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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
最終章、異世界

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7、阻止

 竜太に引っ張られている間、ハルはまだ半べそをかいていた。


(間に合って良かった、本当に、良かった……)


 遠く離れた頭上から女のおぞましいプレッシャーを感じる。

追ってきてはいないようだがまだ見張られているのが分かった。


(一体どうすれば……あ! そういえば、忍さん!)


 ハルは忍と最後に交わしたやり取りを思い出し、走りながら空いている手でスマホを取り出した。





 一人で稲荷神社を目指すハルの元に、忍から折り返しの電話がかかってきたのはすぐの事だった。


「え!? 竜太君、電話繋がらなかったんですか?」


──そ。最初に電話した時、あいつの後ろの方で女の笑い声が聞こえてたんス。もしかしたら何かあったかも。


「そんな!」


 そんな話は聞いてないと文句言いたげなハルの心情を察したのか、忍は悪びれなく謝る。


「最初の電話で、竜太君はどこにいるって言ってたんですか?」


──お。もしかして探してくれるんスか?


 初めから頼むつもりで電話をかけてきただろうに、白々しい台詞である。

しかしハルとしても竜太の事は心配だった。

探さずに一人で帰るなど出来る筈もない。


「探します。それで、ちゃんと二人で帰ります」


──……あざっす。ま、あの馬鹿見付けたらまた電話下さいよ。


 くれぐれも無理はしないように、と付け加える忍の声は随分と柔らかいものだった。

どこか素直じゃない所は八木崎と似ている。


 こうしてハルは忍の情報を頼りに商店街へと向かう事となった。

距離は結構ある。

本来なら自転車かバスを使う距離だ。


 充電節約の為に通話は切り、足早に移動する。

コソコソと目立たないようにするのは止めた。

人ならざる者の目に止まる危険はあったが、背に腹は代えられない。

早く竜太を見つけねばという一心で地味に広い世与の地をさ迷い歩く。


(全然見当たらない……当たり前か……商店街以外の手掛りが無いんだもん)


 病院を出てから大分時間が経っている。

竜太も移動しているなら情報なんてあって無いようなものだ。


(どこにいるの、竜太君……!)


 試しに何度か電話をかけても圏外のままで繋がらない。

完全に行き詰まっている彼女の耳に、ヒールの靴音が飛び込んできた。

いつかに聞いた覚えのある音だ。


 カツーン……


 カツーン、カツーン……


(この足音……まさか……!)


 音のした方に目をやると、数十メートルほど離れた道の突き当たりに残バラ頭の女が立っていた。

リナが呪いに利用した人形女だ。

彼女の存在だけ黄色い世界から切り取られたかのように、白いブラウスが浮いて見える。


 カツーン、カツーン……


 彼女はT字路の右を指し示し、水色のスカートを翻して歩き出した。


(……あっちに行けって事? 付いていけば良いのかな?)


 ハルは自分の直感と灰色の塊から助けてくれた彼女を信じて後を追いかけた。


「ちょ、待って、早、い……っ、早いって!」


(今日だけで半年分は走った気がする……!)


 ゆったりとした足取りに似合わず、人形女はどんどんと先へ行く。

その姿はどこか急いでいるようにも見える。


 ようやく辿り着いたのはショッピングモールだった。

彼女は駐車場の入り口で立ち止まり、次に屋上を指し示す。


「……上に行けば良いの?」


 赤く潰れた両目がグルリと左右バラバラに動く。

かなりグロテスクな外見だが、今は不思議と恐怖が感じられない。

早く行けとでもいうように人形女は屋上をチラチラと見上げている。


「……行ってみる。えと、どうもありがとう……?」


 罠とは思えない。

ハルはぎこちなく頭を下げると駐車場の坂を上り始めた。

疲労はとっくに限界を超えている。

一度だけ振り返ったが、そこに人形女の姿はもう無かった。


 脇腹だけでなく肺の辺りまで痛い。

ガクガクと笑う膝を手で押さえ、ひたすら屋上を目指す。

最上階は四階らしい。


(もしかして、竜太君はこの屋上にいるの……?)


 ようやく辿り着いた最上階を見渡し、ハルは咄嗟に身を隠した。

白髪混じりの女性が宙に浮き、狂ったように笑っていたのだ。

機械で声を変えたような低く不気味な声だ。

よくよく見てみると竜太が駐車してある車の間を縫うように女の後を追っている所だった。


(いた!)


 フラフラとした覚束無い足取りは尋常ではない。

表情までは確認出来なかったが、たまに女に手を伸ばしかけたり足を止めようと抵抗しているような動作をしている。


(一体、何をして……あっ!)


 女の誘導する先を思い付くのと、竜太が塀に手をかけたのは同時だった。


(まさかここから飛び降りる気!?)


 駐車場の四階はかなり高い。

落ちたらどうなるかなど考えるまでもない。

ハルは無我夢中で竜太の元に駆け寄った。


「竜太君!」


 自分のどこにこんな力が残っていたのか──

身を乗り出して今にも飛び降りそうな竜太の腰を掴み、寸での所で取り押さえる。

塀が高く、乗り越えるのに手こずっていたのが幸いしたようだ。

前方上空で笑い狂っていた女が舌打ちをするのが聞こえる。


(まずい、気付かれた! 力比べになったら敵わない!)


 焦るハルだったが竜太は思いの外簡単に壁から引き剥がせた。

腰に抱きついたまま彼ごと後ろに倒れ込む。

痛みは感じない。

ただ、彼が生きている事、死なせずにすんだ喜びと安堵しか感じられなかった。


「っ……うぅ~っ……」


 この時、ハルは自分が何を言ったのかよく覚えていない。

彼女の混乱が収まるのを待たずして、竜太は屋上を後にしてしまったのだ。


 ショッピングモールから少し離れた辺りで、ハルはようやく忍の存在を思い出し、現在に至る。




 コール音がしてすぐに忍は電話に出た。

ハルは息も絶え絶えに「竜太君を見つけました!」とだけ発する。

それに対する返事を聞く前に、スマホは竜太の手によって奪われてしまった。


「もしもし、忍さん? うん、へーき。……今向かってる……うん」


 何やら電話越しに怒鳴り声が聞こえたが、突っ込む気力もない。

本当にもう限界だった。

ハルは走っているのか歩いているのか分からないような速度で進む事しか出来ない。

いつ追い付かれるともしれず、ハルは竜太に先に行って貰おうと手を離そうとする。

しかし彼はそれを許さず、きつく睨まれるだけだった。


「……うん、分かった。お願い。……ありがと……じゃあ、また後で」


 話がついたらしい。

竜太は通話を終えるとスマホをハルに返した。

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