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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
最終章、異世界

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9、帰還

「……ぅ…………」


 誰かに頭を撫でられた感覚と共に、沈んでいたハルの意識が風船のようにフワフワと浮上していく。


(眠い……体、動かない……)


 もう少し寝ようと彼女は微睡みながら目を開ける努力を放棄する。

とても疲れたのだ。

もう少し寝ていてもバチは当たらないだろう。


「……やぁ、……春っ……ねぇ……」


「……るさ…………、し…………さ……」


 近くで誰かの話し声がする。

寝返りも打てないほど疲れている彼女は少しだけ眉間に皺を寄せた。


(誰? うるさいなぁ。私、寝てるんだけど……)


「それ……し……も、……の……太が……」


「……からう……さい……、……さ……」


(……あぁ、竜太君、か。なら、安心だ……)


 もう一人の声は忍だろう。

そういえば、自分は何故こんなにも疲れているのだろうか──

ハルは揺れる意識の中で考える。

何だか大変な目に遭った気がするが、思い出せない。


(……何の話、してるんだろう……?)


 酷く眠いのに会話の内容が気になってしまう。

もどかしくて寝付く事が出来ない。


「でも、悪い気はしないんでしょ?」


「いい加減にしろよこのチンピラ眼鏡」


 怒気を含んだ声に驚き、寝惚けていた彼女の頭が一気に目覚めに向かう。

重い目蓋を開けると「あ、やっと起きたっスね」と声がかけられた。

眼前にはグレーのスーツに茶色い革靴を履いた足が立っているのが見える。

それが忍の足だと理解するのに十数秒の時間を要した。


(うわぁ似っ合わな……ん? この、枕は……?)


 高さが合わなくて微妙に首が痛い。

頭を持ち上げて自分の状況を把握した瞬間、ハルはバッタの如く跳ね起きた。

枕だと思ったのは竜太の足だった。


「わわっ、ごめっ、ごめんっ!」


「……随分元気そうだね」


 賽銭箱に背を預けて座っていた竜太が膝を立てる。

まさか彼に膝枕をされる日が来るなど誰が想像しただろうか。

ハルは一人慌てふためき、オロオロと辺りを見回した。


 空は薄暗く日が落ちかけている。

見慣れたいつもの境内だ。

冷たい風が頬を撫で、木々をざわめかせる。

帰って来られた喜びを実感する前に、彼女の顔がサッと青褪めた。


「あ、あの、どうしよう。私、神社のこんな所で寝るなんて、凄いバチ当たりな事を……」


「はは、ここの神様は優しーから大丈夫スよ。ハルちゃんて生真面目っスねぇ」


 忍は呑気に笑いながらハルを見下ろす。

グレーのキッチリした背広姿だけなら普通のサラリーマンのようだが、派手な金髪と複数のピアスのせいで怖い職種の人間にしか見えない。


「えぇっと……私達、帰って来れたんです、よね?」


「そ。おつかれさま」


 ハルはそろりと隣に座る竜太に目を向ける。

先程からやけに大人しいのが気掛かりだった。

目が合ったかどうか分からない際どいタイミングで、彼はパッと忍を見上げた。


「それより忍さん。あの女と子供はどうなったの。まだ俺、忍さんが何とかしてくれて助かったって事しか聞いてないんだけど」


 どうやら竜太も何が起きたのか完全に把握してないらしい。

説明を求めたい気持ちはハルも同じである。

流石にあれだけの事があったのに「戻れてめでたし、はい解散」では納得がいかない。


 期待に満ちた目をする二人に見上げられ、忍は居心地悪そうに眼鏡を持ち上げた。


「まぁ待て待て。もう暗くなる。また後で説明してやるからさ、今日の所は二人とも帰んなよ」


 投げやりにも聞こえる言葉に二人はむくれる。

忍は苦笑しながら背広の内ポケットから二つのペンダントを取り出した。

ペンダントトップに黒い石が複数付いている。


「これ貸すんで、暫くは肌身離さず持っておくように」


「……何これ」


 竜太は「ダサ……」と口を尖らせながらもペンダントをポケットにしまう。

ハルも大人しく受け取り上着のポケットに入れた。


「御守りっつーか、パワーストーン。今日は二人とも異世界で悪い物に当たり過ぎた。今は気が付いてないだけで、本当はかなりボロボロなんス。だから暫くは絶対安静ならぬ、絶対防御って事で……」


 忍はペラペラと説明し終えると「レンタル料は竜太の出世払いね」とニタリと笑った。

悪どい笑みだ。

思わず正座する彼女に、忍は真顔で「冗談スよォ冗談」と竜太の頭をグリグリ撫でた。



 その後、ハルは忍と竜太に付き添われて帰宅した。

別れ際に竜太が発した「じゃ、()()()」という言葉が彼女の心を軽くする。


(私って、ホントに単純なんだなぁ……)


 避けられていたと感じたのはやはり気のせいだったのかもしれない。

彼の言動に一々翻弄される自分に呆れつつリビングのドアを開ける。

ここまで来てようやく生きて帰れた実感が湧いてきた。


「お母さん、ただいま……」


「あら、ハル。お帰りー。遅かったのねぇ」


 いつもと変わらない母がいつもと同じように夕食を準備している。

どうしようもない安心感に見舞われ、ハルは母を前にして小さな子供のように泣いてしまった。


「や、やだ何? どうしたの。何か嫌な事でもあったの? あ、たくあん食べる? たくあん」


「……~~っ、いらないぃ……」


 別に好物でも何でもない。

だがその間の抜けた言葉に救われるようだった。


 ひとしきり泣いた後は食欲も湧かず、ハルはのそのそと自室に戻る。

ペンダントを首にかけると上着を投げ捨てベッドに倒れ込んだ。


(疲れた……お風呂……入らなきゃ……でも、体、すごく重い。それに、怠い……)


 気が緩んだからなのか、忍の言っていた「本当はかなりボロボロ」のせいなのかは分からない。


 この日の晩、ハルは強い吐き気と高熱にうなされて過ごす事となる。

熱は翌日の昼には下がったが、無理はせず学校は休んだ。

割りとすぐに体調は戻ったものの、全身の筋肉痛だけは当分治りそうになかった。

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