幻想郷、去ります
その話は博麗神社の炬燵で霊夢と彩香、遊びに来た魔理沙と俺がくつろいでいた時に彩香が霊夢に言った一言から始まった。
「霊夢さん、外の世界に帰ることって可能ですか?」
霊夢はお茶を一口飲むと答える。
「えぇ、可能よ。なに?帰りたくなったの?」
「・・・はい」
少しの沈黙の後、彩香が頷いて答えた。
「やっぱりこのまま幻想郷にいると、いつか住みたくなりそうで、それに家族にも会いたいですし・・・」
「なんだよ、帰っちゃうのか?まだ居ろよな~」
「ごめんなさい」
魔理沙に頭を下げる彩香。
「まぁ、帰りたいなら明日にでも外の世界までの空間を開けましょうかね」
「ありがとうございます。霊夢さん」
「いいわよ。仕事だもの、気にしないで」
霊夢はさも当然のように答えた。
「そうか、篠山さん帰っちゃうのか。なんか寂しいな」
そう呟いた俺に彩香はきょとんとした顔をしてこちらを見た。
「え?古郷さんも一緒に帰らないのですか?」
「え?」
霊夢と魔理沙は俺を見た。
「だって、古郷さんも家族とか友人とかいるでしょ?あれだけ報道されたくらいですし。それに古郷さんも言ってたじゃないですか。今は帰ろうにも帰れない状況だから帰れるまではここに住むって」
「・・・」
俺は何も答えられなかった。
そうだ。確かに俺は帰れるようになったら帰ろうと思っていた。
だから、それまでの生活を思いっきり楽しむと決めたのだから。
しかし、いざ帰るとなると、素直に喜ぶことが出来なかった。
「が、岳も帰るのかよ!?」
魔理沙が驚く中、俺はそれに答えることが出来なかった。
「・・・」
霊夢は何も言わずにただこちらを見ている。
「おい!岳!」
「帰りましょう。古郷さん」
「・・・わかった」
俺は考えた挙句、彩香と外の世界に帰ることを選んだ。
「う、嘘だろ・・・?」
魔理沙が信じられないとばかりに呟いた。
「・・・」
霊夢は何も言わずに俺を見ていたが、やがて立ち上がると襖を開けた。
「じゃあ明日、岳と彩香を外の世界に帰すために空間を開くわ。少し席を外すわね・・・」
霊夢はそう言うと、居間を出て行った。
バァンッ!
閉められた襖が大きな音を立てた。
その音は霊夢の心境を表しているようにも感じた。
帰ることになってしまったのなら皆に伝えなければいけない。
そう思った俺は博麗神社を出て、様々な所へと向かった。
-人間の里-
「そうか、それは寂しくなるな・・・」
寺子屋に向かった俺は慧音に帰ることになったことを伝えていた。
「私はもう岳さんはここに住むものとばかり考えていたよ。ただ、外の世界の人間が帰るというのを止めるわけにもいかないからな。外の世界でも元気で。明日だったな?見送りに行くよ」
俺は慧音に頭を下げると、次の場所へと向かった。
-妖怪の里-
「え!?帰るのかい!?」
にとりの工房での作業中、俺の話を聞いたにとりは作業の手を止めるとこちらを見た。
「なんでいきなり!それも明日だなんて!」
「すまん、俺自身、まだ整理がついてないんだ」
「・・・そうか。わかった。また幻想郷においでよ!その時はまた色々な物を私に作らせてくれ」
「あぁ、わかったよ」
もう一度幻想郷に戻れるかはわからないが、俺はにとりにそう答えた。
にとりの工房を出ると、俺は見知った人物を見つけた。
「あっ、藍さん!」
「ん?岳か、どうした?」
たまたま妖怪の里で買い物をしていた藍に俺は明日幻想郷を去ることになったことを伝える。
「そうか、それは寂しくなるな。紫様や橙には私から伝えておく。まぁ、紫様は今寝ておられるから春が来るまでは起きないかもしれないがな」
「はい、よろしくお願いします」
俺は藍に頭を下げると、妖怪の里から出て、次の場所へと向かった。
-紅魔館-
「なるほど、それで執事を辞めたいと」
レミリアがお気に入りの椅子に座りながら俺を見て言った。
側には咲夜が驚いた表情で立っていた。
「はい、申し訳ありませんが・・・」
「ダメよ」
レミリアは即答した。
「・・・あぁ、別に岳が外の世界に帰ることについて言っているのではないわ。私がダメと言ったのは貴方が執事を辞めると言ったことよ」
「?」
辞めるのがダメなのなら帰るのがダメと言っているのと同じなのではないかと思っている俺にレミリアが説明した。
「もし貴方がここに戻ってきた時、居場所が必要でしょ?霊夢がまた居候させるとは限らないのだし」
「あの、その事なのですが、一度幻想郷を去った者が再び戻ってくるなんて事あり得るのですか?」
「あり得なくもないんじゃない?ここには外の世界から外来人が来るくらいだし。まぁ、それらの殆どが自殺願望者とかだけど。妖怪の餌にでもしてるんじゃないかしら」
さらりと恐ろしいことを言うレミリア。
「つまり、俺がここに来るには自殺をしろと?」
「ふふふ、そのようにして幻想郷に来た暁には貴方を紅魔館に拉致監禁しようかしら?」
「恐ろしいことを言いますね・・・」
ため息交じりに答えた俺だったが、やはり幻想郷を去った者が再び訪れることは難しいのだろう。
もしかしたらまたここに戻って来られるのではないかと期待した俺だったが、そんな簡単にはいかないようだった。
「貴方が外の世界に戻っても紅魔館の執事であることは忘れないこと。いいわね?」
「はい、わかりました」
「まさか、岳さんが帰るとは思っていませんでした」
紅魔館の廊下で、隣を歩いている咲夜が口を開く。
「まぁ、帰ることにはなるだろうなってのは薄々感じていました。でも、まさか明日になるとは思ってませんでしたよ」
「・・・」
「・・・あっ、そういえば」
俺は立ち止まると咲夜を見る。
俺が止まったのに気付いた咲夜がこちらに振り返った。
「結局、咲夜さんのような美味しい紅茶を作ること出来なかったな」
「岳さん・・・」
その言葉の後、しばらくの間何も言わなかった咲夜だったがやがて口を開いた。
「でしたら、また戻って来てください!私も貴方に紅茶の淹れ方を教えたい、だから!必ず戻って来てください・・・!」
「・・・こりゃあ約束を守らないとナイフを投げられそうですね」
「えぇ、それも眉間のど真ん中に刺してあげます」
頭をかきながら呟く俺に、咲夜は満面の笑みで答えた。
-魔法の森-
「魔理沙から聞いたわ。それにしてもいきなりね」
アリスの家の中で俺はアリスに帰ることを伝えていた。
「確か彩香・・・だっけ?最近来た人間は。彼女と一緒に帰るのね?」
「あぁ、そうなるな」
「・・・霊夢は何か言ってた?」
「ん?どうして霊夢の話になるんだ?・・・まぁ、明日に外の世界までの空間を開けるとしか言ってなかったな」
「そう・・・」
なぜアリスがそのようなことを尋ねたのか、俺はわからなかった。
-白玉楼-
「え?冗談ですよね?」
白玉楼の庭の手入れをしていた妖夢に帰ることを伝えると妖夢は手入れを止めて俺を見ていた。
「いや、明日帰ることになった。だから、今みんなにそれを伝えているんだ」
「そんな・・・」
「すまんな、妖夢」
「っ!」
妖夢は俺に背を向けるとどこかへ駆け出していった。
「おい!妖夢!」
妖夢を引き止めようとした俺だったが、妖夢の姿はどこにも見えなくなっていた。
「寂しいのよ」
その声がして後ろを振り返ると幽々子がいた。
「幽々子様・・・」
「妖夢があそこまでの態度をとるなんて・・・もしかしたら、岳さんのこと・・・」
幽々子が何かを呟いていたが、俺は何て言っているのか聞こえなかった。
幽々子に帰ることを告げた俺は迷いの竹林へと向かっていた。
そこで永遠亭の皆と妹紅に帰ることを告げに行かないといけない。
迷いの竹林へ向かっていると、前方から文が飛んで来た。
「岳さん!聞きましたよ!帰るって本当ですか!?」
どこから聞いたのだろう。
流石ブン屋といったところか。
「あぁ、本当だよ」
「・・・そうですか。それは寂しくなりますね・・・」
「だから今みんなにそれを伝えに行く途中だったんだよ」
「どこに向かってたんですか?」
「とりあえず永遠亭と妹紅の家だな。そのあと妖怪の山に向かおうと思ってたんだ」
「永遠亭ですか、それならちょうど輝夜さんと妹紅さんが喧嘩していましたね」
「何!?」
文に案内される形で永遠亭に向かっていると、近づくにつれて何やら爆発音が聞こえてきた。
永遠亭に着くと、永遠亭の前で妹紅と輝夜が戦っていた。
文は喧嘩してたと言っていたが、どう見てもこれは喧嘩とは思えなかった。
宙にいる妹紅が輝夜に向かって炎を放つ。
俺と戦ったときとは比べものにならない炎、まるで津波のようだ。
炎の津波は意思があるように輝夜に襲いかかる。
それが輝夜を包み、その後爆発した。
しかし、輝夜は何事もなかったかのようにその場に立っていた。
あの大きな炎を放つ妹紅にも驚いたが、あれを受けて無傷の輝夜にも驚いた。
永遠亭ではもしものことも考えてか、永琳が結界のようなものを張っていた。
これが喧嘩だと・・・
どう見ても殺し合いじゃないか。
そう思っている俺の前で2人は新たな弾幕を放とうとしていた。
流石に止めなくては・・・!
「お前ら!いい加減にしろ!」
「「ん?」」
俺の声が聞こえたのか、2人が声の聞こえたところを見て、それぞれが放った弾幕に当たった。
「岳!いきなり止めるなよ!おかげで最後のやつくらっちまったじゃないか!」
「本当よ!あんなの普段じゃ当たらないのに!」
2人に文句を言われている俺。
ちなみに攻撃を受けたと言って文句を言っている2人に目立つ外傷は見られなかった。
「ところで岳はどうしてここに来たんだよ?ブン屋も居るみたいだしよ」
「それがですね・・・」
「俺、明日幻想郷を去ることになってな。それを伝えに来たんだよ」
俺がそう言うと、少しの沈黙が流れた。
「・・・どう言うことだよ!」
少しの沈黙の後に妹紅が口を開いた。
「岳・・・!帰るって本当か!」
「あぁ、本当だよ」
「そう・・・」
輝夜は永遠亭に戻りはじめた。
「輝夜・・・」
「寂しいんですよ、姫は。岳さんが来てから引きこもりの姫が外出をするようになったくらいですからね」
一瞥もせずに永遠亭に戻った輝夜を見る俺に永琳が話す。
「明日でしたね。私たちも見送りに行きます」
永琳は頭を下げると輝夜を追って永遠亭の方へと戻っていった。
「岳さん、外の世界に帰っても私たちのこと忘れないでくださいね?」
「あぁ、忘れない」
鈴仙にそう答えると、鈴仙は笑みを浮かべて永遠亭へと戻っていった。
戻っていく鈴仙の目には涙が浮かんでいた。
「・・・今回は輝夜の気持ちもわかる気がするな」
妹紅が呟く。
「岳、帰るのがいきなりすぎないか?」
「すまん、俺もいきなり明日帰るってことになったからな」
「新しく来た人間だったか?そいつと一緒に帰らなきゃいけないのかよ?」
「・・・」
何も言えなかった俺に妹紅は頭をかいて背を向けると、自分の家の方向へと歩いて行く。
そのまま何も言わなかった妹紅だったが、背を向けながら手を振っていた。