広まる新スポーツ
レイナの家に招かれてから、1週間近く経ったある日の夜。
オヤジさんの店にて、俺がオヤジさんの補佐をしていると、客席の方からお客とリリーナの話し声がして来た。
「そうか、リリーナちゃん達、もうすぐ旅立っちまうのか…」
「ええ。そろそろ、次の場所に向かおうと思っていまして…」
「残念だな…」
「あぁ、寂しくなるな…」
接客をしているリリーナが、店の常連客と話している。常連客ともすっかり打ち解け、半分、店の看板娘状態となっていた。
「すみません。元々、この国に滞在している間だけの決まりだったので…」
「まぁ、仕方ないよな。リリーナちゃん達にも、都合ってもんがあるからな…」
「だな!」
そう言ってお客の1人が、皿に残った焼き肉にフォークを伸ばした。
すると、他のお客が咄嗟に自身のフォークを刺して止めた。
「おい!これ俺んだぞ!」
「何いってんだよ、俺んだ!」
「いいや、数えてたけど、お前の方が多く食ってたぞ!」
「いやいや、お前の方が多いって!」
「そんな事ねーよ!」
「何をー!!」
客同士が、些細な事で揉め始めた。酒が入ってる為だろう。椅子が倒れる程の勢いで立ち上がる。
「ちょっと、喧嘩はやめてくださいよ…」
困り顔になるリリーナ。
「おいおい、他のお客の迷惑になっから、喧嘩すっなら他所でしてくれよ!」
見かねたオヤジさんが厨房から身を乗り出して、注意する。
オヤジさんの鶴の一声(て程ではないか…)で、お客は喧嘩をやめた。
「だな…すまねーオヤジ。リリーナちゃんも…」
「いえ…」
「よ~し、だったら…」
そう言って片方のお客が、倒れた椅子を片手で起こし、その場で椅子の脚の一本が、床についた状態にする。そして椅子を、床についた脚を軸に、コマのようにクルッと回転させると、タイミングよく腰をつけて座った。
そして、机に右腕のヒジを付けた。
「コレで決めようぜ!」
「腕相撲か⁉いいだろう!!」
そう言ってもう片方のお客も机にヒジを付けた。
「リリーナちゃん、合図を!」
「あっ、はい。それでは…レディー・ゴー!」
リリーナの合図で、2人のお客による、腕相撲は始まった。
腕相撲。机の上で行われ、道具等は何もいらない、先に手の甲が着いた方の負けという、至ってシンプルなルール。元の世界じゃ説明は不要なくらい、知れたスポーツだ(正確に言えば、スポーツというよりも、お遊びに近いが…)。
俺が先日、レイナの家で提案したスポーツの数々。それらは、ダルクス家に伝えられると、ダルクス家も、
「面白そうだ!」
「素晴らしい!」
と、太鼓判を押され、気に入られた。そして、新しいスポーツとして紹介された。そして、それ等は瞬く間に、この国に浸透していった。
公園や空き地で、セパタクロー等をする子供の姿をこの前見た。
先程、お客が椅子を大げさに起こして座ったのも、提案したスポーツの1つの『ホッカン』だ。提案した中でも、1番マイナーだったのに、若者達の間では一際、人気になっているらしい。
本当に何が流行るかわからないもんだ…
因みに、ディンの十八番となったボウリングも、今やかなり国中に広まり、競技人口も人気もうなぎ登りらしい。専用の設備を備えた、施設が作られる計画も立っているだとか。
「シャーー!勝ったー!!」
「クッソー!」
等と考えている間に、腕相撲は終わっていた。ホッカンをした方の客が負けていた。
随分と盛り上がってたな…
「そんじゃあ、もらうぜ!…って、アレ!?肉が無いぞ!」
「あっ、ホントだ!さっきまで、皿に…」
皿にあった最後の一切れの肉は、いつの間にか無くなっていた。
何処に行ったんだ!?…と、考えるまでもなく、
クチャクチャ!
と、近くで咀嚼音を立ててるヤツが1人。言うまでもなく、レオだった…
皆の注目を浴びたレオは、
「余ってて、いらないみたいだから貰ったぞ!」
と、アッサリというレオ。
せっかくの勝負が無駄になったお客達。
ゴクン!
味わっていた肉を飲み込んだレオ。
飲み込んだのと同時に、襟首を掴まれた。
「レーオーくーん…」
「…リリーナ…」
「ちょっと奥の方で、お話しようね!オジ様すみません、ちょっと離れます!」
「お、おう…」
そう言ってレオを連れて行くリリーナ。笑顔だが、目は笑っていなかった。
後に残った面々は、
「…オヤジ、焼き肉野菜盛り、もう一皿!…」
「…後、泡立ち酒(ビールの様なもの)2本!」
「あ、あいよ!」
気を取り直す為に、飲食と仕事に戻った。とはいえ、少し気不味そうだった。
俺的には最早、完全に見慣れた光景だが…
「レオ…いい加減に学習しろよ…」
と、俺は呆れながら思った。そんな感じで、俺等はこの国での、残り少ない時間を過ごしていったのだった。
腕相撲は、その手軽さから世界各地で自然に行われて来たらしく、明確なルーツは不明とのことです