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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十三章、メリークリスマス

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5、見つけた

 池は曲がったすぐ先にあった。

横幅四、五メートル程の道なりに細長い池だ。

周りは石で一段高くなっており、柵などはない。

端の方に「餌やり禁止」の古い立て札が立っているだけである。


 水はあまり綺麗ではなかったが魚影はしっかりと見えた。

たまにチラつく黄色や赤と白の斑色の鯉が目立って見える。


「あ、あの、さっきのは──」


「待った」


 何だったのかと言いかけるハルの手を彼は強く握った。

険しい目が「まだ話すな」と告げている。


(まだ、近くにいるかもしれないの……!?)


 ハルは息が詰まる所か、止まってしまいそうな思いで魚を眺める。

水面に顔を出してバシャバシャと集まってくる鯉が羨ましく思えた。


「……さっきは助かった」


 並んで魚を見下ろしていると、竜太が言い辛そうに重い口を開く。


「守る物何も持ってないからヤバかった」


「え! 何で!? あ、御守り(あれ)は、持ち歩かないと意味がないって……」


 そういえば以前、彼は普段御守りを持ち歩かないと言っていた事を思い出す。

一体どうしてと不思議がる彼女に竜太はしれっと答えた。


「だって忍さんの御守り()は強すぎて、勘が鈍るんだよね」


(勘……?)


 何故か彼の口は弧を描いている。

その表情の意図が読めず、ハルは言い知れぬ不安を感じた。


(と、とにかく、今は私の持ってる御守りが頼りって事だよね……じゃあ、手も、仕方ないよね。勝手に離しちゃ、不味い、よね)


 誰に言い訳するでもなく、繋いだ手をそのままにコートのポケットからスマホを取り出す。


「うわ……」


 赤い御守りはまるで何年も経過したかのように色褪せており、プリントされた「防」の文字も薄く掠れていた。

この御守りが無かったら一体どうなっていたのか──

顔面蒼白のハルを気遣ったのか、竜太は「もう帰ろ。今日は日が悪い」と手を揺らした。


 先程の分かれ道は奥の方で繋がっているらしい。

戻るか進むか悩み所だが、「迷うだけ時間の無駄」だと彼は進む道を選んだ。


 好意的に考えれば、折角来たハルに源一郎の思い出の場所を少しでも多く見せようとしてくれたのだろうと解釈できる。

しかし彼にはどうも別の理由があるように思えてならない。

それでも深くは追及できず、彼女は竜太の足の向くままに合わせるしかなかった。



 何も咲いていない花壇や枝だけの寂しいバラ園を通り過ぎる。

「本当は奥にも広場っぽい所がある」という話に相槌を打ちつつ、ハルはソワソワと繋がれたままの右手を見た。

あの化け物と遭遇するのではないかという恐怖心さえなければ、まるでデートのようである。

そんな事を考えてしまう自分に嫌気がさし、彼女は重いため息を吐いた。


(こんな時に、何考えてるんだろ、私……)


 吐かれた白い息が風に乗って消える。

ふいに繋がれていた手が離された。

「えっ」と驚く彼女に、竜太は「アイツもう居なそうだから」とさも当然のように言い放つ。

自由になった右手が外気に触れ、急に寒さを感じる。

「また出た時はよろしく」と淡々と言われてしまい、ハルは脱力した。


(あくまで私は御守り要員なのか……)


 どこか残念に感じたが、それが何故なのかまでは考えが及ばない。

二人は特に会話のないまま、ただ黙々と歩く。

そして幸運にもあの化け物に遭遇せずに公園の入り口まで戻る事が出来た。

まだまだ空は明るい。

体感的にはもの凄く長い時間を過ごしたように思えたが、実際にはそうでも無かったようだ。


 いつもより少しだけ近い距離で並んでバスを待つ。

その立ち位置がどうしても馴れずハルの心臓はずっと喧しい。


(さっきから何でこんなに緊張するんだろ? 別に、いつ()()が出ても反応できるように近くに居るだけなのに……)


 チラチラと忙しく視線をさ迷わせる様がいい加減目障りになったのか、竜太はじと目で彼女を睨む。


(うっ……)


 ドクリ、と一際大きく心臓が跳ねる。

彼は「言いたい事があるなら言えば」と不快感を露にした。


「や、あの、別に……」


 血が全身を激しく巡る音がする。

頭が沸いて倒れてしまうのではないかと危惧する程だ。


(何か、さっきから、熱いし、変だ)


 狼狽えているとタイミング良くバスが停車した。

ハルはこれ幸いとばかりに逃げるようにバスに乗り込んだ。

変な物を見る目で竜太もそれに続く。


「す、空いてて良かったね……」


 適当な座席に座り、最後にもう一目公園を見ようと窓の外に目をやる。


「……!」


 ハルは咄嗟の判断で顔を伏せ、隣に腰を下ろす竜太の手を掴む。

流石の竜太もピクリと手をビクつかせたが、状況を察したのか何も言わずに手元を見つめた。

意識を集中させると、僅かだが嫌な気配が感じられる。


 窓の外では三人の男子児童が自転車を停めて立ち話していた。

その周りを先程の女がグルグルと四つん這いで這い回っているのだ。

女の意識はこちらには向いていない。

竜太はハルに目をやる振りをしながら窓の外をチラリと確認し、すぐに目を伏せた。


 バスが発車すれば、グルグルと這う女の姿はあっという間に見えなくなってしまう。

十分離れ安全だと判断してから、どちらからともなくそっと手を離す。


「あーーー、怖かったぁー!」


 竜太は唐突に両足を投げ出し、大きく伸びをした。

発言の割りに晴れやかな顔をしている。

見た事ない彼の反応にハルは驚きを隠せない。


「え、と……」


「あんな凄いの、年に一回出くわすかどうかだよ」


 表情が分かりにくいが、間違いなく彼の目は普段より輝いている。

その様子に引きながら、ハルはずっと気になっていた疑問をぶつけた。


「さっきのは、何?」


「知らない」


 やはりと言うべきか、彼は妙に熱の籠った声で言い切る。


「でもアイツ、男ばっか狙ってたよね」


「え、そう……?」


 思い返すと確かにそうであったと遅れて気付く。

あの化け物はハルよりも竜太を気にかけていたし、去り際も男性を追っていた。

先程の三人組も男子であった。


「ほんと、迷惑だよね。顔見ても判断出来ないくせに、誰を探してるんだか」


「? どういう事?」


「は? 何が?」


 話が噛み合わず、互いにキョトンとする微妙な間が空く。


「……ハルさん、声、聞こえなかったの?」


「う、うん? 声?」


 耳に残っているのはぺたぺたと這いずり回る足音だけである。

何も聞こえなかったと答えるハルに、彼はやっと納得したように顎に手を当てた。


「……不思議だね。ハルさんに向けての言葉じゃなかったから聞こえなかったのか、御守りがあったから声が届かなかったのか。どっちだろう」


「……ねぇ、何て言ってたのか、教えてよ……流石に気になるよ……」


 どこか楽し気に考察する竜太にハルは少しだけむくれる。

聞くのは怖いが聞かずにモヤモヤするのも気分が悪い。

意外にも彼はあっさりと答えた。


「最初は『どこだ』って繰り返してた。で、一旦離れて戻ってきた時は『お前? お前?』って聞きながら回ってた。ハルさんが腕を引っ張った時、一瞬あいつに意識持ってかれそうになったし、ハルさんが居なかったら本気でヤバかったかもね」


 そこまで緊迫した状態だったのかと絶句する彼女に対し、当の本人は実に落ち着き払っている。

ふとハルの中に思い浮かんだ()()()()が口をついて出てしまった。


「もしかして竜太君は……怖い目に、会いたいの?」


 その質問は触れてはいけなかったのかもしれない。

それでも言わずにはいられなかった。

彼はスッといつもの感情の読めない顔に戻ると考え込んでしまった。


「……分からない。でも、もし、そうだとしたら……普通じゃないね」


 それからの帰りの道中、竜太はすっかり口数が減ってしまった。

何か思うところがあったらしい。

褪せてしまった御守りは忍に返した方が良いらしく、竜太に預ける事になった。


 変な質問をしてしまった事を後悔するハルだったが、別れ際に「じゃあ、()()()」と小さく手を振られ、落ち込んだ心は簡単に救われた気分になるのだった。




 その数日後の事だ。

塾に向かう途中の交差点で信号待ちをしていると、ハルの隣にスーツ姿の男性が立った。


(ひっ……!?)


 つい最近体験した嫌なプレッシャーだ。

体がゾワゾワと否応なしに拒絶反応を示す。

視たくないが、確認はしたい──

そんな相反する思いが交錯する。


 信号が変わると男はすぐに歩き出した。

三十代後半くらいか。

顔色の優れない横顔はやつれて見える。

そしてその背中にはあの四つん這いの女がベッタリと貼り付いていた。


 背中である筈の部分に胸がある女は、男性の首に手を回し、腰に両足でしがみついている。

ハルは歩調をずらして男性から距離をとる。

信号を渡ると、彼はハルとは違う方向に歩いて行ってしまった。


 嫌な気配が遠ざかっていく。

鳥肌がすぅっと治まるのが分かり、彼女は歩く速度を早めた。

すれ違い様に聞こえた唸るような声はしばらく忘れられそうにない。



『お前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だったお前だった……』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに怖いのだけれど、男専変なものはまだ余裕がありますね。私には守るお相手がいないし、そこいら辺のどうでもいい歩行者には興味がないので助かります。 [一言] なんとなくですが、取り付かれた…
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