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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十四章、生霊

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2、持たぬ者

「えぇ!? 本当に!?」


 大和田が川口に告白され、迷った末に付き合う事になったらしい。

そんな思いもよらない報告を受けたハルはそれはもう派手に驚いた。


「ちょっとハル! 声デカすぎ!」


 大和田に叱られてしまい、すぐに口を覆ってモゴモゴと謝る。

幸い昼休み中の教室内は騒がしく、誰も先程の大声を気にする者はいなかった。


「えっと、いつからなの?」


「あ~……実は三日前から、かな」


「ヒッドいよねぇ、もっと早く教えてくれても良いのにさぁ」


 志木がプクッと頬を膨らませる。

事前に相談を受けて知っていたのか、北本が気まずそうに弁当の玉子焼きを頬張った。


「ごめんってば。なんか恥ずかしくってさ」


 照れた様子の大和田は間違いなく乙女の顔をしている。

その変化にハルは戸惑いを隠せない。

彼女にとって恋だの彼氏だのといった話は、どこか遠い世界の話であった。


(カスミちゃん、大人だなぁ……少し寂しいや)


 まさかこんな身近な人物にポンと恋人が出来るなど、考えた事も無かった。

北本がニヤニヤと大和田を肘でつつく。


「川口君に頼まれてさぁ、私ってばキューピッド役頑張ったんだよー。なのに何でか川口君と私が噂になっちゃうし……」


「あぁ、そんな事もあったねぇ」


 モグモグと食べながら喋る北本と志木の会話に耳を傾けつつ、複雑な気分で唐揚げをかじる。


(噂は誤解だってリナちゃんが知っていたら、アカリちゃんを呪うなんて馬鹿な真似はしなかったかな……)


 そこまで考えてから、それも違うと思い直す。

きっと呪う相手が北本から大和田に代わっただけだろう。

今更もしもの話に意味はない。


「しっかしあの川口を捕まえるとはやるじゃん、カスミ」


「だぁから、からかわないでって!」


 怒りながらも頬を染める大和田は、ハルの目にはとても可愛らしく輝いて見えた。



 食事を終えてひとしきり喋った後、各々午後の授業に向けて席へと戻る。

ハルも席に着くと隣で本を読んでいた八木崎が顔を上げた。


「……やっと川口がくっついたんか」


「え?」


「あいつ大和田ん事ばっか見てたろ」


 思い返してみても、とてもそうは思えない。

先程の会話が聞こえていたにしても八木崎は人の感情に敏感らしい。

まさか彼と恋愛話をする日が来るとは思わず、ハルは「私は気付かなかったよ」と頬を掻いた。


「お(めぇ)はどうだ」


「? 私?」


「桜木」


(またそれ?)


 彼は何故こうも自分と桜木をくっつけたがるのだろうか──

彼女は不機嫌に姿勢を正す。

この際はっきりと言わなければ、今後もずるずるとからかわれるのだろう。


「何度も言ってるけど、私達はそんなんじゃないよ。何で八木崎君はいちいち私と桜木君をくっつけたがるような言い方するの?」


「……何でっつってもなー」


 八木崎は気のない返事で本を机に仕舞う。


「あんチビだとつまんねぇってだけだ」


「……竜太君の事?」


「桜木ん方が面白(おもしれ)ぇ」


(何それ!)


 ふつふつと怒りが沸き起こり、つい語気が強まる。


「人の事、つまらないとか面白いとか、そんな風に言わないでよ!」


 ハッキリと言い切る彼女だったが、八木崎は珍しそうに「へぇ」と笑うだけである。


「……やっぱ上手い事いかねぇモンだなぁ」


 皮肉混じりの物言いにイラッとしながらも、ハルは律儀に「何が?」と聞き返す。

しかし彼は質問に答えず授業の準備を始めた。


「……あいつは昔っから(きれ)ぇだ」


「え? 何?」


「本当、上手くいかねっつってんだ」


 それきり八木崎が言葉を発する事は無く授業が始まってしまう。

どうにも釈然としないまま、結局その日二人は和解らしい会話をする事なく終わるのだった。





 八木崎浩二は幼い頃、両親と七つ離れた兄の四人家族であった。

彼が物心つく頃は既に両親の仲は冷えきっており、家族揃った良い思い出は無いに等しい。

正確には母が一方的に父と兄を嫌っていた。


 彼の父と父方の祖父である七里は、旧世与町に居ると霊的な物が視える人だった。

そして兄の忍に至っては世与に居ようが居まいが関係なく視える強い力を持っていた。


 母は霊的な物は全く視えない至って普通の人間で、八木崎は母の方に似た。

何もいない場所に話しかけたり、振り払う仕草をしたり、怒鳴ったり──

そんな父や兄を、彼は「そういうもの」と受け入れていたが、母は違った。


「あいつら、頭おかしいわ。お願い、浩二は普通でいてね。あんたはまとも。あんただけはまともなの」


 父と兄の前でだけヒステリックになる母はとても()()()には見えなかったが、幼い彼は黙って頷くしかなかった。

母は日を追う毎に精神的に追い詰められていく。

本人もこのままではまずいと思ったのだろう。

彼が六歳の頃、カウンセリングに通い始めた。


「いい? お母さん病院に行くけど、(あいつ)やおじいさんと仲良くしないで、一人で待ってるのよ」


「うん……」


 本当は父も兄も祖父も大好きだったが、病んでいる母に気を遣った彼はいつも本心を隠して過ごすようになる。


 自分も父や兄、祖父と同じ世界を見たかった──


 そんな事を言える筈もない幼い彼が、唯一本音で話せる場所があった。

母が居ない間、祖父や兄がこっそり連れ出してくれる宮原源一郎の家である。


 源一郎は「他人だから話せる事もある」と八木崎の心の内を全て聞き、それを受け入れた。

彼が源一郎の事を家族と同じ位大好きになるのにそう時間はかからなかった。

訛り口調を真似するようになったのもこの頃からである。


「ハルっつってな、浩二と同じ年の孫が居んだよ」


「……ふぅん」


「もしハルが遊びに来たら仲良くしてやってなぁ」


「……うん……」


 八木崎はハルという孫の話が嫌いだった。

七里と源一郎、どちらも自分の祖父にしたかったのだ。

そんな事を考えていたからバチが当たったのかもしれない。

程なくして両親が離婚してしまう。

母に引き取られた八木崎は少し離れた家に引っ越す事になり、祖父とも源一郎とも会えなくなってしまった。



 数年後、一人で電車に乗れるようになった彼は久しぶりに祖父と源一郎の元を訪れる。

そこには見知らぬ小さな少年がさも当然のように居座っていた。


「おめぇ、誰だよ」


「……天沼竜太」


 生意気な目をする少年が気に食わなかったものの、八木崎は弟分が出来たのだと自分に言い聞かせる。

始めこそ普通に遊んでいた二人だったが、その関係はすぐに崩れた。


「浩二くん、あの子、浩二くんの知り合い?」


「はぁ? 誰ん事だ?」


「ほら、あそこで手を振ってる女の子」


 竜太が指し示す先の電柱には誰も居ない。

しかし竜太には何かが視えているらしい。

その姿と兄の姿が重なって見えた。


「……人違いでねぇの」


「ふぅん?」


 何故自分には視えないのか──

皆が竜太を一目置いている。

祖父も源一郎も自分に対して良くしてくれているのは分かっていたが、八木崎の嫉妬心は膨れ上がっていく。


 ある日、八木崎が久しぶりに源一郎の元を訪れた際、偶然竜太達の話を聞いてしまった。


──宮原のじいさんの孫って今年も来ないの?


──……どうだかなぁ……色々あんだ。今年も()っかどうか分かんねぇなぁ。


──何だよそれー。そいつがオバケ見えても、俺ちゃんと守ってやるってば。だから、遊びに呼べば良いじゃん。


──……んだなぁ。竜太が言うんなら心配ねぇけどなぁ。ま、大人も色々あんだ。


 何て事ない、普通の会話だ。

それが彼には酷く遠い世界の話に聞こえた。


 自分が抱けなかった「源一郎の孫と仲良くする」という感情を、竜太は普通に抱いている。

自分が言えなかった「孫を呼べば良い」という言葉を簡単に言えてしまう。

何より自分には見えない世界が竜太には視えている。


 八木崎は居場所を奪われた気がしただけでなく、これ以上ない敗北感を味わった。

以来、彼が源一郎の家を訪れる回数はめっきり減った。



 更に数年後、源一郎が鬼籍に入った事で彼の日常が少しだけ変わる。


 隣の席にやってきた地味で陰気な転入生、宮原ハル。

思っていた以上に暗い彼女は、とても友人など出来そうにない難儀な性格をしていた。

普段の彼なら気にも留めないような存在の彼女に挨拶をしたのは、ただの気紛れである。


 もしかしたら心のどこかで竜太への対抗意識もあったのかもしれないが、それは彼の意図する所ではない。


(宮原のじいさんにゃ(わり)ぃけど、竜太の奴に手柄持たしたかねぇや)


 かといって自分がハルを助けてやる気は無いし、そんな技量もない。

そこに丁度良く現れたのが桜木だった。

彼の挙動は視えている者特有のものである事は前々から気付いていた。


 そんな桜木がハルに気があるのは誰の目にも明らかであり、これは使えると八木崎は睨む。


(宮原を守んのが桜木なら、あのチビの出番もねぇや)


 源一郎が死して尚、約束を守ろうとしている竜太が気に食わない。

これ以上源一郎を取られたくないという子供じみた理由でハルに桜木を押し付けた。


 その結果はハルを怒らせただけで終わる。

八木崎の心中はハルに対してよりも源一郎への罪悪感に満ちていた。


(悪ぃ、宮原のじいさん。あんたの孫、怒らしちった)


 黙々と黒板を書き写すハルを盗み見て、彼は小さくため息を吐いた。

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