夜空
俺は家へ向けて夜道を歩いていた。
時間が経つのが速いものだ。あれこれと図書館で調べ物をしていたら、すっかり日が沈んで(この世界では正確には、「日が弱まる」というらしい。が、こっちの方がしっくり来る)しまっていた。町は店等の灯で明るかったが、町を出ると、途端に明るさは失われた。
ふと何気なしに夜空を見上げた。そこでは、月(正確には輝きが減った太陽)が真夜中の世界を照らしていた。町の外では街灯なんて無いこの世界だったが、月光のおかげで、それなりに明るかった。
「……」
月を見て俺は、柄にもなくロマンチックな気分に浸っていた。
と、そこへリリーナの声が聞こえて来た。
「タイガーさーん!」
「リリーナ!」
リリーナが俺の後を追う様に走って来た。
走ってきたので、彼女は少し息があがっていた。どちらかと言うとインドア派な彼女は、体力はあまり無いようだな。まあ、元の世界では出不精な俺も人の事は言えないが…
しばし息を整えてから、リリーナは切り出した。
「タッ、タイガーさん…」
「どうしたんだ?そんなに慌てて?」
「えっと…その…」
彼女は端切れ悪そうに答え出した。
「いえ、私も家に帰るんです。なので途中まで一緒にと思って…」
「何だそんな事かよ。いいぜ。」
断る理由など無いのでオッケーした。そうして俺とリリーナは、並んで歩き出した。
途中、悪路になっている箇所に来た。
「リリーナ、足元に気をつけてな。」
「あっ、ハイ!って、アッ!」
と返事したが、言ったそばからリリーナは転びそうになった。それを俺が咄嗟に支えた。
「大丈夫かリリーナ?」
「ハイ、ありがとうございます。」
「いいってことよ。それよりも、ほら掴まって。」
「はっ、はぃ…」
と、俺とリリーナは自然に手を繋いでいた。そういえば、女の子と2人っきりで歩くなんて事、前世では経験ないな。ましてや手を繋ぐなんて。女性と手を繋ぐなんて、母親や田舎のばあちゃん位だ。と、言ってて悲しくなって来た…
悪路も終わったので、手を離して再び並んで歩き出した。
その最中、再び夜空を見上げた。ふと、ノスタルジーな気分になった。
「今日は月がキレイだな、リリーナ。」
「そうですね、タイガーさん。」
「そういえば、俺が君と出会った日も、こんな夜空だったな。」
「そういえばそうですね。あの時は驚きましたよ。いきなりタイガーさんが転がり落ちて来たんですから。しかも、記憶喪失だなんて…」
「そうだったな。あの時は、君のおかげで助かったよ。いや、あの時だけじゃない。その後も、厄介になりっぱなしでな…」
「別にいいですよ。困った時はお互い様ですから。」
「そうか、そう言ってくれると有り難いよ…」
等と言いながらも、今だに記憶喪失だと嘘ついてる事に対しての罪悪感は、拭えないでいた。
あっ、そういえば旅に出るから、彼女とも暫くはお別れなんだよな…
今更ながら、俺は喪失感を感じた。するとリリーナか、
「処でタイガーさん。もうすぐ旅に出るんですよね。」
「えっ…ああ、いつ出発するかは、まだ決めてないけどな。それが何か?」
引き止められるんじゃないのかと、俺は思った。しかし、リリーナは違う言葉が出てきた。
「タイガーさん…駄目なら駄目と、はっきり言ってくれて構いません。」
「リリーナ…?」
「私も同行させて貰えないでしょうか⁉」
「…!!えっ…」
予想外の展開に俺は、久々にトランス状態となった。
「本気で言ってるのか、リリーナ?」
「ハイ!」
「いつこの国に帰るか、俺にもわかんないんだぞ。仕事は?」
「今働かせてもらってる所は、来週までの約束で、次の所はまだ決まってないので問題はありません。」
「しかしだ…観光に行くわけじゃないんだぞ。何処で危ない目に遭うかも分からないし…」
「それでも構いません!」
リリーナは今まで見たことないくらい、真剣な目をしていた。それを見たら、とてもじゃないが、駄目とは言えなかった。
「分かったよリリーナ。こんな俺と一緒で良ければ、共に行こうぜ。」
「!…ハッ、ハイ、タイガーさん!」
先程までとは打って変わって、リリーナは満面の笑みを浮かべていた。
そして、俺は手を差し出した。
「それじゃあ、よろしくなリリーナ!」
「こちらこそ、よろしくお願いします、タイガーさん!」
俺とリリーナは再び手を繋ぎ、そのまま夜道を歩き始めた。
俺は三度夜空を見上げた。全く持って柄でも無いが、何やら月光が、俺等へ対して向けられた、スポットライトの様に感じた。