと叩いた。地味に痛かった。手加減を知らないのかこの男は…
一方リリーナはというと…
「元気でね、リリーナ!」
「絶対に帰ってきてよね⁉」
「これ旅先で読んでね。」
といった具合だ。するとケティが彼女に耳打ちをした。途端にリリーナが、顔を赤くした。
何を言われたんだか…
気にはなったが、聞かない事とした。
「ところで、例の書類は持ってる?」
と、ミミが聞いてきた。この世界では他国に入国するには、出身国の役所が発行する資料等が必要なのだ。
リリーナは兎も角、俺は出身は疎か、本名すらもはっきりしない身分だ。発行してもらえるか怪しかったが、ミミが上手いことしてくれたおかげで、無事発行してもらえた。やっぱり持つべきものは友だな。
そして、いよいよ旅立ちの時が来た!
俺等の乗った馬車が走り出した。
「行ってくるぜ!」
「行ってきまーす!」
俺等は馬車に揺れながら、見送り人達に手を振った。向こうも振っている。互いに見えなくなるまで振り続けたのだった。
いよいよ俺達2人の旅が始まったのだ。心がワクワクしだした。こんな感じは何時以来だろうか…
俺が染み染み感じていると、リリーナが本を開いた。これから向かう場所の事が書かれた本だ。彼女もウキウキしてる模様だ。しかし…
「リリーナ、こんなところで読んだら酔うぞ!」
「酔う…ですが?」
この様子だと彼女は乗り物酔いという事をよく知らないようだ。無理もない、彼女は碌に旅行もした事ないんだからな。俺は乗り物酔いの説明をした。が、リリーナは、
「よく分かりませんけど、多分大丈夫ですよ。私こう見えて、病気らしい病気になったこと無いんですから!それよりタイガーさん。これから行く国は…」
と、いった感じだ。乗り物酔いは病気とは違うんだが…俺の心配を他所に本に目をやっている。そして案の定、十数分程して…
「うっ…ううっ…」
「大丈夫か、リリーナ?だから言ったのに…」
「ご、ごめんなさい…」
リリーナは思いっきり酔った。
「あのー、お客さん…」
馬車の御者は迷惑顔を隠せないでいる。俺は彼女を介抱しながら、平謝りで謝り、暫く待ってもらった。
旅は、早くも前途多難となりそうだった…
御者とは、馬に馬車をひかせて、走らせる人(要は運転手)の事です。