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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十三章、メリークリスマス

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3、本音

 公民館のクリスマスイベントから二日開けた夜。

ハルは風呂から上がるとすぐに塾の課題を広げた。

モコモコのルームウェアを着込み、真剣にペンを握る姿はさながら追い込みをかける受験生である。


 冬休み中に力を付けて新学期に結果を出さないと、今度こそ大手の学習塾に通う羽目になってしまうのだ。

近所に大手の学習塾はない。

夜に出歩きたくない彼女にとっては死活問題であった。


 ふいにスマホがブーンと震える。

ハルはバッと飛び付くように画面を確認した。


(来た……!)


 はやる鼓動を抑えながらメッセージを開く。

彼女は竜太に、自分の都合を伝えた上で「渡したい物がある」とメッセージを送っていた。

届いたのはその返事だった。


──その中だったら水曜が丸一日空いてる。じゃなかったら月木の朝か夜になる。


 飾り気のないシンプルな文だ。

少し悩んでから「じゃあ水曜で」と返事を返すとすぐに既読がつく。


(良かった。何とかお礼のプレゼント、渡せそう……)


 ハルは何気なくカレンダーに目をやった。


(……え? 水曜日って……く、クリスマスじゃん……)


 ブーン、と手中のスマホが震える。

画面には「了解」の二文字が映し出されており、約束が確定した事を告げている。


(偶然、偶然。今までのお礼をするだけだし、深く考えちゃダメ)


 ふと八木崎の言葉が頭に浮かぶ。


──孫ん事頼まれたからって意地んなってお前の面倒見てんだ。


──あいつの言う事やる事に他意はねぇよ。


 もう祖父の言葉を気にするなと言ったら、彼はどうするのだろうか。

ハルは椅子の上で膝を抱える。

助けて貰えなくなる事を心配しているのではない。

今までのように会う事が出来なくなるのではという不安が彼女の心を押し潰していた。


 彼の性格からしていきなり無視という事はないだろうが、今まで二人を繋いでいたのは源一郎の言葉である。

それを取り払ってしまったら互いの接点が無くなってしまう気がした。


(でも、それは私の我が儘だよね。竜太君の私生活を脅かしてまで守って貰う必要なんて、ない。やっぱりちゃんと言わないと……)


 彼女は胸の痛みに目を瞑り、塾の課題に手をつける事にした。




 約束の水曜日。

ハルは何度も鏡の前で服装の確認をしてから家を出た。

大和田に「今流行ってるから」と後押しされて買った、生まれて初めてのロングスカートが北風になびく。

普段なら気にしないマフラーやコートの組み合わせが妙に気になり、彼女は落ち着かない気持ちで待ち合わせ場所に向かう。


(い、いる……)


 約束の一時より五分程早く着いたにも関わらず、竜太は駅前のコンビニの入り口に立っていた。


「ご、ごめん、お待たせ」


「別に」


 マフラーに顔を埋める彼の鼻は少し赤い。

まさか冬でもその辺をうろついているのではと彼女は声に出さずに心配した。


「で、何」


「え、あ、いや、ここで立ち話はちょっと……」


 いきなり本題に入ろうとする彼にたじろぎつつ、ハルは駅前の喫茶店に行こうと提案する。

嫌がられるかと危惧したハルだったが「おごり?」と小首を傾げる竜太に安堵の笑みを浮かべた。


 店内はそこそこ席が埋まっていた。

二人は店の奥のカウンター席に座る。

静かに流れるクラシックが心地良い。

適当に飲み物を注文すると微妙な沈黙が訪れた。


(な、何て言って渡そう……)


 竜太はハルが話し出すまで待つつもりらしい。

飲み物が運ばれてきたのを機に、ハルは手にしていた小さな紙袋をカウンターの上に置く。


「あ、あのね。今日は、これ渡そうと思って。その、世与(ここ)に来てから何度も助けて貰っちゃったから、そのお礼、なんだけど……」


「別にいらない」


 ばっさりと断られるが、ハルは半ば押し付けるように竜太に紙袋を渡した。


「い、嫌じゃないなら、うけ、受け取って……! いらなかったら、捨てちゃって良い、から……!」


 何がなんでも渡したいという熱意だけは伝わったらしく、竜太は仕方無さげに受け取った。


「……一応ありがとう」


「わ、私こそ、いつもありがとう……!」


 パァと明るくなるハルに構わず、竜太は紙袋から包装されたプレゼントを取り出す。

「中見るよ」と言いながら彼は何の躊躇もなく包装紙を開いていく。

中身は深緑のフェイクレザーのペンケースと箱に入った黒いシャープペンシルが入っていた。

悩みに悩み、選びに選んだ総額五千円近くもする、学生には少々高い代物だ。


「……随分高そうなんだけど」


「あ、えと、今までお世話になった分って考えちゃって、その……」


 流石に重かっただろうかと焦る彼女に、彼は袋ごとプレゼントを突き返した。


「俺、返せそうにない物は受け取れない」


 ガンッとハルは頭に衝撃を受ける。

竜太はムスッとしながら紙袋を指でつついた。


「お礼の度にこんな高いの渡す気? 採算合わないでしょ」


 その言葉の裏には今後も困った時に助けてくれるという意味が含まれているのだろうか。

言うなら今しかない。

静かに深呼吸する彼女の鼻腔を珈琲の良い香りが擽る。


「……あのね、この前、八木崎君に聞いちゃったの。竜太君の事」


「……何て」


 八木崎の名前に嫌な予感がしたのか、彼は不機嫌そうに腕を組む。


「竜太君が親切にしてくれるのって、私のおじいちゃんに頼まれたから、なんでしょ? 私、知らなくて。ずっと、何で助けてくれるのかなって、不思議だったのに……でも、気付かないフリして、甘えてて……迷惑いっぱいかけちゃった。……ごめん……」


 ぐちゃぐちゃに紡ぎ出される言葉を彼は黙って聞いている。

まるで出会い始めの頃の再現である。


「私、このままじゃダメ、だし。いい加減しっかりしないと……だから、もう竜太君は、十分おじいちゃんのお願い叶えてくれたから……ありがとう。でも、もういいよ。……私の事、もう無理して守ろうとしなくて、いいよ。だ、大丈夫だから……」


 ついに言ってしまったと、ハルは強く唇を噛む。

もしかしたら次の瞬間にも「あ、そう。分かった、じゃあね」と言われるかもしれないのだ。

そうしたらもう話す機会もないかもしれない。

彼女は目の奥がツンとするのを感じ、慌てて下を向いた。


「話、終わり?」


「……うん」


 竜太はいつもと何ら変わらないテンションでカフェラテに砂糖を入れた。


「確かに、最初に助けたのはハルさんのおじいさん……宮原のじいさんに頼まれたから。だけど、それだけじゃない」


「……え、で、でも……」


 ウジウジと暗いオーラを纏う様が鬱陶しかったのか、彼は面倒くさそうに肘をついてカップをかき回す。


「宮原のじいさんは大好きだったけど、別に言いなりって訳じゃない。元々、俺は何でも言うこときく良い子じゃなかったし」


「じゃあ、何で……」


「学園祭の時、ハルさんとも約束した」


 ハルはポカンと口を開けながら記憶を辿る。



──出来る範囲内で、何とかしてあげる。


──ハルさんの事も、ちゃんと守れる。



 まさかあれが約束だとでもいうのだろうか。

ハルは戸惑いがちに竜太を見る。


「あれって、呪いに関してだけの話じゃ、なかったの?」


「……さぁね。でも俺、ハルさんが普通に嫌な奴だったら、最初から見捨ててる」


「あ、りがと……」


 彼の性格を考えると確かにそうかもしれない。

ハルはむず痒い思いでカフェオレに口をつける。

ほろ苦い甘さが幾分か彼女の心を落ち着かせた。

しかしその効果もすぐに無意味に終わる。


「俺、正直ハルさんみたいな人苦手だけど、ハルさんの事嫌いだと思った事は一度もないから」


「……っ!」


 落ち着いた筈の心は一気に崩れ、堪えていた彼女の涙腺が決壊する。


(嫌われて、なかった……!)


 それはハルが無意識に求めていた言葉であった。

はらはらと大粒の涙がスカートの上に落ちる。

竜太は少し考えた後、袖口でハルの目元をワシワシ擦った。


「ご、ごめん……っ」


 彼の前で泣くのは初めてではなかったが、ここは店の隅とはいえ人目もある。

申し訳なく思いながら涙を止めようと目を擦るハルの横で、竜太は頬杖をついて両目を瞑った。


「俺、ハルさんの事泣かさないって約束してるから、泣くのは駄目」


「約束って……おじいちゃんと?」


「うん」


 平然と肯定され、やはり祖父の言葉は重いのだと知る。

肩を落とす彼女を尻目に彼は言葉を続けた。


「それにハルさんが泣くと喋りにくい」


「……は……?」


「喋りにくいっていうか、次の言葉が選びにくくなる。なんか難しい感じになるから、会話に困る」


(? どういう事……?)


 よく分からず訝しむハルだったが、彼も眉をひそめて考え込んでいる。

上手い言葉が見つからないらしい。


「……まぁ良いや。とにかく俺はハルさんの事嫌いにならない限りは、出来るだけ助けるつもりだし。浩二の言う事なんて気にしないで良いよ」


「……う、うぅん……?」


 ハルは曖昧に首を傾げる。

言いくるめられた感はあるが頭が混乱して言葉にならない。

竜太はカウンター上の紙袋を手元に引き寄せた。


「これ、やっぱり貰う」


「え、あ、はい。どうぞ」


 彼の心境にどんな変化があったのかは不明だが、どうやら丸く収まったらしい。


 入店した時とは違う、穏やかな沈黙が訪れる。

カップが空になると竜太はすっくと立ち上がった。


「時間、あるなら来て」

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