幼少期からの
後悔だらけの人生
こんなはずじゃなかった
でも、戻ってきてくれた
それだけでいい
頑張れる
後悔しても遅い
後悔しても、その時は戻ってこない
流されるまま、言われるがまま、やってきた。
自我を肝心な時に出せない。言えない。
やっと出会えた
戻ってきてくれた
愛おしい命
絶対守りたい。
3姉兄の末っ子でうまれた。
姉、兄、私
姉とは7つ違い 兄とは3つ違い
家は自営業
父親は世間にあまり好かれていない存在な人だった
そして、他の家庭とは違う環境だった。
物心ついた時には母親は度々夜出かける。父も出かける。
姉が常に面倒見てくれた。
それが普通な事だったけど、時には寂しくて、泣いて行かないで!と縋りつこうとしたけど、姉、兄に押さえられ、母は出かける。
その時は意味がわからなかったが、だんだん成長するにつれ、母、姉、兄との会話に父ではない名前が入っていたのが分かってきた。
それはなんでだろうとは思わなかったけど、誰なんだろうなー程度
小学校高学年ともなると母は浮気しているとわかった。
だけど、それは父には言わないようにってのも分かってた。
母は、浮気相手と会う時、私を連れてったりするようになった。
当時はなんとも思わなかったけど、、、
母は、5人兄弟の真ん中っ子。兄、姉、妹、弟がいる
真ん中っ子なのに、末っ子のような性格。
自分が1番じゃないとってのが滲み出てるようにみえる。
理想とする母親像ととっても異なる
結婚してるのに、浮気する。
1人、2人じゃない。
普通に浮気相手と子供を会わせる。
私は、昔から母親が苦手だ。
そんなこんなで小学校時代は過ごしてきたが、中学校から私は落ちる。
友達もいたし、部活もやりたい部活に入り、始めは楽しかった。
好きな人もいて、告白したけどフラれてしまったのは仕方ない。
けど、その人が学校で私に告白された事を話したのだ。
小さい田舎の学校だった為、すぐに広まり、噂話されるようになる。
友達も、部活仲間もひいたかのようにヒソヒソ始まる。
そんな時に強化練習が始まった。
うちの家庭は子供の部活に関心がなく、参加なんて以ての外。
だけど、みんなのお家は来るのにウチだけ来ないのはだめで、頼んでようやく来てもらえたのだが、1人の先輩に父が絡み、茶化し始めてしまった為、先輩が怒ってしまった。その事でまたヒソヒソなる。父に文句を言ったら、行ってやったのに、二度と行かない!と言われてしまった。
両親は練習試合があろうが送り迎え、応援にくるなんてしない家だった。
頼んでも仕事だから無理に決まってるでしょって
試合時送り迎えがない私に顧問は、うちを通る先輩のお家にお願いをしてくれ、私は乗せて貰えることになったのだが、その先輩の家は父をよく思ってなく、イヤイヤ返事するのが見ててわかってた。それも父が絡んだ先輩なのだ。
なんで乗せていかなきゃ行けないのよ。って話してた。
そういうのもあり、部活に行きたくなくなり、夏休みも行かなかった。行きたくなかった。行かなかったから休み明けのみんなの態度は更に冷たく、先輩はシカト。更なる孤独を味わう
行かなかった自分も悪いけど、送り迎えくらいしてくれれば、強化練習も先輩に絡まなかったら、嫌われてる父親じゃなければとぐちゃぐちゃ
更には仲の良い友達は違う部活だった為時間も合わず、、、
部活の事で学校にも行きたくなくなった。
私が学校に行きたくないと言うと、母が怒り、度々部屋に怒鳴りにきた。
行きなさいよ!と。
布団から出れないと更にくる。
毎日繰り返しだった。
わたしの学校に行かなくなる時、兄は高校を辞めようか悩んでいた。
私は不登校になり、兄は高校をやめた
重なったからか、母はうつ病になってしまった。
私は不登校してた為、父とよくお見舞いに行っていたけど、母は私にはそっけない。どうして?と聞くと、
あんたのせいでうつ病になったんだよ!!
って。
ショックだったけど、長男長女と自分の扱いが違ってたのはわかっていたから
私が悪者かーって感じだった
続く