店内
ホリィのパン屋は、外見通り狭い店だった。ホリィはレジにおり、俺とリリーナは売り場にいるが、後は2人位しか入れそうにない。が、外からは分からなかったことがいくつかある。1つはレジ横に階段があることだ。
「ホリィ、ここに階段があるけど、2階はどうなってるんだ?」
「2階は寝床にしてます。お金があまり無いので、別に部屋を借りる事も厳しいので…あっ、この建物は賃貸でして、一応2階も使って良い契約になってますが、ただでさえお客さんもあまり来ないのに、商品を並べてても仕方無いので…」
「寝床ね…」
ホリィの許可を得て、部屋を見せて貰った。無論、イヤらしい意思は無い。この店を軌道に乗らす為に、全体的に色々見ておきたいという理由で、説明はホリィとリリーナの2人にしておいた。
そこは、彼女が寝るのに使っているであろう簡素なベットと机と椅子、小さい本棚といった、必要最低の物がある位で、リリーナの家と似たようなものだな。厨房とレジか無い分、1階の売り場よりは広いが、それでも猫の額程度のスペースだ。
「ふむふむ、掃除して改装すれば、何かに使えそうだな。」
俺は1階に戻った。その際、ホリィに
「何か参考になりましたか?」
と聞かれたが、何もアイデアが浮かんでいないので、
「今はまだ何とも言えない!」
と、言っておいた。
そして、分からなかった事の2つ目は、店のパンの美味さだ。店に入った時点でパンの香ばしく、そしていい匂いが店の中に充満している。匂いだけでなく味も申し分なかった。俺とリリーナは商品のパンを試食させて貰った。するとどうだ。どのパンも小麦粉本来の旨さを最大限に引き出している。前世でも、これ程旨いパンを食べた事など無かった。俺等が働く村で採れる、小麦粉自体が質の良いものであることも旨さの1つだろうが、おそらく彼女の、ホリィの腕がいいのだろう。
試食させて貰ったパン。チョコパン・ジャムパン・クリームパンや、前の世界で言うあんパンに値する品やコロネ、店オリジナルの豆等の具が入った物傍や、サンドウイッチも中の野菜等の食材が新鮮で、毎日食べても飽きないんじゃないかと思う位だ。
「どうですか?」
「どうって、どのパンもスゲー旨いよ。」
「そうよホリィ、また腕を上げたわね。」
「ありがとうリリーナ。でも、どんなに美味しくてもお客さんが来なくてはね…」
「もっと大々的にアピールしたらどうだ?こんなにうまいんだし、自信を持ちなよ。」
「余り派手なのは苦手で…」
「でも、こんなに美味しいなら口コミでお客さんが来てもいいのに…」
「それが…」
ホリィによると、例の近くに出来た大型パン屋の支店が、この辺の客を独占しているらしい。ただでさえこちらはホリィが1人で経営している、小ぢんまりとした店なのに、向こうは店の規模も人手も沢山あるという。こちらが不利なのは目に見えている。
だが、デカければ良いって訳じゃないから。何か策はないだろうか…いや、ある筈だ。
さてどうしたことか…俺は少し考えて、
「よし、取り敢えず行ってみるか⁉」
「行くって、どこにです?」
「あのパン屋だよ。」
「「あそこに!」」
リリーナとホリィが声を揃えて驚いた。
「彼を知り己を知れば百戦危うからずだ!」
「何ですか、それ?」
2人は聞いたことのない言葉に首を傾げた。
「簡単に言えば、戦いに勝つには敵と自分等の両方に詳しくないといけないって意味だよ。」
「はぁ…」
「敵情視察ってやつだ。善は急げだ。2人共、準備して。」
聞いたことのない言葉の連続に、混乱気味の2人を尻目に俺は早くも店の外に踏み出していた。